2012年02月22日

演奏の反省

 それにしても、今回の演奏後の反応は不思議だ。今まで、コンサート後に一度も言われたことのない「人柄」という言葉。もちろん、私生活においてもほとんど言われたことがない。

 スーツのズボンを、東京に忘れて(駐車場下に落として)きてしまった話をしたからかな?! 笑い話のように話していたが、実際のところはホールに着いて着替えようとした瞬間、血の気が引いたし、気が動転した! ステップは朝9:30から始まるし、ホールに着いたのは8:45だったからな。

 「人柄」と言うと、僕の大好きな江古田の某ラーメン店のTシャツには、「鶏がら、豚がら、人がら」なんて、しゃれた言葉が書いてある。味もさることながら、明るい掛け声が店をより生き生きとさせている。
 
 アドヴァイザーの先生はじめ、ステーションの先生、生徒の親御さんなどからも、「人柄の伝わる」とコメントを頂いた。面白いものだが、素直に喜ぶようにしよう。

 さて、今回の演奏もまた自分の中での挑戦はあった。どうしても殻が破れず思い切れない弱さを、何とか積極的に立ち向かっていこうと努力した。また、直前にブログで書いていた「ミスをなくす」という目標もクリアしたかった。

 その結果、

 1曲目:バッハ
   緊張からくる指の上ずり(出だし)
   軽い音の引っかけ 1箇所
   黒鍵から白鍵に滑り落ちる汚い大胆ミス 1箇所

 2曲目:吉松隆
   メロディーラインの傷(1曲目)
   余裕のない弾き飛ばしが少し(2〜4曲目)
   
 3曲目:ドビュッシー
   かすかな濁り(たぶんほとんど気付かない)

 4曲目:リスト
   ミスの量は数え切れず(特に後半〜コーダ)

【反省点】
 バッハや吉松の1曲目のようにしっとりと歌う曲でのミスは頂けない。
 心を落ち着けるために緩やかな曲を選んでおきながら、ミスをするなど言語道断。
 もう一度、練習方法を見直すべき。

 また最近、生徒とこんな話になったことがある。曲の最もドラマティックな場面で、「盛り上げようとするとミスが増えるし、ミスしないように気を付けると音楽が小さくなってしまう。どうすればいいのでしょうか?」と。
 それに対して、「若いうちから慎重になっていたらテクニックもつかないし、思い切った表現もできないから、直前のレッスンまでは粘って挑戦してみよう!」と答えた。

 僕もどちらかと言うと、気の小ささもあり音楽が小じんまりとしてしまうタイプなのだが、リストは今回攻めようとずっと意気込んでいた。それが良くも悪くも勢い余ってコントロール不能になってしまったところがある。ムキになり過ぎて、後半音量を落とす余裕もなかったが、曲も曲だったから少し進歩した面も感じることができた。
 
 次回のコンサートは、演奏のみに集中できる環境であるから、何の言い訳もできない。ますます練習を集中してやっていかないとな。  

Posted by yu_ai2 at 23:21Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 音楽

2012年02月19日

日立ステップ終了

hitachi_step

hitachi_step1

 昨日は、僕の実家の日立でステップが行われ、トーク・コンサートとアドヴァイザーをやらせていただいた。生徒も何名か参加していたので、いつものステップとは何か緊張感のようなものが違った。

 トークコンサートのプログラムは、以下の通り。

 1.コラール前奏曲「目覚めよ、と呼ぶ声あり」BWV.645 (J.S.バッハ=ブゾーニ編曲)

 2.プレイアデス舞曲集より (吉松 隆)
    過去形のロマンス
    数え直しのワルツ
    多少華やかな円舞曲
    ハレルヤの季節

 3.アラベスク 第1番(ドビュッシー)

 4.超絶技巧練習曲集より 第10番 ヘ短調 (リスト)


 急に決まった話ではあったのだが、ほぼ1ヶ月後の4月1日のコンサートの宣伝も兼ねることができるし(その割にはプログラムが全て違う)、生徒の前で演奏してお手本(?)を示すチャンスにもなるかと思い、勇気は入ったが引きうけることにした。

 前回の山口県のコンサート時もそうだが、ピアノを習い始めて間もない子どもたちやその親御さんが多いこともあり、自分なりに全身全霊、全力疾走で取り組んでいる。導入の子たちの前だからこそ、一生懸命に演奏しないといけないよね。しっかり準備して、双子の昼寝中には愛先生に何度も聴いてもらって何度も調整する。

 でも、

 本番は意気込みに反し、大荒れに荒れるんだな…これが…。(反省は次回あたりの更新で)

 生徒に対してはお手本はお手本でも、悪いお手本として受け止めて、僕を超える演奏家になってください!

