2010年10月21日

続き

 
 大刷といえば昭和
61(1986)刊行の『任侠大百科』(岩崎企画?刊。定価10万円。初版3000冊発行)がある。B4判814ページの特大上製本で、重さがなんと6キログラムのギネスブックものである。巻頭には、

≪ 隠れた歴史の暦    徳川黎明会会長 徳川義知

 歴史とは城である。静かであれ、波乱万丈であれ、歳月は黙って綴り、築きあげて、歴史の城となる。

時代の退廃が、お城を放棄し、天守閣が色あせることもあろう。

しかし、次の時代には、新しい指導者によって城壁をなおし、お堀の水を清くし、天守閣も燦然と輝いて、後世の人に大きな希望と息吹をあたえてきた。

お城の天守閣を仰ぎながら、城主と藩士の数々の物語りが、今も誇りとして語り伝えられてきている。お城にそそり立つ城壁は、世紀を重ねる台風に、微
                (16)


動もしない。お堀の水は、台風の怒りでゆれることはあるが、空青ければ静かに青く昔のまま、悠々としている。

こうしたお城も、名家老の祈祷で、城壁とお城が一夜にして成ったわけではない。名もなく貧しい農民や町民が血の汗を流し、山から木を伐し、川まで下ろして筏を組んでお城まで運んだのだ。城壁の石も彼らの血と汗の結晶なのだ。
 そんな民衆には喜びよりも、むしろ、悲劇が多く宿命としてつきまとってきたのだ。哀しいことは早く忘れて明日のために、これは庶民のはかない祈りの言葉である。

歴史家は、それぞれが自ら教祖的な研究家が多い。自分の背の幾百倍もある天守閣と、お城の物語のみに陶酔して、己の目の前の城壁に暖かなまなざしさえ注がない。いや、むしろ、山から木をきり、筏を組んで流した人たちを、その民衆の血と汗の結晶を、史家はいたずらに筆で墨をたたいて塗りつぶしてしまっている。

『任侠大百科』は、庶民の祈りを見事に根本から掘り起こした大刷だと思う。

いうならば、お城の天守閣ではなく、城壁の一枚一枚の岩を積み重ねた一大奇書といっても過言ではない。取材に十年近くをようした編集者の努力と労が、書のすみずみに滲み出ているようだ。

 山から木をきる木挽きたち、その木を筏に組む木挽きたちの木遣りの唄が、本の中から聞こえてくるような気がしてならない。 ≫

そして昭和55(1980)に本誌『フリーWriterが、男性向け総合雑誌としては初の「AB判中綴じ月刊誌」として華々しく創刊。だが武運つたなく現在はご覧の情報誌に姿を変えて細々と刊行している。が、以上の3点だけでもわが国の出版文化に投じた波紋は、計り知れないものと自負している。

こうした歩みの中でお会いして名刺交換した方々は、50年余で10数万人になるだろう。数年前まで年賀状を600枚も出していたご縁に支えられての今日である。偲ぶ会の案内が多いのも、指圧の浪越徳治郎さんゆずりの「福を招く笑顔のお付き合い」がなせることなのだ。

ただ、今の私は盲腸ガン手術をした国立病院の主治医から進められた抗癌剤をお断りして、友人推奨の抗癌食事療法で免疫力を高めている日々である。日によって、時によって突然蒼白になったりと不安定で、先達ゆずりの「幸せの種まき」「笑顔の種まき」するお百笑さん役が重荷状態なのだ。で、つい大恩ある友人知人ではあるが出欠を逡巡する次第となっている。

 だが親族は別である。私は多兄弟なので毎年、法事が尽きない。今年も数件重なるなかで918日から21日まで帰郷して、妹の法事に臨んだ。以下は、その際にお配りした手製の小冊子「偲歌 いもうとよ」の一部を転載である。



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フリーライター10月号から

健康に関して

盲腸ガン手術後1年半、気になるガン細胞の現状


 出版文化貢献の自負心で取り組みたいことまだ多し

                    岩崎定夢

 このところ縁あって賀状や書中見舞い状をいただいている方々の関係者から、「偲ぶ会」の案内がたくさん来る。そこで憂き世を考える日が多くなった。

 東京・丸の内3丁目にあった新聞社に私が入ったのが昭和30年(1955年)12月で、以来文筆生活55年…。もっとも入社当時は臨時雇いの“坊や”で、丸の内の編集局と田村町(現・西新橋)の印刷工場間を自転車で、原稿や校正ゲラの運搬係だった。信州は上田松尾高校(現・上田高校)1年で中退したおのぼりさんには、見るもの聞くこと、みな初体験のことばかり。印刷工場には「東京タイムス」や「毎夕新聞」など多くの新聞社分室があって、そこで作家の吉川英治さんなどがペンを走らせている姿が印象深かった。

