遊星王子の青春歌謡つれづれ

歌謡曲(青春歌謡)がわかり、ついでに文学と思想と歴史もわかってしまう、とてもためになる(?)ブログ。青春歌謡で考える1960年代論。こうなったらもう、目指すは「青春歌謡百科全書」。(ホンキ!?)

 「遊星王子」は遠い星からやってきました。ふだんは東京の街角の靴磨き青年に身をやつしています。アメリカの大都会の新聞記者になりすましているスーパーマンに比べると貧乏くさいけれど、これが日本、これが戦後です。
 宇宙から日本にやって来た正義の味方としては、スーパー・ジャイアンツには遅れましたが、ナショナルキッドよりは先輩です。
(またの名を落日の独り狼・拝牛刀とも申します。牛刀をもって鶏を割くのが仕事の、公儀介錯人ならぬ個人営業の「解釈人」です。)

 「青春歌謡」の定義や時代区分については2011年9月5日&12月31日をお読みください。暫定的な「結論」は2012年3月30日に書きました。
 この時代のレコードの発売月は資料によってすこし異なる場合があることをご承知ください。
 画像も音源もネット上からの無断借用です。upされた方々に多謝。不都合があればすぐ削除しますのでお申し出下さい。
 お探しの曲名や歌手名・作詞家名があれば、右の「記事検索」でどうぞ。
 「拍手コメント」には返信機能がないので返信できません。コメントやご連絡は「メッセージ」(右上「遊星王子」画像の下の封書のしるし)をお使いください。非公開です。
 なお、以前の記事にも時々加筆修正しています。
 *2015年2月23日
 「人気記事」を表示しました。直近一週間分の集計結果だそうです。なんだかむかしなつかしい人気投票「ベストテン」みたいです(笑)。(一週間じゃなく5日間じゃないのかな?)
 *2015年7月25日
 記事に投稿番号を振ってみました。ブログ開始から3年と11か月。投稿記事数426。一回に数曲取り上げた記事もあるので曲数は500曲ぐらいになるでしょう。我ながら驚きます。
 *2017年6月17日
 累計アクセス数1,000,000突破。

517 舟木一夫「おみこし野郎」 祝1,000,000アクセス突破

 6月17日夜、アクセス累計が1,000,000を突破しました。
 50年以上前のわずかほぼ5年間(1963~1967)だけの「青春歌謡」限定ブログ。しかもこのゆるい更新ペース。にもかかわらず、かくも多数訪問してくださった皆さんに感謝し、かつはよくやったと自画自賛して、にぎやかにお祝いの歌を。
 舟木一夫の「おみこし野郎」。こちらで聴きながらお読みください。8823 terminal さんに感謝しつつ無断リンクします。
 (舟木の夏祭りイメージの画像を集めてみました。
 まず、レコードジャケット画像の下の舟木一夫と本間千代子は、レコード発売とほぼ同時、昭和39年8月1日に封切られたばかりの映画「夢のハワイで盆踊り」の宣伝写真。
 その下はレコード発売前、雑誌「近代映画」の昭和39年5月号から、夏祭りの櫓の上で唄う舟木。「初めてのワンマン・ショウ」とあるのは3月の浅草国際劇場での「舟木一夫ショー」。さて3月時点でこの夏祭り姿で唄うにふさわしい歌は何だったのでしょうか。
 一番下は「おみこし野郎」の一年後の夏、雑誌「明星」の昭和40年8月号表紙。東山明美と。)

舟木一夫「おみこし野郎」
  昭和39年8月発売
  作詞:関沢新一 作曲:遠藤実 編曲:安藤実親
舟木一夫・おみこし野郎 一 ねじり鉢巻 きりりとしめりゃ
   矢でも鉄砲でも 持って来い
   いざと言うときゃ みこしをあげる
   ア ワッショイ ワッショイ
   祭だ ワッショイ
   トコショイ あげなきゃどしたい!
   あげなきゃ男の 名がすたる
   花も実もある 花も実もある
   おみこし野郎
夢のハワイで盆踊り・宣伝スチール 二 胸もたたくが 太鼓も叩く
   涙もろいは 母ゆずり
   バカな喧嘩にゃ ソッポを向くが
   ア ワッショイ ワッショイ
   祭だ ワッショイ
   トコショイ ソッポがどしたい!
   あの͡娘のソッポにゃ 身もほそる
舟木一夫s39-5近代映画より(3月、浅草国際劇場「舟木一夫ショー」)   恋は苦手の 恋は苦手の
   おみこし野郎
 三 降ろと照ろうと 文句は言うな
   みこしかついだ この肩にゃ
   明日のでっかい 力がはねる
   ア ワッショイ ワッショイ
   祭だ ワッショイ
   トコショイ はねたらどしたい!
   ついでに涙も はねとばせ
   日本晴れだよ 日本晴れだよ
   おみこし野郎

 舟木一夫が初めていなせな「江戸っ子」イメージに挑戦した歌。B面は安部幸子が作詞した「いなせじゃないか若旦那」。「銀座は老舗のいろはずし」の跡を継いだこの「若旦那」も「まめしぼり」の手ぬぐいで「ねじりはちまき」。
 A面B面あわせて、学園ソングを卒業してジャンルを広げようとしていた舟木の新生面を開くもの。威勢よく、けれども粗暴にならず、さわやかさを保ってみごと成功。これがのちの「火消し若衆」(s40-1)や「銭形平次」(s41-5)や「一心太助江戸っ子祭り」(s42-1)につながります。

