遊星王子の青春歌謡つれづれ

歌謡曲(青春歌謡)がわかり、ついでに文学と思想と歴史もわかってしまう、とてもためになる(?)ブログ。青春歌謡で考える1960年代論。こうなったらもう、目指すは「青春歌謡百科全書」。(ホンキ!?)

 「遊星王子」は遠い星からやってきました。ふだんは東京の街角の靴磨き青年に身をやつしています。アメリカの大都会の新聞記者になりすましているスーパーマンに比べると貧乏くさいけれど、これが日本、これが戦後です。
 宇宙から日本にやって来た正義の味方としては、スーパー・ジャイアンツには遅れましたが、ナショナルキッドよりは先輩です。
(またの名を落日の独り狼・拝牛刀とも申します。牛刀をもって鶏を割くのが仕事の、公儀介錯人ならぬ個人営業の「解釈人」です。)

 「青春歌謡」の定義や時代区分については2011年9月5日&12月31日をお読みください。暫定的な「結論」は2012年3月30日に書きました。
 この時代のレコードの発売月は資料によってすこし異なる場合があります。
 画像も音源もほぼネット上からの無断借用です。upされた方々に多謝。不都合があればすぐ削除しますのでお申し出下さい。
 お探しの曲名や歌手名・作詞家名があれば、右の「記事検索」でどうぞ。
 「拍手コメント」には返信機能がありません。コメントやご連絡は「メッセージ」(右上「遊星王子」画像の下の封書のしるし)をお使いください。非公開です。
 なお、以前の記事にも時々加筆修正しています。
 *2015年2月23日
 「人気記事」を表示しました。直近一週間分の集計結果だそうです。なんだかむかしなつかしい人気投票「ベストテン」みたいです(笑)。(一週間じゃなく5日間じゃないのかな?)
 *2015年7月25日
 記事に投稿番号を振ってみました。ブログ開始から3年と11か月。投稿記事数426。一回に数曲取り上げた記事もあるので曲数は500曲ぐらいになるでしょう。我ながら驚きます。
 *2017年6月17日 累計アクセス数1,000,000突破。
 *2017年10月16日、他で聴けない曲に限ってyoutubeへのアップ開始。
  https://www.youtube.com/channel/UCNd_Fib4pxFmH75sE1KDFKA/videos

535 三沢あけみ&マヒナスターズ「島のブルース」(&田端義夫「島育ち」) 若い民謡(番外) 南島ブーム

三沢あけみ&舟木一夫&梓みちよs39-1-19週刊明星 「若い民謡」番外編として三沢あけみの「島のブルース」を。
 舟木一夫「高校三年生」とともに昭和38年のレコード大賞新人賞を受賞したのはご承知の通り。(右画像は「週刊明星」(s39-1-19)から昭和38年レコード大賞受賞式。新人賞の舟木と三沢、大賞の梓みちよ。)
 こちらでオリジナル音源を聴きながらお読みください。mameta16さんに感謝しつつ無断リンクします。ほかにも昭和38年の紅白歌合戦での映像はこちらで。
 (レコードジャケット画像は民俗衣裳(ステージ衣裳)を使ったソノシート・ブックの方を。その下は「明星」38年8月号から。)

三沢あけみ&和田弘とマヒナスターズ「島のブルース」
三沢あけみ・ソノシート・島のブルース  昭和38年4月発売
  作詞:吉川静夫 作曲・編曲:渡久地政信
 一 奄美なちかしや 蘇鉄(ソテツ)のかげで
   泣けばゆれます サネン花ョ
   ながい黒髪 島むすめ 島むすめョ
 二 愛人(カナ)は今頃 起きてか寝てか
   淋しがらせる 浜千鳥ョ
   南風(ハエ)のふく夜は ねむられぬ
   ねむられぬョ
三沢あけみs38-8明星 三 夏のおどりは 七日と七夜
   みんな知り候(シヨ)る 月の夜ョ
   名瀬の港の 船がでる 船がでるョ
 四 着せてみせたい 大島つむぎ
   わすれられない あのひとにョ
   なさけひとすじ 島むすめ 島むすめョ

 三沢あけみは宮園純子らと同じ第7期東映ニューフェース。昭和36,7年ごろ、時代劇の娘役で多数出演しましたが、一場面程度の端役が多く、三沢あけみ・黄金孔雀城・七人の騎士「新黄金孔雀城 七人の騎士」(s36-8)での勇士たちと行を共にする村娘・小百合役あたりがいちばんの「大役」だったのではないでしょうか。(「黄金孔雀城」主題歌「モッチャベン」の項の最下部に掲げたポスターの下三人の中央が三沢あけみです。また、右画像はそのカラースチール。左から里見浩太郎、三原有美子、沢村訥訟、三沢あけみ。)
 その三沢が歌手に転進してのデビュー曲はマヒナスターズとのデュエットでお座敷ソング風の「ふられ上手にほれ上手」(s38-2)。まだ満十七歳だったはずながらお色気たっぷり。マヒナスターズ松尾和子「グッド・ナイト」(s34-7)、吉永小百合「寒い朝」(s37-4)などにつづいて女性歌手のデビュー支援です。