「お〜い坊や!」「急げぼうず!!」と人使いの荒い小新聞社だったが、飯田橋職安で10人ほどが新聞社の専務と面接し、3人が採用されたとき、「とりあえずは臨時雇用だが、仕事の頑張りぶりで本採用する」という一言が脳裏を占めた。氷雨や大雪の日は都電で運搬だったが、停留場からの行きかえりは常に「ころばぬ先の笑顔」を心がけて嫌な顔一つせずに顔晴(ガンバ)って走り回った。

そのおかげだろうか。3ヵ月後に、出版局で発行していた「月刊新政治」が題号を『THE TOPICS 話題』と改題して総合月刊誌にリニューアルしたとき私は坊やから、編集記者の名刺を授与され正社員となった。そして「何があるのか、おもしろそうだ」精神で興味津々な取材活動に明け暮れだしたのであった。
 その後『週刊話題』『週刊映画タイムス』『週刊サンケイ』『週刊言論』などに席をおいた社や、仕事をさせていただいた社は数10社。そうしたなかで誇れる仕事では、昭和362月に立案。漫画家の横山隆一、松下井知夫、小島功、手塚治虫、矢崎武子さんを編纂委員にいただき、1年がかりで日本中の漫画家に連絡をとって生原稿の提供を受けた。そして小島功さんの推薦で編集長を引き受けた月刊『若人芸術』の版元の芸術学院出版局から翌37(1962)5月に日本で初に編集・発刊した『日本漫画家名鑑』だろう。今から48年前だが、巻頭では、

≪ 序     横山隆一 (代表作 フクチャン)

 いまや漫画は日常生活のなかにあって、空気や水同様、なくてはならぬもののように、いつも大衆の周辺から離れることがない。端的に視覚から入る、その娯楽と風刺をともなった親近的な伝達性は、この膨大なマスコミの尖兵として大きな役割を果たしつつある。 ひと口に漫画といっても、今日、あらゆる分野のすみずみに、さまざまな形で浸透していて、そのマスコミの拡大と共に新人の台頭を促している。第一線に活躍の横の広さと共に、次代を受け持つ新人たちの二重層三重層の厚さも相当なものであって、現在私たち漫画家自身で
                (15)


さえ、その全貌を知るのは容易ではない。

 こんど芸術学院が『日本漫画家名鑑』で、全国の漫画家を一望に収めて、その全貌を記録にとどめようという企画は大変時宜を得た仕事であり、出版界や漫画愛好家にはもちろん、私たち漫画家にも非常に参考になり大いに慶ばしいことであると思う。 ≫

≪ 編集にあたり   松下井知夫 (代表作 星から来た男、串刺しおでん)

 『日本漫画家名鑑』の編集にあたり一番困ったのは、どこまでを漫画家として収録するかであった。現在、漫画という言葉は大変普遍的に幅広く使われていて、純粋絵画的なものから児童漫画、PRやテレビCMまで含むと大変な数になる。だいたい、出版物に発表の範囲にしぼって、先輩、新人層、女流作家、児童漫画家と、各委員(編纂委員)が分担。本職を別にすでに大衆から漫画家として親しまれている人たちまで含め地方の作家は各漫画諸誌出版社や共同通信社の協力を得て資料を集めた。ことに変転はげしい児童漫画界は、単行本作家も含めてここ3年間の実績から選んだ。

 当初の企画から半年以上も刊行が遅れたのも、忙しい各作家からこれだけの書き下ろし原画を集めるのは大変な仕事であって、いまさらながら、社運をかけてこの名鑑の出版に踏み切った芸術学院の熱意に敬意を表すると共に、各作家のご協力にあらためて謝意を表する次第です。

 たえず尖端な新鮮さを求める漫画界ではこの半年の間にも新人の台頭めざましく、今回ここに記載漏れの作家もあることと思いますが、今後年鑑として毎年刊行の予定だそうで、校を改めるたびに新しい作家の名の多数表れることを大いに期待してご諒解願いたいと思います。 ≫