 ご一緒したアドヴァイザーの尾見先生からは、「先生(僕)の人柄がしっかりと伝わる演奏とお話。本当に人柄そのままだった(笑)」と楽屋でご講評を頂いた。

 日立ステーションの小西先生はじめスタッフの皆様、アドヴァイザーの先生方、参加者の皆様、生徒の皆さん、全てにありがとうございました!

 トークでは話したのだが、ドジな失態をおかして開演40分前頃は、人生最大のピンチに背筋の凍るような思いをした。この話はいずれまた…。  

Posted by yu_ai2 at 23:53Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 音楽

もうすぐ発表会

久々のブログとなってしまいました。なんと、1年ぶり・・・。ヒェ〜

そして、あっという間に今年も恒例の発表会が間もなく行われます!
生徒の皆さん、準備はいかがですか?
コツコツと丁寧に練習していますか?焦って通し練習ばかりしていませんか?

ここからは私の幼少時代のほろ苦い経験談です。
曲の譜読みも終わり、スラスラ弾けて、暗譜も完了!
もう、完璧だー!!早く本番が来ないかなぁと思いながら毎日気持ちよ〜く何度も何度も通し練習のみ。
少しくらいつっかえたって気にしない気にしな〜い・・・・

そして、本番の日はやってきました。
緊張して、指は上ずり、いつも弾けるはずのパッセージもズタボロ。あげくの果てに止まっちゃった!!!
せっかく楽しみにしていたステージだったのに、何だか後味の悪い演奏だし、終わったらお母さんの怖い顔・・・。
そんなこともあったっけ?


それで、何が言いたいかというと、暗譜完了〜本番までの過ごし方についてなんです。
暗譜は完了していても、テクニック的に難しい個所や転んでいる所、またぺダリングが体に馴染んでいない、
テンポが不安定、和音の響きが汚い、歌い方が不自然・・・など
まだまだお客様にお聴かせするには未熟なところはたくさんあるはずなんです。
暗譜完了=曲の完成ではないんです。

幼少時代の私は、暗譜が完了したら、もう練習する事がないんだと勘違いしていました。
それは大きな間違いで、上記のようなことを丁寧に一つ一つ確認し、部分練習、そして通し練習へと持っていかなければ
本番ではなかなか納得のいく演奏ができないのです。
通し練習ばかりしていると、段々雑になっていき崩れていくのも早い気がします。


部分練習などは、あまり楽しいものではないかもしれないけど、
ステージ上で頂くたくさんの拍手や上手に弾けた時の達成感や充実感で全て帳消しにしてくれるはずですよ。

残り3週間!それぞれが精一杯の力が出せるように頑張っていきましょうね!!!


おっと、ひさしぶりなのに何故かお説教のような内容になってしまいました…。
イヤイヤ可愛い生徒たちのために喝を入れたかっただけですよ。プププ  

Posted by yu_ai2 at 16:42Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:愛 | レッスン

2012年02月16日

ミスタッチについて考えてみた―3

 もう少しミスタッチについて書いてみたい。
 僕の勝手な思い込みかもしれないが、ドイツ系のピアノ教育ではミスタッチにはかなり厳しいように思う。と言うのも最近読んだ本の中で、スコダ(正確にはウィーンだけど)の記述に興味を引いたからだ。

 【ドイツ楽派の根底にあるのは、偉大なる規律です。全体の構成に正しい知識を持ち、緻密で厳格なリズムを重んじ、旋律を間違えるなどということは決して許されません。】(ピアニストの系譜、音楽之友社より引用)
 また、愛先生があるコンクールを受けていた時に審査員であったドイツの巨匠ペーター・レーゼルにアドバイスを頂いた時には、やはりミスのことを言われたそうだ。「別の人がノーミスで弾いたら、そこですでに差が生まれる」と。
 更にはドイツで研鑽を積んだ河村尚子さんも、ここのサイトに書いてあるように【常に完璧であること、ミスはだめです。お客様は私の演奏にお金を払って聴きに来られるのですから、それにお応えしなくてはならない。】ことを自然と学んだと言っている(ただ、それがドイツであったかどうかはちょっと分からないが)。