舟木一夫s40-8明星&東山明美 作詞したのは「夢のハワイで盆踊り」と同じ関沢新一。
 関沢新一が舟木のために書いた詞には言葉遊びが多いのが特徴。「只今授業中」(s38-10)には「ABカッコAカッコ」、「夢のハワイで盆踊り」には「いろはとアロハ」、「銭形平次」には「なんだ神田の明神下で」、「一心太助江戸っ子祭り」にはふんだんに。
 なにしろ地口やダジャレは浮世を愉快に洒落のめす江戸っ子気質(かたぎ)の現れにほかなりません。どうせ浮世、たかが浮世、と現世を軽く見るいくぶん軽佻なこの江戸っ子気質は、一方では浮世草子や洒落本のような軟派の遊戯精神にもなりますが、他方では「矢でも鉄砲でも持って来い」、死をも恐れぬ硬派の勇み肌、鉄火精神にもなるのです。
 「おみこし野郎」でも、まずは「おみこし野郎」が「みこしをあげる」。「みこしをあげる」という言葉自体、もともと、「腰を上げる(立ち上がって行動にとりかかる)」の「腰」に「みこし」の「輿(こし)」を掛けた言葉なのでした。(「みこし=御輿」がすでに「輿」に尊敬の接頭辞「み(御)」を付けた語。神の乗り物であるがゆえにもう一つ尊敬の「お」を付けて「おみこし=御御輿」。成り立ちは「き=酒」に「お」と「み」と二重の尊敬接頭辞を付けた「おみき=御御酒」と同じ。)
 「いざと言う」場面でいよいよこの若者が「みこしをあげる」とき、きっと周囲から「待ってました」の声がかかることでしょう。
 二番では「(俺に任せろと)胸もたたく」し祭りでは「太鼓も叩く」。太鼓を叩くのはもちろん祭りの花形。さらに「ソッポ」の一語を転轍機にして、「トコショイ」の民謡的掛け声が入るや、喧嘩から恋へと主題を乗り換える妙。
 三番では同様に「はねる」を転轍機にして涙をはねとばし、天気は降ろうが照ろうが心はいつも「日本晴れ」。若者の未来も「日本晴れ」。陽気にめでたく歌い納めました。

 東京生まれの橋幸夫とちがって、舟木一夫は愛知県一宮市出身。愛知県出身の「江戸っ子」ということになります。しかし、「いなせじゃないか若旦那」の項で書いたとおり、そもそも江戸を巨大都市にした徳川将軍家自身が愛知県(三河)出身、さらに江戸っ子の典型・一心太助も、中村錦之助主演映画「江戸の名物男 一心太助」(s33-2)の設定では、愛知県(三河)出身の若者なのでした。
 そういえば、錦之助主演の第二作「一心太助 天下の一大事」(s33-10)では、悪旗本と結託した悪商人に監禁された桜町弘子を救出するため、太助たちは祭のみこしを担いで、「ワッショイ ワッショイ 祭だ ワッショイ」とばかり、悪商人の邸に押しかけて、みごと救出に成功します。祝祭気分横溢するなつかしき東映時代劇の一場面でした。

516 舟木一夫「よく遊びよく学べ」 高校生バンザイ!(4) 付・関谷ひさし「ストップ!にいちゃん」讃&ちばてつや「ハリスの旋風」 

 「勉強ぎらい」(笑)の青春歌謡、勉強を主題にした高校生をの歌はみんなB面。
 今日取り上げる舟木一夫「よく遊びよく学べ」にいたっては、シングルカットさえされず、4曲入りLP「舟木一夫と仲間たち」に収録されただけ。
 こちらで聴きながらお読みください。なぜか冒頭部が収録されていませんが、shouwa jidai さんに感謝しつつ無断リンクします。
 *なお、この4曲入りLPの発売年月は手元資料にしたがって、昭和38年10月としておきます。しかし収録曲は「仲間たち/叱られたんだね/はるかなる山/よく遊びよく学べ」。メインの「仲間たち/はるかなる山」のシングル発売が38年11月なので、それより早いとは思えません。加えて、「叱られたんだね/初恋の駅」の発売はさらに遅くて昭和39年1月。38年10月というのはまちがいではないでしょうか。念のため、レコード番号はASS-56です。
 画像は「平凡」昭和38年12月号表紙、舟木一夫と三沢あけみ。年末のレコード大賞で新人賞をいっしょに受賞することになる二人、それに先立っての「ツーショット」。

舟木一夫「よく遊びよく学べ」
  昭和38年10月発売
  作詞:星野哲郎 作曲:浜口庫之助 編曲:小杉仁三
舟木一夫s38-12&三沢あけみ 一 恋はできても 教室で
   いねむりする子じゃ だめさ
   バットを持たせりゃ 四番で
   鉛筆握れば トップだぜ
   よく遊び よく学べ
   よく遊んで よく学べ 若者よ
 二 本にゃ書けない ことわざが
   街にはあふれて いるさ
   歩いて探そう 生きた夢
   時々ブレーキ かけながら
   よく遊び よく学べ
   よく遊んで よく学べ 若者よ
 三 青い空さえ 僕のもの
   あの娘を誘って ゆこう
   明日は僕らの 責任さ
   わかっているから 大丈夫
   よく遊び よく学べ
   よく遊んで よく学べ 若者よ

