遊星王子の青春歌謡つれづれ

歌謡曲(青春歌謡)がわかり、ついでに文学と思想と歴史もわかってしまう、とてもためになる(?)ブログ。青春歌謡で考える1960年代論。こうなったらもう、目指すは「青春歌謡百科全書」。(ホンキ!?)

 「遊星王子」は遠い星からやってきました。ふだんは東京の街角の靴磨き青年に身をやつしています。アメリカの大都会の新聞記者になりすましているスーパーマンに比べると貧乏くさいけれど、これが日本、これが戦後です。
 宇宙から日本にやって来た正義の味方としては、スーパー・ジャイアンツには遅れましたが、ナショナルキッドよりは先輩です。
(またの名を落日の独り狼・拝牛刀とも申します。牛刀をもって鶏を割くのが仕事の、公儀介錯人ならぬ個人営業の「解釈人」です。)

 「青春歌謡」の定義や時代区分については2011年9月5日&12月31日をお読みください。暫定的な「結論」は2012年3月30日に書きました。
 この時代のレコードの発売月は資料によってすこし異なる場合があります。
 画像も音源もほぼネット上からの無断借用です。upされた方々に多謝。不都合があればすぐ削除しますのでお申し出下さい。
 お探しの曲名や歌手名・作詞家名があれば、右の「記事検索」でどうぞ。
 「拍手コメント」には返信機能がありません。コメントやご連絡は「メッセージ」(右上「遊星王子」画像の下の封書のしるし)をお使いください。非公開です。
 なお、以前の記事にも時々加筆修正しています。
 *2015年2月23日
 「人気記事」を表示しました。直近一週間分の集計結果だそうです。なんだかむかしなつかしい人気投票「ベストテン」みたいです(笑)。(一週間じゃなく5日間じゃないのかな?)
 *2015年7月25日
 記事に投稿番号を振ってみました。ブログ開始から3年と11か月。投稿記事数426。一回に数曲取り上げた記事もあるので曲数は500曲ぐらいになるでしょう。我ながら驚きます。
 *2017年6月17日 累計アクセス数1,000,000突破。
 *2017年10月16日、他で聴けない曲に限ってyoutubeへのアップ開始。
  https://www.youtube.com/channel/UCNd_Fib4pxFmH75sE1KDFKA/videos

554 舟木一夫&内藤洋子「今度の日曜日」 歌うスターたち(5)

 「恋のホロッポ」のB面も紹介しておきましょう。舟木一夫&内藤洋子「今度の日曜日」。
 内藤洋子がレコードに残した歌声は、映画「その人は昔」の挿入歌「白馬のルンナ/雨の日には」と同じ挿入歌で舟木一夫とデュエットしたこの「恋のホロッポ/今度の日曜日」の2枚4曲だけです。 
 LPヴァージョン映画ヴァージョンレコードヴァージョンで曲の長さが違います(下記参照)。
 こちらでレコードのフルヴァージョンを聴きながらお読みください。7分にせまるロングヴァージョンです。(さすがにこの長さ、昭和42年時点では(技術的にも)EP化しにくかったかもしれません。)
 (画像上は「近代映画」昭和42年6月号表紙。下は「週刊平凡」昭和42年7月6日号表紙。)

舟木一夫&内藤洋子「今度の日曜日」
内藤洋子s42-6  昭和58年5月発売
  作詞:松山善三 作曲・編曲:船村徹
 
  さよなら また今度の日曜日
  さようなら また今度の日曜日
  目はみえるから キミをみたいと言う
  耳はきこえるから
  あなたの声をききたいの

  一日逢わないと こぼれてしまう
  この想いを明日は キミのかぶる
  ネッカチーフに くるんで渡そう
  想うことが こんなにも つらいことだと
舟木一夫&内藤洋子s42-7-6&舟木一夫  僕は知らなかった

  一日逢わないと あふれてしまう
  この想いを明日は あなたの服の
  胸のポッケに たたんで渡そう
  想うことが こんなにも つらいことだと
  わたし 知らなかった