 例え音楽的であったとしても、ミスに対し厳しい評価をする音楽家も確かにいることは間違いない。日本ではコンクールがこれだけ増えて、(とりあえずは)完璧に弾く子どもたちが増えてきた今の風潮は、必要以上に「完璧=非音楽的」とみなされている傾向がなぜか強いように思うのは気のせいか。逆に、どこかミスがあっても音楽的な演奏にはとても寛大だ。昔は、コンクールでポロポロ間違えたら、先生が怒って帰ってしまったなんて話も聞いたことある。


 ミスタッチとは少し話がずれるが、音の読み間違いもしばしば起こることである。園田高弘先生がある本に書いていたが、この読み間違いも調性感のなさからくるミスと、ハーモニーの構成音の中でのミスでは、同じミスでも大きな違いがあると言う。確かに、ハ長調の曲が途中でト長調に転調していることに気付かずに、ファ#の臨時記号を見落として弾いているのは、ただの譜読みミスよりももっと重大な能力が欠けている。これは不注意と言うよりも、確実に音楽性に関わってくるミスと言える。それに比べれば、(ちょっと極端だが)ドソミドの和音を、ドミソドと間違えて弾いている方がまだ深刻ではないと言うことだ。


 いずれにしても、ミスは阻止できることもあるから、心がけて練習しよう。

  

Posted by yu_ai2 at 16:09Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 音楽

2012年02月15日

ミスタッチについて考えてみた―2

 音楽的に素晴らしければ、ミスタッチは気にしなくて良いというのもまた、ちょっと乱暴かもしれない。

 日頃の練習次第では、ずいぶんミスは防げるようになると思う。子どもの頃は時間があったから、とても効率は悪いけれど、とりあえずは弾き込んで弾き込んで弾き込みまくることはできるだろう。ただ、大きくなってくると本番の恐怖も感じるようになってくるし、ただ数を重ねるだけでは上手くいかないことも出てくるはず。

 例えば、本番数日前に強弱記号の見落としや、音間違い、悪い運指から起こるミスに気付いてしまったとしよう。見て見ぬふりをしてそのまま本番に出てしまうこともあるかもしれないが、ある程度レベルが上がってくると、そういうことが自分自身で許せなくなってくる時期が必ずやってくる。

 そうすると通し練習をしていても、その気を付ける場所が近づいてくるに従い、意識がその一か所に集中してしまう。意識が向き過ぎて間違うこともあるし、そこを気にしすぎるあまりに他の場所でミスすることもある。一番良いのは、やはり本番直前に気を付けないといけない場所は、出来る限り作らないということであり、結局は最初の譜読みをいかにきちんとしておくことが大切かということに行きつくだろう。

 譜読みを終えてから、ここも違う、あそこも違う、そこもまた違う、などとやっていると、結局、全体を眺めず「注意点」の局所ばかりに気を取られてしまう。そして、その注意点付近になると、体が緊張するし余計な不安も感じることになる。
  

Posted by yu_ai2 at 11:52Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 音楽

2012年02月14日

ミスタッチについて考えてみた―1

 「ミスタッチをなくしたい」というのは、ピアノ弾きの一つの目標だろう。コンクールであれば、ミスタッチの程度次第では結果に影響を及ぼすこともあるからな…。
 自分の過去を振り返ってみると、大学生くらいまではそんなにミスタッチで悩む事もなかったが、段々ポロポロと外すようになってきた。

 本番におけるミスタッチの原因はこんなところだろう。

 1.緊張、動揺、興奮、舞い上がり
 2.途中で体力切れ、集中力低下
 3.難曲である。または難所がある。
 4.日頃の練習が良くない
 5.準備不足・暗譜の不確かさ
 6.体調不良
(0.人間だから当然間違えることはある。)

 5、6は演奏会に臨む人の心構えとしては失格(だと言われたことがある!)。 

 1に関しては、心の強さなどもあり個人差があると思う。でも、しっかり準備ができているという自信から、改善できることも多いかもしれない。

 2は練習最初に通し練習を重ねることで、コントロールできるようになる。それでも上手く行かなければ、自分に合う選曲を考えるべき。

 さて、問題は3,4である。本番だけ気持ちのこもった素晴らしい演奏になるはずはないから、日頃の練習が本番の出来を左右するのは当然である。にも関わらず、僕などは毎日100パーセントの集中力で練習するのは難しく、結局本番の数週間前くらいから慌てるという結末を迎えることになる。

 ミスタッチも同じだろう。極端に言うと、練習段階から一回も他の音を触らずに練習し続けられれば、本番も限りなくミスはゼロに近づけるはずだ。そんなことを、今頃になって考え始めて、今一生懸命集中してミスタッチをしないように心がけて練習し始めている。難所で必ず間違っているのならば、テンポを落としてでもノーミスで弾くことと表情にこだわって、絶対他の音を弾かないようにすればよいのではないか?
 それでも弾けなければ、まだその曲はその人のテクニックでは難しすぎるのだろう。