 A5判1ページに漫画家名、経歴・代表作、写真と書き下ろし作品を掲載。巻末に美術家・文化人・メディアなどの名簿入り600ページの大刷だった。



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2009年10月24日

おわりのご挨拶


長年のご愛読ありがとうございました

 
流れ星、宇宙(ソラ)空、蘇える樹々に思う

                         
岩崎定夢
 優しく、美しくなる方々への健康食品・サプリメントなど
の情報提供を心がけてきた本ページでしたが、管理・執筆者
が他にも数々のブログを抱えて超多忙。そこで、しばしの間
随時執筆を引き受けた私でしたが、本年3月の盲腸がん手術
などで代理もままならず、今回をもって「優健美館」ブログ
は休止することになりました。途切れ途切れの記事更新状況
を深くお詫びいたし、ご愛読くださった皆様に心から感謝を
もうしあげます。

 先夜、冷え込む戸外に出てオリオン座流星群を観察。次々
と一瞬の間に流れゆく星を見て、今年も多くの友人が天空へ
旅立ったなぁと思いました。
 作曲家の三木たかしさんもそのお一人です。10数年前で
すが、館山の別荘で麻雀卓を囲みながら魚料理に舌鼓をうち、
銘酒をグビグビやっていたのも夏の終わりごろでした。三木
さんに電話が入り、身内の危篤の知らせに急ぎ東京へ帰るこ
とになりました。全員飲酒中です。三木さんはタクシーを呼
び館山駅へ。残された彼の愛車を翌朝、私が代行運転しまし
た。薄暗い夜明け道を慣れない左ハンドル車で東京へ向かい
ながら、なぜか流れ星が多いなぁとつぶやいたことを思い出
しました。
 朝、新聞を開いたら国営昭和記念公園で「よみがえる樹々
のいのち展・宙」の開催記事が目に入りました。三木さんの
オフィス名は「空(ソラ)ミュージック」です。ふと、どんな
「宙(ソラ)」が展示されているのか興味がわいて、昭和記念
公園へゆきました。

「よみがえる樹々のいのち」展は10月20日から11月
14日までの展示です。広大な昭和記念公園には、年輪を重
ねた桜やヒマラヤ杉、けやきなどがドッサリあり、風などで
折れて落ちた枝木や、台風などで倒れた樹木、間引いた竹な
どが年間、相当量あります。その廃木類を活かして「蘇える
樹々のいのち」展にしたのは、いけばな草月流のみなさんで
した。公園側の希望もあるのでしょう。廃木を使ってウサギ
にしたり、龍が舞うようなアートもありました。
 居合わせた草月会東京西支部の支部長さんに聞いたら、
「今年で13年目の開催です。公園から話があって廃木の山
を見たとき、ぱっとひらめきました。草月流の<いつでも、
どこでも、だれにでも、なんにでも、いけられる>素材だら
けではないか。チップにする前に活用して、人と樹々のセッ
ション・エコアートにしよう、と手がけることにしました」
 昭和公園の立川口から入り、ふれあい広場から西立川口に
かけて「宙との交信」「宇宙からの贈りもの」「大地の星」
などの「公園内で剪定された樹木のみを素材とした野外イン
スタレーション」が24作品、展示されている。このアート
制作は17〜19日だったが、かかわった人は草月会東京西
支部が17作品297人、東京造形大学4作品、東京農業大
学1作品、職業能力開発総合大学校2作品には79人の多人
数で、思わずフ〜ムとうなる作品である。
 写真もフィルム2本撮ったが、実物をご覧になりたい人は
花見がてら昭和記念公園(JR西立川駅)まで出かけてくだ
さい。
 ともあれ、優健美館のおわりのご挨拶でした。


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2009年10月16日

唸声中国から「残飯油の製造光景」(食事中は見ないこと)

写真は残飯油の製造光景/網易評伝2009/10/10より

坑害人的?水油?何又在武??

http://bbs.news.163.com/bbs/photo/153588014.html

 

【湖北省武漢市】?水油(シャオスイヨウ)と呼ばれる残飯油、何も武漢だけではない。全国で行われている究極のリサイクル、しかし、この製造している様子を見ると吐き気がこみ上げてくる。

 

