役に立っているのかどうか分からんショーバイ

 盆前強行営業を一通り終えて「ボクは何もんなんやろう?」と疑い始めている。

 当たり前の話だけど同じポートフォリオを見せても反応はまちまちである。見る人が変われば見方も当然違う。で、今回の営業ではこれが激しすぎた。引き出しを増やしたのは紛れもなくボク自身である。誰のせいでもない。引き出しが多ければ武器になると考えたからだ。

 元々、かなり偏った絵柄でデビューしたのだが、これが足枷になるのにさほど時間は掛からなかった。もちろん先の見通しも暗い。一過性のものだというのは自分でもよく分かっていた。この仕事を続けるためにはどうしても別の手法が必要だった。

 だが、ボクは大きな勘違いをしていた。どう描こうと絵を描いているのはボク自身なのだ。絵柄を変えてもボクは絵にでてしまう。装画や挿絵はエカキの自我を可能な限り殺すべきだとボクは考えている。どうしても出てしまうものは仕方が無い。だから挿絵画家としてのボクが成立できる。

 求められる絵を描く。それだけのはずだったのだが、いつの間にか自分で話をややこしくして自分を追い詰めていたようだ。

 で、結論はというと正直今のボクのお粗末なおつむではお手上げである。どうにも困ったもんだ。

伝統行事と経済の狭間で

 ボクの日記で出てくる伝統行事と言えば祇園祭しかないんですがね。

 鉾なり山なりお金が掛かっていること自体は別に今に始まったコトじゃないんですよね。最初の頃からお金の問題はあったはず。富裕層がお金を出して祭りに関する切り盛りはしていたはずなんですよね。大半は持ち出しだったはず。でも実際に現場のコトは今以上に心を砕いていたと思う。だって自分の懐から出てるお金ですよ。きちんと運用されているのか、ちゃんと自分が出したお金でお祭りが盛大に楽しく(?)実現できているかどうか見ていた、と考えるのが普通の感覚だと思います。

 で、現在なのですが個人の寄贈とかもあるんでしょうけど、予算の大半は官公庁頼みになってる所が大きくなっています。自分のお金じゃないからお金の割り振りを事務的にしかできていないような状況にボクには見えます。もっと分かりやすく言えば、国会なり地方自治体なり色んな機関が「え?そんなことにお金使っていいの?そんなことのために税金とか年金とか払わされてるの?」という素朴な疑問を抱くでしょ?それと同じコトが祭りでも起きている気がする。

 保存会とかって基本もう法人ですから。法人なんて自分の懐とは別腹ですからね。正しく運用することが重要じゃないんですわ。予算を集めることが大事であってどう使おうが知ったこっちゃない。現場に落とすお金よりも予算を集めるコトの方によほどお金が流れてるんじゃないかと貧乏人のボクは勘ぐっちゃう。だって、現場にお金が流れてこないんだもん。

 めちゃめちゃ具体的で深刻なのは鉾の修繕費だったりします。ボクが大工さんを始めた頃からずっと後回しにされている部品があるのですが、この部品って命に関わるところなんですよ。色々誤魔化していますがいつ事故が起きても不思議じゃない状態です。事故になったら囃子方さん大ごとです。でも、なぁんにも建設的なことをしてくれない。

 祭りとかお金とかの話してますが、一番大事なのは関わってる人なんですよね。人材というのはテキトーに引っ張ってくればそれでどうにかなるもんじゃないです。なんせ伝統行事ですから。ただ雇うだけでお終い、という話ではないんです。現場ってマニュアルがあるワケじゃないし(マニュアル作ってどうにかなる話じゃないし)。要するに人材教育もしないと後継者は生まれないのは当たり前の話ですよね。それでなくてもややこしいし、大工作業に関して言えば学べるのって年に2日しかないんですよ。で、一年後昨年のことをまるまる憶えてるかどうかなんてまぁ普通あり得ないですよね。