 日頃の練習から、一音も間違えないようにする!(気持ちだけは)

 その効果がうまく発揮できるだろうか…。

 ちなみにミスタッチがゼロでも音楽的に平坦なのに比べれば、ミスタッチがあろうとも感情の起伏の大きな演奏の方がはるかに価値があるのは言うまでもない。  

Posted by yu_ai2 at 13:09Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 音楽

2012年02月06日

2歳

 我が双子は、昨日2月5日、通称「ふたごの日(勝手に命名)」に2歳の誕生日を迎えた。日曜日はレッスンが詰まっているので、教室お休みの今日、ささやかな誕生パーティーを行った。
 どちらも、うどん一玉くらいは余裕で平らげてしまう程の大食漢だけに食費はかさむが、頼もしいとも言えるかな…。
 卵アレルギーなので、ケーキも卵なしの特注品…。人生初のケーキは余程美味しかったようで、顔中に生クリームを塗りたくりながら猛烈なスピードで平らげた。

2歳

 正月に体調を崩して以来、どうも完治とは言えず鼻水を垂らしているのが気になるが、早く元気になってすくすくと育っていきますように!  

Posted by yu_ai2 at 18:37Comments(4)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 双子・育児

2012年02月03日

本番に向けて〜エンジンのかかり方

 あっという間に2月だ。教室の発表会まで5週間ほどになった。

 大体の生徒は暗譜を済ませ、2月以降は弾き込みに磨きをかけていく段階に入っていった。ただ、最近まで本番続きだった子は今必死になって追い上げているが、ただ単にエンジンのかかりが遅い生徒には、本番までの日数やレッスン回数を楽譜に書いて、「今のペースで進んでいくと、発表会前、最後のレッスンでようやく暗譜完了、ということにもなりかねないよ!」と危機感を持たせる。普段のレッスンでも、ある程度譜読みができてくると「1月中に暗譜完了」などと暗譜目標を決めるのだが、譜読みが遅れていると、「来週は何小節まで片手スラスラ、次週は最後まで両手…」ともっと細かい指示も出すようにはしている。生徒本人はまだのほほんとしていても、少しずつ親御さんの方が慌てだしてくる時期にもなってきた…。

 さて、僕も18日のトーク・コンサートやその後のコンサートに向けて練習を重ねている。ただ、レッスンに行くことがなくなってしまった僕には発破をかけてくれる人がいなく、なかなかエンジンがかかりにくい。誰の責任ということでもなく、「全くの自己管理」の問題だ。

 でも、のんびりしていても、必ず「やばい!」と思う時は来る。例えば、コンサートのチラシが出来上がった時。「本番まであと何日だっけ?」とふと数えてみた時。主催者のホームページ等に詳細が掲載された時。他人や生徒が素晴らしい演奏をしていた時。「コンサート楽しみにしています!」と声をかけられた時。自分の演奏を録音してみたら、聴くに堪えない演奏をしていた時。…などなど。

 こんな時に、一瞬にして「ゾワ〜」と背筋が凍るような不安にさいなまれるのだ。うぉぉぉ!書いているうちに焦ってきたぞ!練習練習!  

Posted by yu_ai2 at 11:20Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 音楽

2012年01月18日

手作り味噌を作ってみた

 昨日、味噌作りに挑戦した。

【動機】

 何でもやってみたいと思う性格上。

 (簡単にできると書いてあるから、レッスンでキツキツの日にも関わらずやってみたのだが、それが大間違い。双子を放っぽり投げて、愛先生とドタバタ作った。今更、後には引けないし。)

【調理過程】

 大豆1キロを茹でること4時間。大きな鍋が家になく、2つの鍋に分けて茹でたため、ガスの無駄使いになってしまった。5リットルクラスの鍋では間に合わなかった。
 また、大豆のアクや皮取りが、こんなに面倒だとは…。(泣) きっとうまいやり方もあるのだろうが、初心者はついついコマメにすくうもんだからコンロから離れられない。

