2009年05月16日
読む本は
1997年5月29日初版のダイヤモンド社発行です。訳者や上田惇生氏。
ご存知のようにこの本は1939年に出版されたが実際に「書き始めたのは1933年のヒトラーが政権を取った日の数週間後だった」。
この本の原題は
「THE END OF ECONOMIC MAN」
副題は
「The Origins of Totalitarianism」
とあるように、この本は「全体主義の起源を明らかにした最初のものだった」を書いてある。
しかしこの本は学者たちからは無視された存在であり今でもそうらしい。
その理由をドラッカーはこう説明している。
第二次大戦後のナチズムの分析は二つに分かれる。
・「特殊ドイツ的」現象
ドイツ人の歴史、国民性などの諸所のドイツ的特質原因論
・マルクス主義者説
資本主義最後のあがき
ドラッカーの主張はこの二つとはまったく違ったアプローチをしている。
「他の学者は、社会現象を政治や経済の事件として扱う」がドラッカーは「社会の動きそのものとして扱った」と書く。
先の著書でもそうだったが、時代をある個人を通して描くことで時代の雰囲気がよく理解できると同じように、社会の動きとして描くことで、大上段に構えた「論」ではない歴史の断面が等身大として理解しやすくなるかも知れない。
こうしたアプローチは日本の全体主義に当てはめたものはないだろうか?
読者の中に、この点で日本の近代史を社会学的手法で描いたものをご存知であればご教授ください。
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2009年04月10日
ドラッカーはこの当時多くの講演旅行をしたようだが、その多くは単科大学。単科大学の魅了は、多くの実験的な試みをしていてことだと書いているが、最近の日本でもこうした単科大学が少なくなり、多くが生徒を集める必要もあり総合大学となってしまっているのはちょっと残念。
当時のアメリカ人のアメリカ感は、カフカのあの「アメリカ」(失踪者)の主人公のように、「旧大陸の悪徳、憎悪、抑圧、罪悪とは縁のない別世界だった。
アメリカ人とは、アブラハム・リンカーンに代表される政治人間であり、アメリカを代表する聖人が政治家である珍しい国。
アメリカは「際立って抽象的な理念、すなわち合衆国憲法に忠誠を誓うことによって、アメリカ市民になる」とドラッカーは書いてある。
つまり、そうすれば誰でもアメリカ人になれる。実際、多くの人種があつまり「アメリカ人」となっている。大統領を選ぶシステムが、代理人を選んでその過半を取ったほうがその州の意思表示とすることをみても、いかにアメリカ人を分裂させないように工夫しているかがわかる。
アメリカは「最後にして最良の希望の地(リンカーン)」であるがゆえに孤立主義を求めた。アメリカが主導する様々な国際組織もアメリカが煩わしい国際問題から開放される手段として進めた、とドラッカーは書いている。
この時代を説明するためにドラッカーが選んだ人物がルーズベルト大統領の外交基調を作成したといわれるハーバード・エイガー(Herbert Agar)。
エイガーはピューリッツァー賞(1934年)に輝いた「国民の選択(The People's Choice)」(1933年)を書き、その内容は「アメリカの政治の独自性を重視し、アメリカをヨーロッパの悪徳、国粋主義、権力主義、植民地主義から切り離すことに成功してきた歴代大統領の物語」であった。
このエイガーはそれまでの孤立主義から一転して、「パックス・アメリカーナ」構想を展開し、それがヒットラーとの対峙や戦後の各国との安全保障政策そしてベトナム戦争に引き継がれていくことになる。
次にドラッカーが書いているのが、ジョン・L・ルイス。彼はCIO・産業別労働組合会議の創立者である。現在はAFLと一緒になってAFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)として活動している。
ドラッカーが労使関係と労働組合運動についてインタビューしたときに、ルイスは外交について話をした。「完全な孤立主義以外の外交政策は、すべてアメリカの理想とは相容れず、アメリカを腐敗させ、歪め、変形させるものだ」とルイスが主張したと書いている。