 大雑把な流れは2〜3年ぐらいで憶えられるかもしれないけど、実際の作業となると10年スパンくらいはかかります。今年で31年目ですがボクだって全ての組み立て作業に精通してるワケじゃない。代わりと言っちゃ何ですがある部分(今は屋根組の修行中)に集中しています。でもその前に屋根を支える梁とか屋根組の裏仕事を10年以上してましたし。ボクの憶えが悪すぎるからこんなに時間がかかったのかもしれませんが、ちゃんと順序を憶えてできるようにならないと、ちゃんとできないっしょ。

 ボクは大工仕事大好きだし(じゃないと30年以上続けられないって)。それでも歳も歳ですからね。長いことお手伝いしてくれる後継者も育てないと引退もできないし。4〜5年で抜けられちゃうと正直困るんですよね。

 で、この大工さん、祭りの中では末端に等しいんですよね。例えると中小企業の熟練職人さんみたいなもんです。今の時代、機械が代わりにやってくれるようになりましたが、鉾って規格外ですから。去年はまった部品が今年ははまらないなんてのはごく普通ですから。しかも一カ所じゃないですからね。全体のことを把握した上で臨機応変に対応しないと手に負えないんです。データ・デジタル全盛の時代ですが、伝統行事ってのはアナクロの極みですからね。

 大工さんはアナクロ、保存会は数字を事務的に扱うだけ。当然、温度差は出ますよね。特に京都の三大祭りの一つですから、この温度差がどこかで破綻したらそりゃもうとんでもないことになるでしょうね。

 てなワケで今年も大工さんに行きます。京都に初めて来て大学以外の自分の居場所になってくれたんですから。せめて若い世代の後継者はボクがいる間に入って欲しい。

 人材教育ってのは一番時間もかかるしお金もかかる。今の時代、正社員よりも派遣で誤魔化しまくってるでしょ?有能な人だって派遣だったりする。会社が傾きかけたら幾ら優秀でも派遣の人達がそっこーでリストラリストの上の方にあがっちゃう。そういう風潮を祭りに持ち込みたくない、というのがボクの本音です。

 てか、ちゃんとしようよ…

救急車で搬送、緊急入院顛末記…

 土曜日の夜に救急車で病院に搬送されそのまま緊急入院していた。びっくりするわ、びびりまくるわでてんやわんやだった。あ、ビビったのは病状じゃありません。詳細は後ほど。

 木曜日頃から胃の調子が酷くおかしいという自覚はあったのです。だってめちゃめちゃ痛いんだもん…暮れの時と同じぐらい痛かった。で、土曜日に市販の胃薬で誤魔化そうとしたのですが時既に遅し。未明に激痛で一度失神した。さすがにこれはヤバいと思ったので119に電話して取り敢えず財布と携帯だけは握りしめて救急車に。

 もっともこの時点でもう既に意識朦朧状態で記憶も途切れ途切れなのですが。なので吐血していたことなど知る由も無し。救急隊員の方が来て下さったときには吐血していたよう…これまたあとから知ったのですが出血性パニック(?)とやらに陥っていて過呼吸も起こしていたみたい。胃の痛みにはそれなりに慣れていたつもりだったのですが、上には上があるもんです・・・_| ̄|○;

 ICUに搬入され、すぐに処置。内視鏡で診断を受けたらしいのですが、この時、胃の中は真っ黒の状態で出血点もなかなか見つけられなかったそうです。とにかく止血処置をして輸血までされたらしいです。

 日が開けて日曜日再度内視鏡検査、結果は同じでまだ胃の中は真っ黒で胃の詳しい状態は把握出来ず。火曜日の朝まで点滴、寝たきり状態。やっと火曜日の昼頃になってまともな(?)思考ができるようになり看護士さんのお話をまともに聞けるようになった。この時点でビビりまくったのがお仕事関係。営業の予定やら原稿がいつ入ってくるかが気になり始めて気が気ではない。取り敢えず営業の方はキャンセルの連絡をして一難去ったものの、問題は原稿である。