 塩とこうじを混ぜて塩切りこうじを準備し、邪道なのだがフードプロセッサーで茹でた大豆を木端微塵に砕く。
miso1

 テーブル上で、この二つをごちゃ混ぜにし、ポリ樽に詰め込む。まるで粘土のようだと、愛先生ははしゃいでいた。完成は3.5キログラム程度になるらしい。塩によって味は変化するので、こだわる人はこだわるようである。

 miso2
 見た目は悪くない。

 これにラップをかけ、重りをのせてひとまず完成。ホコリが入らないよう、袋を重ねてしばり、段ボールに入れて終了。


【まとめ&感想】
 味噌を最初に作った昔の人は凄い。先人たちの知恵と工夫の豊かさを思い知った。 
 夏が楽しみであるが、蓋を開けたらカビだらけなんて結末にならないことを祈りたい…。
 そして、双子よ、ごめんなさい。 

【後記】
 調理器具は洗えば済むが、大豆を茹でた臭いは家に漂っている。以前、蕎麦つゆの返しを作った時の醤油臭に比べれば、まだマシではあるが…。  

Posted by yu_ai2 at 16:15Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | たまには音楽以外の話題を

2012年01月16日

ホ短調 / e moll / E miner

 バッハのシンフォニア第7番をレッスンしていて、そう言えば「ホ短調のピアノ曲ってあんまり存在しない」ように思った。調号は♯一つだから、(特に初心者には)調号の多さで苦戦するようなことはあまりないし、平行調であるト長調の曲はたくさんあるのに。(でも僕にとっては、ホ短調のスケールは意外と弾きにくい!)

 レッスン時に瞬時に思い出したのは、同じバッハの傑作パルティータ6番、ベートーヴェンのソナタ27番、そしてオケ曲ではドヴォルザーク「新世界」。さっきホ短調で検索してみたら、あのショパンの協奏曲1番もホ短調だった…。調号の少なさからみれば、もうちょっとあってもよさそうな気がする。でも作曲家にとっては、ピアノという楽器でホ短調を書くのは、あまり気が進まないのではないか?

 僕の勝手なイメージでは、ホ短調のピアノの響きは音域的に難しい感じで、ピアノでハーモニーをきれいに響かせようとすると、(全くの私見だけど)音域を高めに書かざるを得ないのではないだろうか。実際にショパンの協奏曲1番のピアノソロのメロディーは、かなり高音域で書かれている。(あの音域を声で出せる人はいるのかな。最高音は3点イ。)
chopin11_2
 それに対して冒頭1小節目のオケパートは低音に音が固まっていて、実際にオケで聴いていても重苦しいし、2台ピアノ譜のピアノ伴奏パートも全く美しく響かない。
chopin11_1

 あ、そうだそうだ。ベートーヴェンのソナタOp.14-1 ホ長調の2楽章はホ短調だが、これはショパンのピアノ書法とは対極に位置するように音域が低く、響きが重い。それがある一種の効果をあげていると言う人もいるかもしれないが、あの楽章は全くピアニスティックではない。うぅぅ、ホ短調の難しさを感じるぞ。
14-1_2mov

 ん?でも待てよ。例えば♭の調。ホ短調を半音下げて、変ホの調(変ホ長調、変ホ短調)であれば、音域が低くてもそれほど抵抗はないな。ベートーヴェンのソナタOp.7やOp.31-3、ピアノ協奏曲「皇帝」Op.73等…。むしろ、どっしりとした雰囲気には温かさやたっぷりとした余裕さえ感じる。

 (譜例)メンデルスゾーン:無言歌集より「浮雲」Op.53-2 変ホ長調
mendelssohn_op53-2

 以下の譜面は、ラフマニノフの音の絵 Op.39-5 変ホ短調。変ホ長調とは異なり、暗く深く重くと言った曲。
rachmaninoff_39-5

 というと、低音側に音が固まっているからダメと言うわけでもないしな…、ワケがワカラナくなってきた…。または、シャープという鋭いイメージを連想させる割りには音域が低い、と言うギャップが不自然に感じるのか?それとも、好みの問題というところに行きつくのか?(いや、それは絶対にないと思うが)

 ちなみに、弦楽器やギターは、ホ音が開放弦で使われていることもあり、よく書かれているとのこと。なるほどな。ヴァイオリンの傑作メンコンやギターの「禁じられた遊び」はホ短調だ。エルガーのチェロ協奏曲やブラームスのチェロソナタ1番も好きな曲だし、何か雰囲気的に共通点も感じるから、ホ短調のカラーというのも確かに存在するな。

 ある音楽評論家は、絶対音感がなければ調性の色が分からないと言っていた。何調だろうと、ハ長調かイ短調に聴こえるからと言うが、それが本当であれば絶対音感はやはりあった方が良い。  

Posted by yu_ai2 at 21:20Comments(2)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 音楽