 つづく二枚目シングルが同じくマヒナスターズとのデュエットでこの「島のブルーズ」。
 既存の民謡を用いているわけでもいわゆる「新民謡」として作られたわけでもなく、あくまで「歌謡曲」。しかも「ブルース」。(歌謡曲タイトルでの「ブルース」はたんに愁いを帯びた歌、という程度の意味でアバウトに使われますが、中でもいちばんアバウトな使い方がこの「島のブルース」でしょう。)とはいえ、いかにも南島民謡風の仕上がり。前奏冒頭の指笛がことに印象的です。(この指笛は作曲した渡久地政信自身の演奏だとか。沖縄生まれの渡久地は少年時を奄美大島で過ごしたのだそうです。)
 昭和38年、いまだ沖縄復帰前、奄美諸島は「日本」の最南端でした。
 (奄美群島も敗戦後はアメリカの施政権下に置かれ、「本土」への復帰は昭和28年12月。小笠原諸島は昭和43年6月、沖縄は昭和47年5月に復帰。)
 一番は三沢とマヒナ、二番は三沢、三番はマヒナ、四番は三沢とマヒナ。
 奄美大島の「島むすめ」の悲しい恋。「奄美なちかしや」という回想の視点、または奄美全景を遠望するような引きの視点から始まってヒロイン「島むすめ」にズームインし、二番以後はその「島むすめ」の(現在の)心に寄り添って唄います。
三沢あけみs39-4近代映画より 三番の「名瀬の港の船がでる」が冒頭の「奄美なちかしや」と響き合うので、これも島外の男との悲恋なのかもしれません。もしそうなら、吉永小百合「小百合おけさ」(s40-6)で書いたとおり、島を舞台にした歌謡曲の定番の設定、一番も島外の男の回想と読めそうです。
 歌詞もまた、「蘇鉄」「サネン花」といった南島風物を詠み込み、「なちかし」「愛人(かな)」「南風(はえ)」といった南島方言が南国ムードをかもします。歌う三沢あけみも南島風民俗衣裳で踊りもまじえ、その演出も大成功。(右画像は「近代映画」39年4月号から。この衣裳と踊り、奄美風なのか沖縄風なのか私には判断できませんが、奄美諸島は古くから琉球文化圏でした。)同じ「日本」のはずなのに新鮮なエキゾチシズム(異国情緒)が魅惑します。

 実はこの時期、歌謡界には時ならぬ「南島ブーム」ともいうべき現象がありました。
 火をつけたのは昭和37年の田端義夫の「島育ち」の大ヒット。長く低迷していた「バタヤン」こと田端義夫の予期せぬカムバック。
 [wikipedia田端義夫]はこう記しています。
 〈昭和30年ごろからはヒットが出ずに低迷の時期が続いた。昭和37年(1962年)、ポリドールから波平暁男の歌で発売されたものの奄美大島のみで歌い続けられていた「島育ち」(有川邦彦作詞・三界稔作曲)を、会社の反対を押し切ってレコーディング。田端の地道な活動が功を奏し、「島育ち」は40万枚を超える大ヒット。カムバックを果たし、昭和38年(1963年)にはNHK紅白歌合戦に初出場した。〉
 (下のレコードジャケットは、曲のヒットを受けて松竹映画「島育ち」(s38-6 岩下志麻主演)が封切られた後、その映画画像を使用したもの。岩下の背後は寺島達夫。)

田端義夫「島育ち」
田端義夫・島育ち&映画  昭和37年発売
  作詞:有川邦彦 作曲:三界稔
 一 赤い蘇鉄(そてつ)の 実も熟(う)れる頃
   加那(かな)も年頃 加那も年頃
   大島そだち
 二 黒潮(くるしゅ)黒髪(くるかみ)
   女身愛(うなぐみぬかな)しゃ
   想い真胸(まむね)に 想い真胸に
   織(お)る島紬
 三 朝は北風(にしかぜ) 夜は南風(みなみかぜ)
   沖の立(たち)神ゃ 沖の立神ゃ
   また片瀬波
 四 夜業(よなべ)おさおさ 織る筬(おさ)の音
   せめて通わそ せめて通わそ
   この胸添えて   

 奄美大島の「島むすめ」のせつない恋心を南島の風物をあしらい方言を多用して歌った曲。まさしく「島のブルース」の歌詞の先蹤です。レコードジャケット裏の歌詞カードには、以下二点の注釈も付いていました。
  *奄美大島では北風のことを「にしかぜ」と言います。   
  *二番は奄美大島の方言のまま歌唱されています。