味付き油なんて気軽に考えないでもらいたい。残飯だけではない。洗剤やタバコなども入っている可能性もある。製造現場を見て分かるように、恐ろしく不衛生であり、病原菌や重金属なども検出されると言う。

 

?心老板竟打包票:“?水油放心吃”』=悪徳社長は驚いたことに「残飯油は安心して食べられる」と保障している。何をどう保障するのか?自分では絶対にこの油は使っていないのに、いい加減なものだ。

 

今年の3月に武漢では残飯油の大規模な摘発がされたが、再び製造を始め、9月末から10月の初めにかけて調査が行われた。

 

何故なくならないのかと言えば、需要と供給の関係なのである。残飯油は安いのでこれを使えば儲けが増える。油は中華料理では大量に使うので少しでも安い油を使えば、その分利益が出る計算なのである。

 

今日もどこかで残飯油を使って「油条」が揚げられている・・・。


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2009年10月05日

退院しました!

脳梗塞発症も手当てが早く退院

「外国人参政権付与」問題で街宣復帰 

                       瀬戸弘幸

 9月9日から入院しておりましたが、25日午後に退院しま
した。ご心配を頂いた皆様に心より感謝申し上げます。
 2回目の脳梗塞の発症から後遺症もなく、無事退院できた
ことは、本当に奇跡的であったと思います。
 知人とレストランでバナナジュースを飲んだ時に、舌先に
激しい電気ショックを受けたような衝撃が走りました。
 知人に「毒でも入っていないよな!?」と思わず確かめた
ほどでした。
 相手が「エッ!」と怪訝そうな顔をするので、もう一度ス
トローでジュースを吸い上げようとしましたが、できません
でした。自分ではこの時点で脳梗塞を発症したと感じました
ので、すぐ都内の病院に向かいました。
 タクシーの運転手に行く先を告げ、もし意識を失ったら何
処の病院でも良いので運んで欲しいとお金を渡した。病院に
辿り着いた頃には、手足が痺れ、ろれつが回らない状態でし
た。MRIの検査で5箇所に梗塞が出来ていることが判明し
緊急入院となったわけですが、手当てをしてもらったのが早
かったせいか、あるいは最初から軽度なものであったのか…
いずれにしても大事に至らずに済み安堵しております。
 しかし、やはり2週間ベットの上にいたせいか、先ほど散
歩に出ると少し歩いただけでへばってしまいました。体力は
かなり落ち込んでしまっているようです。
 だけど、じっとしてはいられません。26日午後、池袋にお
ける「行動する保守運動」での「外国人参政権」断固阻止行
動(主催:主権回復を目指す会)に参加してきました。会場
では、主権回復を目指す会顧問で元東京大学教授の酒井信彦
先生や、外国人参政権に反対する会・東京の村田春樹代表ら
多くの方々がマイクを握りました。主だった弁士らの主張に
ついては下記のサイトをご参照下さい。
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/51399724.html
 私も退院挨拶を無事済ませ、元気な姿を皆様の前に再びだ
            (2)
すことができて、これまでとはまた違った意味で感激しまし
た。入院する直前の活動以降、私にとっては約20日間ぶりの
街頭行動の場でした。9月26日が復帰第一声となりました。
 この中で私は主に、日本における支那人(中国人)犯罪の
傾向について述べました。今や支那人犯罪グループは日本の
暴力団と結託し、労災保険金を国から騙し取る手口が横行し
ていることに言及しました。支那人らは主にどういった役割
を請け負っているのか?
 支那人犯罪者らは事業所に勤めていて労災詐欺に加担する
にうってつけの労働者を探し出す役割を請け負っています。
つまり、そこまで支那人犯罪というものが日本社会に深く根
を下ろしていることを意味します。前々から支那人犯罪の脅
威的な進行が指摘されてきました。
 強窃盗事件においては日本人の共犯者を車の運転手など運
搬役や見張り役に使う以前に、支那人犯罪グループ自らが標
的とすべき資産家宅・会社の情報を収集するなど、支那人の
側ですべてにおいて指揮系統を確立しているとされます。
 そこまで支那人犯罪が日本社会に食い込んでいる状況下に
おいて、果たして外国人参政権付与などという「共生」を謳
っている場合なのか−−ということに言及したものです。
 外国人参政権問題は単に特別永住の在日朝鮮・韓国人のみ
ならず、今や支那人までが池袋界隈において結社をつくり、
声高に要求している恐るべき時代が既に到来しています。
本来なら憲法違反であるとして一蹴されるべき参政権問題。
それどころか一層巧妙化する支那人犯罪に何ら言及せずし
て、ただ支那人や朝鮮人らとの共生を謳い、参政権法案を推
進する為政者らの売国ぶりと体たらくに激しい憤りを感ずる
ものです。
 支那人犯罪は今や脅威的な段階になって日本に深く根を下
ろしています。こうした深刻な問題を放置して、不逞支那・
朝鮮人らに参政権を付与することで友愛政治に喜々としてい
る政権政党の姿勢は怠慢であるどころか、日本の国民生活を
圧殺するものとして厳しく糾弾され覆されねばなりません。
 参政権付与法案についての賛否を問うなどは愚の骨頂で、
何らかの在留資格で正規に日本に滞在する資格を有しながら
            (3)
も、好ましくない外国人、特に支那・朝鮮人を早急に、いか
にして追い出すかが問われるべきでしょう。
 激励の拍手や声援も頂き、本当に感謝申し上げます。27日
の「外国人参政権反対」の集会にも参加いたします。
 いつもの街宣と違った雰囲気といえば、日本女性の会「そ
よ風」の旗がなびいていました。女性の参加者が増加する一
方です。本物の大きな「行動する保守」運動に成長している
光景を目の当たりにして、心強い限りです。
 なお、在特会の八木康洋副会長が演説中、物を投げつけて
きた支那人らしき男や、政経調査会の槇泰智代表による力強
いシュプレヒコール!などは下記へアクセスしてください。
不逞支那人と朝鮮人を日本から叩き出せ! PeeVee.TV版
大和魂でシナ人の参政権要求を粉砕せよ!(1/4)
http://peevee.tv/v?5x6t9e
大和魂でシナ人の参政権要求を粉砕せよ!(2/4)
http://peevee.tv/v?5x6v8d
大和魂でシナ人の参政権要求を粉砕せよ!(3/4)
http://peevee.tv/v?5x6we6
大和魂でシナ人の参政権要求を粉砕せよ!(4/4)
http://peevee.tv/v?5x6x25
池袋北口周辺での清掃作業
http://peevee.tv/v?5x6y83 