2012年01月04日

弾き初め

 元旦は自宅でゆっくりし、2,3日と実家で過ごした。

 ところで面白いのだが、いつも元日に最初にピアノに座って弾く音や曲には、特別な思いがある。別に思いを「込めている」わけではなく、何となく「込めなくちゃいけない」と言う「新年に対する気負い」みたいなものがあるのだ。

 たぶん、小学生の時からこの気持ちは感じていたから、20年以上は続いていたはずだ。小学6年生頃は生意気にも、ショパンのバラード4番だった気がする。もちろん、しっかり弾き通せたわけではない。当時熱中していたブーニンのショパンコンクール・ライブ録音の影響も大きいが、とにかく新年一発目に対する意気込みは伝わったと思う。いずれにしても、毎年、レッスン曲や本番曲ではなく、もっともっと自分にとって特別な曲を選曲していたはず。

 子どもの頃は、レッスンで課題になっていた曲はほとんど練習せずに、自分の好きな曲を片っ端から弾いて楽しんでいたものだから、テキトウで良ければ結構レパートリーは多い。今でも手が覚えている。たまにレッスンで、ある曲の一部分を弾いて共通点を伝えることがあるけれど、「先生は何でも弾けますね!」とお母様が驚かれていた時には、とても嬉しかった。

 おっと話が逸れてしまったが、逸れたついでに…。ブーニンのコンクール・ライブの中にはワルツのOp.34-2もある。通称「猫のワルツ」と呼ばれるものだ。今でこそ良く分かるのだが、あの曲はゆっくり弾いていると全く曲想が出ず、スピード感を持って弾かないと まるで違う曲を弾いているような曲だ。当時は全然指も回らなかったから、きっとブーニンの使っている楽譜は、「プロ用」の特別なものだと信じて疑わなかった。懐かしい思い出。

 えーと、弾き初めの話だったな。もちろん、特別な元日は例年の如く、朝からずっと「何から弾き始めるか?」である。それで何を弾いたかと言うと、【NHK「おかあさんといっしょ」の子ども曲を手探りながら伴奏づけ】と言うことになってしまった。練習直前まで双子と番組を見ていたこともあったのだろう、急に頭の中でコード進行が気になって考え込んでしまったのだ。

 元旦に新たな思い出を刻むことになったとさ!  

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2012年01月01日

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 昨年末30日は大学時代の友人と恒例のお寿司忘年会を、大晦日は愛先生の高校時代の友人と紅白を見ながら飲んでいた。僕はキッチンに徹し、野菜の天ぷら、かき揚げを揚げ続けたのち年越し蕎麦でしめた。来宅した友人たちは皆、双子をたくさん可愛がってくれて、きっとこの子たちにとっても刺激になったかな、と思う。

 新年は年賀状をじっくり眺めた後、家族で穏やかにお雑煮を食べ、今はほろ酔いながらくつろいでいる。ここ数日飲み続けてしまい、すっかり更新を怠ってすみません。明日は、僕の実家日立に皆で行く予定だ。

 今年も2月にステップの仕事を終えると、教室発表会が3月に行われる。偶然にも震災の3月11日と同じ日になってしまい、14時46分はちょうど発表会の最中である。何もこの日だから予約できたわけではなく、昨年3月1日のホール抽選会で決まった日にちである。ピアノが弾ける幸せを噛みしめながら、発表会を迎えられるように頑張っていきたいと思います。

(今、強い地震がありました。)  

Posted by yu_ai2 at 14:37Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 音楽

2011年12月23日

神戸入り

 明日は、神戸西ステップでアドバイザーだ。

 遠方のイベントの際は大抵前日入りが基本だから、今日、余裕を持って新幹線に乗り込んだが、何と人身事故で約1時間の遅れ。ついてない、トホホ。

 旅の楽しみと言えば、ホテル探しと食(お酒?)だ。と言っても、到着が遅れてしまったので、近くの居酒屋で一人ぼっちのささやかな食事。慣れとは恐ろしいもので、一人だろうと全く動じなくなった。でも、連休前のせいか、クリスマス・シーズンのせいか、はたまた神戸三宮という土地柄なのか、22時過ぎても繁華街は人人人。まるであの渋谷の交差点を歩いているみたいだ。

 さぁ、明日はどんな演奏に出会えるかな?楽しみ楽しみ〜!  

Posted by yu_ai2 at 00:09Comments(2)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 

2011年12月21日

いよいよ

 ピティナの日立ステップでアドバイザーとトーク・コンサートを行うことになった。もちろん僕の実家があり、レッスンで毎週行っているところでもある。いつかこういう事は起きるだろうと思っていたが、何だろう、この変なプレッシャーは!