 舟木一夫のための、星野哲郎唯一の作詞、浜口庫之助唯一の作曲、小杉仁三唯一の編曲。星野も浜口も小杉もこのあとまもなく新生クラウン・レコードに移籍してしまうからです。(もしかすると、上述したこのLP発売年月の混乱も、彼らのクラウン・レコード移籍と関係しているかも。)
 気楽に作られた曲みたいですが、その意味で貴重な一曲ではあります。

 当然、舟木の学園ソングシリーズ中に位置づけられる曲ですが、「教訓的=人生訓的」になるのが「人生派」星野哲郎らしいところ。
 「恋」をするなとは言わないものの、あくまで学業こそが学生の本分なのだ、と始まります。ちょっと教師の説教みたいに聞こえますが、これは学生自身の一人称の語り。つまり学生(高校生?)が自分で自分(たち)に言い聞かせ、呼びかけている歌です。
 それにしても、野球で4番、勉強でも成績トップとは、この語り手は文武両道、非の打ちどころない優等生、模範生。三田明「高校生活一週間」(s40-7)の「天下の秀才ここにあり」は本人の意気込みの表明であって客観的保証はありませんが、舟木のこれは、「トップだぜ」という得意げな口調から推測するに、どうやら客観的事実のようです。
 とはいえ、「よく学べ」より「よく遊べ」が先にくるあたり、やっぱり「勉強ぎらい」の青春歌謡の枠組みは守っている、というべきでしょうか。

 ちなみに、このころ、関谷ひさし「ストップ!にいちゃんストップ!にいちゃんs36-12本誌(予告)(s37-1~s43-3)という少年漫画がありました。月刊誌「少年」で「鉄腕アトム」や「鉄人28号」と肩を並べる人気漫画。雑誌終刊号まで長期連載されました。
 主人公・南郷勇一は中学三年生。スポーツ万能、野球部のキャプテンで「バットを持たせりゃ四番で」、成績も優秀「トップ」クラス、そのうえ弱きを助け強きをくじく正義漢で熱血漢。ただ、少々猪突猛進、ときどき暴走しがちなのが玉にキズ。その兄に「ストップ!」をかけるのが冷静で賢い弟の賢二の役割。まだ小学校低学年らしいのですが、「ならぬかんにんするがかんにん」「いそがばまわれ」「まけるがかち」などと、なにかとストップ!にいちゃんs37-3ことわざ」を口にしては勇み肌の「にいちゃん」を引き留めます。(右画像は、上が「少年」s36-12本誌から、新連載予告。下はs37-3の別冊付録、暴走気味の勇一に「ストップ!」をかける弟・賢二。)
 まさか星野哲郎が「ストップ!にいちゃん」をモデルにしたとまでは言いませんが、その連載1回目の別冊付録(s37-1)で、兄弟がこんなやり取りをします。
 賢二「学生の本分をわすれないこと」
 勇一「本分? なんだっけ」
 賢二「ほんとにしらないの」
 勇一「し…しってるよ。 よくまなび よくあそべ そうだろ」
 賢二「ちぇっ それは小学校の一年生クラスだよ。 中学生になったらよくあそべはいらないんだよ。よくまなべ よくまなべ さ」
 勇一「よせ! さむけがする」
 かしこい賢二くんがいうには「よく学びよく遊べ」でさえ「小学校の一年生クラス」。中学生なら「よく遊べ」は不要で「よく学べ、よく学べ」であるべきだ、というのです。

 それなのに舟木のこの歌、高校生のくせに「よく遊べ」を優先するのですから、たしかに星野哲郎の詞は「勉強ぎらい」の青春歌謡路線に違いありません。
 ただし、この歌の「よく遊べ」は、二番の歌詞を見ると、どうやらただの遊戯や快楽のすすめではなく、教科書や書物には載ってない生きた「ことわざ(教訓=人生訓)」を学ぶこと、つまり現実から直接に学ぶ「社会勉強」のすすめを意味するらしいのです。それも「時々ブレーキかけながら」、きちんと自己コントロールができています。
 こうして自己を律しつつ、学校で世の中で積極的に学ぶ若者たち、明日の社会を創るのは「僕らの責任」だということもちゃんと「わかっているから大丈夫」。星野哲郎が描いたのは、次代の日本を担うたのもしい若者たちの理想像なのでした。