 さて、「島育ち」が火をつけた歌謡界の「南島ブーム」。思いつくままに列挙しておきます。
 「南島」イメージの歌手といえば仲宗根美樹ですが(両親が沖縄出身)、昭和36年5月にデビューした仲宗根美樹が「阿里屋ユンタ/ちんさぐの花」(s37-10)を出したのはデビューから1年半後、昭和37年10月のことでした。昭和38年になるとたてつづけに、「南島」を歌い始め、「島育ち/ツーラッタ節」(s38-2)、「奄美恋しや/島の乙女」(s38-6)、「永良部百合の花/白浜節」(s38-7)、「エラブ百合の花/谷茶前節」(s38-9)、とつづきます。(奄美諸島の(ほぼ)いちばん南に位置する沖永良部島こそは当時の「日本」の(ほぼ)最南端。)仲宗根美樹の「ルーツ=南島回帰」のきっかけは明らかに田端「島育ち」だったはずです。
 また、青春歌謡系の「林檎の花咲く町」(s38-2)をヒットさせた高石かつ枝は、すぐに「沖縄よいとこ」(s38-3 藤原良とデュエット)を出し、「永良部百合の花/島はたのしや」(s38-8)も、さらにクラウンに移籍しても「南国エレジー/えらぶ小唄」(s40-2)。
 そういう「南島」ブームの中で、三沢あけみ(&マヒナスターズ)の「島のブルース」が登場し、さらにブームを過熱させる大ヒットとなったのでした。

 なお、「島育ち」をヒットさせたのは田端義夫ですが、昭和37年の紅白歌合戦で「島育ち」を歌ったのは朝丘雪路でした。(田端でなく朝丘が歌ったのは不自然ですが、田端が出場しなかったのは、田端には以前から暴力団との黒い交際の噂があってNHKに忌避されたせいではないか、とこれは私の証拠なき憶測です。)
 朝丘は38年の紅白でも「永良部百合の花」を歌います。田端義夫は朝丘に一年遅れてその38年の紅白(これが初出場)で「島育ち」を唄うことになります。その結果、昭和38年大晦日の紅白歌合戦では、仲宗根美樹が「奄美恋しや」を、朝丘雪路が「永良部百合の花」を、田端義夫が「島育ち」を、三沢あけみが「島のブルース」を、なんと四曲もの南島(奄美)歌謡が歌われたのでした。)

534 小宮恵子「チャグチャグ馬っこ」 若い民謡(7) チャグチャグ馬コ

 この「若い民謡」シリーズ、ややマイナーな曲がつづきますが、「演歌調」や「民謡調」「日本調」の歌手の場合を除いて、民謡モチーフの曲はメイン扱いにならないのが青春歌謡の時代(後期)の実状なのです。
 小宮恵子は金田星雄とのデュエット「幸せを摑んじゃおう」(s37-8)「二人で駈けよう」(s38-6)などで青春歌謡の時代のパイオニアだった女性歌手でしたが、歌唱法は日本調。その小宮恵子の「チャグチャグ馬っこ」。これは民謡モチーフというより祭りをモチーフにした歌。こちらで聴きながらお読みください。
 (レコードジャケット画像がないので、この歌の半年ほど前、「家の光」昭和40年8月号の田園ソング「逢いたいなア」のページ画像を。その下は現代の祭りの画像。)

小宮恵子「チャグチャグ馬っこ」
小宮恵子s408「家の光」より  昭和41年3月発売
  作詞:横井弘 作曲・編曲:江口浩司
 一 南部エー
   南部自慢の 飾りつけ
   チャグチャグ馬っこのお通りだ
   ハイお通りだ
   手綱とる人 癪(しゃく)な人
   娘ごころを 知りながら
   乙に澄まして 風を切る
   ハイ チャグチャグ
 二 恋のエー
   恋のコの字も 知らぬ子に
   チャグチャグ馬っこが 火をつけた
   ハイ火をつけた
小宮恵子・チャグチャグ馬っこのために   月のやしろの しのび逢い
   逢えば思いが 燃えるのに
   口に出せない 紺がすり
   ハイ チャグチャグ
 三 喧嘩エー
   喧嘩したとて 好きは好き
   チャグチャグ馬っこが いなないた
   ハイいなないた
   白いうちかけ いそいそと
   幼なじみの 街道を
   揺れて行く日を 夢にみる
   ハイ チャグチャグ