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2009年09月22日

「健康に勝るお宝」なし!


「水曜会」で乾杯の音頭とり

医者から3度、首を横に振られて…

                           岩崎定夢

 このブログの開設者・瀬戸弘幸さんが9月9日菊の節句に都内の病院へ緊急入院した。かねてから高血圧症をかかえての活動だったが、軽い脳梗塞症状に見舞われての入院だった。(ちなみに瀬戸さんは3月3日生まれ。他にもゾロ目の日がつきまといます)
 そして2週間。ようやく担当医から「25日に退院していい」との許可が出たとのこと。なにはともあれ大事にいたらず、休心である。
 本人はいたって血気盛ん。退院翌日の26〜27日におこなわれる東京都内での街宣活動に参加したいと言っている。詳しくは「せとブログ・日本よ何処へ」をごらんください。
 ところで、先日の本記事で「久しぶりに水曜会・長月の集い」に出席した、と記述した。「水曜会」は、月刊誌『全貌』の編集長→専務だった篠宮良幸さんが主催の「21地球対策フォーラム」である。毎月第3水曜日に開催されていて、政・財界人や著述家などの講師が講演したあと、各地の蔵元の美味しい日本酒を主役に、ワインや焼酎など飲み放題の親交宴となる。昭和時代からつづいている由緒ある会だ。会員の層も政・財界人から公務員、著述家から医者、弁護士、僧侶、音楽家など幅広く、私も今回はアセアンセンター代表や青少年育成連合会理事長など3人の新会員を同道した。
 今月16日の「長月の集い」は、参議院議員・自由民主党女性局長の山谷えり子さんが「日本を守ろう! 領土を、対馬を、拉致を、教育再生を、野放しのアニメ・CG、性暴力ゲームから子供たちを!」という重厚なテーマで、自ら「日本を守る」活動を展開されている現状を語ってくださった。
 つづいて篠宮さんから「昭和31年からもう50年以上も付き合いの岩崎さんに」と、私が乾杯の音頭とりを指名された。
 乾杯用のグラスを手にした山谷さんの横に立って私は「諸先達がおられるのに私が指名されたのは、私が医者から3度も首を横に振られた病状から、憎まれっ子世にはばかる、なのか、あるいは閻魔大王から嫌われたのか、あの世へ召されずこうして皆さんとグラスを合わせる強運に恵まれた、その元気の素を皆さんに分かち与えてくれ、との意向かと思います。(中略)3度目は今年3月3日に緊急救命センターに運び込まれて、大きな盲腸がん腫瘍を発見。3月16日に手術して間一髪で生き返らせていただきました。そして今日が術後ちょうど半年の日です。健康に勝るお宝はありません。皆さん、いついつまでも元気で美酒乾杯が続けられますよう、か〜んぱ〜い!」(この項つづく)