アメリカの孤立主義を主張するルイスは当時のF・D・ルーズベルトと並ぶ有名人であった。つまりこれが当時のアメリカを代表する意見だったのである。
当初はルーズベルトと歩調を一にしていたが、1937年の鉄鋼4社に対するスト突入を機にルイスはルーズベルトと手を切り完全な孤立主義者となった。
「アメリカでは、国際主義とは、貧しい人たちから金と食物を取り上げ、非生産的な兵器と弾薬の生産に注ぎ込むことでしかない。労働者の権利ではなく義務を重視する。利益の増大、賃金の引き下げ、労働時間の延長をはかる。世論は国益の名の下に、経営者に好き勝手をさせ、労働者に犠牲を強いる。アメリカの緑をなす大地に楽園を築くことを諦め、政治家と軍人をふんぞり返らせる」
とルイスの言葉を書いているが、よく読んでみるとまるで今の日本の状況に似ている気もする。いくつかの言葉を置き換えて読んでみると理解できるかもしれない。
アメリカはこの国際主義者と孤立主義者の対立を引きずりながら日本の真珠湾攻撃を受けることとなる。
※原文は下記のWebサイトで閲覧
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2008年12月07日
しかしこのコミュニティが健全で大きな役割を果たすということは次のような問題点をも引き起こした。これをドラッカーは「部族化したアメリカ」と書いている。
ユダヤ的なもの反ユダヤ的なもの、カトリック的なものと反カトリック的なもの、そしてその内部でも様々な亀裂が起きていた。そしてそれは大恐慌のときでさえ実業家と肉体労働者の区別より重要な意味を持っていた、と書いている。
我が日本ではどうだろうか、経営者か労働者かより正社員か派遣かの区別が大きく、今のところ日本人か韓国人、中国人の区別は表面化していない。もちろん宗教的なものはほとんどないと言っていいだろう。
当時のアメリカはユダヤ人への差別が顕著だったが、「実は、アメリカで最も差別されていたのはカトリックだった」と書いている。
しかしこの差別も場所や状況により違い、ユダヤでも教師などでは有利に動いたという。そういった意味で「部族的」とドラッカーが表現したのだろう。つまり所属する「部族(ユダヤとかカトリックなど)」により違っていたということ。
では黒人はどうだったのだろうか。
黒人の地位向上は「北部」の白人の手ではなく「南部」白人の手に寄ったと書いてある。このあたりは面白い。私の理解では黒人開放により起こったといわれている南北戦争で勝った北部の白人が、寄与したかと思いを覆す記述である。
そしてその向上を担ったのは不況次代に現出した黒人学者や黒人伝道者だった。その影響力は知力や学識、権威ではなく「真摯さ」だったとドラッカーは書いている。
その例としてある伝道師の言葉を引用しているが下記に引いてみる。
「アメリカの黒人は自らのこのルーツを直視しない限り、真に開放されることないのです」
有名はマーティン・ルーサー・キングが影響力を持ちえたのも「真摯さ」、そしてそれが「黒人ではなく白人にも通用する同義的な力と権威を与えたもの」とドラッカーは書いている。
この「真摯さ」は万国共通だろう。これが立場の違いを超えて人の心を打つのだろう。肝に銘じたい。
そしてこの真摯さを声に乗せて国中に流れたのであり、その代表的な人物がハワード・サーマン。
彼女の声がラジオを通して黒人の教会から白人の今に届けられた。
また、愛国的な婦人団体にホールの利用を断られて一躍有名になったマリアン・アンダーソン。彼女により「アメリカの黒人問題が、黒人の権利問題よりも、白人の良心の問題であることを認識させた」。
つまりは、差別される側ではなく、問題は「差別する側」の良心の問題です。日本人も一考してはどうでしょうか
2008年11月24日
私も入会している「ドラッカー学会」でこの話題が取り上げられている形跡は今のところない。学会の隅々まで目を通していないので、この話題を取り上げている文章があればぜひ教えてほしい。
さてあの1929年に始まったアメリカの大恐慌から世界恐慌への広がった時代にニューヨークに戻ってきたドラッカーが体験した、アメリカ人の「人の好さと行動力」を書いている。
移民局の担当官、旅の途中でであった弁護士、同窓生の小児科医、編集者などの親切に触れてドラッカーはこう書いている。