 チャグチャグ馬っこは岩手県の民俗行事。華やかな装束で飾られた馬たちが滝沢市の鬼越蒼前神社から盛岡市の盛岡八幡宮までの約15キロをパレードします。
 南部地域(盛岡を居城とした南部氏が支配した地域で青森県下北半島までを含む)は古来優良な南部駒の産地として有名。馬小屋を別棟にするのでなく、馬と人とが家族のように一つ家に暮らすのが「南部曲り家」。そういう暮しの中で、若い娘が愛馬と「結婚」したという「遠野物語」第69話の人馬婚姻譚も生まれたのでしょう。
 元々は農耕馬として荷馬として、よく働いてくれた馬への感謝の行事です。馬が歩くと装具の多数の鈴が鳴る。その鈴の響きが「チャグチャグ」。(チャグチャグ馬っこについてはこちらの盛岡市のホームページをご参照ください。)
 三橋美智也を擁するキングレコード。民謡調はお手の物。民謡調歌謡としては実に良質な曲で、小宮恵子の愛らしい歌唱の魅力を十分発揮しています。
 若い女性の澄んだ声の美しさを表現する「鈴を転がすような」という慣用句がありますが、小宮恵子の歌声はまさしく五線譜の上をころころと鈴が転がるよう。その意味でも「チャグチャグ馬っこ」は小宮恵子にぴったりの歌。

小宮恵子・チャグチャグ馬この装い 一番はチャグチャグ馬っこの行列風景。その手綱をとる「引き手」の男たちの中に好きな若者がいる。一目惚れかもしれません。引き手の衣装は馬や「乗り手」に比べれば地味な労働着ですが、それでも若者たちの晴れ舞台。
 二番に「紺がすり」とあります。上掲画像のとおり、「紺がすり」は「引き手」の娘たちの衣装。馬の引き手として一緒に参加したのかもしれません。二人で同じ馬を引いたのかもしれません。若者の横顔を一心に見つめる娘。若者の方はただ前を向いて「乙に澄まして」歩いているのでしょう。何を歌っても恋愛で味付けするのは歌謡曲の基本です。
 祭りが縁で知り合った二人、二番ではとうとう「月のやしろのしのび逢い」にまで発展します。チャグチャグ馬っこは本来、馬の無病息災を祈って、愛馬をつれて馬の守り神である滝沢市の鬼越蒼前神社(おにこしそうぜんじんじゃ)に参拝するのが始まり。昭和5年に秩父宮が来県した時、蒼前神社参拝後に列を成して盛岡八幡宮の神前馬場で馬ぞろいを見せたのが今日のパレードの原型になったのだそうです。さて、小宮恵子のヒロイン(語り手)がしのび逢う「やしろ」はひなびた蒼前神社か由緒格式ある盛岡八幡宮か。この歌のひなびた風情からして、ぜひとも蒼前神社であるべきでしょう。
 (蒼前様(そうぜんさま)は馬の守り神。滝沢市の鬼越蒼前神社は、死んだ馬を村人たちが手厚く葬って祠を立てたのが起源だと言われています。)
 「恋のコの字も知らぬ子にチャグチャグ馬っこが火をつけた」。旧仮名で書けば「恋」は「こひ」。「こひ」のコの字も知らなかった娘は「こひ」の「ひ=火」の字を知ってしまったわけです。「逢えば思いが燃える」のも当然。「思い」も旧仮名では「おもひ」。「こひ」と同じく「おもひ」も「ひ」を含む。その「ひ=火」が燃えるのです。
 「こひ」や「おもひ」が「ひ=火」を含むというのは私の思いつきではありません。平安朝の和歌以来の古典の常識です。例証として、舟木一夫「くちなしのバラード」(s43-1)で引いた「古今集」詠人知らずの歌をもう一度。
 耳成の山のくちなし得てしがな思ひの色の下染めにせむ
 「耳成山」は万葉以来有名な奈良三山の一つ。耳がない「耳成(=耳無し)山」で口がない「くちなし(口無し)」の実を手に入れたい、というのが第一の言葉遊び。くちなしの果実から作った染料は工程の最後には赤黄色。つまり燃える「おもひ」の「ひ(火=緋)」の色。「思ひ」が「ひ=火」を含むからこそ成立する第二の言葉遊びです。
 「思ひ」は燃えても「口に出せない紺がすり」。彼女もまた、恋の「思ひ」を容易に「口に出せない(告白できない)」恋のくちなし(口無し)の一人です。口に出せないからこそ「こひ」の「おもひ」はいっそう切なく燃え上がるもの。
 さて、二人の仲は順調に進んだようで、三番では「白いうちかけ」を着て馬の背に揺られながら嫁入りする日を夢みます。むかしながらの田舎の嫁入り風景。島倉千代子「りんどう峠」(s30-9 西條八十作詞)も「♪ 姉サは馬コでお嫁に行った」と歌っていました。「りんどう峠」の馬の鈴は「りんどう」ゆえに「りんりん」鳴っていましたが、こちらチャグチャグ馬っこが縁で結ばれた彼女の嫁入りでは馬の鈴はやっぱり「チャグチャグ」鳴るのでしょう。