 フリーというのはこういう時融通が利かないのでとにかく退院を早くしてもらえるよう主治医の先生に談判して、色々オプション付きではありますが(当たり前だ)水曜日に退院という方向で無理難題を押しつけた。

 身体が一番、というのは言われなくても分かっているのですが、やはりお仕事。穴開けるわけにはいかないし(連載が3本待っているのだ)、突然のお仕事の可能性もあるわけで。

 退院した以上はお仕事やりますとも。というかそれだけ目当てに無理から退院にこぎつけたわけだし(笑)

 木曜日、三度目の内視鏡検査。今回はちゃんと見れた。やはり思いっきり出血していたのと止血点はばっちり止血できているのが確認。主治医と看護士さんに色々注意を受けて昼頃無事に退院。部屋に戻って後片付けをもたもたしていたら日が暮れた。

 閑話休題。

 出血性パニック(?)というのを初めて経験したのだが、あれはもう本当にドラッグの世界でワケの分からん記憶やら妄想やらが断片的に止め処なく回転して頭の中がワヤになるもんですな。時々、我に返るのですがそれも短時間だし虚構と現実の境などさっぱり分からん。そもそも意識しているのは絶え間ない痛みだけでその他のことはどうでもいいのですが、ナゼか脳は拒否しようとするみたいです。一般的な症例は知りませんが。

 さぁ、晴れて自由の身になって娑婆に出てきたからお仕事するどぉ〜っ、ふんっす!

上賀茂、おねえちゃん&ももち

 先月末にものすっごく久しぶりに上賀茂に戻った。娘が産まれてからこんなに長く家を空けたのはもちろん初めてである。確定申告やら何やらあったのですが、もちろんメインはおねえちゃんとももち♡

 ももちには忘れられているかとちょっと不安だったのですが、帰ったら一番に元気よくおねだり(!)。相変わらずかぁいい♡実家のサチ坊がでかすぎるのでももちがえらく小さく見えたのですが、コンパクトでやっぱり可愛い。お昼間の時間が空いてる間はももちと遊んでました。

 おねえちゃんはと言うと、相変わらず部活で夕方にならないと帰ってこないのですが、晩御飯の間におしゃべりしまくりでした。さすがにももちほど感情は出しませんでしたが、やっぱりこの子もおとおさん子ですね。完全に育て方を失敗した(笑)

 で、色々おしゃべりしていたら来年のおねえちゃんの修学旅行の話に。何と沖縄だそうです。おねえちゃん曰く「歴史の授業で沖縄戦まで辿り着けそうにないからじゃないかなぁ」。で、いま何習ってるのか聞いたら「ペリー来航、日米和親条約、ハリス来航、日米修好通商条約」あたり、とのこと。で、次はと聞くと「教科書では薩長同盟になってる」。どんな日本史の教え方しとんねん…

 それはともかく、沖縄戦の話から太平洋戦争、日中戦争、ロンドン軍縮会議、日露戦争、日清戦争と話は遡っていったのですが、さすがに帝国主義の根幹をなす産業革命まで話をする時間もボクの精神的なゆとりも無かった。正直、娘に戦争の話をするのはイヤだったのだ。未体験ではありますがそれなりのイメージもできるし、なにしろ原爆の話になるとボクや娘自身がこの世に生まれたかどうか、というような話になっちゃうので。

 そんな中「沖縄には飛行機だよ♪」という娘の話にのったほうが楽しいし。果たして国内便で雲海を見ることができるのかどうかボクは知らないので、ボクの体験でしか話せなかったけど、雲海を下に青く澄み切った空の綺麗さは是非娘にも見て欲しい。あの子ならきっとボクよりも素敵なモノを見つけることができそうな気がする。