 関谷ひさしという漫画家については、これまでも、西郷輝彦「恋のGT」の項で「少年No.1」、NHKラジオドラマ「緑のコタン」の項で「ジャジャ馬くん」、「隠密剣士の歌」の項で「赤い狼」と、そのつど言及してきました。昭和30年代、月刊誌中心だった時代の重要な漫画家でした。手塚治虫系でも福井英一系でもない、かといって絵物語系とも異なる、オリジナルのリアルな描線が「大人っぽく」感じられました。
 「冒険王」では学園野球漫画「ジャジャ馬くん」(s33-1~s38-12)の長期連載、「ジャジャ馬くん」終了後には「ジャジャ馬球団」(s39-1~s41)、「まんが王」では少年海賊を主人公にした破天荒な海洋漫画「キャプテン・8(ハチ)(s37-9~s39)、「少年ブック」では少年レーサーものの先駆け「少年No.1」(s35-1~s38)、いずれも巻頭カラーページを独占しつづけました。
 (ちなみに、関谷ひさしは大の野球ファン。「ジャジャ馬くん」の主人公・天馬竜平のニックネームの由来はプロ野球の青田昇(巨人、阪急、大洋)の愛称「ジャジャ馬」。「キャプテン・8」の名前の由来は喧嘩っ早さで「けんかハチ」の異名をとった東映フライヤーズの山本八郎(後に近鉄、サンケイ)。)
 そして「少年」ではこの「ストップ!にいちゃん」(s37-1~s43-3)。私はアトムよりも鉄人よりも「ストップ!にいちゃん」のファンでした。

 「ストップ!にいちゃん」は、関谷ひさしが一気にはじけて新生面を開いた作品。それまでの関谷の主人公たちは、たいてい、孤児だったり貧しかったり母子家庭だったりと、不幸の影を帯びたまじめな少年たち。しかしこの「ストップ!にいちゃん」は両親と兄弟二人の中流家庭に育った翳りのない明朗キャラクター。ここに、1950年代までの戦後的貧しさから経済成長による60年代的な気分への転換を見てもよいでしょう。青春歌謡の気分と通底するものです。
 はじけたのは何より笑いの解放。しかし、笑い自体をねらったユーモアまんがでもギャグまんがでもなく、あくまで学園もの、スポーツものの基本設定を守りながら、主人公(たち)の個性(キャラクター)の交渉が引き起こす巧まざる喜劇としての笑い。少年まんがにはめずらしかった学園コメディの先駆けともいえるでしょう。
 中心は勇一と賢二、中学三年生の兄と小学校低学年の弟、一種の賢弟愚兄コンビです。主人公の兄は学園を舞台にスポーツ万能で野球部、ボクシング部、柔道部などの主将をかけもちするほど。
ハリスの旋風s40-25 この設定を(こっそりそっくり)引き継いだのがちばてつやの「ハリスの旋風(かぜ)(「少年マガジン」s40-16~s42-11)。兄の石田国松は中高一貫の「ハリス学園」の三年生、つまり中学三年生、弟のアー坊は小学校低学年、という年齢設定も同じ。
 兄はスポーツ万能で、野球部、剣道部、ボクシング部と、次々に飛び入りしては大活躍。ただし、南郷勇一は学業も優秀な優等生でしたが、石田国松は略して「石松」、正義漢で熱血漢ながら、勉強はまるっきり苦手でしょっちゅうケンカに明け暮れて、あわや少年院行きかという「不良少年」。そんな兄をかしこい弟がはらはらしながら見守ったり時々は大人びた苦言を呈したり。まさしく賢弟愚兄そのもの。(右画像はs40年25号のとびら。ケンカで生傷の絶えない愚兄を心配げに見上げる幼い賢弟。)
 「ストップ!にいちゃん」には、「サチコ」という勇一の同級生のガール・フレンド(的存在)がいて、何かとおせっかいを焼くのですが、彼女は新聞部の部長。主人公にガール・フレンド(的存在)を配すること自体、当時の少年まんがにはめずらしいことでした。
 一方、「ハリスの旋風」にもやっぱり石田国松の同級生にしてガール・フレンドの「オチャラ」こと朝井葉子がいてなにかとおせっかいをやくのですが、彼女も新聞部の部長。こんなところまで「ハリスの旋風」は「ストップ!にいちゃん」の設定を引き継いでいました。
 主人公の家族構成も両親と弟の四人暮らし。ただし、石田国松の一家は、近所の貧乏長屋にも住めず、空き地の掘立小屋(みたいな家)で暮らす貧乏な屋台のラーメン屋。東京オリンピック後にもかかわらず、このひどい貧あしたのジョーs43-1新連載乏という設定が、「不良少年」石田国松に「優等生」南郷勇一の及ばない暴風雨みたいなエネルギーを与えていました。
 「ハリスの旋風」終了の翌年からちばてつやが「あしたのジョー」(「少年マガジン」s43-1~)の連載を開始するのも宜なるかな。ジョーはいわば、「ストップ!」をかける弟(や家族)のいない不良少年として「貧乏長屋」(ドヤ街)に登場するのです。
 (右は「少年マガジン」s43-1号の「あしたのジョー」新連載とびら絵。なお、私にとっての「少年マンガ」はあくまで小中学生対象。高校生や大学生が熱狂した「あしたのジョー」はもう私の定義する「少年マンガ」ではありません。)

515 坂本九(&ダニー飯田とパラダイス・キング)「勉強のチャチャチャ」 比較:舟木一夫「只今授業中」 高校生バンザイ!(3)