 ところで、岩手県には「チャグチャグ馬コ」という民謡があって、youtubeのあちこちで聴けます。歌詞もちゃんと七七七五の民謡調(元々は都々逸などの俗謡)。
 しかしこの「チャグチャグ馬コ」、昔からの歌ではなく1970年(昭和45年)の岩手国体のために作られた新民謡なのだそうです。なんと小宮恵子のこの歌の四年後ではありませんか。そして、その歌詞には「〽去年祭りに見初めて初めて今年ゃ背中の子と踊る」、また「〽おらが馬コは三国一よ嫁コしゃんと引け人が見る」。なんと小宮の歌と同じく、祭りで見染めた恋愛と結婚のモチーフが(男の立場から)歌われているではありませんか。
 その四年前に発売された小宮恵子の「チャグチャグ馬っこ」。全国的にヒットしたとはいえませんが、岩手県ではどうだったのでしょう。今はもう岩手県でも忘れられてしまったのでしょうか。ちょっと気にかかります。

533 舟木一夫「ふたつちがい」 若い民謡(6) 郡上節(郡上踊り)

 舟木一夫にも、民謡を現代風にアレンジして歌った「舟木一夫と若い民謡(s40-10)と題するLPが舟木一夫・コロシート・歌謡と民謡裏あります。(後に同じタイトルの4曲入りコンパクト版「舟木一夫と若い民謡」(s42-6)も。)また、「哀愁の夜」などのヒット曲と民謡の両方を収めたソノシート集(コロムビアでは「コロ・シート」と呼びました)「歌謡と民謡」(s41-3頃)も出しています(右画像はそのジャケット裏面)。
 もちろん舟木には青山和子と歌った「織姫音頭」(s39-6)などの新作民謡もあり、「木挽哀歌」(s40-1)や「ひぐれ山唄」(s41-5)のように民謡の哀調を活かした名曲もありました。
 「御三家」でもともと民謡調に近かったのは股旅歌謡時代の初期の橋幸夫でしたが、青春歌謡も後期になると橋がリズム歌謡などで「現代・都会風」中心にシフトしていく中で、むしろ歌謡曲の正統(伝統)を踏む「和風」の舟木が「若い民謡」を中心的に担って行ったわけです。
 ここでは既存の民謡をモチーフにした舟木の「ふたつちがい」を紹介します。
 こちらで聴きながらお読みください。
 (レコードジャケット画像は以前使ったので、上は昭和41年10月の大阪新歌舞伎座公演パンフレット。これが初の座長公演。下はその大阪新歌舞伎座公演を特集した「別冊近代映画」昭和41年11月臨時増刊号の裏表紙。)

舟木一夫「ふたつちがい」
舟木一夫s41-10大阪新歌舞伎座初出演  昭和41年11月発売
  作詞:万里村ゆき子 作曲・編曲:船村徹
 一 ふたつちがいは ふるさとのひと
   川の流れに おもいをこめて
   そっと別れを 告げた夜
    〽郡上の八幡 出てゆくときは
     雨も降らぬに 袖しぼる
 二 祭りばやしに うかれた夜に
   月と一緒に 踊ってたのは
   君のたもとの 萩の花
    〽踊ろ踊ろよ 祖師野の宮で
     四本柱を 中にして
舟木一夫s41-11近代映画臨時増刊裏 三 ふたつちがいは ふるさとのひと
   待てばまたくる 二人の祭り
   やぐら囲んで 手拍子とれば
    〽唄もつづくが 踊りもつづく
     月の明るい 夜もつづく

 シングル盤ではなく、4曲入りLP「舟木一夫の新吾十番勝負」に収録されたもの。(この4曲入り、「新吾十番勝負」「雪国へ」そしてこの「ふたつちがい」と秀作ぞろいでした。)
 二歳違いの恋人と別れてふるさとを出た夜の想い出。処は岐阜県の郡上八幡。時は郡上踊りににぎわう夜。
 郡上八幡はむかしは郡上郡八幡町。いまは2004年に郡上郡の7町村が合併して成立した郡上市の八幡町。むかしもいまも「郡上八幡」で通ります。「平成の大合併」による地名抹消・歴史意識抹消への批判は以前「織姫音頭」(s39-6)の項で書きましたが、ここはうまく由緒ある地名を残しました。
 郡上踊りは処の名物。毎年7月中旬から9月上旬まで、盆の期間を中心にしてなんと32日間踊りつづけるという有名な祭り。江戸時代に藩主が奨励したのが始まりで400年も続くといいます。ことに盆の4日間は夜明けまで徹夜で踊ります。
 各連末尾二行は郡上踊り(郡上節)の「かわさき」の歌詞をほぼそのまま使いました。「かわさき」の多数の歌詞はこちらに載っています。
 一番の「郡上の八幡出てゆくときは雨も降らぬに袖しぼる」は「かわさき」の一番知られた歌詞そのまま。舟木の歌でも主人公(語り手)自身が恋人に別れを告げて故郷を出たのだと思われます。
 「袖しぼる」はむろん、しぼらなければならないほどに涙で袖がぐっしょり濡れた、という誇張表現。平安朝の和歌などで多用されました。「雨も降らぬに」と(無用の)説明を置くところが俗謡の歌詞というべきでしょう。