 まぁ、娘二人とはしゃいで戻ってきました(笑)来年はおねえちゃん受験なのですが話を聞いてると家で勉強をしている気配がまるでない…そのくせそれなりに点数は取ってるようで、秋にあった三者面談では「もう少しマジメに勉強すれば進学コースなのに」と先生に愚痴をこぼされたそうな。激しいデジャブ、というかボクと同じコトを言われたし…遺伝だな。しゃーなしだ。

 間に2年のブランクを挟んだとは言え何だかんだで9年水泳をしているのである。体力の方はバッチリなので、引退後の猛勉強に期待したいところなのですが大丈夫かなぁ…ここはボク自身の体験をそのまま追体験して欲しくないのですが…ちなみにボクは高校受験の時、私学の進学校だったので数学と英語の二教科に没頭すれば良かった。英語は特に猛勉強しなかったけど数学は12月〜受験日まで無茶苦茶勉強した。娘は公立なのでこの手は使えない。きっちり5教科あるし、内申もある。

 受験生の親という立場になると過去の自分の恥があるだけにかなり複雑である。まぁ、取り敢えずおねえちゃんには最後の大会で機嫌よく引退するために当座は部活を頑張れ、と無責任なことを言って帰って来た。これはおやとしてどうなんだろう?

 オチは今回も無しだ (・ω・)v

ずるずる年越し、気づけば寒中見舞いな時期…

 表題の通りだらだらと年を越してしまった。etiudeも相変わらず不発な上に概算ではあるが昨年の売り上げもほぼ出てしまった。もうがっかりである…経理は毎月ちゃんと〆てたのである程度予測は出来たんですがね、それでも数字が出るとかなり来ますよ、ええ、ええ・・・_| ̄|○;
 上京の効果は少なくともショーバイ上あまり出ていないコトが判明したわけでこれはこれでショックですよ。補給が途絶えた南方線線の帝国陸軍兵士の気分である(どんなやねん)。

 秋から一つ新しく連載が始まって少し気分は上がり調子だったのですがねぇ…

 上賀茂にも帰ってないし(これは間が悪く病院通いなどしたせいだ)、一人部屋に引きこもってもさもさを通り越してほとんど冬眠状態になってるような気すらする。

 で、さすがにこれはマズイだろうと思って昨夜は知人のライブを純粋にお客さんとして見に行ってきた。ツイン・ドラム企画なのですがドラムのお二人はこちらに来て仲よくしていただいている方達。どころかお一人はボクが企画して2回だけやったツイン・ドラム企画に参加していただいていた方である。で、そこにこれまたボクの大好きなベースの方が参加、テナーの方は知らなかったのですが、やはりツイン・ドラムにドライブするベースが加わると迫力満点ですね。リズム・セクションは大事 (・ω・)v

 で、刺激を受けてボクも参戦する気分になれたかというと自分でもビックリするくらい何とも思わなかった。いや、ライブは楽しかったんですよ。ボクがアルトを鳴らす気に今はなれないというだけの話です。

 理由は簡単。稼ぎが悪いから趣味に走る、というコトが出来ないのです。働いてもいないのに遊んでてエエんか、という心の声に逆らえない。練習もしてないしね。そういえば鳴らし初めもまだだなぁ…まぁ、ミュージシャンではないのでこの辺はやはり精神的なゆとりが(お仕事が増えたら)おいおいまた始めるでしょう。

 で、やっぱり一番困ってるのがetiude。お仕事が無くてもetiudeが出来ていれば言い訳にはなるんですが、さっぱりダメ。

 新年早々、前途多難すぎる2015年なのでした…

悲劇の夜、或いは邪神の呪い

 一昨日、ナイトランド・セッション特別編「幻獣たちの夜」というのに出席した。ちなみに何を喋ったのかはさっぱり憶えていない。色々ドキッとすることはありましたが…
 で、いつか「クトゥルーに絡むと何か祟りがある」という忌まわしいコトを聞いたのですが、これをまるっと信じるとこの集会はほとんどサバトではないですか・・・_| ̄|○;