 久しぶりに勉強中の高校生の歌に戻って、坂本九(&ダニー・飯田とパラダイス・キング)「勉強のチャチャチャ」。youtubeに本人歌唱はありませんが、どこかの劇団が子供向けのステージで唄っている動画があります。
 (レコード・ジャケットの下は「平凡」昭和38年4月号付録歌本の表紙、高石かつ枝と坂本九。)

坂本九(&ダニー飯田とパラダイス・キング)「勉強のチャチャチャ」
  昭和38年5月発売
  作詞:永六輔 作曲:いずみたく 編曲:川口真也

坂本九・勉強のチャチャチャ ねむけをさましてチャチャチャ
 楽しく勉強チャチャチャ
 「ハイ国文法」
 コキクルクルクレコイ
 サシスルスルスレシロ
 「ハイ数学」
 三角形の二辺の和 他の一辺より長い
 「ハイ化学」
 水素はHで酸素はO のどがかわけばH²O
坂本九s38-4&高石かつ枝 「ハイ歴史」
 ピテカントロプス エレクトス
 ぼくらの先祖はおさるさん
 「ハイ英語」
 ABCDEFG I love you and you love me
 *ねむけをさましてチャチャチャ
  楽しく勉強チャチャチャ
 *部分くりかえし

 坂本九はデビュー時、パラダイス・キングの一員として活動していましたが、これは基本的には坂本九のソロ。パラダイス・キングは「ハイ国文法」「ハイ数学」などの掛け声(教師の声?)と後半のコーラス担当。(「ハイ化学」はパラダイス・キングの一員で、「キューピーちゃん」の愛称で親しまれ、独立して活動もした人気者・石川進。「ハイ歴史」の女性(女教師?)はこの頃パラダイス・キングのメンバーだった九重佑三子。)
 坂本九の歌は、「幸せなら手をたたこう」(s39-5)や「レットキス(ジェンカ)」(s41-9)のように、かしこまったレコード吹き込みというより、即興的で遊戯的なパフォーマンス性を含むのが特徴ですが、この歌でも、後半、だんだん眠気がひどくなって寝ぼけ声になるあたり、たのしい歌いぶりです。

 「見上げてごらん夜の星を」のB面曲。映画「見上げてごらん夜の星を」(s38-11-1公開)の挿入歌としても使われました。つまり、「高校三年生」(s38-6)のB面で映画「高校三年生」(s38-11-16)の挿入歌として使われた舟木一夫「只今授業中」と同じです。
 レコード発売も映画公開も両者はほとんど同時期。でも「見上げてごらん夜の星を」の方が「高校三年生」よりレコードも映画もほんのちょっと早い。(ただし、「見上げてごらん夜の星を」は、以前書いたとおり、もともと、昭和35年初演以来継続上演されてきた人気舞台ミュージカルだったのでした。)
 映画「見上げてごらん夜の星を」は定時制高校を舞台にした青春映画の名作。
榊ひろみs38-12家の光 舞台は東京下町の定時制高校。(今はなき、大毎オリオンズの本拠地だった東京球場のすぐ裏にある「荒川高等学校」定時制。)定時制の坂本九が自分の机に手紙を入れておき、同じ机を使う全日制の二年生・榊ひろみとの交流が始まる、という設定。(右画像の榊ひろみは「家の光」昭和38年12月号から。なお、映画での榊ひろみの役名、wikipediaも含めてネット上の資料で「宮地由美子」となっているのはまちがい、実際の映画では「みやした・けいこ」です。)
 以前も書いたように、青春歌謡の時代は定時制高校の時代でもありました。
 映画には教室で、榊ひろみが同級生の五月女マリと九重佑三子と三人でおしゃべりしている場面があります。(後には小さく無名時代の中村晃子も、一言のセリフもない端役で映っています。)五月女マリが、図書館で調べたのだと、次のように言います。「(定時制の生徒は全国で約45万人もいるのよ。」驚く二人に、「そればっかりで驚かないでよ。その定時制にも行けないで働いている人が230万人もいるのよ。」
 (映画で定時制の同級生・伴淳三郎は49歳の博物館の守衛。坂本九の工場の同僚で榊ひろみの従兄である中村賀津雄は中学校で優等生だったが定時制にも行けなかった若者。)
  
 さて、舟木の「只今授業中」は、映画の中で、休み時間に舟木の周りに級友たちが集まって歌う、という目立つ演出で使われました。
 一方、こちら「勉強のチャチャチャ」は、夜の下宿の裸電球灯る下で、昼の仕事と夜の授業を終えて疲れ切った坂本九が勉強しながら居眠りしている場面で、付けっぱなしのラジオから流れてくる、という「地味な」使われ方。それもパラダイス・キングの歌声で、坂本九の歌声は聞えません。(ラジオから特徴のある坂本九の歌声が流れたのでは、この映画のリアリティがぶち壊しになります。)
 ちゃんと高校生の勉強内容を歌詞に取り込んだという点でも、「只今授業中」と同じ。
 舟木の歌は英語と数学の二教科だけでしたが、坂本九の「勉強」は、国語、数学、化学(理科)、歴史(社会)、英語の主要五教科を網羅。内容は、歌謡曲の歌詞なので当然ながら、一部中学校レベル(口語文法のカ変サ変やH²O)も含む基礎的なもの。それが定時制高校らしくもあります(失礼)。もっとも「只今授業中」の「ABCDEFG」だって「ABカッコ」だって高校生とも言いにくい基本中の基本。関沢新一の「ABカッコ Aカッコ」ほどのエスプリはありませんが、永六輔、短いなかに高校生らしい遊び感覚もちゃんと盛り込みました。
 高校生の勉強内容を取り込んだ歌としては、この後、「一夜一夜に人見頃(1.41421356=ルート2)」「富士山麓(に)オーム鳴く(2.2360679=ルート5)」を歌い込んだ高石ともや「受験生ブルース」(s43-3)が最大のヒット曲になります。さすが大学受験、勉強内容も高度!しかし何と不毛な勉強!

