猛暑・残暑に抵抗してさわやかな「青春の太陽」の歌を続けてきましたが、ようやく夏も終わったようです。秋です。
 そこで、同じ太陽でも夕陽の歌を。小学校で「秋の夕日に照る山もみじ」(唱歌「紅葉」)と歌って以来、私のなかで夕陽は秋のもの。
 まず、三田明「赤い夕陽」。いまyoutubeにはカラオケがあります。
 (レコードジャケットの下は「週刊少女フレンド」昭和39年7月19日号表紙。レコードジャケットの三田の顔はまだ子供。「少女フレンド」の方はもう大人(青年)。三田明、昭和22年6月14日生まれ、16歳から17歳になろうとするこの時期、少年から青年へ、急速な成長期(文字どおり「変貌」期)にあったようです。)

三田明・赤い夕陽三田明「赤い夕陽」
  昭和39年6月発売
  作詞:宮川哲夫 作曲・編曲:吉田正
 一 白樺の白樺の影を写して
   湖は湖は淋しく暮れる
   忘られぬ面影胸に
   想い出の小径を行けば
   ほろほろとほろほろと山鳩の泣く
 二 悲しみを悲しみを捨てに来たのに
三田明s39-7-19   何故消えぬ何故消えぬ心のいたみ
   流れ行くあの雲よりも
   遠い人涙で呼べば
   山の端に山の端に夕陽が赤い
 三 初恋は初恋は人に知られず
   咲いて散る咲いて散るひめゆりの花
   嘆くまい昨日の夢と
   たそがれの小径を行けば
   何を泣く何を泣く夕星一つ

 昇る朝日は希望の象徴。白昼の太陽は情熱の象徴。対して、沈む夕陽はどこかさびしい。
 しかし、青春歌謡はそのさびしい夕陽も愛しました。
 なにしろ、青春歌謡全盛期の幕開けを告げた舟木一夫「高校三年生」(s38-6)は「赤い夕陽が校舎を染めて」(s38-6 丘灯至夫作詞)と歌い出していたのです。
 青春歌謡はたしかに希望や情熱を歌い上げました。しかしそれだけではあまりに単調あまりに単純。哀愁や孤独のイメージをともなう夕陽は、感情に翳りや深みを与えて、いわば感情を立体化してくれるのです。

 さて、「高校三年生」の歌い出しをそのままタイトルにしたこの「赤い夕陽」。
 白樺の影を映すたそがれの湖のほとり、初恋の思い出をしのびます。「たそがれ迫る」湖に、たぶん「白樺のこずゑ」で「はぐれ小鳩」ならぬ「山鳩」が鳴き、「夕星」までが「一つ」またたいて、同じ宮川哲夫の作詞した松島アキラ「湖愁」(s36-10)とよく似た設定、よく似た措辞。

三田明s39-5-24 「赤い夕陽」は三田明の7枚目のレコード。
 学園生活や友情を歌い続けてきた三田明でしたが、6枚目の「ごめんねチコちゃん」(s39-5)につづいての恋愛テーマ曲。「ごめんねチコちゃん」はその項で書いたとおり、最初は吉永小百合「この夕空の下に」のB面として発売したものを、人気爆発の結果A面扱いにしたのでした。
 その意味では、この「赤い夕陽」が初めて発売時からA面扱いにした恋愛テーマ曲です。
 (以下に述べるように、B面「君こそ明日の太陽だ」は友情テーマなので、それまでの三田のレコードなら「君こそ明日の太陽だ」がA面、「赤い夕陽」がB面扱いになるところでした。それを逆にしたわけで、ここには歌手・三田明の歩みにおいて、ささやかながら重要な意味があります。)
 (右は「マーガレット」39年5月24日号表紙。)
 初めてのA面、と「A面」に限定するのは、実はすでにデビュー曲「美しい十代」のB面「千羽鶴」も、2枚目「みんな名もなく貧しいけれど」(s38-12)のB面「湖畔の丘」も、3枚目の「友よ歌おう」(s39-2)のB面「永遠にかがやくあの星に」も、4枚目「若い港」(s39-3)のB面「初恋の夢」も、5枚目の「すばらしき級友(クラスメート)(s39-5)のB面「僕のトランペット」も、恋愛テーマだったからです。
 つまり、5枚のレコード全部、A面では学園生活と友情を歌いながら、B面ではこっそり(?)恋愛を歌っていたのです。(この傾向は学園ソング時代の舟木一夫と同じで、舟木以上に顕著でした。)

 しかし、これだけB面で恋愛を歌いながら、「千羽鶴」で僕の部屋に千羽鶴をかざってくれた「あの娘」は理由も告げずに小雨の街に姿を消してしまってもう逢えません、「湖畔の丘」も亡き恋人の眠る丘を訪れる歌でした。「永遠にかがやくあの星を」は手をつなぐ二人の「愛の星」と歌いますが、この「愛」は恋愛というより、ともに助け合って生きて行こうとする「友情=友愛」に近い印象です。「初恋の夢」は極度の内気のために「ひとり悲しい物想い」にふけったり「星に嘆きを告げ」たり「涙にくれ」たりするばかりで、これは完全に心の内側に閉ざされた状態です。「僕のトランペット」も初恋に破れた悲しい音色。そして、6曲目「ごめんねチコちゃん」も「さようなら」と別れた悲しい恋の歌なのでした。いままた「赤い夕陽」も悲恋に終った初恋の歌。つまり、ここまで7曲、三田明の独立した恋愛テーマの歌はみんなすでに終わったかいまだ相手に知られていない状態の悲恋の歌だったわけです。

三田明s39-5「美しい十代」より デビュー曲「美しい十代」(s38-10)で「白い野ばら」を「君」に捧げて以来、三田明は学園生活のなかでの「美しい」男女交際なら、「友よ歌おう」でも「すばらしき級友(クラスメート)」でも、明るく肯定的に歌いました。それらは恋愛というよりも、友情と見まがう恋愛、「友情」に包摂される範囲で許された「健全な」男女交際だったからです。(右画像は「美しい十代」39年5月号から。)
 それに対して、恋愛に特化したテーマでは成就しない悲恋ばかり。つまり、歌の主人公と同一化した三田明には、現在は恋人はいない、ということになります。熱狂的な少女ファンたちへの配慮だったかどうか、ともかく現在進行形の恋愛は「御法度」なのでした。
 ようやく7枚目のこの「赤い夕陽」において、恋愛テーマがA面になりました。17歳を迎える三田明、そろそろ学園ものから恋愛もの中心へシフトさせよう、とビクターも考えていたのでしょう。その意味では恋愛もの「解禁」の第一弾だったともいえましょう。しかし、まだ失恋もの、まだ現在恋人不在状態がつづいています。真の「解禁」とは言いにくい。
 さらに、このあとの啄木の歌をあしらった9枚目「君さようなら」(s39-9)もやっぱり終わった初恋の思い出なのです。
 というわけで、三田明の現在進行形の恋愛歌は、ちょうどデビューから一年、11枚目、吉永小百合とのデュエット「若い二人の心斎橋」(s39-10)まで待たなければなりません。
 つまり、デビュー一周年を記念して、三田明の恋愛はやっと真に「解禁」されることになる――これが歌手・三田明の「恋(唄)の歴史」です。