6a58374e.jpgNHK大河ドラマ「春日局」などに主演して人気を集めた女優の大原麗子さんが8月6日に既に亡くなっていたことが明らかになりました。
2週間前から大原麗子さんと連絡が取れなくなっていた親族が不審に思い、警視庁成城署に連絡。6日に署員と一緒に東京都世田谷区の自宅を訪れたところ、2階寝室のベッドの上であおむけになっている姿で発見されました。大原麗子さんは病死とみられ、死後2週間以上が経過していたようです。享年62歳。
ここで大原麗子さんについて振り返ってみます。
最近はあまり仕事もされていなかったようで、どうされていたのかな?と思っていましたが、急な訃報、しかも亡くなられてから2週間ほど経っていたとは、本当に驚きました。

時事通信によると
 3日、大原さんの弟が電話で「2週間ほど前から姉と連絡が取れない」と相談。同署員と弟が自宅を訪ねたが、鍵がなく入れなかった。6日午後6時半ごろ、弟が同署を再び訪問。同署員と共に自宅で遺体を発見した。
 大原さんは東京都出身。1964年、NHK「幸福試験」でデビューし、翌年に東映に入社。映画「孤独の賭け」「網走番外地」などに出演し、人気が出てくるとテレビドラマにも進出。日本テレビ系の「雑居時代」やNHKの「勝海舟」などに出演する一方、洋酒CMでの「すこし愛して、ながーく愛して」のせりふは流行語になった。
 その後も渥美清さん主演の映画「男はつらいよ」のマドンナ役や「おはん」「新・喜びも悲しみも幾年月」などで好演。89年にはNHK大河ドラマ「春日局」で主演し、現代物も時代劇もこなせる女優として確固たる地位を築いた。91年に「男を金にする女」で舞台デビューを果たし、活動の軸を舞台に移した。
 私生活では、73年に俳優の渡瀬恒彦さんと結婚したが5年後に離婚。80年に歌手の森進一さんと再婚したが、84年に離婚した。近年は、筋肉を動かす神経に障害が出る難病ギラン・バレー症候群を患い、芸能活動から遠ざかっていた。
大原さんといえば、サントリー「RED」のCM「すこし愛してなが〜く愛して」の名セリフで知られ、その甘い声とかもし出す雰囲気がなんともステキでした。
渡瀬恒彦さん、森進一さんとも結婚されていましたね。
しかし、ここ10年はギラン・バレー症候群を患われ、本当に大変な日々を送られていたようです。
コチラの記事にその闘病生活が記されています。

大原麗子、壮絶闘病生活を告白

昨年の11月には東京・世田谷区の自宅ガレージで転倒し、右手首骨折と膝を打撲する重傷を負っていたようですが、ひそかに病魔と闘っていたようです。
しかしながら、亡くなる際も人知れず息を引き取り、そして変わり果てた姿で発見されるとは、本当に苦しかったのでしょう。

一人暮らしでひっそりと亡くなっていたのは、飯島愛さん以来ですが、気丈に一人で頑張っていたのでしょうね。
ステキな女優さんだっただけに、晩年の様子を知ると心苦しいです。
故人のご冥福をお祈りいたします。

*最後まで読んでくださってありがとうございました*
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*すこし愛して、ながーく愛してのCMなど*