ずっと気にかかっていた作詞家・安部幸子が昭和39年9月に24歳で亡くなったことを先日知りました。(三田明「ごめんねチコちゃん」の加筆部分参照)
 作詞家デビューから半年にも満たない早すぎる死。生前にレコード化されたのはわずか4曲だけでした。
 今日は半世紀遅れの追悼の意をこめて、その4曲の中から舟木一夫「いなせじゃないか若旦那」を。
 こちらで聴きながらお読みください。「本丸」さんに感謝しつつ無断リンクします。
 (画像下は、以前「火消し若衆」の項でも使った「明星」39年11月号から。相手役は姿美千子。)
 
レコード・おみこし野郎舟木一夫「いなせじゃないか若旦那
  昭和39年8月発売
  作詞:安部幸子 作曲・編曲:遠藤実
 一 にぎる手つきは 親ゆずり
   銀座は老舗の いろはずし
   古いのれんを 若さがつげば
   いきがいいから 味もいい
   『ヘイ 上り 一丁』
   いなせじゃないか 若旦那
 二 えびにあわびに カッパまき
   今夜もあの子が 顔を出す
 舟木一夫・姿美千子・いなせじゃないか若旦那・明星・39-11  夢をつかんだ 二人の胸に
   さびをきかせちゃ いけないぜ
   『ヘイ トロ おまちどお』
   いなせじゃないか 若旦那
 三 ねじりはちまき 豆しぼり
   いせいの良さなら 日本一
   義理に固くて 人情にもろい
   けんかぱやいが 玉にきず
   『ヘイ こちら おあいそ』
   いなせじゃないか 若旦那

 これは「おみこし野郎」(関沢新一作詞/遠藤実作曲)のB面。A面に合わせて、いなせな江戸っ子イメージで統一しました。
 「銀座は老舗のいろはずし」を継いだ若旦那なので、いちおう「働く青春」に分類しておきます。これまでの「働く青春」は高度成長下の下積み労働者や農山漁村の疎外された労働の世界が中心でしたが。
和泉雅子・少女時代16金語楼劇団 (そういえば、和泉雅子の実家が銀座の寿司屋でした。右は少女時代の珍しい和泉雅子。喜劇役者にあこがれて金語楼劇団に入っていたころの写真です。前列中央、柳家金語楼の隣に和泉雅子。金語楼にかわいがられていた証拠でしょう。後ろから和泉の肩に手をかけているのは「お笑い三人組」でおなじみだった桜京美です。なお、和泉雅子は昭和44年には「娘すし屋繁盛記」というテレビドラマに主演します。)
 『ヘイ 上り 一丁』『ヘイ トロ おまちどお』『ヘイ こちら おあいそ』と、短いセリフが入ります。
 このセリフ、愛知県出身の「にわか江戸っ子」舟木にはまだ初々しい含羞が残るようです。そこが東京出身の橋幸夫の板についた江戸っ子ぶりと違うところ。しかし、むしろこの清潔な含羞が舟木版江戸っ子の魅力というべきでしょう。

 ともあれ、この「おみこし野郎/いなせじゃないか若旦那」の江戸っ子イメージは、舟木の新生面をひらきました。
 この江戸っ子イメージをさらに発展させて成功したのが安部幸子の詞による「火消し若衆」(昭40-1)。「おみこし野郎/いなせじゃないか若旦那」は現代でしたが、「火消し若衆」は時代物、まぎれもない江戸の花形、火消しの若衆。「火消し若衆」は舟木一夫の江戸っ子イメージを見事に完成させました。しかし、「火消し若衆」発売時にはすでに安部幸子はこの世にいなかったわけです。
 そして、「♪親子三代東京に住んで」と歌う現代もの「東京百年」(昭40-12 丘灯至夫作詞)を挟んで(「親子三代東京に」住むのは俗にいう「江戸っ子」の資格証明)、大川橋蔵主演のテレビ時代劇「銭形平次」の主題歌「銭形平次」(昭41-5 関沢新一作詞)が時代歌謡としての舟木の江戸っ子イメージを定着させ、(先触れとして「江戸っ子だい」(昭41-9 関沢新一作詞 LP「舟木一夫花のステージ第5集収録」)を歌ったあと、)ついに東映で「一心太助江戸っ子祭り」に主演し、その同名主題歌(昭42-1関沢新一作詞)を歌い、さらに昭和43年の紅白歌合戦では「火消し若衆」以上に威勢よく、講談や映画で有名な江戸っ子火消・野狐三次の歌「喧嘩鳶(野狐三次)」(昭43-6 村上元三作詞)を歌う、という流れになります。

一心太助江戸っ子祭り・スチール ちなみに、愛知県一宮市出身の舟木一夫は「にわか江戸っ子」だと書きましたが、中村錦之助のシリーズ映画の設定では、江戸っ子の典型たる一心太助は三河の田舎から、つまり今の愛知県から江戸見物に出て来た男なのでした(「江戸の名物男 一心太助」(昭33-2公開))。一宮は三河でなく尾張のようですが、同じ愛知県。そしてそもそも、江戸という大都会自体が、愛知県(三河)出身の徳川家が作った町だったわけです。 (右は映画「一心太助江戸っ子祭り」から舟木一夫の一心太助と藤純子のお仲。)