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2009年09月17日

日本はCoreaの植民地?

(精神によくない話です)
 昨夜(16日夜)ひさしぶりに「水曜会・長月の集い」に出席。唸声さんにもお会いし、ブログ借用の御礼をのべた。そして先週、入院した瀬戸さんのことを話したら、大変心配されてくださった。
 その会場で唸声さんから手渡されたのが、次のプリントアウト地図である。精神健康上、よろしくないと思い、ここに転載紹介したい。  岩崎定夢


 

 

左下には西暦2040年 アジア地図とハングルで書かれている/BackChina2009/9/15より

http://news.backchina.com/2009/9/15/gb2312_56593.html

KoreaCoreaとなり、なんと日本はCoreaの植民地だって!中国を海から切り離し、Coreaの方が中国よりも大きな領土。この発想力と言うか妄想力に驚くのみ!何故、KではなくCなのか?Jより先になるからとは大笑い・・・?

 

韓国の国営テレビKBSが829日夜に放映した歴史番組「満州大探査」の第一部「五大文明・遼河を探る」の冒頭で、「われわれにとって満州とは失われた国土である。しかし失われてからの時間よりもわれわれと満州がともにあった時間はより長い」と満州を朝鮮民族の領土と明言している。

 

これに対して、記事の中では「まさに盗賊の発想だ」と強く番組を批判している。中国のネットでも非難轟々であるが、「憤りを感じる」は290%、「笑いたくなる」が680%、「どうでもよい」は3%だ。とあまりのバカバカしさに怒りを通り越して笑いとなっている。

 

韓国起源説は確かにバカバカしいものばかりであるが、500年も言い続ければ、いつか瓢箪から駒と成りかねない。南京事件のように国家が作り上げ、日本が謝罪すれば、謝罪した事実が残り、その瞬間に嘘が真実に変わる。友愛外交に中共政府は虎視眈々と新しい歴史の証人を召喚するであろう。

 

上記の地図で日本海は東海で、CoreaSeaとしていないが、東シナ海をCorea Seaとしている。こりゃー、中国人は怒るわなぁ。上述のKBSもCBSに代わる日も近い?それにしても、KBSもNHKと同じ体質だったとは・・・。


     
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2009年08月30日

世界初?おっぱいパブ?

(唸声中国から)

写真と記事は東南快報2009/8/27より、乳聊吧榕城 号称全球首家=“乳聊吧が福州に突然現る、全世界で初名乗り>

http://digi.dnkb.com.cn/dnkb/html/2009-08/27/content_75531.htm

 

【福建省福州市】最近、福州の六一環島に乳聊吧」が現れてから、多くの人が興味津々、野次馬は毎日来て、携帯などで写真を撮っている。ただ、世界初との広告に福州市工商局も調査を開始している。

 

乳聊吧」の店は、20〜30屬杷暗く、ピンクの制服を着た女性が数人おり、バーカウンターには化粧品が一杯並べられている。さて、業務内容は「おっぱいパブ」じゃなく、「牛乳を飲みながら、おしゃべりするバー」でもなく、おっぱいをマッサージする店なのである。

 

マッサージだけでなく、健康食品も売り、豊かなバストアップが「乳聊吧」の売りなのだ。当然ながら、安くはない。効果のほども分からない。

 

中国秘伝の乳モミなるものがあるかは知らないが、メラミンミルク事件で母乳マッサージは脚光を浴びている。但し、「乳聊吧」は豊乳・美乳を目指している。

 

今回の工商局が動いているのは、「世界初」の広告に関してだ。この「乳聊吧」は数年前からあり、何も福州が初めてではない。この部分が誇大広告だと問題になっている。ついでに、おっぱいが本当に大きくなるのかも確認しているのだろうか?これが一番の粉大広告・・・。