「当時のアメリカでは、進んで人にかけてみようという気持ちも本物だった」
その時、ドラッカーは次のような説明を聞いたらしい。
「1920年代のアメリカは、形式張らない文化ではあったが、ヨーロッパと比べてさえ、人に冷たく、人を助けず、人を受け入れようとしなかったそうだった。
人を助けようという気持ちの高まりは、他ならぬ不況のおかげだったのである。ヨーロッパでは、そのようなことは起こらなかった。不況は、疑念、敵意、恐怖、羨望を生んだだけであった」
「アメリカの大恐慌はまさに天災への反応と同じだった。天災にあったらお互いに助け合う。」
これは当時のドラッカーの感じたアメリカだった。本当にそうなのか、たまたまドラッカーが会った人たちがそうだったのかはわからないが、こうした部分があったことだけは確からしい。
そしてドラッカーはこの章のサブタイトルで「アメリカの不況とコミュニティ」と題して、アメリカのコミュニティについて書き始める。ご存知のようにルーズベルトの公共対策はその影響力を発揮しないままに終わったが、アメリカのコミュニティを作り上げたことはその最大の功績だと書いている。
さてこの後は次回に書くが、こうしたことは何かしら日本の現在の状況の似ているような似ていないような。
アメリカの金融の失敗から招いた今回の世界同時不況が日本にこれから大きく響くのは間違いない。その時、日本には「お人好しの日本人と行動力」があるのだろうか。
天災として助け合う気持ちを日本人は持っているのだろうか。
そしてそれを助け醸成するような政治があるのだろうか、とおもうと、「コミュニティの崩壊」が言われている日本には、ドラッカーが描いたような状況が現れてくるのかどうかあまり期待できないかも知れない。
2008年09月01日
スローンが人を大切にするエピソードについてある例を書いている。自分が書いた本の出版を、登場するGMの幹部に内容を確認させた上に彼らが生きているときには出版しなかったことだ。
職場以外では友人を作った彼もGM内では友人を作らなかった。仕事の能力以外の好き嫌いでその人の仕事を評価したくなかったのだろう。
このことを聞かせてやりたい日本の経営者がいかに多いことか。経営者だけでなく管理職も上司もスタッフ仲間にも。
スローンの意思決定にもある特徴がある。それは全員が賛成する案件には指示を出さないことだ。これはよく言われることだが、なかなか実践することは難しい。
全員が賛成することなどありえない。必ず欠点があるからだ。反対派者がいればその欠点と思われる点を修正して初めて完全になる。
という考え方である。ところが日本ではこの逆をしがちである。だいたいトップのいる前で反対意見を述べることさえはばかる空気がある。まして、堂々と反対などできる雰囲気などあるはずもない。
1人だけ反対をすると反対した人を異分子として排除する論理が働くのが日本の多くの企業のやり方。異分子の考えをいかに生かしていくのかを考えない企業は、危機に際して弱く逆に危機を招くことになる。
さて、ドラッカーの著書であるGMを研究した「企業とは何か」にスローンは関心を示さなかった。それはドラッカーの目的が「体系としてのマネジメントを確立」することだったが、スローンは「経営のプロとしてのマネジメント」を目的としていたからである。
スローンはGMのオーナーであったが経営をプロのマネジメントとして行った。オーナー企業のままであったフォードやクライスラーがその後凋落したことは事実である。
フォードの凋落を見てスローンは救済の手を差し伸べた。それはドラッカーの説く「社会的責任」として動いたのではなく、「プロとしてのマネジメントの責任」として動いたのだという。
スローンは、責任というなら権限もなくてはならない、権限が無いのであれば責任を有しない、ということをプロのマネジメントの原則としていた。彼はプロのマネジメントとして権限を求めたに過ぎず、他の領域で責任を持つことを主張するドラッカーの「企業とは何か」を認めなかった理由はここにある。
「GMの弱さ、あるいは企業のマネジメントの弱さが、まさにスローンが主張する責任の構造そのものにあった」と書くドラッカーは、近年の他の専門職への批判に、社会的責任があげられていることから、「共通の善」について責任を果たさなければならないと書いている。