  雨がふれば この雨は
  どこからきて
  どこへ流れるのかとおもう
  風が吹けば この風は
  どこからきて
  どこへゆくのかとおもう


  キミへの想いはいつ生まれ
  どうして こんなに燃えるのだろう

 「東京には夢がある」と信じて親の反対を振り切って出奔した二人、舟木は小さな印刷工場で、内藤は喫茶店で、ともに働きながらタイプ学校で学ぶ日々。日曜日のデートだけがつましい二人の歓び。そういう場面で歌われるのがこの歌。
 この歌、もともとのLP「その人は昔」で歌われたのは上掲歌詞の青い太字部分だけ(もちろん舟木のソロ)。映画用に前後に歌詞が加筆され、船村がそれにあわせて追加部分も作曲したわけです。そういう経緯だったにもかかわらず、しみじみした一曲として全体の統一感を作り上げています。
 なお、おそらくその時点で全編完成して吹き込みもされていたのでしょうが、映画で使われたのは上掲歌詞の青い部分(第二連&三連)だけでした。(こちらに映画から切り取った動画がありますが、残念ながら第二連部分しかありません。)
 したがって、全編聴けるのは映画公開から16年後に発売されたこのレコード版だけ、ということになります。
 (LPには第一連はなく、映画使用部分でも第一連が歌われていないので、どちらも「今度の日曜日」というタイトルにはなりません。舟木は映画公開に合わせて「その人は昔」のステージ公演を行っています。その際には相手役の女性(内藤洋子ではない)も登場しているので、おそらくそのステージでデュエットとして歌われたのではないかと推測します。「今度の日曜日」というタイトルもその際に付けられたのではないでしょうか。)

 ちなみに、「別冊近代映画」昭和42年7月号には、「ステージで「その人は昔」を全曲歌います」という見出しの「ボクの近況報告」が載っていますが、引用すると、
 《LPには吹込んではいないもので、映画の中でうたった「一人でいると淋しい」とか、「恋のポロッポ」など数曲をくわえ、全部で二時間あまりのステージになる予定です。》
 終始舟木の一人称で書かれていますがたぶん取材した記者が書いたのでしょう。おわかりのとおり、「一人でいると淋しい」は正しくは「じっとしてると恋しい」、「恋のポロッポ」は「恋のホロッポ」。取材時点でタイトルが確定していなかったのか、舟木の記憶ちがいか、それとも記者の聞きまちがい・書きまちがいか。とりわけ、「ホロッポ」を「ポロッポ」としてしまった点など、「ホロッポ」という言葉が記者には(もしかしたら舟木自身にも?)まるで意味不明な言葉だった証拠でしょう。

 さて、このレコード版フルヴァージョン、私がとりわけ感心するのは、まず第一連。「さよなら」「さようなら」の別れの言葉から始まって、「目はみえるから キミを見たいと言う」「耳はきこえるから あなたの声をききたいの」。心では自制しようと思うのに、「目」や「耳」が心のいうことをきかず、各自の機能のままに「キミ/あなた」を「見たい/ききたい」と欲してしまう、というのです。松山善三、たしかに詩人です。
舟木一夫&内藤洋子・その人は昔・スナップs42-7 (右画像は「別冊近代映画」昭和42年7月号から。)
 そして、第三連。雨につけ、風につけ、「どこからきて どこへ流れる(ゆく)のかとおもう」。ここは、詞の構成としては、最終連で「キミへの想いはいつ生まれ/どうして こんなに燃えるのだろう」と恋愛心理の主題として回収されるのですが、しかし「どこから/どこへ」には「いつ/どうして」に回収しきれぬものがあるように感じます。
 雨や風に「どこから/どこへ」を問うてしまうのは、この二人が東京という大都会にまだ根を下ろせていないからではないか、彼ら自身の存在の浮動性、それゆえの不安がこういう思いを引き起こしているのではないか、と感じるのです。つまり、「どこから/どこへ」流れてゆくのか、とは、彼ら自身の自分の将来への不安でもあるだろう、ということです。

 事実、この歌の段階では、「夢」は将来への「希望」であって、だから彼らの現在を吊り支えていました。彼らが働きながらタイプ学校に通い、つつましい努力と忍耐の日々を送っていたのも「希望」を信じればこそです。しかし、「夢」には「欲望の充足」という側面があります。そして、都会は、「将来」のために今を禁欲することなく、この「現在」を楽しめ、刹那の欲望と快楽に身をまかせよ、と誘惑する場所でもあります。
舟木一夫&内藤洋子・その人は昔・スチール やがて舟木も仲間づきあいでマージャンを覚えたりオートレースにはまったりし出して、さみしい思いをすることの多くなった内藤の前には誘惑する男が現れます。二人の心ははぐれて行き、物語は悲劇の結末へと進行していくことになります。(右画像は映画スチール。)

553 舟木一夫&内藤洋子「恋のホロッポ」 ホロッポは鳩? 歌うスターたち(4)

 前回、姿美千子のデュエット(&ソロ)レコードについて、せめてもう3年早ければ、と何度も嗟嘆しましたが、今日はさらに、もう16年(!)早ければ、というデュエット・レコードを。
 舟木一夫と内藤洋子のデュエット「恋のホロッポ」。こちらで聴きながら、もしくは映画「その人は昔」の一場面を堪能した後で、お読みください。「空港成田」さんに感謝しつつ無断リンクします。
 (レコードジャケットの下の画像は二枚とも「別冊近代映画」昭和42年7月号から。)