 ちょっと逸脱して有名な一首を。
 契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは
 作者清原元輔は清少納言の父親。「後拾遺集」に収められ、百人一首にも採られて有名です。 
 歌のおよその意味は、「約束しましたね。お互い袖をしぼるほどに泣きながら。あの「末の松山」を波が越えることは絶対にないというが、それと同じく二人の愛も絶対に代わらないと。」(にもかかわらずあなたは心変わりしてしまった。)
 歌枕として知られる「末の松山」は宮城県多賀城市の海岸からおよそ2キロの場所にある宝国寺というお寺の裏山。
 元輔の歌は「古今集」東歌の「君をおきてあだし心を我が持たば末の松山波も越えなむ」(あなたという恋人がいるのに浮気心を私がもったらば、海の波も絶対に越えられないというあの末の松山を波が越えることでしょう。)を踏まえた本歌取り。
 「君をおきて」は「東歌」なので宮城県あたりの人が詠んだ歌かもしれません。そして、実はこの歌の背後に、平安朝初期869年に三陸を襲った貞観大地震の際に大津波が押し寄せたが、さすがに末の松山を波が越えることはなかった、というなまなましい体験(伝承)があるのではないか、という興味深い学術論文の紹介は、こちらをご参照ください。東日本大震災の大津波でも、宝国寺本殿の石段まで津波が来たが裏の末の松山には至らなかった、とのこと。

 さて、二番は踊った夜の想い出。「君のたもとの萩の花」の模様も「月と一緒に」踊っていた、とはうまい。新暦で月遅れの盆、旧暦でないので満月とは限りませんが「月に萩」の風情です。
 この「踊ろ踊ろよ……」も同じく「かわさき」の文句「踊らまいかよ(踊らぬはずがあろうか)祖師野の宮で四本柱を中にして」の冒頭七音を現代歌謡らしく口語に変えただけ。
 ところで、舟木は「祖師野の宮」を「そしやのみや」と歌っています。しかしこれはまちがい。「祖師野」は「そしの」。こちらに「祖師野(そしの)八幡宮」の紹介があります。
 三番の「唄もつづくが踊りもつづく月の明るい夜もつづく」も「かわさき」の文句そのまま。
 同じく故郷の祭り(踊り)に重ねて恋人を想うにしても、橋幸夫「おけさ唄えば」(s35-10)のように「とんで帰る」とも言わず、三田明「花笠娘」(s41-1)のように「嫁に来い」とも歌いません。しかし、三番の歌詞はちっとも暗くない。むしろ明るい。なにしろ「待てばまたくる二人の祭り」。きっと祭りの夜に再会する約束なのでしょう。

532 西郷輝彦「ハイヤング節」 若い民謡(5) 鹿児島ハンヤ節 付・NHKTV「若い民謡」

 若い民謡シリーズにもどりましょう。
 昭和40年ごろから数年間、NHKテレビにタイトルもずばり「若い民謡」という番組がありました。毎週木曜日の昼12時15分からの25分番組。若い歌手たちが現代的なアレンジで民謡を唄ったり、民謡をモチーフにした新作歌謡を唄ったり。(コーラスグループのロイヤル・ナイツが番組で唄った民謡を集めたLP「ロイヤル・ナイツの若い民謡」(s40)を出しています。)
 このブログで取り上げた吉永小百合「わたしは毬藻」(s42-2)もそこで発表された新曲でした。
 今日はその「若い民謡」で披露されたもう一曲。発売は「わたしは毬藻」より一カ月早い西郷輝彦「ハイヤング節」を。こちらで聴きながらお読みください。
 (レコードジャケットの下は、「若い民謡」つながりで、「明星」昭和42年2月号表紙、西郷輝彦と吉永小百合。さらにその下は全音の楽譜の表紙。)