様々な限定された専門職としてそれぞれの役割を持っているだけでは、こうした「共通の善、公共の利益」を実現することができない。よって、こうした専門職には過度ではない社会的責任を求めてよい、と主張している。
何か現在の「企業は誰のものか?」という根源的な問いに似てはいないだろうか。株主と経営者はそれぞれの役割だけを追及していては企業が存立するひとつの理由である「社会的責任」を果たすことはできない。
株主が専門職かどうかは問題があるが、経営者が株主のためだけに責任を有し権限をこうしするだけでは良いのだろうかという普遍的な考え方の回答になるように思うのだが。
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2008年08月25日
日本では戦争遂行目的に「お上」が制度を作り運用している。政府主導が日本の国民性に沿っているのかもしれないが、個人主義のアメリカではあくまで政府とは別の考え方を選択したのだろう。
ドラッカーはいままで様々なGMの経営者について書いてきたが、最後に取り上げるのがアルフレッド・スローン。
ドラッカーがスローンについて、どうした彼がGMで権威を持っているか書いている。これは今でも通用する組織のトップの見識といってもいい。
その要点を書き出してみる。
・自分にはドラッカーの目的については分からないが、「同僚が必要という」ので認めただけ。
・仕事をしやすくすることには全力で協力する。
・ドラッカーの興味が決定の中身ではないから、その過程にあるから認めた
・副社長すべてが自ら決定できる人間たちだから、正しいと思ったことはそのまま提案して欲しい。誰に気兼ねしなくとも良い。
ここに書いたスローンの言葉はそのまま今の経営の根本に当たるものだ。組織を経営することにおいてこれ以上の憲法はないのではないか。
このスローンが率いるトップマネジメントの会議では人事の決定に非常に時間をかける。ラインの下にある職長の人事に4時間も時間をかけたいたことをドラッカーがたずねると、決定を具現化するポストの職長を正しく決めないと、その後の間違いを正すことに400時間取られてします。だから今の4時間はなんでもない、といった主旨の答えが返ってきたと書いている。
また、あらゆる危機を乗り越えてきた者をあるポストに推す人が多いときには、「どうしてそのような問題に引きずりこまれたのだろうか」と問題が表面化しないうちに対処できなかったことを指摘する。
逆に、弱点ばかりあげつらう周囲に対しては、対象となっている人物の成果と得意なことを再認識させ、能力が目立たないことではなく実績を評価する。
日本の企業ではこの反対のことをしているというと書きすぎだろうが、しかしながら当たらずと遠からずではないだろうか。
現在、企業の業績が低迷している中、社員の質や経営者の質が企業の重要な要因となってきている。このスローンの言葉の中にそのヒントが隠されている。
この項続く
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2008年08月17日
キャデラックの再建を果たしたドレイスタット。彼は社員教育、品質管理とアフターサービスに力を入れて高級車を「組み立てラインではなく頭を使って生産した」。
彼が活躍したのは1930年代だったが、その後、同じ手法を使い高級車で利益を上げた企業があった。それは奇しくもドレイスタットの最初の勤め先であったメルセデス・ベンツである。
なにかこれ、日本の経営方法と似ているのではないだろうか。
GMでのドラッカーの研究は多くの人の協力得て順調だったが、その中身に興味を示す人物がいた。GM社長のチャールズ・E・ウィルソン(アイゼンハワー政権時の国防長官)であった。
ウィルソンは日本との戦争のためにGMの責任者として民需生産から軍需生産に転換する責任を負っていた。
ウィルソンはドラッカーが指摘した2点に注目した。ひとつは、「流動性を阻害したり人件費を硬直化させたりすることなしに、は働くものに収入を保証してやること」。二つ目は、「仕事の設計、成果、福利厚生などの問題の責任を現場に持たせること(職場コミュニティ)」だった。
このウィルソンとドラッカーが考えた施策のひとつに「補完的失業給付」がある。この件に関しては参照の適不適はあるでしょうが次のWebサイトを読んで下さい。
