2010年03月29日

残るもの 写真

先日、引越しのために部屋を整理していたとき、
学生時代からの写真が大量に出てきた。
考古学ゼミの写真、先輩との石材調査の写真、友人宅、
紙磨呂をはじめたときの写真、海外へ行ったときのものなど等。

月日を重ねてきたんだなってこういう風に残っていると思うね。
全てがデジタル化されて、写真もデータとなっているこんな時代ですが、
将来的にはこういう懐古的な現象はなくなるのかもしれないなって思った。
そりゃデータを見れば思い出せるんだろうけれど、
そもそもデータは消えるかもしれないし、
何より形がない分、自分から能動的に閲覧しなければならない
それって以外にないことだと思う。
同時に形に残すってすげー重要だなって思った。

電子ブックについてもそう。
多分、もっと使いやすくなって、エコの観点からも電子ブックは将来的には当たり前になるんだろう。
でもそれは、すごく悲しいなって思う。
本棚にならんでいて手に取れること、
本屋でタイトルや装飾をみて手にとって選ぶこと
テストやレポートのために大きなテーブルに何冊も開いてまとめること
鉛筆で書き込みが出来ること、何より電池も要らない。
そんな全てが解決されて媒体となるのかな?
それともこれは懐古主義のひとつとして捉えられるのだろうか?
そもそも縦書き文章は電子ブックだと違和感が激しい気がする。
なかなか紙と人類の付き合いの絆は深いもんだなと
思い出の写真を見ながら妄想した。

いただいた紙磨呂の写真も非常に多くなってきた。
こんな一つ一つが思い出になるんだね。
みなさん、現像してくれて、写真をくれてありがとう。
(あ、でもCD−Rももちろん嬉しいですし、それを望む発言じゃないですよ)
ただ形に残るって、この形が失われていく新時代において貴重だなって思っただけ。
そんな戯言でございます。


yousys0609 at 23:26│Comments(0)TrackBack(0)

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