 

「世界初」が問題になるのなら、「元祖」「本家」「正統」なども対象にしてほしい。韓国では、「元祖」が軒を連ねて並んでいる。店だけではない。国全体が「元祖」中毒にかかっている。おまけに「乳聊吧」などひとっ飛びで美容整形中毒にかかっている。

 

 

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2009年08月16日

誇大宣伝・・・

(唸声中国から)

中国では、インチキ宣伝はお手のもの。「役者を大学教授や医者に仕立てて、この薬は効く」とやるのだ。???文化・歴史が違うのだから、日本の視点で見てはいけない。たとえば・・・。

 

以下は「龙根胶囊」のパッケージ

この薬の成分は、犬のチンチン、馬のチンチン、鹿の血粉(血を乾燥させて粉末にしたもの)、クコの実となっている。如何にも効きそうだが・・・?

 



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2009年05月17日

「ガンの三大医療」−4

 

膵臓ガンは本当に余命数年か

ガンの三大療法が患者を殺す

自然の治癒力を生かせば治ると信じて実践中の闘病記

                     水沢 溪●経済評論家

 退院してからの日々は忙しかった。死亡した時、お別れ会で配る『水沢溪・遺作短篇小説/経済評論集』の原稿選定は、20年来、各種小説誌、経済誌等に書いた評論や短篇小説などを図書館で調べて選定し、これを元三一書房編集部長林順次氏に編集依頼した。これ以外に母の法事、死んだ場合の兄弟姉妹との取り決め、葬儀の仕方、歯の治療、娘の結婚相手の両親との顔合わせなど休むひまもなく、年末を迎え、暮れには湯河原に妻・娘と3人で2泊3日の旅行もし、1月5日に再入院したのである。