 それはともかく最初の危機は終電に間に合うかどうか、という実にアホな事件から。久しぶりにお会いした朝松健先生と会場の一番奥の一番隅でダラダラと楽しく談笑していて時間のことをコロッと忘れていたのです。出席者のお方の一人が「お先に失礼します」と挨拶に来て下さった時に「あ…」となったわけ。慌ててスマホで最終をチェックしたらギリギリではないですか…Σ( ̄□ ̄;)/

 挨拶もそこそこに久しぶりに走った走った(爆)おかげで間に合いました。で、走ってる時に祟りのことを思い出したのですが、無事終電に乗り込んでホッとして気を許したのがまずかった。帰宅してトイレに入ったら便器にボシャ…単身赴任でまともな通信手段はスマホのみ。はっきり言って完全に頭真っ白。水没した時にやってはいけないコト(後でネットで調べて知った)をほとんどやってしまい一日で復活することは無理なのが確定…

 取り敢えずすぐ近所のソフトバンクのショップに行ったのですが最低2時間待ちとか言われて完全になえた。「どうしよう、どうしよう」と慌ててるうちに胃まで再び痛くなる始末。

 水没時にはApple Storeに持ち込んでも大半が本体交換で\23、500取られる。Apple Careにも入っていなかったので、もうどうなるかさっぱり分からん。スマホ修理業者に持ち込むという手もあったのですが、こっちは結局いくら修理代がかかるのか(場合によっては本体交換よりも高くつく可能性大)さっぱり分からなかったのでパス。仕方が無いから機種変で直近を乗り切ろう、と考えついて湘南モールの家電量販店へ。6にするか6+にするか、とにかく料金プランをお店のお兄さんに色々たずねている時ふと目に入ったのが「iPhone5s機種代金0円」の表示。もちろんそっち方面で質問しまくりましたよ。で、結果どう考えても5sに機種変するのが一番安上がりで、端末も修理後の再発が無いという一番安心・安全なコトに気がついた。

 旧神恐るべし…

 それはともかく娘のiPhoneのパケット量が半端無かった。ちなみにボクは1GBどころか0.5GBにも達していないのに。何やってるんだろう???

でかい病院

 先日、掛かり付け医以外のお医者さんに12年振りに行った。徒歩5分にある巨大病院である。前に救急車で担ぎ込まれたのは京大病院だったのだが、規模的にはあれクラスだな。

 で、いつもの胃痛なのですがちょいと弱っている。じゃないと病院などに行くもんか。痛みで目が覚めるのだ・・・_| ̄|○;
 これにはさすがのボクもに根を上げた。9月の時は市販薬でちゃんと(?)誤魔化していたのだが今回はさすがに無理だった。1週間粘ったのですが…

 で、でかい病院にありがちな待機に次ぐ待機…まぁ、本を持って行っていたので問題はなかったのだが。

 胃潰瘍、十二指腸潰瘍に関しては30年近く付き合っている上に結婚前にきっちり検査もしたので大体のところは分かる。ちなみに最後の検査の時は内視鏡で細胞検査までしたのですが、潰瘍の分かりやすい原因であるヘリコバクター・ピロリとやらも発見されなかった。心因性だろう。

 その辺もちゃんと担当医に説明したのだが「年齢が年齢なので…」とあっさり言われまずは血液検査ということになった。最新医療の恐ろしさを目の当たりにした気分である。さて、血液検査の結果次第でヘリコバクター・ピロリが発見されたらなんと除菌するらしい。体内で除菌ですぞ!外科手術の方が個人的には心休まるのですが…

 ヘリコバクター・ピロリが発見されなかったら内視鏡だ。で、また細胞検査になるんだろうなぁ。

 取り敢えずは来週の結果次第だ。これでまた京都に戻れなくなった…
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