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イラク国境で鈴木邦男さんと

今日の朝日の夕刊に塩見旦那がカラーで載っていたな。
「革命家が知った 働く喜び」だとさ。

塩見さんも変わったな。わたしゃ、彼に誘われて10年も前に一緒に北朝鮮にも行った。

塩見さんはその頃まだよど号の連中とうまくいっていて、北朝鮮支持派だ
ったし私によど号の連中とも会わせてくれた。

2002年アメリカ占領直前にイラクの「人間の盾」行きに誘ったのは私だ。
イラク脱出の最後、彼はイラク国境で官憲にパくられた。
国境付近をビデオ撮影していたからだ。

勿論私たちはフセインの賓客で行ったので無事だったが・・・・
笑えるのは本当に奴は革命的警戒心がない男だと言うことだった。(笑)

私が15年前塩見孝也をプラスワンに招請したときには、ひどい落ち込みをしていた。
彼がなにをあがこうが誰も相手にしていなかった。

20年間牢獄に入っていて、出所したときにはほとんど信頼出来る仲間はいなかったのだ。彼の出所を待っていたものは辛い現実だった。

塩見孝也は一人ぼっちだった。

・・・この気持ち私は痛いほど良く解る。・・・

ヤクザが親分の罪をひっかぶって刑務所に入って、出てきたときには誰も相手にしてくれなかったと言う事実と同じような気がする。

「革命」の名の下に・・・ちなみに彼は直接は誰もあやめてはいない・・・
青春を牢獄の中で・・・それなりに革命を信じながら・・・そしてようやっと出てきたら一人ぼっちだった。

彼の革命党派「赤軍派・ブンド」は完全に消滅していたのだ。

辛かったと思う。

その塩見さんをバカにする輩は沢山いるが私はどうしてもそんな気にはなれない。

彼は奥さん(教員)と子供の元に身を寄せるしかなかった。

それがやはりロフトプラスワンで自己を表現することで、鈴木邦男さんとか色々な人と知り合うことになった。

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わたしゃ、塩見さんは好きだよ。
大好きな友人の一人でもあると思っている。

彼は今だに「革命」をやろうとしている。
それは本当に味岡さん(元叛旗派議長)と近いものがあって、二人に共通しているものはやはり、「自分の青春」を「あれは無だった」とは思いたくない執念だと私は思っている。

俺たちはあとなん年生きられるか解らんけれど、未だにその「パトス(情熱)を失っていないのには、ただただ敬服している。

ただ、今でもこの世の中を少しでもよくしょうと思っている事は重要だ。
それをこれだけ社会から裏切られようと、失っていないと言うことは敬服できる。

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隣は斉藤貴男さん・ジンク堂池袋にて

明日にでも塩見さんに電話をかけよう。