舟木一夫&内藤洋子「恋のホロッポ」
舟木一夫&内藤洋子・恋のホロッポ  昭和58年5月発売
  作詞:松山善三 作曲・編曲:船村徹

  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  何故君は走っているの
  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  何故だか私はわからない
  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  何故君は泣いているの
舟木一夫&内藤洋子・その人は昔s42-7別冊近代映画より  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  何故だか私はわからない
  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  ホロッポホロッポ
  一緒に泣いてあげようか
  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  ホロッポホロッポホロッポホロッポ

  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  何故あなたはだまっているの
  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  何故だか僕にはわからない
  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  何故貴方は泣いているの
舟木一夫&内藤洋子・恋のホロッポs42-7別冊近代映画より  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  何故だか僕にはわからない
  ホロッポホロッポ
  一緒に泣いてあげましょうか
  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  ホロッポホロッポホロッポホロッポ
  
  ホロッポホロッポ
  一緒に遠くへ行こうよ
  ホロッポホロホロ ホロッポホロホロ
  ホロッポホロッポホロッポホロッポ

 B面の「今度の日曜日」とともに、映画「その人は昔」(s42-7-1公開)の挿入歌。映画のすべての主題歌&挿入歌と同じくこれも松山善三の作詞、船村徹の作曲。舟木一夫と内藤洋子の楽しい掛け合い。主題歌&挿入歌中でいちばん明るく楽しく軽快な歌。
 上記リンク先「空港成田」さんの動画末尾にあるとおり、歌詞の最後で「一緒に遠くへ行こうよ」と歌った二人は、貧しい暮しからの脱出を求めて東京に行くことになります。つまり、映画の中でこの挿入歌は、北海道での二人の幸福の頂点を表現する歌なのでもありました。

 さて、この歌には大きな疑問が二つあります。
 一つは、なぜ映画公開から16年もたってやっとレコード化されたのか、ということ。
 昭和58年(1983)、青春はとうに過ぎ去って舟木一夫も38歳、このころは青春歌謡とはまったく異なるテイストの曲を歌っていたし、内藤洋子はとっくに(1970=s45)結婚して芸能界を引退、そのうえアメリカに移住(1974=s49)していたというのに。これほどにも発売時機を逸しこれほどにも遅きに失したレコードはほかにないでしょう。
 舟木も内藤も同じコロムビア・レコード所属なのでレコード化には何の支障もなかったはずです。実現していれば実に新鮮で魅力的なデュエット・レコードになっていたはずなのに。
 ちなみに、「その人は昔」は、以前書いたように、まず「心のステレオ」としてLP発売(s41-11)。ついで映画化(s42-7-1)。映画封切に合わせて、多数の主題歌、挿入歌の中から、舟木は「心こめて愛する人へ/じっとしてると恋しい」(s42-7)をシングル発売。内藤は「白馬のルンナ/雨の日には」(s42-7)をシングル発売していました。この4曲ともLPにはなく、映画のために作られた曲。「恋のホロッポ」も映画用に作られた曲で、条件は同じだったにもかかわらず、「恋のホロッポ」は最初のシングル化選択に漏れてしまったのでした。(もっとも、主題歌「その人は昔」もシングル化されなかったのですが。)(実はB面の「今度の日曜日」が演奏時間7分に近い長尺。通常の歌謡曲の2曲分の長さ。それが、この魅力的な舟木と内藤のデュエット盤が実現しなかった理由かもしれません。)
 ではなぜ唐突に16年後にレコード化されたのか?
 実はこの1983年(s58)5月、コロムビアはなつかしい廃盤レコードをセットで多数復刻発売していたのです。
 当時私が購入したのは、本間千代子と守屋浩の各3枚組セット。こちらのブログによれば、その時私の目に触れなかった3枚セットの一枚に「恋のホロッポ」が入っていたようで、他の2枚は内藤洋子「白馬のルンナ/雨の日には」と酒井和歌子(&江夏圭介)「大都会の恋人たち/雨をうけたら」だったそうです。東宝の青春スター、内藤洋子&酒井和歌子の3枚セットだったわけです。他のセットも含めてすべてが復刻発売の中で、唯一の特例として、この舟木&内藤「恋のホロッポ/今度の日曜日」だけがオリジナル、初めてのレコード化なのでした。企画担当者の英断に感謝!