 なお、「チャチャチャ」はキューバ起源だそうで、1953年に創始されたのだといいます。
 「チャチャチャ」で日本でいちばん有名なのは「おもちゃのチャチャチャ」野坂昭如が作詞した(越部信義作曲)ことでも知られていますが、最初のバージョンが発表されたのは昭和34年(1959年)。子供向けにアレンジするため吉岡治が歌詞を改作して(曲の一部も改作して)NHKの子供向け番組で放送されるのが昭和37年8月。(だから、今日流布しているバージョンは野坂昭如作詞、吉岡治補作詞。)たちまち大人気となって、真理ヨシコが吹き込んだレコードも大ヒット。「見上げてごらん夜の星を/勉強のチャチャチャ」が発売されたこの年、昭和38年年末の第5回日本レコード大賞、舟木一夫「高校三年生」が新人賞を受賞し、「おもちゃのチャチャチャ」は童謡賞を受賞したのだそうです(以上[wikipediaおもちゃのチャチャチャ])。
 さすがは戦後歌謡界屈指の才人・永六輔&中村八大、さっそく「おもちゃのチャチャチャ」の人気にあやかったのかもしれません。

514 美樹克彦「6番のロック」 追悼・北原じゅん(2) 付・目方誠から美樹克彦へ

 北原じゅん追悼の2曲目は美樹克彦で「6番のロック」を。美樹のデビュー曲「俺の涙は俺がふく」の項でも言及したのですが、あらためて。
 いまyoutubeに美樹克彦自身の歌唱がないのが残念ですが、素人さんがカラオケで唄っている動画が3本もあるのは人気の証拠でしょう。
 (レコードジャケット画像の下にはソノシート・ブック「ロックNo.6」からの画像2枚。)

美樹克彦「6番のロック」
  昭和40年6月発売
  作詞:星野哲郎 作曲・編曲:北原じゅん
美樹克彦・6番のロック 一 あまい涙や ささやきは
   欲しくないのさ 邪魔なのさ
   俺におくれよ
   激しい詩(うた)
   ロック ロック ロック
    ロックナンバー6(シックス)
   雨も降れ降れ 風も吹け
 二 君につめたく されたって
   離すものかよ この夢を
美樹克彦・ソノシート・ロックNo6   ついて来なけりゃ
   くるようにするさ
   ロック ロック ロック
    ロックナンバー6(シックス)  
   認めさせるぜ この俺を
 三 俺はいつでも ひとりだち
   6という字に よく似てる
   明日をめざして
美樹克彦・ロックNo6・ソノシートより1   ただまっしぐら
   ロック ロック ロック
    ロックナンバー6(シックス)
   影が燃えるぜ 血も燃える
 
 前回書いたとおり、昭和39年に西郷輝彦の売り出しに成功した北原じゅんは、昭和40年には美樹克彦の売り出しを手がけます。組んだ作詞家は星野哲郎。デビュー曲「俺の涙は俺がふく」から(クリスマス・レコード1枚を除いて)「回転禁止の青春さ」(s41-1)まで、シングル盤5枚、A面B面あわせて計10曲、すべて星野哲郎&北原じゅんコンビの作品なのでした。

 美樹克彦は昭和23年10月生まれ。昭和33年に本名・目方誠で映画子役デビュー。大友柳太朗の「丹下左膳 濡れ燕一刀流」(s36-5)では松島トモ子の後を引き継いでのチョビ安役も。
 テレビなら山城新伍主演の「風小僧」(s34)で山城新伍を慕う少年二人組の一人。
 「風小僧」新諸国物語「紅孔雀」のいま風にいえばスピン・オフ作品。東映が初めて制作したテレビ時代劇でもあります。第1部(第13話まで)は風小僧の少年時代で目黒祐樹が主演。第2部(第14話から48話)は青年城主となった風小僧を山城新伍が演じました。
風小僧op目方誠&山本順大 右画像は「風小僧」のオープニングから目方誠&山本順大の二人組。まだ小学生の目方誠、実にいたずらっ子らしいよい笑顔。(山本順大の方はシリーズ最後まで出演しますが目方の方は途中で親が見つかったとかいう理由でいなくなってしまいます。)