西郷輝彦・ハイヤング節&青年さくら音頭西郷輝彦「ハイヤング節」
  昭和42年1月発売
  作詞:星野哲郎 作曲・編曲:小杉仁三
 一 ハアー
   桜島さん 名はやさしいが
   みれば火をふく 男山
   さつま隼人の 魂を
   ゆすり起こして サーマ 火をつける
 二 ハー
西郷輝彦s42-2&吉永小百合   はんや踊りと 九州男子
   云うに云えない 節(せつ)がある
   豪気ななかにも 霧島の
   山のつつじの サーマ 香りする
   〽ソラ 逢いたいときには
    ジェットでおいで
    お茶でものませて すぐ帰す
    ワカイヤッチャ ワカイヤッチャ
    ヤンヤンヤン
 三 ハー
   親を大事に せぬよなひとは
   僕はお嫁に もらわない
   わがまま息子も これだけは
西郷輝彦・ハイヤング節・全音   頭さげます サーマ 親の恩
 四 ハー
   あとは僕らに おまかせ願い
   させてください 国造り
   太平洋から さしのぼる
   朝日背にして うたううた
   〽ソラ 日本列島 北から南
    こころと こころの 屋根つづき
    ワカイヤッチャ ワカイヤッチャ ヤンヤンヤン

 西郷輝彦の民謡モチーフのレコードはこれが2枚目。1枚目の「青年おはら節(/薩南哀歌)」は昭和40年1月1日発売。2枚目のこれ「ハイヤング節/青年さくら音頭」は2年後の昭和42年1月1日発売。ともにめでたい「正月レコード」、または「初荷レコード」。
 星野哲郎が書いた歌詞は、鹿児島出身で芸名も故郷の英雄・西郷隆盛にあやかった西郷輝彦らしく、郷土名物・桜島霧島つつじをシンボルとして詠み込みながら「さつま隼人」「九州男子」の気概を謳います。三番では親孝行の美徳を守るちょっと古風で頑固な「薩摩っぽ」らしい青年像、四番では旧世代に代わって「国造り」を引き受ける意気込みまで。それでこそ南洲翁の精神を継ぐ60年代の「ヤング」というもの。

 曲もイントロ部分は「青年おはら節」を思い出させます。「青年おはら節」はもちろん「鹿児島おはら節」がモチーフでしたが、こちら「ハイヤング節」は二番に「はんや踊り」が出てくるとおり「鹿児島ハンヤ節」がモチーフ。
 「鹿児島ハンヤ節」をご存じない方はこちら「NHK新日本紀行アーカイブス」で聴かれるのがよいでしょう。そこに「ハンヤ節」の歌詞もいくつか紹介されていますが、その「サーマ(←さあ、まあ?)」という特有の合いの手(調子をとる無意味な文句)を星野哲郎もそのまま使っています。
 (ところで、二番二行目「節がある」の「節」を西郷は「せつ」と歌っています。これでよいのでしょうか?
 「節がある」は文脈上「九州男子」と「はんや踊り」の両方を承けています。「九州男子」を承ければ「せつ」でよいでしょう。「節を枉(ま)げない」「節を屈する」などという時のあの「節」、人間として大事な主義主張を貫く倫理的な姿勢、志操、節操です。しかし、「はんや踊り」を承けるなら、「ふし」、民謡の歌い方、「節回し」の「ふし」ではないでしょうか?
 ここは星野哲郎、「九州男子」と「はんや踊り」の両方を「節」という漢字一文字で承けた言葉遊びの工夫に、どうも無理があったような気がします。)

 さて、民謡にはあまり詳しくありませんが、こちらの「日本大百科全書」の「ハイヤ節」解説やこちらの「うんちくの旅」と題するブログの「ハイヤ節」の記述などを参照すると、おおまかに、
 鹿児島では「ハンヤ節」と呼ぶこの民謡、全国に流通している名称は「ハイヤ節」、発祥の地だと目される九州一円にもむろん「ハイヤ節」として広まっていて、その鹿児島での地域的呼称が「ハンヤ節」。つまり、「鹿児島ハンヤ節」も「ハイヤ節」の一種
 と考えてよさそうです。
 現に、上でリンクしたNHK新日本紀行アーカイブスの「ハンヤ節」の歌詞は、やはり上でリンクした「うんちくの旅」が紹介する「ハイヤ節」の多数の歌詞と、最初に掲げられた「今朝出した舟はどこの港に入れたやら」はほぼ(部分的な変異はあるものの)共通するのです。
 そして、ここから例によって「遊星王子」得意の(?)「深読み」になるのですが、
 すくなくとも星野哲郎は「ハンヤ節=ハイヤ節」と考えていたに違いありません。
 なぜなら、「ハイヤング節」という曲名に、ちゃんと「ハイヤ節」という名称が隠れているからです。
 「ハイヤング節」は「ハイ・ヤング節」ではないのです。「high young」などという英語はありません。(もっとも、「hi young」ならあり得ます。「やあ、若者たちよ」といったニュアンス。)
 これは「ハイヤ(ング)」なのです。
 つまり、九州の「ハイヤ節」(鹿児島の「ハンヤ節」)を若者(ヤング)風に仕立て直した「ハイヤ+ヤング節」、それを約めて「ハイヤング節」、「若い(ヤングの)ハイヤ節」なのです。
 まさしく「若い民謡」そのものを意味する曲名。これこそ星野哲郎がこの歌に仕掛けた肝心かなめの言葉遊びだったのではないでしょうか。
 そして二番と四番でくりかえされる「〽ソラ」以下の文句、アップテンポのこの部分は、ことに「ワカイヤッチャ ワカイヤッチャ」以下、「ハンヤ節」というより徳島の阿波踊りの囃しことば「〽エライヤッチャ エライヤッチャ」を連想させますが、末尾は「ヨイヨイヨイヨイ」ではなく「ヤンヤンヤン」。これももちろん「ヤン(グ)ヤン(グ)ヤン(グ)」のはず。英語の「ng」は「グ」をはっきり発音しない方が英語らしく聞えるものです。
 念を押しておけば、上掲「うんちくの旅」の記述によれば、徳島の阿波踊りも「ハイヤ節」に由来すると言われている、のでした、