 さて、第二の疑問。何度も何度も繰り返されてタイトルにもなっている「ホロッポ」とは何?
その人は昔s42-6-22週刊平凡より 映画では舟木と内藤が乗馬でのデートを楽しむ場面で使われているので「ギャロップ」(全力疾走する馬の駈け方)なども連想しますが、まず手がかりは「ホロホロ」。(右画像は「週刊平凡」s42-6-22号から)
 「ホロホロ」といえば、教養人なら(?)誰でも思い浮かべるのが
 山鳥のほろほろと鳴く声きけば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ
 これは道路や橋を作って社会事業を展開したり、大仏造営の寄付金を集めたりしたことで知られる奈良時代の高僧・行基の作として伝わる有名な歌(『玉葉和歌集』所収)。以来、「ほろほろ」は山鳥の鳴き声。
 また、歌謡曲ファンなら誰でも思い出すのが「旅の夜風」(s13-9 西條八十作詞)一番の「♪ 泣いてくれるなほろほろ鳥」。
 「月の比叡を独り行く」とつづくこの「ほろほろ鳥」も、南国産の「ホロホロチョウ」ではなく、やっぱり日本の山鳥。「ホロホロ」鳴くから「ほろほろ鳥」と名づけた、これは西條八十の大胆で見事な造語でしょう。「山鳥」は広くは山にすむ鳥全般、狭くはキジ目キジ科の特定の鳥。
 ならば、「ホロッポホロホロ」は鳥の鳴き声の擬音語、または「ホロッポ」という名の鳥が「ホロホロ」と鳴いている、という意味でしょう。北海道の広々とした野を馬で行く映画の場面にもふさわしい。馬上の二人の耳にその鳴き声が聞こえてくるのです、まるで二人の楽しい馬上デートに伴奏するかのように。
 では「ホロッポ」は山鳥?
 
 そこでさらに、通の(?)歌謡曲ファンなら思い出す(べき)歌が、三橋美智也「東京の鳩」横井弘作詞)。意外にもウェスタン風味の前奏が新鮮でかなりのヒット。(こちら、Mi Son さんのチャンネルで聴けます。)その一番は
  
  霧が渦巻く 東京の
  おまえと俺とは 迷い鳩
  ホ ホ ホロッポ 泣くまいナ
  ホ ホ 青空が なくっても
  自分で選んだ 道だもの


 二番三番でも繰り返される「ホ ホ ホロッポ」。「恋のホロッポ」の「ホロッポホロホロ(→ホロ ホロ ホロッポ)」とほぼ同じ。そして、「ホロッポ」は横井弘の詞では鳩の鳴き声(の一部)、あるいはずばり鳩のこと、なのです。
 しかもこれは昭和42年6月(?)の発売。発売月が映画封切と近いので、松山善三が横井弘の詞に触発されたとまでは言いにくいのですが、「恋のホロッポ」とほぼ同時期というのは重要です。
 そこで、舞台は東京ならぬ北海道ですが、「恋のホロッポ」の「ホロッポ」は鳩(山鳩)(またはその鳴き声)ではないか?というのが私の結論。
 山鳥の野趣も魅力的ながら、鳩の愛らしさの方が内藤洋子にふさわしく、また映画中のこの場面のほほえましさにもふさわしい感じがするのです。
 なお、北海道(の一部地域)の方言で鳩を「ホロッポ」と呼ぶ、と考える必要はないでしょう。
 鳥や動物を鳴き声で名づけるのはもっとも素朴な命名法。たとえば『古事記』や『万葉集』ではヒキガエル(蟇)のことを「タニグク(谷蟆)」と呼びますが、これは谷で「グク、グク」と鳴くから。
 古代人のこういう命名法は今でも幼児言葉に残っています。猫は「ミャ―」犬は「ワンワン」。「ほろほろ」鳴くから「ほろほろ鳥」だという詩人・西條八十の「ほろほろ鳥」だって同じ命名方法なのです。
 世界を初めて名付けるとき、人は誰でも詩人です。子供だって田舎者だって古代人だって詩人です。花や小鳥や小動物の様々な呼び名(方言)に関心を持った柳田国男は、自然界とふれあうときの最初の感動を生き生きと伝えるそういう名づけの行為に注目して、「幼稚なる詩人と言い得べくんば、国民全体こそはそれであった」(「昔の国語教育」)と述べていました。
 たとえば「♪ ぽっぽっぽ はとぽっぽ」と唄い出す童謡がありますが、元の題名(1911年=明治44年に小学一年生用文部省唱歌として発表)は「鳩」。すっかり幼児の歌として定着して、1941年(s16)の国民学校用教科書「ウタノホン」から題名も「ハトポッポ」になりました。歌い出しの「ハトポッポ」は、最初は、「ハト」が「ポッポ」と鳴く、という意味だったかもしれませんが、歌の題名に「昇格」したとき、「ハト」に鳴き声「ポッポ」を付けた「ハトポッポ」は鳩そのものを指す名詞(幼児言葉)として定着したわけです。
 鳥の鳴き声はいろんな風に聞えます。映画の中の内藤洋子は、子供のころから、鳴き声が「ホロホロ」または「ホロッポホロホロ」と聞える鳩のことを「ホロッポ」と呼んでいたのだ、と思えばよいでしょう。語尾に愛称めいた接尾辞「ッポ」が付くあたりも「ハトポッポ」に似ています。彼女も「幼稚なる詩人」の一人だったのです。そして、映画の中の舟木一夫も、鳩のことを「ホロッポ」と呼ぶ彼女の素朴で無垢な少女性を受け入れて、唱和しているわけです。

