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ノーベル平和賞受賞者川崎哲第一回記念公演にて思う。

ノーベル平和賞受賞者川崎哲第一回記念公演にて思う。


川崎哲はその知らせをNYの空港で知ったそうだ。空港では記者団から囲まれたと言っていた。
 

川崎さんはNYからピースボートが停泊しているレイキャビックから乗ってNYの国際会議に行くはずだった。しかし受賞の知らせを聞いて急遽日本に帰る羽目になった。だから川崎さんが船に乗ったのは一日だけ、その夜、船内で受賞記念公演が船内で開かれた。

その受賞第1回目に参加できたことはとても名誉だと思った。
 

核兵器廃絶キャンペーン(I CANの運営委員六人のうちの一人)川崎哲は日本ではほとんど無名だが世界的に平和運動家として有名な人だ。私がやっていたロフトラジオにも出てもらったこともある。

公演内容はI CANの今までの運動とその成果を語るものだった。平和賞を取れるとは思ってはいなかったと言う。一番印象的だったのは

「とにかく諦めず、核廃絶なんて無理だという人を説得し運動するしかない。例えばそんなこと無理だと言っていた地雷禁止条約は全世界の国々が賛成し成立した。だからこの受賞は嬉しい。

トランプはオバマプラハ発言を無視してさらに小型核兵器開発をすると宣言している。そのアメリカが自分の国はもっとたくさん持つけどお前の国はダメだと北朝鮮に核兵器の開発をやめろと言っても全く説得力がない。また核抑止肯定論、アメリカの核の傘に入っている日本が北朝鮮の脅威を言って、核禁止条約を拒否した。被爆国日本は本当に核兵器廃絶を願っているのか?というようなことを言っていた。
 

その夜の12時近く川崎さんと酒を飲んだ。20年のピースボートの運動が報われたと素直に喜んでいた。「日本政府からお祝いのメッセージはきましたか」と聞いた。「外務省はノーコメトだそうです」と悲しそうな顔をした。そしてその4時間後に彼は日本にむけて出発した。

私はピースボートの船内で二ヶ月前、「憲法9条ってどうよ」と言うイベントを開催して、パネラーとして川崎さんに登場してもらった。その後脱原発ドキュメント「官邸前にて」と言う映画の上映と討論会を開いた。二つとも核廃絶を願うイベントだった。だから今回の受賞は事の外嬉しい。一月にはロフトでイベントをやることを約束してくれた。


世界一周船にてそのー1

世界一周船にてそのー1(乱文、乱筆はご容赦ください) 写真はミャンマーの女性です。 <変わらない> 広大な海を見ながら私は考える。軽快な船のエンジン音が気持ちがいい。 私にとってはこの船に「伝説」が存在しているのだ。 100日に及ぶ航海。つまり誰かと出会うためにこの船に乗って、さらには過去に戻るということ、しかし過ぎ去った青春をいくら思い出しても、いくら過去に戻っても、懐かしんでも現実は変わらない。 聞く音楽も食べるものも排便も変わらない。孤独な自分も変わらない。 「人は孤独のうちに生まれて孤独の中で死んでゆくものだ」も変わらない。一人きりの寂しさよりも死に急いだほうがいいと思った。 携帯電話も入らない、ネットも繋がらない世界で、だから不思議伝説が生まれるのかもしれない。 <白いワンピースの女> あれからワンピースの女とは出会っていない。彼女の部屋番号さえ聞いていない。それはそれで悔いはない。私はもう「恋」はする気はないのだと思った。恋は疲れる。 確かワンピースの女は私のことを忘れていないはずだ。ちょっと私の叙情をそそる女性でもあるのだが。探し求める気はないと自分にいい聞かせた。 「私、平野さんのブログを読んでまたこの船に乗りたいと思った」と出航の日の深夜この船のオープンデッキで確か私に語ったはずだ。(ルーフトップおじさんの眼9月号の続きを書いているのかも) 「おっと、私は何を勘違いしているのだろうか」 出航早々女性とのこんな出会いがあること自体やはり不思議な船だと思った。 「そうかもしれない、あれはただの愛嬌だったのだ」と思うことにした。 <人生100年を生きる?> 人生100年時代なんだそうだ。最近人生をリセットするなどと言う言葉が流行っている。リビルドなんだよと言う人もいる。 「平野さん、70歳になってもうすぐ死んじゃうって言っているけど、今や死ぬのが難しい時代になっているんですよ。あと2〜30年生きる設計を立てなければダメだよ。」という。 「それって結構悲惨な話だな。」 「だからこの数年で自分の稼いだ金は全部自分のために使い切りたいなんて思っていたら90歳近くなって悲惨な思いをしますよ」 それを聞いて私は愕然とする。 ミャンマーの5日間に渡るオーバーランドツアーで同室にになった名古屋大学出の元大手保険会社の重役だった男はそう言い切った。 「いずれにせよこの限りある一生をなんとか充実して生きる道を探すことなんだと思います。」 「この歳になって自己の夢を実現するとの願望は一個の人間の美しさや魅力は若さにひけを取らない。生理的に若いだけが人間の美しさでもあるまい。」 「そうです。人生のクライマックスを70代に置くのです。人生をやり直すのではない、一から始めることでもない。平野さん今なんですよ。この瞬間を大事にしなければ」彼は宣言するように高らかに言った。70歳前のこの男の言葉に私はだただたうなだれる。 <退屈を楽しむ> 私は今この船に乗って退屈を楽んでいるのかもしれない。あ〜あ退屈だなとばかり鼻毛を抜く。退屈は自分の特権。船の中で忙しければ忙しいほど退屈な時間がある。 遠くに漁船の漁火がかすかに見える。私は焼酎のお湯わりのプラスチックのコップを海に投げ入れた。キラキラとコップは回転しながら落ちてゆく。 深夜零時を過ぎたデッキの酒場はは驚くほど静かで、人の気配すら感じない。電球の切れかけたランプが一つ、遠くのほうでチカチカと瞬き、あたりを無造作に照らしている。船はミャンマーからイラワジ川を下ってベンガル湾を抜けインド洋に向かっている。大海はもうすぐ。船はスリランカに向かっている。 ピースボートで航海して半月あまり。シンガポールで離脱してミャンマーをオーバーランドツアーで旅して5日目、ミャンマーはいいね。スチーのフアンだというと町の酒場ではみんな奢っくれるんだ。明日には船に戻るのですが、まだ航海日記をアップする気にはなれず。待っている人、すみません。船ではただ毎日個室で一人ぽつねんと海をみて酒を飲んでロックを聞いて本を読んで孤独しています。誰とも話したくないんだな。これって鬱なのかな。全て拒絶している毎日です。船に戻ったらダンス教室にでも通って、出会いに期待するかな(笑)でも今の孤独を失いたくないような気がするんです。一人は寂しいけど一人が好きなんだ。困ったな。
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