531 仲宗根美樹「次郎ちゃん」 彼氏の名前(3) 付・山岳遭難者数推移

 では、奥村チヨ「ごめんね…ジロー」(s40-10)に3年半先駆けた「ジロー」の歌、仲宗根美樹「次郎ちゃん」。
 こちらで聴きながらお読みください。(レコードジャケット画像2枚の下は「明星」昭和37年5月号表紙。)

仲宗根美樹・次郎ちゃん仲宗根美樹「次郎ちゃん」
  昭和37年5月発売
  作詞:藤間哲郎 作曲・編曲:桜田誠一
 一 次郎ちゃん 次郎ちゃん
   なんだって なんだって
   吹雪の中へ 消えちゃった
   ピッケル振って 笑ってた
   次郎ちゃん 次郎ちゃん
仲宗根美樹・次郎ちゃん他   あの日がついに お別れね
 二 次郎ちゃん 次郎ちゃん
   どうしたって どうしたって
   好きだと言って 欲しかった
   私に夢を くれながら
   次郎ちゃん 次郎ちゃん
   きびしい山に 生きたのね
 三 次郎ちゃん 次郎ちゃん
   呼んだって 呼んだって
仲宗根美樹s37-5明星   あなたは町に 帰らない
   こぶしの花は 咲いたけど
   次郎ちゃん 次郎ちゃん
   わたしがひとり 見るだけね

 36年年末の「川は流れる」(s36-9)の大ヒットから半年、橋幸夫が亡き恋人の名を呼んだ「江梨子」(s37-1)から4カ月、女性が男性名を呼ぶ歌の走りではなかったでしょうか。
 曲は鎮魂歌(レクイエム)の沈んだイメージというよりも、ややムード歌謡風。同じく雪山遭難者を悼む歌でも、その勇壮さが悲愴さにも通じた克美しげる「雪山に消えたあいつ」(s41-2)とは対極の曲調です。克美の歌は同じ山(穂高)に登って唄う山男たる友人の歌、こちらはあくまで「町」に残って唄う女の歌なのでした。
 藤間哲郎の詞は、橋の「江梨子」8回を大幅にしのいで、名前を呼ぶこと計12回。ただ、佐伯孝夫の詞は「江梨子」の名を呼ぶにも一回ごとに工夫がありましたが、こちらは「次郎ちゃん 次郎ちゃん」をくりかえすだけで、やや単調の憾みなしとしません。
山岳遭難の発生状況 それにしても、こちらのページからコピーした右のグラフをご覧ください。山岳遭難者数の推移。
 冬山に限った統計ではありませんが、2015年の山岳遭難者3043人、そのうち負傷者1151人、死者335人。グラフから大まかに推定するに、53年前、昭和37年(1962年)は、遭難者500人ほど、負傷者300人ほど、死者200人ほどでした。驚きを超えてあきれるほどの急増。特に2000年ごろから一気に増えたこともわかります。どうやら高齢者の登山が増えたのが主たる原因のようなのですが、遭難者数が6倍になったのに死者数が1,6倍程度にとどまっているのは、携帯電話等の普及のおかげもあるでしょうか。
 それにしても、こうまで遭難者が増えては、「悲劇」である以前に「はた迷惑」の感が先立ちます。山を侮ってはいけません。
 なお、仲宗根美樹はこのレコードの半年後、「ユキコの灯雪国の娘(こ)」(s37-11)を発売します。ボニージャックスとともに歌った「ユキコの灯」(横井弘作詞)は、アルプスの山小屋で暮らす娘の歌、彼女もやっぱり「いとしい人の眠る谷」を見守りつづけているのでした。
 仲宗根美樹は南国イメージの歌手でしたが、意外にも、こういう雪の世界の歌もよく似合いました。
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