 目方誠少年は中学生になるとポップス歌手として「デビューします。「トランジスター・シスター」(s37-5)から「悲しき雨音」(s38-8)まで、シングル5枚全8曲。(1年以上あけて改名デビュー直前にも「愛の急行列車」(s39-12)。)
美樹克彦(目方誠)s37-8少女ブックより 彼がデビューした昭和37年(1962年)、歌謡界は低年齢化したポップス・ブーム。たぶん前年、14歳でデビューして「子供ぢゃないの」を大ヒットさせた弘田三枝子の影響。
 右画像は「少女ブック」(s37-8)より。右は安村昌子、中学二年生。中央は後藤久美子、何とわずか5歳の歌手デビュー。左下は弘田三枝子、15歳。中学二年生の目方誠もその一人だったわけです。

 その目方誠が高校二年生になって、芸名も美樹克彦と変えて、「俺の涙は俺がふく」(s40-3)で歌謡曲デビュー。デビューからエレキ伴奏を使ったたぶん最初の青春歌謡歌手。そしてまた、ステージ上で身体パフォーマンスを取り入れた最初の青春歌謡歌手。エレキもパフォーマンスも不自然でなかったのは、目方誠時代のポップスからの流れがあったからです。

 「6番のロック」はデビュー盤「俺の涙は俺が吹く」から数えて3枚目シングルですが、2枚目の「燃えろ青春/東京は宝島」はなぜかマイナーな扱いでした。事実「明星」(s41-1)の下記文章も、「6番のロック」をまるで2枚目のように扱っています。
 「子役タレント目方誠が、美樹克彦の芸名でカムバック。「俺の涙は俺がふく」で大ヒットとをかっ飛ばした。つづく「6番のロック」も好評で、指を鳴らすポーズが若いファンの間に流行した。再復帰の成功はむずかしい、というジンクスがついに破られた。」(「明星」s41-1)

 なぜ「6番」かといえば、「ロック」だから「6(ロク)」という語呂合わせでしょう。もう一つ、もしかすると、名曲「マンボNo.5」にあやかったのかもしれません。実際、上に掲げたとおり、ソノシート・ブックのタイトルは「ロックNo.6」。
 ことさら巻き舌でこぶしも利かせて「ロック ロック ロックンナンバーシーックス」。「ロック歌謡」というより「ロック演歌」。この巻き舌はいなせな江戸っ子の「べらんめえ」調でもあるでしょう。
 「みんな」仲よしの学園ソングなんてあまっちょろいぜ。「俺はいつでもひとりだち」さ。和洋折衷のロック魂です。美樹克彦の路線をはっきりと確立した一曲でした。
 ところで、ロックのはずのこの曲、北原じゅんはなぜか一番と二番の間奏にジェンカを挿みました。青山ミチの「レット・キッス」(s40-8)より2カ月早い。北原じゅんの先取の精神というべきでしょう。
 しかし、ジェンカはもともとフィンランド民謡、「みんなで仲よく」踊るフォークダンス。ロックの「ひとりだち」とは相反します。そのジェンカを敢て挿入したところに、ロカビリー以来の反社会性・不良性とは一線を画して、あくまで青春歌謡としてのロックなのだ、というメッセージを読んでもよいでしょう。
 教訓じみて聞こえるかもしれませんが、「ひとりだち」は強者の身勝手であってはなりません。「みんな」の友情は弱者のなれ合いであってはなりません。「ひとりだち」の自主独立精神と、弱者を助ける「みんな」の勇気ある連帯精神は、正しい青春の両輪、どちらが欠けてもならないのです。

513 西郷輝彦「僕だけの君」 追悼・北原じゅん(1)

 またしても追悼です。
 先日、作曲家・北原じゅんの訃報が流れました。5月6日没。wikipediaによれば昭和4年(1929年)生まれで満87歳。
 当時日本領だった樺太が彼の生まれ育った敗戦までの故郷。その故郷・樺太を偲んで自ら作詞作曲し弟の城卓矢(当時の芸名・菊地正夫)が歌ったのが「ふるさとは宗谷の果てに」(s37-1 *後に西郷輝彦の歌唱でs41-2)。(著名人としては珍しく誕生月日が明らかでないのは樺太とも関わる何かの事情があるのでしょうか。)
 北原じゅんは何といっても西郷輝彦を売り出し、創立したばかりのクラウン・レコードの青春歌謡路線を成功させた最大の功労者でした。
 西郷のデビュー曲「君だけを」(s39-2)から「我が青春」(s39-12)まで、オリジナル・シングル7枚全13曲すべて、作詞家・水島哲と組んでの北原じゅんの作曲。(「青空の下夢がいっぱい」(s39-8)のB面は高石かつ枝「若いその日がやってきた」。)
 橋幸夫&三田明を育てた作曲家は吉田正、舟木一夫は遠藤実、西郷輝彦は北原じゅんなのでした。
 さらに翌昭和40年になると、今度はエレキを響かせた美樹克彦の「ロック歌謡」での売り出しを手がけて成功させます。同じ時期には任侠歌謡の傑作、北島三郎「兄弟仁義」(s40-4)もあって、作曲家としての幅の広さをうかがわせます。

 追悼はやっぱり西郷輝彦の曲で。西郷のヒット曲の大半は取り上げましたが、機会がなくて取り上げそこねていた曲を。「僕だけの君」。
 こちらで聴きながらお読みください。8823 terminalさんに感謝しつつ無断リンクします。
 (レコードジャケットの下は「明星」昭和41年4月号表紙。いしだあゆみと。)