、「労働通信 現代労働問題研究会」の「現代資本主義と労働問題 : アメリカ経済の避けられない矛盾――双子の赤字の増大」
http://rodo.info/modules/news/article.php?storyid=80
ドラッカーは自分の理論の中で一番特徴的で重要な考え方について「職場コミュニティと責任ある従業員という考え方」であると書いている。「責任ある自治的な職場コミュニティの考え方こそ、私のGM研究における最も重要な成果だと考えている」とも書いている。
しかしこうした考え方は当時の経営者から「マネジメントを犯す」と敵視され、労働者からも「職場での敵であるボスがいなくなると」と歓迎されなかった。
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2008年05月03日
当時、第2次大戦前においては、マネジメントという概念が成立していなかった。「そもそもマネジメントの人間が、自分たちがマネジメントをしていることを知らなかった」。それをあつかった本など売れるとは思っていなかった、と書いている
ところがご存知のようにこの「企業とは何か」は今でもその教科書として読まれている。マネジメントを体系化した、つまり、「組織構造、社会的責任、個と組織の関係、トップマネジメントの機能、意思決定プロセス、人材開発、労使関係、地域関係、顧客関係、さらには環境問題まで取り上げていた」。
GMの中でドラッカーが注目した人物が孤高のドナルドソン・ブラウン。GMの制度を作り上げた人物として紹介されている。
彼が何をしたかの詳細は下記の資料(pdfファイル)を参照してください。
「1920年代GM社における管理会計の確立 ―予算管理を中心に―」
http://www.ritsbagakkai.jp/pdf/453_05.pdf
ドラッカーは「企業とは何か」のなかで取り上げたGMの「分権制」はその後世界中に広まったのだが、それを教科書にして企業の再生をはかったのがフォードであった。
この分権制に血を送り込んだひとりが知的で正直とドラッカーが評するマービン・コイル(シボレー事業部)。GMは長い間人材教育をしていかったが、コイルは、「読書プログラム、特別講義、セミナーなど若手管理者の育成に仕事以外のものを利用していた。」
二人目はニコラス・ドレイスタット(キャデラック事業部)。彼はコイルとは対照的で、「人に関心をもち、人を理解し、人の面倒をみた」とドラッカーは評している。
キャデラック事業部をアメリカ自動車産業の代表的な車種に育てたドレイスタットは、当時は「イッチョ上がり」のポストであった人事部を重要視し社員教育を大事にした。その事例としてあげているのが、精密機械の生産を黒人の売春婦に製造させた逸話である。
字も読めない彼女らに自ら組み立てて見せて、それを写真にとって学ばせ生産実績を上げた話である。つまりは「社員教育」というものが不可能を可能にすることもできるということだろう。
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2008年03月21日
処女作の『「経済人」の終わり』で学会でも評価されたドラッカーだったが、「産業社会の政治的、社会的構造」を研究したいと思っていたところ、GMから連絡があり、GMのマネジメントと組織の調査の提案をもらった。
これが「テクノロジーと仕事」を体系的に研究した著書「会社と概念」を生み出す。
ではGMが何故ドラッカーに調査を依頼してきたのだろうか。
GMは1920年の改革から20年が経っていた。ドラッカーに連絡してきた担当者は、今後のGMを担う世代に現在のマネジメントや組織の再考を依頼してきた。
組織運営には先を見た思考が必要なのだが、現在の経営者にそのような観点を持つ人がいるのだろうか。現在、トヨタにおされ気味のGMだが、こうした人材がいるという事がひとつの強みだったと言ってもいいだろう。
当時のGMは高学歴であることを嫌っていたらしい。しかし実際には大学でも勉強は不可欠だったために、大学の教育の変わりに「GMテクニカル・インスティチュート」というエンジニアリング・スクールを作った。
日本でも各自動車会社はこうした学校をつくり、自社の技術者の育成に努めている。私の従兄弟も日産のこうした学校に入り、メカニックを学び「サファリラリー」にメカニック担当として参加している。
