忌野清志郎さんロックバンド・RCサクセションで活躍された、歌手の忌野清志郎さんが5月2日、がん性リンパ管症のため逝去されました。
忌野清志郎さんといえば、コンサートやステージなどで「ベイベー!」や「愛し合ってるかーい!」などの決めぜりふと、奇抜なメイクや衣装、そしてソウルフルなパフォーマンスで知られ、「ロックの神様』と呼ばれるほど音楽界でも大御所の域に達する人でしたが、2006年7月に喉頭がんと診断され入院。治療を続けた後、2008年2月に日本武道館で本格復帰するも7月に左腸骨にがんが転移していたことが判明、再び活動を中止し放射線治療などを続けられていました。
享年58歳。
ここで、忌野清志郎さんをふりかえってみます。
忌野清志郎さんは、1951年4月2日東京生まれ。1968年に、忌野さんをリーダーとするバンド「RCサクセション」を中学校の同級生らと結成、1970年に「宝くじは買わない」でデビューしました。
1972年に「ぼくの好きな先生」がヒットし、その後は1980年に「雨上がりの夜空に」「トランジスタラジオ」がヒットしファン層を広げました。1982年には坂本龍一さんと組んでリリースしたシングル「い・け・な・いルージュマジック」が大ヒット。日本の「ロックの神様」としてコンサートのほか、CMや映画などで活躍し、映画「妖怪大戦争」の主題歌『愛を謳おう』を井上陽水さんと初めてレコーディング。忌野清志郎さん自身も妖怪「ぬらりひょん」役で出演するなど幅広く活動されていました。
そして、2006年7月喉頭がんに・・・2008年2月に復帰するも7月に転移し闘病生活を送られていました。しかし、残念ながら帰らぬ人となってしまいました。
忌野さんも昨年の2月には復帰し元気な姿を見せてくれていただけに、これからというときにガンが再発し、無念でならないと思います。
まだまだ歌いたかったでしょう。

忌野さんは、「音楽は時代の刺激剤であるべきだ」というポリシーがあり、政治的なメッセージを込めた歌もありました。原発反対のメッセージが込められたアルバム「COVERS」やパンクロック風にアレンジした「君が代」が入ったアルバム「冬の十字架」が一時、発売中止になったこともありました。FM中継中のコンサートで突然「あこがれの北朝鮮」「君が代」を歌って、放送が中断したこともあったようですが、これも自身のアーティストとしての意思表示だったのだと思います。

個人的には、高校生のころに初めてRCサクセションの曲を聞きました。
その後は弟がRCが好きでLPも何枚か購入し、実家にそのまま置いてあります。
本当で残念でなりませんが、パンクのさきがけと忌野さんのスタイルは後身にも影響を与えたことかと思いますし、残された作品は今後も歌い継がれていかれると思います。
58歳だなんて、早すぎる・・・本当に、本当に残念です。
故人のご冥福をお祈り申し上げます。

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*忌野清志郎さんを偲んで*
雨上がりの夜空に


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