ブログネタ
アニメのレビュー に参加中!
長らくのご無沙汰でした。
約一ヶ月ほどお休みしておりましたこの『平成20年間の(ry』、今回から本格的に再開したいと思います。
なにぶん一度始めると宣言したことは最後までやり遂げないと、ブログ管理者の責任を果たしたことにはならないと思いましてね。
ところで、前回までは平成4年までの作品を取り上げてきているわけなんですけど、まずはその平成4年がどんな年だったかを改めて振り返っていくことから始めていきましょう。
こちらのリンクで↓

1992年[ザ・20世紀]

エアジョーダンやG-SHOCKが若者に人気を博し、「100歳100歳」のきんさんぎんさんもブームを呼び、バルセロナオリンピックでメダルラッシュに沸いた平成4年。
中高生のカリスマだった尾崎豊や、国民的キャラ「サザエさん」を生んだ長谷川町子さん(享年72)が亡くなったのもこの年でした。
余談ですが、家では今でもきんさんぎんさんの湯呑み茶碗使ってます・・・。
そんな平成4年に、またも新たな国民的ファミリーアニメがお茶の間に登場する。その名も・・・!

第十四章 平成4年Part2
“連載再開だよ。読めば?”

'90年、週刊漫画アクション(双葉社)誌上で「アクション学園ひまわり組」としてスタート。臼井儀人によって描かれる過激な幼稚園児・野原しんのすけとその家族の騒がしくも暖かな日常、ご存知
『クレヨンしんちゃん』である。

↑今回より、上記のリンクをクリックすることでWikipediaによる詳しい作品紹介をご覧頂けるようにした。合わせて読んでいただければ幸いである。
読者諸兄も知っての通り、本作は「ぞおさん」「ケツだけ星人」などのお下劣なギャグが次々と飛び交い、PTAからは目の敵にされ、ワースト番組ランキングの常連となっている。
そんな『クレヨンしんちゃん』がなぜ15年以上も続く長寿番組となり得たのか?
それには本作に“家族の大切さ”という、一見何気ないようなテーマが根底にあるのではないか。
事実、放送二年目の1993年には大阪在住の園児の保護者らが番組関連商品の不買運動や放映中止を求める抗議活動を起こしている。
しかし、「愛情溢れる野原一家を通じて家族の絆を描いてきた」という自負のある制作サイドは、アニメならではの手法でそれらのバッシングを跳ね除けた。
それは1994年1月31日放送の第83回、『オラはエンピツしんちゃんだゾ』と『テレビの口まねだゾ』の話。
売れない脚本家・石臼登代の仕事場にしんのすけが転がり込んできたことから、その数日後に彼をモデルにしたアニメ“エンピツしんちゃん”の放映が開始された。ふたば幼稚園の園児たちの間でもたちまち人気となり、やはり下品な内容が親たちの非難を呼んだ。
そして野原家でも、放送時間が近づくとテレビを見せたくない母・みさえがしんのすけを外食に誘う。しかしその時の父・ひろしとの会話で、
ひろし「そんなに神経質になる事ないんじゃない?」
みさえ「ダメよ。あんなしゃべり方をしていたら、一体どんな人間になっちゃうのか」
ひろし「でもさ、オレたちさ、大人になっても“シェー!”とか“アッと驚くタメゴロー”だの言っているか?」
みさえ「そりゃそうだけど〜・・・」(少し困惑)
そうしているうちにしんのすけは「飽きちゃった」と、他の話題に興味が移り事態は収拾へと向かう。
それから7年後、2001年に公開された劇場用映画『嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』では大人たちがフィギュア収集やコスプレに熱中するようになった現代を風刺しつつも、家族愛と未来への希望を懐かしくも感動的に描いた名作となっている。俺も感動した。
作中では、ひろしとみさえが昔の変身ヒーローや魔女っ子にハマっている場面があったが、これは90年代後半に大人をターゲットにした食玩やコレクション雑誌が刊行されるようになったのが背景にあると思われる。誰もが簡単に、懐かしいあの頃に戻れるようになったのだ。
全国のお父さんお母さん方、大人になっても“シェー!”とか言ってますか?

参考文献:
蘇る封印映像 幻の特撮&アニメ徹底ガイド
(天野ミチヒロ著/三才ブックス刊)