 アドバイザーが僕に決まる前から、すでにこのステップに申し込んだ生徒がいる。後日、僕の名前を発見し、「げげー!」と思ったらしい。何を言う、僕だって、生徒の前で恥をさらす(可能性が大である)わけだから、「げげ〜」どころか「やばい」と冷や汗を垂らしている。

 「お互い頑張りましょう……」と引きつった笑顔で言ってみるも、内心はバクバクだ。アドバイザーは、人の演奏にコメントするのだから、自分が弾くことに比べたらこんなに楽なことはない。実際、自分も舞台に立つとすると、立場は普通の出場者以上に弱くなった気分にもなる。先生なのだから上手くて当然みたいな重圧が、のしかかってくる。

 いやいや、今から負けてはいられない。今回は少しでも自分の殻を破れるように、いつも以上に勇気を出すことを目標にしよう。さて、練習練習!  

Posted by yu_ai2 at 14:38Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 音楽

2011年12月15日

34

fuji

 昨日は誕生日、年をまた一つ重ねてしまった。
 とにかく、あっという間に一日が終わってしまう。なんだろう、この猛烈な感覚は!きっと、外見と体力も「おじさん」に向けて猛スピードで走っているに違いない。それに対し気持ちはもう少し若くいたいと願っているが、愛先生からは年を考えないと、と言われる。

 たまに生徒が似顔絵を描いてプレゼントしてくれるが、そこに描かれる服は決まってパーカーである。そう、僕と言えばパーカーなのだが、それもいつまで着続けられるだろうか…、とふと思った。

 「あっ、先生パーカーだ!」という生徒には、「これは僕の制服、ユニフォームだから」と答えるようにしている。日々ピアノに向かって黙々と練習するにもパーカーは楽だし、双子と散歩するにも動きやすいし、よだれや汚い手で触ってきてもすぐに洗濯できる。そして、何より肌さわりも良い!

 おっと、パーカーの話なんてどうでもいい。また一年、家族とともに健康に過ごせますように!

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 先日は雑司ヶ谷近辺を散歩し、都電、鬼子母神、そして母校東京音大を回ってきた。大学内にはさすがに入らなかったけれど、それでも先生や職員の方々にお会いし、思わぬ報告ができた。
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2011年12月08日

テンポ記号

tempo

 レッスンでよく目にするAllegro, moderato, andante, adagio等テンポを表す記号は、速いとか遅いとか、ただスピードを表す単語としてしか気にしないことが多い。最近、レッスンで楽典の話をすることが増えてきたから、音大受験期に使っていた本を引っ張り出して読んでいるのだが、一般的な黄色い本ではない「白い本」はより詳しく書いてあった。

 例えば、LargoやAdagioはどちらも遅い曲に用いられるが、具体的にテンポいくつというよりは、Largoの「広い」感じ、Adagioの「心地よい、くつろぐ」というイメージを曲に込められるかと言う方が、遥かに大切だと思う。
 歩くような速さのandanteも、ただ歩くだけではなく「女性的で優美な」感じを含んでいる。

 テンポを数字だけで感じれば、コンピュータの打ち込みで対応できるが、そのスピードの中に「心地よさ」とか「優美さ」とか「陽気な」感じを出せるのは、やはり生演奏の方が強いだろう。数字以上に、こういう形容詞が大切であって、それをニュアンスと言うのだろう。イタリアの原語を知っている人は、ニュアンスが体に染みついているだろうが、僕ら外国人が音楽用語を見る時は単純に速いか遅いかしか見ていないのは、あまり良いことではないだろう。

 受験のための楽典ではなく、演奏に生かせる楽典を!

 ちなみに数年前に、ムジカノーヴァから依頼された取材で、NHK交響楽団のコンサートマスターにインタヴューしたことがある。慣れない仕事にドキドキしていたが、その時、「アレグロの意味を知っているか?」と逆に聞かれて困惑した。「アレグロは向こうの人たち(もちろんヨーロッパだ)に言わせると、【楽しく】なんだ。」と仰っていたのが、今でも強烈に覚えている。

  

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2011年12月01日

反省

 先日、岩国市(山口県)に行ったことを小学生の生徒に話していたら、「あ、工業の町だ。」と言っていた。それに比べ僕など、新岩国駅からタクシーでホールに向かう道中で、運転手さんから初めて聞いたことだ。(ついでに空気と水は最高だとも言っていた。確かに空気はうまかった!) 東京の小学生たちは塾も厳しいのかもしれないが、本当によく勉強している。凄いね。