552 姿美千子&平泉征(平泉成)「十和田湖エレジー」&姿美千子「夜霧の中でさようなら」 歌うスターたち(3)

 安田道代(&太田博之)の珍しいデュエット曲のあとは、同じ大映の、これも珍しい姿美千子のデュエット曲を。相手はやはり大映の平泉征(現・平泉成)。
 こちらで聴きながらお読みください。
 (レコードジャケットの下は、この歌の一年近く前になりますが、「家の光」昭和42年11月号表紙の姿美千子。)

姿美千子&平泉征「十和田湖エレジー」
  昭和43年9月発売
  作詞:名香川みどり 作曲:内藤ただし 編曲:池田孝
姿美千子&平泉征・十和田湖エレジー 一 十和田の岸に 咲いていた
   はかない恋の 花びらを
   奥入瀬川に 浮べれば
   流れも悲し 君恋し
 二 すみれの花の 髪かざり
   あなたのための 装いも
   思えばむなし 乙女花
   瞳もうるむ 恋ごころ
 三 野原を駆けた しあわせを
姿美千子s42-11   胸にえがけば なつかしく
   菜の花ゆれる 小岩井の
   牧場に今日も 君しのぶ
 四 十和田の恋は 美しく
   二人は遠く 離れても
   碧く静かな 湖に
   相呼ぶ声が こだまする

 十和田湖は「神秘の湖」とも呼ばれて早くから観光名所。歌謡曲にも多く歌われていて、このブログでも高石かつ枝の「月の十和田湖」(s38-2 「林檎の花咲く町」のB面)がそうでした。
 本間千代子の「湖畔の乙女」(s39-6)も、湖畔に建てられた高村光太郎製作の「乙女の像」をモチーフにした佐藤春夫の詩に曲を付けたもの。
 「十和田湖エレジー」は「エレジー(悲歌、哀歌)」の名のとおり、悲恋もの。十和田湖の歌に不可欠な奥入瀬渓流のイメージに加えて「小岩井の牧場」(小岩井農場の観光客に開放されたエリア)まで思い出の地として織り込んで観光案内を兼ねます。
 歌詞も曲もなかなかに抒情的。姿も平泉も丁寧に歌っています。覚えやすく歌いやすいメロディーで、同じ東北を舞台にした同じワルツ調の抒情歌「北上夜曲」みたいな愛唱歌になる可能性だってなかったわけではないでしょう。
 しかし発売されたのは昭和43年(1968年)9月。若者たちは快楽と解放を叫び、流行歌ではグループサウンズの全盛期。率直に言って遅すぎました。東京オリンピック前であれば、いやいやせめて3年でも早ければ、という印象です。

姿美千子・すっとび仁義s36-9より 姿美千子(s20-5生)は昭和36年、橋幸夫主演映画「すっとび仁義」(s36-9-15)で橋の相手役公募に選ばれてデビュー。(ゲスト出演扱いだった橋の、これが本格的な初主演映画。しかもいなせな町人と大名家の若殿の二役。右はその「すっとび仁義」の映画スチールから16歳の姿美千子。)しばらく橋幸夫の相手役などを続けた後、清純派スターとして大映青春映画路線を担います。
 一方、平泉征(s19-6生)は昭和39年の大映ニューフェイスの一人。しかしもっぱら端役・脇役・悪役ばかり。中年に差し掛かって、名を「征」(本名:征七郎:征服、征戦、征伐の、いかにも戦時下生まれらしい好戦的戦闘的な「征」)から「成」(自ずからの生成、非好戦的平和的で自然成長的な「成」)に改めた直後に元号も「平成」に変り、役柄も善人役が多くなってテレビ出演が増えたといいます。改名成功のユニークな事例。
 したがって、このレコードが姿美千子メインの企画だったのはまちがいないでしょう。実際、B面は姿美千子のソロ曲です。
 平泉征は他に数枚レコードを出したようですが、姿美千子が歌ったのはこの1枚(2曲)だけでしょう。ああ、せめて3年前、姿の人気絶頂期だったなら……。
 
