60回「コロナウイルス......どうなる、どうする日本」

第260回「コロナウイルス......どうなる、どうする日本」

2020.03.01

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ロフト席亭・平野悠の「おじさんの眼」

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ルーフトップ連載の小説「命」

 コロナウイルスが日本中に広がっている。昨夜、銭湯のサウナ室で話した大手デパートの役員は「百貨店は老人と中国人がほとんど。売り上げは7割減。スーパーマーケットは中国から製品が入らないのでいずれは閉店してゆくだろう」と言っていた。では私たちライブハウス業界はどうなるのか?人が集まり、密閉された空間のライブハウス。かつて原発が破裂した時、2カ月間はほとんど営業ができなかった。会社は潰れると覚悟したことがあった。長い人生いろいろある。人類はまたもや未知のウイルスとの対決を余儀なくされている。ロフトという会社はこの難局をどう乗り切ってゆくのか?もう私には往年の力はない。若い連中に委ねるしかない。

『小説 命』PART12 唄いながら涙を流す夏子……

 私は夏子さんが最後に出演したライブハウスの経営者であるHさんにFacebookからメールを出した。

 「私は消えた歌手・森山夏子さんとごく近い関係の者です。いま夏子さんは明日とも知れぬ命と闘っています。彼女の近況も含めてお話ししたいことがあるので、ぜひ一度お会いできませんでしょうか」と書いた。返事はすぐに来た。

 「そうですか。彼女はまだこの日本のどこかにおられたんですね。夏子さんのマネージャーでご主人のMさんは随分前に亡くなったと聞いたけど。とにかく彼女の行方は誰も知らない。彼女も歳を食っただろうし……彼女が巷から消えてから全く情報がないのでとても気になっていました。きっと自分の所在を知られたくないというメッセージだと思って、私もあえて探さないようにしていましたから。夏子さんの記憶はいつまでも私の枯れた心の中で息づいています。そんな話も含めて私もぜひ夏子さんの近況を聞きたいです。私も歳をとりました。できることなら死ぬまでに一度会ってみたい人の一人なのです。わたしゃほとんど引退状態ですので時間はたくさんあります。明日にでもお会いしましょう。よろしく」という返事だった。

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 夏子さんを最後の最後までフォローしたいという私の決心は知らぬ間に出来ていた。夏子さんは余命半年と宣告され、残された時間はあと数カ月だ。その間に自分になにができるのかを考えた結果、私は夏子さんに内密でHさんに会いに行こうと考えたのだ。

 私に課せられたテーマは、無理を承知の上で夏子さんの「最後のステージ」を実現させることのような気がした。もう一度あのロフトのステージに立って欲しい。それが、私がHさんに会おうと思った理由だ。

 新宿駅から高層ビルを横目で睨み、歌舞伎町に向かう舗道を歩いている。灰色の石畳は弱々しい3月の匂いがした。歓楽街はいつものように悲しくさせるなにかがある。夕刻の歌舞伎町、裏通りの汚れた匂いを含んだ空気が吹き付けてくる。

 「私はいま一体なにをしようとしているのだろうか。ひょっとしたら全く余計なことをしているのではないだろうか。彼女から激しく拒絶されるかもしれない」という不安がますます大きくなっていった。どこかでカラスが鋭い声で鳴き、リンゴが転がった。ビルの片隅、通りかかった高校生がカバンでカラスを追い払おうとしている。大ガードの端で乞食の婆さんと目が合った。100円玉を欠けた湯飲み茶碗にチャラ〜ンと投げ込んだ。前歯のない口で老婆が笑っていたのが可愛かった。

 Hさんの事務所は新宿のはずれ、新大久保に近いコリアンタウンにあった。事務所に着くなり自己紹介もそこそこに、Hさんは「突然姿を消したフォーク歌手・森山夏子の話か。もう何年になるか?ちょうど夕食どきだ、マッコリでも飲みながら話そう。飲めないのなら韓国家庭料理を食べるといい」とデスクから立ち上がり、近くのコリアンレストランに案内された。