当時の最高経営責任者であったスローンは、こうした学校設立について積極的に宣伝しなかったために、現在の学歴偏重を招いた責任があるとドラッカーは書いているが、これはある意味なかなか卓見ではなかろうか。
つまりこれを私流に理解してみると次のようになる。
日本でも各企業体のテクニカル・スクールは、あくまで仕事あるいは現場での知識と資格に留まり、「自動車学」という領域に到達していない。仕事に必要な知識をもっと学問的に体系化して学ぶ、自動車産業や社会における自動車の役割、人と車といった領域まで昇華させることが必要だということだろう。
現在の状況は、自動車整備(仕事)と学問とのバランスが取れていないという意味。その結果、いまだに道路財源の問題が財政だけの問題としてしか考えられていない、あるいは道路の問題ではなく道路工事の問題になってしまっている。
もちろんGMの経営者であったスローンだけに責任があるはずもないが、ドラッカーが書くようにこの点は重要なポイントかもしれない。
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2008年03月11日
さらに「活版印刷が大学の教授内容に影響を与えたのではなく、知識とすべきものを既定した」とも。
マクルーハンといえば「マクルーハン理論」が有名だ。メディアの形式が重要だという現在のメディア論の基本を規定したことだろう。
ドラッカーは、活版印刷が発達していた中国ではなんら影響を与えなかったことを考えて、当時のマクルーハンの話を理解できなかったと書いている。
しかしドラッカーはすでに「テクノロジーと社会、そしてテクノロジーと文化の関係に関心を持ち始めていた」。
「たとえば、組み立てラインは道具である。しかしそれは、人間組織のあり方と社会自らの社会観に重大なかかわりを持つ。それは産業社会と呼ばれるに至ったものの基礎となった」とも書いている。
そしてドラッカーに興味のある方はすでのご承知のように、「コンピュータは道具である。しかしそれは、人間組織のあり方と社会自らの社会観に重大なかかわりを持つ。それは知識社会と呼ばれるに至ったものの基礎となった」と読み替えることができる。
またこうも書いている。
「テクノロジーとは、教養人やテクノロジストが考えてきたほど簡単なものではなかった。すなわちテクノロジーとは、人間の生物物に影響を与えるだけでなく、人間そのものを規定し、あるいは少なくとも、人間が自らをいかに見るかを規定するものだった。」
IT革命という言葉も陳腐化するほどの時代になったが、それはIT技術者やIT専門家が考える以上の革命を起こしていると見るべきだろう。
ITを道具として情報の共有が進み、その情報に共感共鳴する動きが新たな知識の拡大再生産を行う。そういった新しいパラダイムの出現だろう。
「コンピュータは道具ではない。人の一部である」
この両者に影響を受けたドラッカーだが、その考え方に彼らにない「仕事」という概念を持ち込んだ。テクノロジーと人間特有の活動としての「仕事」を関連付ける試みである。
他の動物にはない人に特有は絆こそが、社会的な絆の「仕事」だという。そしてこの「仕事」に重要な影響を及ぼすものがテクノロジーであるという。
ドラッカーによると先の二人もこの概念には到達していない。ドラッカー自身もまだその一般理論に到達していないと書いている。
今日、このテクノロジーを代表するものがコンピュータであることは疑いがない。ドラッカーは、このテクノロジーを規定している。
「しかも人の行い方、つくり方、働き方は、人の行き方、人と人とのかかわり方、自らの見方、そしてつまるところは、人が何であり誰であるかに対してさえ重大なインパクトを与えるものである」と書いている。
この章の最後にドラッカーが書いてあることは非常に示唆に富む。ひとつに集中するものは物事を成就させることができる場合があるが、多くのものに関心を持つものは成功することはないと。
これをドラッカー自身に当てはめるのは無理があろうが、私のような凡人には「選択と集中」が必要だと諭される言葉だ。
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