西郷輝彦「僕だけの君」
  昭和41年4月発売
  作詞:星野哲郎 作曲:水島じゅん 編曲:五十嵐謙二

西郷輝彦・僕だけの君    台詞
    君を……
    しあわせにできなかったら どうしよう
    それでもいいって
    黙って ついてきてくれるかい
    それがききたいんだ ……僕……
 一 遠い 遠い 愛の旅へ
   君をつれてゆきたい
   だれにも好かれる 君だから
西郷輝彦s41-4明星&いしだあゆみ   早く遠くへ つれていって
   僕だけの
   僕だけの 君にしたい
 二 遠い 遠い 愛の旅へ
   君を盗みだしたい
   愛するための 嘘ならば
   君も許して くれるだろう
   僕だけの
   僕だけの 君にしたい
 三 遠い 遠い 愛の園へ
   君を誘いだしたい
   星ふる湖畔に 着いたなら
   ひざまずくのさ 君の指に
   僕だけの
   僕だけの 夢をかけて

 昭和41年(1966年)は青春歌謡絶頂の年。年初から加山雄三「君といつまでも」(s40-12)が爆発的ヒット。つづいて春先からは橋幸夫「雨の中の二人」(s41-1)。夏には西郷輝彦「星のフラメンコ」(s41-7)、秋口からは舟木一夫「絶唱」(s41-8)。「御三家」の代表曲もこの年に集中。
 舟木一夫と並んで、西郷輝彦の主演映画が日活でシリーズ化するのもこの年のこと。「この虹の消える時にも」(s41-1公開)、「涙になりたい」(s41-5公開)、「星のフラメンコ」(s41-8公開)、「傷だらけの天使」(s41-12公開)、と続きました。共演はすべて松原智恵子
西郷輝彦・僕だけの君s41-5明星より松原智恵子 そこで右にはその松原智恵子がモデルの「僕だけの君」のイメージ画像。「明星」(s41-5)から。(実は松原の視線の先、切り取られた左側には西郷がいるのですが。)

 「僕だけの君」は後発の「星のフラメンコ」の大ヒットに光を奪われてしまう結果になりましたが、西郷輝彦の恋唄の傑作です。
 「青年おはら節」(s40-1)「俺らは九州っ子」(s40-4)「花の百万拍子」(s41-3)など、西郷のためにはもっぱら民謡調の詞ばかり提供してきた星野哲郎が初めて書いた本格的な恋唄。
 極めてドラマチックなイントロを背景に、セリフから入ります。
 西郷の台詞入り曲は「愛」(s40-12)に次ぐもの。ただし「愛」は「この虹の消える時にも」のB面曲で、一番の詞をそのまま台詞としてくりかえすという変則的なものだったので、A面としては、また本格的な台詞入りとしては、これが最初の曲だったといえるでしょう。
 西郷のセリフ術はさすが、後年の俳優への転身もむべなるかなと納得させます。
 「遠い遠い」「愛の旅へ」「愛の園へ」君を連れ出して「僕だけの君にしたい」。まさしくジャケットにあるとおり「「君だけを」発売二周年記念」にふさわしい。西郷輝彦は、舟木一夫や三田明のような「みんな=友情」の世界ではなく、「君だけを」という排他的で独占的で閉鎖的な恋愛感情を唄ってデビューしたのでした。「いつでも君だけを夢にみているぼく」(「君だけを」)の想いは二年間に募りに募り、とうとうここまで昂進したのだ、と読むこともできるでしょう。
 「盗みだしたい」「嘘」という「罪」を連想させる穏やかならぬ表現も含むので、演歌系ならば世に背いての「駆け落ち」願望にもなり二人のつらい身の上を語るところでしょうが、これは青春歌謡。理由はただ「だれにも好かれる君だから」。つまり「君」の魅力を讃えるのみ。多数の求愛者との競争を出し抜いて「君」との完全な対関係を成就したいという純粋な願望。
 しかも「星ふる湖畔」で「君の指に」「ひざまずく」というロマンチックなイメージで結びます。もちろんこれは、姫君の前にひざまずき、永遠の愛と忠誠を誓って姫の白い指さきに口づけする騎士(ナイト)のイメージ。文字どおり、西洋の「ロマンス」(騎士道物語)の青春歌謡的実演なのです。
 騎士道物語の基本型においては、そのパロディとしてのドン・キホーテのドゥルシネーア姫(実は百姓娘)への愛と忠誠が示すとおり、その愛はあくまでプラトニックな魂の愛。青春歌謡の精神です。星野哲郎の詞があえて「君の指に」「ひざまずく」とのみ歌って「口づける」という肉体接触イメージを避けたのは日本のプラトニックな愛の騎士たる青春歌謡歌手の歌う詞として当然のこと。
 台詞と曲調が切迫したドラマを暗示しますが、あくまで心の中での実演です。夢みる恋のドラマとして、青春歌謡の正道をきちんと踏んでいるのでした。
 台詞入りでドラマチックな恋の場面を切り取るというスタイル、星野哲郎はこの一年後、美樹克彦「花はおそかった」(s42-3)でもっと劇的に描くことになります。 
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