ガンは自分で治すと決意
 
再入院して1月10日から抗ガン剤TS―1の服用開始。3〜4日目から顔面や肌の一部が赤味を帯びる。13日の血液検査で異常なし。1月17日、抗ガン剤ジェムザール30分間点滴。TS―1は続けた。この日から、顔が真っ赤になり、全身のかゆみ、口内炎発症。ますますひどくなって水も飲めなくなる。夜、担当医との話し合いでST―1薬。以後退院の直前まで、以上の副作用に苦しんだが、幸い白血球の減少なく、1月31日の退院日までに全ての副作用は消失する。同時に三大療法以外に西洋医学はガンに対する治療法はないことを痛感し、抗ガン剤への不振は深く根付いたといってよい。
 この間、自分のガン治療にからみ、妻(薬剤師)、娘(保健師)が、さまざまな文献を集めてくれ、さらに、あらゆる治療法にアプローチして、その中心となるものを私に示してくれた。
 また、船瀬俊介さん(環境問題研究家)は自著『病院に行かずに「治す」ガン治療』を手に見舞いに来て「抗ガン剤使っちゃ駄目ですよ」と大声で語ってくれ、増尾由太郎さん(評論家)は「近代医学の三大療法はやらずに元気になって下さい」と書き送ってくれた。
 妻と娘が集めてくれたものの中で目を引いたのは、「ガン治療でも見直されるべき〈自然治癒力〉―免疫療法と漢方薬療法の可能性」(『現代』2004年10月号)で、安保徹(新潟大大学院教授・免疫学者)と小高修司(中医クリニック・コタカ院長・外科医)両氏の対談だった。両氏は東洋医学をはじめとする代替医療と西洋医学の科学的な統合に力を尽くしていることで知られている。
 安保氏は、西洋医学の免疫学者でありながら、ガンの三大療法「手術」「抗ガン剤」「放射線」には反対で、日本の医者が三大治療をやめたらガンの年次死亡率は半分に減ると論じ、ガン患者の7割は自然退縮にもっていけると主張している。
 一方、小高氏は、ガン手術を過去にたくさん手がけてきた外科医でありながら、中国医学に転じた医師にふさわしく、一部のガン手術の有効性を認めているが、抗ガン剤については、白血病などの血液系のガンを除いては効果を否定、人間の自然治癒力を抑え込んでしまう現代治療には賛同していない。
 次に目についたのはNPO法人ガンの患者学研究所を主宰する川竹文夫(元NHKディレクター)の「言葉」だった。自ら腎臓ガンに冒された時の体験から、現代医学の治療法に疑問を抱き、ガンは「生活習慣病である」(このことは国立ガンセンターも認めている)ことに気付き、ガンは自分自身が作ったものとし、自分が作ったガンは自分で治す(責任をとる)ことにしたとして、「ガンの原因を取り除けば、ガンは治る」と考えたのだ。
 川竹によれば、ガンの原因は・ライフスタイルの乱れ錙食事の乱れ錢心の持ち方の乱れだ。・は年中無休の仕事や不規則から来る睡眠不足や運動不足錙は肉、魚などの過剰摂取で動物性タンパク、脂肪、カロリーの摂り過ぎに加え、野菜不足からくるビタミン・ミネラルの不足で、これはどこの家庭でも見られる話だ。また、酒は水割文化の流行で、氷と水が過剰になり、いつも体を冷やしているが、体の冷えはガンの大きな原因だ。錢は家庭や職場でのさまざまなトラブルからくるストレスだ。これらを取り除いていけばガンは自然に治ってくるという考え方は衝撃的だった。
 また川竹によれば、三大療法の無意味さだ。「海面からわずかに頭を出した氷山の一部、ガンの固まりを……手術で切って取る、放射線で焼き殺す、抗ガン剤で毒殺する……だけ」
 原因には手をつけず、そのままでは当然再発する。しかも抗ガン剤は、副作用を引き起こすだけで治癒に結びつかない。抗ガン剤を国が認可するときの基準は有効率20%。80%の人には無効なのだ。しかも、もし有効の20%の仲間に入ったとしても……国の基準ではガンの大きさが半分に縮んだ状態が4週間続けばいいだけ。副作用に耐え抜いた結果、ガンが治るわけではなく、ガンになった医者の大半が抗ガン剤を拒否する理由がこれで明白なのだ。
 NHKの朝のテレビ小説『だんだん』は3月に入って、三林京子演ずるおばあちゃんが膵臓ガンになったという展開。家族揃って、医者の勧める抗ガン剤(私の使ったものと同じ)を無理強いする脚本の古さにあきれた。それでも抗ガン剤は副作用を起こすだけという情報は届いたかも知れない。集学治療といってさまざまな医師が集まって知恵を出しても、「ガンを殺す」という古くさい西洋医学の観念を一掃しない限り、ガン患者は増える一方だ。
 ガンは自分が作ったのだから自分で治す。治し方は、漢方などの代替医療から信頼できるものを自分で選び、さらにライフスタイルを変える錙玄米や王分搗米中心に、全粒粉のパン、ソバを中心に野菜を多くとり、タンパク源には魚を食べ、肉・牛乳など脂肪の多いものは避ける錢自由な発想で人とつき合い、ガンは治ると信じ、適度な運動もメニューに組み入れる。これによってガンは退縮していく。川竹さんのNPO法人ガンの患者学研究所やNPO法人「いずみの会(会長中山武)」の会員たちも、方法に多少の違いはあれ、ガンは治る、自分で治すと信じて活動し、治っている例も多い。
 私は中医クリニック・コタカで小高院長の指導を受けつつ、漢方薬のほかに、・運動錙食事(前出)錢治ると信じて原稿を書いたり旅行に出かけたりするなどを実践している。
 私の体には胆のうにドレーンが挿入されているため、風呂のあとは、妻に処置をしてもらっている。「恩」に報いるはずの妻に、またまた面倒をかけることになってしまった。
 だが、私はガンに負けないつもりだ。まだ退院(1月31日)してから2カ月しか経っていない。自然治癒力の回復には時間がかかる。しかし、もし病院での三大療法を選んでいれば統計上、恐らく私の命は年内か来年春までなのだ。これを大きく塗りかえてみたい。この闘いは始まったばかりだ。また何カ月か後に結果を報告したいと思っている。
(なお、約4カ月入院したX大学付属病院は、大変感じの良い所で、医師をはじめ、他のスタッフも患者を「大切な人」として扱ってくれた。特に看護部門には敬意を表したい。今どきの大学病院としては珍しい存在である。だがガンの治療に関しては、西洋医学の治療に偏重しているので、他の大学病院同様だが、セカンドオピニオンに嫌な顔をしないのは、今後の進歩が見込めるといってもよい)

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yu_kenbi at 09:31|PermalinkComments(4)TrackBack(0)