 席に座るなり「とりあえずビールだ、ビール」とHさんは大声をあげた。私は夏子さんとの出会いから今までの経過を端的に話した。

 「私たちはまだお互いのことをなにも知らないのですが、彼女の命がいま消えかかっているのなら、私は最後の最後までその姿を見届けたいのです。そして私のテーマは……夏子さんの最後のライブとして、ぜひあなたのライブハウスのステージに立たせたいのです」

 「そうですか、なんかとてつもなく寂しくって世間を寄せ付けない夏子さんか。実に面白い話だし、あれは彼女が引退してから10年後か、彼女の楽曲がテレビドラマの主題歌になって100万枚近くのセールスを記録した。もしいま彼女のライブが実現できたら、それは大騒ぎになると思う。そして半年の命ですか? 現実はシリアスですね。そしてあなたの目も未来に絶望している……ちがいますか?」

 なんだかHさんになにもかも見透かされているような気がして、居心地が悪かった。「夏子さんは毎日毎日、一人でギターを抱えています。新しい曲もできているようなんです。でもまだ夏子さんを説得できてはいないんですが……」と私は正直に言い、夏子さんがまだ人前でギターを弾き、歌を唄う能力があることを力説した。

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 「夏子さんの最後のステージが1983年12月の新宿ロフトだったこと……僕は彼女のファンだったし、最初のライブから最後まで立ち会った唯一のミュージシャンなんですよ。長い旅に出る前までの10年近く、必ず月1回は夏子さんのステージを確保していたんだけど、当時のロフトはまさに新しく巻き起こったロックの最前線にいたし、ロック音楽の高揚期だったんだよね。もうメッセージ・フォークの時代ではないと言われた。ブッキング担当者に、なぜ彼女を入れないのかと聞くと、『森山夏子なんかブッキングしたら業界から笑われますよ』と言われて絶句してしまった」

 「そうでしたか。だから彼女は引退したのでしょうか?」私はそれ以上、言葉が出ないでいた。

 「それは彼女しかわからない。でもマネージャーのMさんはとにかく売り込みや宣伝を頑張っていて、きっと彼女をメジャーにしたかったんだろうね。なんとか世間で言われる暗い歌手というのを払拭して、マイナーからメジャーに躍り出たかったんだろう。彼女はその意思がほとんどなかったけれど、時折Mさんとの軋轢に悩んでいたと思う。彼女の歌は少しずつだけど変わっていった気がする。僕はやはりファースト・アルバムが一番だと思っていた。彼女はアングラの帝王と呼ばれた浅川マキとか山崎ハコみたいになるべきだったと思うけど。でも、最後のアルバムは確か3万枚くらい売れたんじゃないかな」

 Hさんは生ビールを飲みながら焼き肉を頬張り、とめどなく喋っていた。きっととても懐かしかったのだろう。Hさんも70歳を過ぎているはずだ。

 「彼女、不思議な子だったな。僕は夏子さんとリハーサルが終わって本番前によく喫茶店でおしゃべりをした。お酒は一緒に飲んだことがないから、飲めなかったのだろうと思う。僕はいつだって彼女に問うていた。君の歌からはそれなりに想像はできるけど、君の過去にいったいなにがあったんだ?って。聞いても、いつもニコって笑ったままで答えることはなかったんだ。もう何十回も彼女のステージを袖下から見ていて、いつだって唄いながら涙を流しているのがすごく印象的だったな。だから彼女と政治的な話は一切しなかった」

 「やはり暗いという印象でしたか。涙を流していたというのは初耳です」

 「うーん。暗い、沈んだ歌声と言われるけれど、ちょっと違って。それは透明で孤独な雰囲気だった。彼女の歌が圧巻だったのは、おそらく自分の原体験を唄いたい、唄わざるを得ないところまで来ていたからだろう。あの彼女の涙が話題にならないのは、暗く落とした照明の下ではその涙が多くの観客に見えなかったからに違いない」