中学受験の「特殊技能」

 私は中学受験の経験者である。先日,中学受験を経験したメンバーが集まった例の福岡帰りの京都で,パラパラとめくった2007年度灘中学校の入試にこんな問題があった(文言等は記憶にたよっているため相違あり)。
 207,2007,20007,……のように,先頭の位が 2 ,末尾の位が 7 で,それ以外がすべて 0 の数が並んでいる。この数の並びで,27で割り切れるが81で割り切れない最初の数は [   ] である。

 ……これは名作だ,と直感したので,私はさっそくこれを職場に持って帰り,職員室での話の種に,あるいは授業内でのちょっとした生徒への雑談に使ってみた。それだけでなく,数学好きの方々に会うたびに,この問題を話題にしたような気がする。

 すると,たいへん面白い事実が発見された。

 ここから先は問題に対してはネタバレで,読者の楽しみを奪ってしまうかもしれないので,ボタンを用意しよう。

 この問題のポイントは,とりあえずこれらの数を 9 で割ってみたときに現れる数の並びにある。したがって,まず「全部 9 の倍数だから,9 で割ってみよう」と思うかどうかが,この問題の解決への鍵である。

 高校受験をくぐりぬけてきたばかりの 1 年生の生徒は概ね苦労していた。数学が好きそうな生徒は特に,階差に着目する者あり,馬力にまかせて27で割る者あり,さまざまな道具を使おうとしてかえってハマってしまう。そんななかで,1 人だけあっさり「 9 で割って」解ききった女子がいた。彼女は中学受験経験者だった。

 京都の本屋でこの問題を見たのは,中学からの同級生 4 人がいる場だった。細かいことは記憶していないが,4 人が 4 人,瞬時に「 9 で割る」ことを思いついていた気がする。

 こうなると,これはもはや「特殊技能」である。たびたび中学受験経験者のなかで話題にのぼるが,この歳になっても「墾田永年私財法の制定は743年」とか,「主に北陸地方で豪雪にそなえるためつくられたがんぎ」とか,「濃尾平野で洪水から水田を守る輪中」「東北地方で農業に深刻な打撃を与えるやませ」,まだまだ気持ち悪いくらい覚えている。念のため言っておくが,私が普段教えているのは数学であり社会科ではない。もちろん「二酸化炭素は下方置換,酸素は水上置換」「火山岩の種類はシンカンセンハカリアゲ」なども覚えているが,もちろん理科だって教えられないしそもそも得意ですらない。

 それどころか,普段数学を教えていたって,私は三角関数の和積の公式が覚えられない。毎回 sin(α+β)+sin(α−β) を必死こいて展開して「ああ,こんなだったな」と思い出す。3 乗の和 a3+b3 の因数分解だって検算してやっと思い出す。符号を間違えることもしばしばである。となると,これはもう結論として「15年前,中学受験のまっただなかでは私はどうかしていた」と言うしかない。小学生というのはとにかく恐ろしい偏執性を持っている,これが私の実感だ。中学受験を経験した,というそれだけで,15年も経って「ああ,輪中! あったあった濃尾平野!」なんて会話が普通に成立するのだから。

 あるいは教育問題に関心のあるオトナが聞いたら,「日本の教育の二極化は……」云々難しいことを言って眉をひそめるかもしれない。しかし,小学生はオトナが思っている以上に知識の吸収を楽しんでおり,偏執性というのもいわゆる「趣味にハマるオトナ」と大差ないものと思う。かつて当随想録で述べた「子どもはおしなべて大人オタク」説の顕在化された形が,輪中であり墾田永年私財法なのかもしれない。いずれにしてもそんなヘンな小学生だった人たちが大勢集まって,いまの日本を動かしていることも事実。無闇に叩くのだけは勘弁してほしい。
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