 今まさにいろいろな知識を吸収している生徒たちに対し、僕の脳味噌はどんどん退化の一途をたどっている。段々、誤った思い込みが多くなり、レッスン中もレッスン後も辞書を片手に再確認を心がけるようになってきた。

 この3ヶ月くらいで少なくとも、「Scale(英:スケール)の音階以外の意味」、「メトロノームの語源」、「十八番(おはこ)の話」、この3つで恥をさらした。いわゆる「知ったかぶり」ってやつだ。僕が気付いていないだけで、他にもあるかもしれない。ますます辞書が手放せない。

 いやいや、恥ずかしい…。  

Posted by yu_ai2 at 21:15Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | レッスン

2011年11月30日

小3の生徒

 耳が良く暗譜は早いのだけど、ちょっと最初の譜読みが苦手なAちゃん。
 先日、ツェルニーのレッスンをしていた時の事。

僕:「指が速くバリバリと動くようになりたい?」と質問したら、

Aちゃん:「うん、それもいいけど、まずは先生みたいに楽譜を見ながらスラスラと弾けるようになりたい。」

と答えてくれた。

 最近、初見能力が落ち、弾いてみてもあちこち間違えている僕には、何だか心に深く沁み入る感激の一言だった。  

Posted by yu_ai2 at 21:00Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | レッスン

2011年11月29日

ピアノの手ほどき

手ほどき
  

Posted by yu_ai2 at 21:00Comments(6)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 双子・育児

2011年11月28日

時間は平等であって平等ではない話

 11月中旬から後半にかけては、また各地で生徒たちがコンクールやオーディション、ステップ等で演奏を披露し研鑽を積んでいる。悲喜こもごも、いろいろな思いがあるが、結果がどのようなものであれ、自分を一歩も二歩も成長してくれることは間違いないだろうと思う。

 小・中学生の1回の本番となると、2〜10分くらいの演奏時間が一般的であるが、例えば3分の本番だって10分の本番だって、それにかける労力はほぼ同じと言って良いのではないか。3分と言えばカップラーメンの出来上がる時間だし、10分もあれば食べ終わってしまう。とは言え一日の中で見れば、ほんの一瞬。でも演奏の3〜10分は、とてつもなく集中され凝縮された一瞬。同じ時間でも、ただカップラーメンの出来上がりを待っている3分とはあまりにも不公平である。いや、それは演奏に限らず、何か「本番」と言えるものを抱えている人達は皆このことを感じているはずだ。学校のテストもそうだろうし、100メートル走なんてもっと短い10秒前後の戦いだし、結婚のプロポーズは0秒もあれば何時間でも続く人もいるかもしれない(笑) 終わってしまえば、一気にホッとできるのは分かっているのだけど、本番前はとてもそんな心境ではいられない。

 さらに3分の本番のために、3ヶ月前くらいから準備を始め、毎日毎日反復練習を繰り返す。毎日1時間の練習を3ヶ月やれば90時間、2時間弾けば180時間だ。例えば、12時間練習を15日繰り返せば180時間だが、ずっとサボって本番15日前に慌てて12時間練習すれば良いかと言うと、やっぱり違う。3ヶ月かけて積み重ねた180時間と15日間で積み重ねた180時間は、物理的には同じでも、同じではない。人間は、コンピュータのように正確には積み重ならない。

 昨日は、生徒が2台ピアノでステップに出た。出番が早めで練習スタジオもうまく取れなかったので、教室が始まる前の早朝にここで練習してからホールに向かっていった。わずか5分程度の演奏のためだけに早朝から動き始めた。心の準備や着替え等も含めれば、朝起きた地点からすでに本番が始まっていると言える。実際に人の耳に届くのは、わずかお昼頃の出番5分なのに…。演奏にかける労力は本当に凄い。音楽をやったことのない人は、きっと驚かれるかもしれない。

 時間は、意識や状況によって全く価値が変わる。

 プロフェッショナル(NHKの番組風に…)っていうのは、1分でも2分でも与えられた時間のために、その何万倍の時間を惜しむことなく使える人を言うのだろう。
 「まず文句から」、「ちょっとやって愚痴」、「すぐに権利や対価を」、なんて考えていちゃダメなんだ。

 昨日は、そんなことを考えてしまったのであった。コンクールであれば、もっとシビアな精神状態になるから、益々大変であることは言うまでもない。  

Posted by yu_ai2 at 13:39Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!投稿者:裕 | 音楽