9月末から月1本ずつ全3タイトル、「アテナ映像35周年記念 代々木忠傑作選」がリリースされる。そんなこともあり、これまで自分が撮った作品リストをあらためて見返してみた。僕は過去の作品について忘れていることが多い。歳のせいもあるけれど、若い頃から終わったことにはあまり関心がないのでどんどん忘れてしまう。


 作品リストの冒頭にある愛染の「淫欲のうずき」(1981)から数えて最初の3年間、「ザ・オナニー」(82)や「性感極秘テクニック」(83)、そしてそれ以外にもロリータやSMもの、出産や刺青のドキュメントを撮っている。いろんなことに挑戦していたと言えば聞こえはいいが、何をやったらいいのか自分の中で定まっていないのが見て取れる。しかも、セックスはまだ撮っていない。


 最初にセックスを撮ったのが「性戯実験室」(84)。とりあえず構成も無茶苦茶だし、どういうセックスがいいというのもなかった。だから「実験室」という名には、試行錯誤している僕の内面が表われ出ている。当時はセックスできる女の子を探すのにも苦労した。男のほうもピンク映画の男優たちは本番をしなかったから、新たな人材を見つけなければならなかった。


 同じ年、「ザ・サバイバル」を撮った。これが僕の作品で愛染が唯一本番をしたものだ。彼女は初体験があまりいい思い出ではなかったので、どうせやるんなら処女膜を再生して臨みたいと言い出した。美容整形クリニックに行くと、再生する糸にもいろいろな強度があって、強いものほど出血する可能性が高くなると言う。結局選んだ糸が強すぎて、現場は大変だったのだが……。


 翌85年の「サイコ催眠エクスタシー」で吉田かずおさんと出会い、僕は催眠に興味を持つようになる。そしてそれがのちの作品群に大きな影響を与えていく。また、このシリーズが初めてのレンタル作品である。もしそれまでのセル方式だったら1本1万円近く、あるいはそれ以上するアダルトビデオをこれほどたくさんの人が見ていなかったかもしれない。


 86年から始める「いんらん」シリーズで、僕は本番を本格的に撮りはじめる。そして淫乱女優・咲田葵との出会いによって「いんらんパフォーマンス」(87~)がスタートする。


 「いんパフォ」には、実際の夫婦も出演した。浮気した妻を夫は殺そうと計画するが、最後のセックスで「あんたがいい!」と言われる。その快感が病みつきになり、それをまた聞きたいがために浮気を奨励する夫。出演理由は並の男に勝ってもつまらないし、プロの男優に挑戦したいというもの。世の中にはこんな夫婦がいるんだと衝撃的だったが、同時に、女優やモデルではない一般の女の子たちをもっと撮りたいと僕は強く思うようになる。


 「いんパフォ」と同時進行で始めるのが「目かくしFUCK」シリーズ(89~)。このあたりからセックスがだんだんわかってきたという自覚があった。にもかかわらず、「目かくし」の撮影中に不可思議な現象が起きてくる。たとえば隣でセックスするのを目かくしされて、ただ聞いていただけの女の子が感じ出したり……。


 しかも、その子にだけ起きたのではなく、撮影のたびに似たような現象が続いた。催眠をかじったのもあって、僕はひとつの仮説を立てた。ラポール(信頼関係)が確立したうえで、長時間目かくし状態にいればトランスに入ってくる、だからこのような同調が起きるのではないかと。ラポールとトランスという2つのキーワードで、さらに同調の可能性を追求したのが「チャネリングFUCK」シリーズ(90~)である。


 このチャネリング(同調)が僕の中ではしばらくブームだったけれど、世間的には顰蹙を買った。ラポールとトランスは同調を起こすための、言うなれば下準備なのだが、その手の内を明かさずに同調だけを見せたほうが、みんなびっくりするだろうとイタズラ心が生じた。とはいえ何が起こるのか、僕自身、やってみなければわからない。なのでワクワクしていた。結果、第1作目の「悪霊と精霊たち」ではシャレにならないことが起きた。いずれにしても、見ている人からすれば、挿入もされていないのにイッてしまったり、ポルターガイスト的な現象が起きたりするのだから、「ついていけない!」と思ったとしても無理からぬことである。


 バブルが弾けた91年、「素人発情地帯」をスタートさせる。サイパンのスタジオ建設で多額の借金を背負った僕がふたたび監督業に専念すべく、そしてなるべく制作費をかけずに始めたのがこのシリーズだ。女の子と僕が2人きりで2泊3日(あるいは3泊4日)を過ごすというもの。「ザ・オナニー」のときも監督という肩書きを捨てて女の子に接してきたけれど、そうは言っても現場には大勢のスタッフがいた。僕は「素人発情」を撮ることで、たんに男と女として向き合う術を学んだような気がする。


 そして93年から「ザ・面接」が始まる。90年代の初めはまだ「女はかくあるべし」に縛られている時代であったと思う。そんなとき、渡辺美乃という子が面接にやってくる。シリーズ7作目のことだ。それまでレイプ風に女をイカせまくっていた男優3人が、たった1人の若い女の子に手玉に取られた。


 この美乃を中心にして淫女隊を編成し、「平成淫女隊」(94~)がスタートする。これは「ザ・面接」のいわば逆バージョンで、複数の女が男をいたぶるというもの。いたぶると言っても、女性の場合、相手が開けば共鳴してしまうので、そのへんが男優とは決定的に違うのだけれど……。いずれにしても、女が変わってきたなと現場で僕は実感していた。


 直近で撮った「ザ・面接」の151作目はすでに編集が終わっている。これまで約600タイトル。自分でもよく撮ってこられたものだというのが偽らざる気持ちだ。「35周年記念の傑作選」には懐かしい作品が収録されている。機会があればご覧いただきたい。






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