 しかし3年前では姿美千子のレコーディングの企画自体がなかったかもしれません。
 というのは、これは大映レコード
 大映レコードは昭和42年3月に設立。8月から新譜発売。大映の俳優たちに映画主題歌やらオリジナル曲やらを歌わせて次々にレコード化。つまり大映が開始した映画とレコードのタイアップ戦略。といえば聞こえはいいけれど、日活が昭和30年代初めからやっていたことを10年遅れて、自前で始めたもの。しかも映画界はすでに凋落期。大映のこの新戦略も時遅し。
 (何しろ大映は多難。大映レコードが発足した昭和42年、市川雷蔵と共に大映の二枚看板だった勝新太郎が勝プロを作って独立。残って孤軍奮闘を続けた雷蔵も翌43年には癌でたおれ、44年に亡くなります。)
 大映レコードも、今日回顧的に(マニアックに)眺めれば珍しい音源が多数あるものの、実際は一曲もヒット曲を出せぬまま大映の没落と運命を共にしました。

 この際、B面の姿美千子のソロの方も紹介しておきます。(画像は姿美千子全盛期。昭和39年3月号の「明星」表紙。)音源はこちら

姿美千子「夜霧の中でさようなら」
  昭和43年9月発売
  作詞:名香川みどり 作曲:内藤ただし 編曲:池田孝
姿美千子s39-3明星 一 送ってほしいの もう少し
   そっとあまえた 別れ道
   帰りたくない 夜だけど
   あしたも逢える 二人なら
   あゝ夜霧の中で さようなら
 二 別れがつらいと 言っていた
   あなたの愛を 信じたい
   幸わせすぎる 夜だから
   あすも変らぬ ほほえみで
   あゝ夜霧の中で さようなら
 三 はじめてかさねた 唇に
   泣きたい思いの 愛がある
   何も言えない 夜だから
   燃える瞳で 見つめ合い
   あゝ夜霧の中で さようなら

 一年前に歌手デビューした日活の松原智恵子と似た路線というべきでしょうか。しかし、メジャーなコロムビアレコード所属でこの時期日テレ石坂洋次郎シリーズのヒロインとして絶大な人気を誇っていた松原と違って、姿はすでにエロ&やくざ路線に転じた映画からは撤退、テレビでの露出もさほど多くない、という状況でした。(姿はこの3年後、昭和46年(1971年)には結婚引退してしまいます。)
 ああ、せんないことと思いつつ、もう一度書きます。せめて3年早ければ。

551 太田博之&安田道代「若い時計台」 歌うスターたち(2) 青春讃歌(8) 付・太陽の塔と若い時計台

 歌うスターたち。今日は珍しいところで、太田博之と安田道代がデュエットした「若い時計台」。
 こちらで聴きながらお読みください。
 (レコードジャケットの下は太田博之と安田道代、一年前、映画「野菊のごとき君なりき」(s41-5)で共演したころの二人ではないかと思います。)

太田博之&安田道代「若い時計台」
太田博之&安田道代・若い時計台rec  昭和42年3月発売
  作詞:星野哲郎 作曲:鏑木創
 一 若さにまかせて 思いきり
   やらなきゃリズムは つかめない
   追いつけ追いこせ 青春の
   力のかぎり ぶっとばせ
   ああチャイム ああチャイム
   若人の愛を讃えて 鐘はなる
 二 短い針と 長い針
太田博之&安田道代   くるくる廻るよ 霧のなか
   追いつけ追いこせ かなしみは
   いのちを刻む メロディだ
   ああチャイム ああチャイム
   若人の春を讃えて 鐘はなる
 三 若い時代の きたことを
   銀座の燕も 知っている
   追いつけ追いこせ 胸を張れ
   涙は明日の 時計台
   ああチャイム ああチャイム
   若人の夢を讃えて 鐘はなる
 四 この世を飾る 愛の花
   明日に咲かそう 濃く赤く
   追いつけ追いこせ あこがれを
   ドリブルしよう 星空に
   ああチャイム ああチャイム
   若人の明日を讃えて 鐘はなる
 
 昭和42年(1967年)の春。エレキとドラムが軽快なリズムを刻み、二番の後にはエレキサウンドの長い間奏も。しかし女性コーラスをあしらって、「ああチャイム ああチャイム」。まぎれもない青春歌謡の風味。
 星野哲郎は、「リズム」「チャイム」「鐘」「短い針と長い針」「(時を)刻む」、時計にまつわるモチーフをちりばめて、「若人の愛を」「若人の春を」「若人の夢を」「若人の明日を」讃えます。
 大映映画「若い時計台」(s42-5-13公開)の主題歌として作られた曲でした。映画は未見ながら、若い二人が誤解を乗り越えて、最後は二人とも東京に出て、「銀座」にある「若い時計台」のもとで愛を誓う、というストーリーだったようです。

