これまで撮影現場や事前面接、愛と性の相談室などを通して、女性たちが抱える悩みと向き合う機会がたくさんあった。悩みは人によって異なる。たとえば恋愛やセックスに幻滅してしまっている人もいれば、何十人何百人とセックスをくり返しながら満たされない人もいる。その原因というか、そもそもの発端は同じところにあることが多い。それは主に幼い頃の親との関係である。


 サイレントベビーという言葉をご存じの方も多いだろう。初めて聞く方のために簡単に説明すると、赤ちゃんはお腹が空いても、オムツが汚れても、暑くても、眠くても泣く。言葉の話せない赤ちゃんは泣くことで(あるいは笑うことで)自分の意思を伝達しようとする。ところが、いくら泣いても親が何もしてくれなければ、やがて赤ちゃんは泣かなくなる。これがサイレントベビーである。


 なぜ泣かなくなるのか? 親の手を煩わせないために、聞きわけのいい子になったのではない。自らの意思の伝達を諦めてしまったのだ。アメリカの発達心理学者のエリク・H・エリクソン博士は「人は赤ちゃんの頃に基本的信頼感を形成する」と言う。「基本的信頼感」とは、言うなれば「人を信じ、自分も信じる力」である。いくら泣いても親が応えてくれなければ、基本的信頼感がうまく形成されないまま大人になっていく。表面上は如才なく社会生活を送っているようでも、深いところでは人を信じられなかったり、自己肯定感が希薄だったり……。


 かつては「抱きグセがつくから、赤ちゃんが泣いても頻繁に抱かないほうがいい」と考えられていた時代もあった。だが、前述のような理由から今は抱いてあげたほうがいいと言われている。僕のところでも、娘がちょっと部屋を出ただけで孫が泣き出す。ダンナがいるときにはダンナが、いないときには女房や僕が孫のところに行って、声をかけたり抱いたりしている。


 このように子育ては手がかかるものだが、今やシングルマザーは108万人。ただし、これは前回2010年の国勢調査の数字だから、この5年でさらに増えているだろう。子育てをフォローしてくれる親兄弟と同居していればいいが、お母さん1人ではなかなか大変だろうと思う。さらには、スキンシップ以前に経済的な問題も看過できない。というのも、現在は「子ども6人に1人が貧困」と言われている。「両親のいる世帯」の貧困率が12.4%なのに対して、「親が1人の世帯」は54.6%と4.4倍になる(2012年、厚生労働省)。


 先日、テレビであるシングルマザーの家庭を特集していた。小学校低学年の子が2人いる家庭だった。お母さんはそれまで働いてなんとかやっていたのだが、過労で倒れた。それ以来週に2日くらいしかパートに出られなくなり、いい月でも収入は8万円くらい。そこから家賃や光熱費等を払うといくらも残らないから、子どもに食べさせられない。学校があるときには給食が1日のうちで重要な食事だったが、夏休みにはそれもない。お母さんも仕事しているときに1日なにも食べていない。飴玉をポケットに入れて、それをなめるだけだ。ちょっとお金があれば、そうめんを買う。具はなく、そうめんだけなのだが、子どもたちは美味しそうに食べていた。さぞかし腹が減っていたのだろう。


 僕が子どもの頃も貧しかったけれど、まわりも貧しかった。しかし、貧しいからこそみんなが分け合っていたという記憶がある。「ドジョウがいっぱい獲れたから」「柿がたくさん生ったから」と。当時は地域が支え合っていたのだ。その地域が今は崩壊している。かつて地域が支えたものに匹敵する何かを制度が作っていかないと、この貧困からはなかなか脱出できないだろう。この原稿を書いている矢先、政府が本日(10月1日)、子どもの貧困対策専用のホームページを開設したというニュースが飛び込んできた。テレビ朝日のニュースによれば、このホームページでは子どもが検索しやすいように「家で食べるご飯がない」「進学したいけどお金がない」など60個の「悩みごと」から当てはまるものを選ぶことで、相談窓口や支援情報を探すことができるようになっている。ぜひ有効に機能していってもらいたいと願う。子どもたちが生きやすい世の中を作るのは大人たちの役目なのだから。


(2015年10月2日掲載)


 6月12日、下の娘に女の子が生まれた。ダンナはもちろん僕も女房も、近くに住んでいる上の娘も、もうメロメロだ。だが、女房も娘たちも、子育てにおいては、まさに命を削ると言ってもいいような経験をしてきている。子を育てるのは、それほど大変なのだ。一夫一婦制が事実上、破綻している現在、僕はやはり通い婚に思いが行ってしまう。