 太田博之と安田道代、一年前の映画「野菊のごとき君なりき」(s41-5-21公開 「野菊の墓」の映画化)以来、二度目の共演。(なお、タイトルで推測されるとおり、この映画は昭和30年の木下恵介監督「野菊の如き君なりき」のリメイクです。)
太田博之・怪傑鷹の羽TVs35-11~s36-4&野口ふみえ 太田博之(s22-11生)はいうまでもなく子役時代から大活躍、いまやさわやかな青春スター。青春歌謡も歌ってクラウン・レコードから6枚ほどレコードも出しています。
 右にちょっと珍しい画像を。子役時代の太田博之。連続テレビドラマ「快傑鷹の羽」(フジTV s35-11~s36-4)のスチール(左は野口ふみえ)。太田がテレビの人気者になるのは、「時間よとまれ!」のセリフで知られる手塚治虫のマンガの実写化「ふしぎな少年」(NHKTV s36-4~37-3)からですが、これはその直前の連続ドラマ。太田博之13歳の美少年。「快傑鷹の羽」出演の時期から太田は少年マンガ雑誌「少年画報」の表紙モデルにもなりました。
安田道代s41-5 一方、安田道代(現:大楠道代)(s21-2生)が歌を吹き込んだのはこの一曲だけのようです。「氷点」(s41-3-26)で陽子を、「野菊のごとき君なりき」(s41-5-29)で民子を、ともに悲劇的なヒロインを演じて大映の文芸路線を担った時代の安田道代です。演技派にして清純派。「若い時計台」はその清純派・安田道代の最後の青春映画といってよいでしょう。彼女はこの直後、「痴人の愛」(s42-7-29)で中年男を性的に翻弄する小悪魔・ナオミを大胆に演じて、がらりとイメージを一新するからです。(右は「大映グラフ」昭和41年5月号表紙。)

 ところで、「銀座」の「時計台」というので、当初私はビルの屋上に時計台を設置した服部時計店(セイコー)を思い浮かべていました。
 しかし、この歌(&映画)の時計台はそうではなく、数寄屋橋に新たに岡本太郎・若い時計台・数寄屋橋公園建てられた、その名もずばり「若い時計台」。右画像(こちらから無断借用)がそれ。
 「時計台」らしくもない異形のこのデザイン、御推察のとおり、「芸術は爆発だ!」の岡本太郎のデザイン。昭和42年1月に東京銀座・数寄屋橋公園に建てられたもの。映画はさっそくこの時計台をシンボルとして取り込んだのでした。
 3年後(1970=s45)の大阪万博のシンボルとなった岡本作「太陽の塔」の原型と言ってもよいでしょう。モチーフの背後にあるのはおそらく原始美術、日本でいえば縄文時代の土偶でしょう。岡本太郎にとっての縄文文化は、ピカソにとってのアフリカの原始美術と類似の意味を持っています。つまり、縄文的な(狩猟民的、野性的な)原始の生命力は、閉塞的な「近代」を打ち破る岡本の「芸術=爆発」のエネルギーの根源なのです。
 70年万博のテーマは「人類の進歩と調和」。「進歩」する科学技術と産業社会の「調和」です。そのテーマ館の大屋根を突き破る荒々しい縄文の塔。敢えてこのミスマッチを敢行したところに岡本太郎の思想的メッセージはあったでしょう。
 (ミスマッチと言えば、岡本太郎と青春映画や青春歌謡もミスマッチ。青春映画や青春歌謡はともすれば青春というものの「表面的な」美化に終わりがち、これほど岡本の思想から遠いものはありません。こんな異形の「若い時計台」の下で愛を誓った恋人たちなど現実にいたのでしょうか(笑)
 なお、この「若い時計台」、2011年6月に修復されたそうです。そういえば太陽の塔内部も修復が完了して、ちょうど明日(2018年3月19日)公開予定だとか。)

 (18-3-20追記:昨夜(3月19日)NHKBSで「蘇る太陽の塔~"閉塞する日本人"へのメッセージ」という2時間番組を観ました。太陽の塔内部の「再生プロジェクト」の記録紹介(かつ宣伝?)。
 番組で、再生プロジェクトのリーダーである平野暁臣氏(岡本太郎記念館館長:岡本の「パートナー」で「養女」で実質的な「妻」でもあった平野敏子(→岡本敏子)の甥)は、太陽の塔を「縄文の怪物」と呼んでいました。氏によれば、岡本自身は太陽の塔と縄文を結びつけた言説は残していないそうです。しかし、だからといって太陽の塔に縄文のモチーフを見出すのは別に平野氏の独創というわけではないでしょう。岡本太郎を少しでも知る人ならほとんど「常識」だったでしょう。現に素人の私にさえ一目でわかることでした。
 なお、番組では数寄屋橋の「若い時計台」についての言及はありませんでした。「若い時計台」が完成したのは上記のとおり昭和42年(1967)1月。岡本が万博のテーマ・プロデューサーを委嘱打診されたのはその年の「夏前」。正式に引き受けてまもなく、10月初めから青山のアトリエで太陽の塔の模型を作り始め、「ほどなく」ほとんど今のままの形で出来上ったそうです。)

550 高橋英樹「青い山脈の歌」 歌うスターたち(1) 青春讃歌(7)

 勝呂誉の歌声を紹介したところで、歌う映画スターたちの歌をいくつか。
 スター俳優たちに積極的に歌わせたのはなんといっても日活でした。石原裕次郎で大成功したからでしょうが、戦前からの「御大」不在の若い俳優中心の会社、ターゲットを若い観客層にしぼった戦略の一つでもあったでしょう。
 裕次郎につづいてアキラ(小林旭)が、トニー(赤木圭一郎)が。彼らはほとんどすべての主演映画の主題歌や挿入歌を歌ってレコードも出します。映画と歌の相乗効果で映画もヒット、歌もヒット。さらに青春映画の時代になれば吉永小百合浜田光夫山内賢和泉雅子もつづきます。

 もちろん高橋英樹も歌いました。
高橋英樹・激流に生きる男・レコード 高橋は昭和36年のデビュー。(実質デビューは10月11日公開の「真昼の誘拐」)。
 昭和37年には、前年2月の撮影中に赤木圭一郎が事故死した因縁の映画の再撮影「激流に生きる男」(s37-5-1)で主演します。その時の謳い文句「映画界最大のホープと注目されている高橋英樹の話題作」。
 いわば赤木圭一郎の「後継者」として正式認定されたわけです。同時にその主題歌「激流に生きる男」(s37-5)も歌って、これが高橋英樹のレコードデビュー。(赤木圭一郎の歌った「激流に生きる男」(s36-4? 死後発売)のカバーではなく、高橋のために新たに作った曲です。)
 今日は青春讃歌シリーズににふさわしく「青い山脈の歌」を。
 映画「青い山脈」(s38-1-3)出演にちなんでのレコード発売です。歌詞カードには「日活映画『青い山脈』主題歌」と銘打ってありますが、映画で使われたわけではありません。高橋英樹18歳の歌声です。こちらで聴きながらお読みください。
 (レコードジャケットの下は、日活のPR誌「日活映画」昭和38年1月号の表紙。正月映画「青い山脈」で共演する吉永小百合と。)

高橋英樹「青い山脈の歌」
高橋英樹・青い山脈の歌  昭和37年12月発売
  作詞:大高ひさを 作曲・編曲:北原じゅん
 一 若い生命の ひらめきに
   泪ぐんでる 君だから
   僕も死ぬ程 好きなのさ
    青い山脈 誓いの空に
    感激の 感激の 陽はのぼる
 二 古い根っこの 古い道
   若いリズムで 踏みしめて
高橋英樹s38-1&吉永小百合   花の青春 かざろうよ
    青い山脈 誰にも敗けぬ
    感激の 感激の 陽はのぼる
 三 君と二人で 呼ぶ朝は
   雨と嵐に 耐えて来た
   赤いリンゴの 光る朝
    青い山脈 希望の峰に
    感激の 感激の 陽はのぼる

 北原じゅんの初期の曲です。もちろん(?)女性コーラスによる♪ランランラン……も入ります。女性コーラスを多用したのは、失礼ながら、高橋英樹のやや心細い歌唱を助ける意図もあったかもしれません。
 なお、この映画での吉永小百合(寺沢新子)の相手役は浜田光夫(六助)。高橋英樹は六助の親友で朴訥バンカラな「ガンさん」。
 映画ラストでは、上掲レコードジャケット画像の背景のように、自転車で海辺にサイクリングした6人がそれぞれ愛の告白をして3つのカップルが誕生しますが、その3組、教師の二谷英明と田代みどり&高橋英樹・ママ恋人がほしいの・ポスター芦川いづみ、浜田光夫と吉永小百合、高橋英樹の相手は田代みどり。
 (ちなみに、高橋はすでに1年ほど前、デビュー間もないころ、映画「ママ 恋人がほしいの」(s36-11-1)で田代と共演していました。タイトルでおわかりのとおり、「ママ 恋人がほしいの」は、あくまで、歌も歌って人気者だった13歳の少女スター・田代みどりが主演の映画。田代は同名のレコード(s36-12)も出していて、当時の人気の序列でいえば、これも失礼ながら、田代みどりの相手役に、わずか1カ月前に実質デビューしたばかりの新人・高橋英樹が「抜擢」された、という感じだったでしょう。)
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