まずは、今日付のスポニチの記事を読んで欲しい。
「任期満了で退任の意向を示していた根来泰周コミッショナー(74)が27日、あらためて来年1月末日で現職から退く考えを示した。
同日、東京・内幸町のコミッショナー事務局で本年度の業務終了会見を行い、明言した。オーナー会議などに要請する後任人選は不調で、来年2月以降のコミッショナー職は『空位』となる見通し。根来コミッショナーは懸案の野球協約改定は遂行する構えで『コミッショナー代行』などで職責を全うする」
今回は根来コミッショナーの退任を機に、その制度自体を見直すことを提言したい。
「任期満了で退任の意向を示していた根来泰周コミッショナー(74)が27日、あらためて来年1月末日で現職から退く考えを示した。
同日、東京・内幸町のコミッショナー事務局で本年度の業務終了会見を行い、明言した。オーナー会議などに要請する後任人選は不調で、来年2月以降のコミッショナー職は『空位』となる見通し。根来コミッショナーは懸案の野球協約改定は遂行する構えで『コミッショナー代行』などで職責を全うする」
今回は根来コミッショナーの退任を機に、その制度自体を見直すことを提言したい。
プロ野球ファンの多くで、根来コミッショナーにはいいイメージを持っていないだろう。むしろ、常に球団経営者側の顔色を伺いながら権限を行使しているイメージの方が強いのではなかろうか。
その最たる例が、2004年の球界再編問題だ。オリックスブルーウェーブ、大阪近鉄バファローズの合併に始まり、球界のみならず社会をも揺るがしたこの問題に、根来コミッショナーは「自分には権限がない」と、消極的な発言を繰り返すばかり。その間にも、本来コミッショナーが仲裁すべき、渡邊恒雄当時読売ジャイアンツオーナーをはじめとする球団経営者と、古田敦也当時選手会長率いる選手会の言い争いは日に日に激しさを増し、ついにはプロ野球史上初となるストライキに突入した。その後の近鉄球団の消滅は、紹介するまでもないだろう。
メジャーリーグの現コミッショナーであるバド・セリグ氏と比較すると、根来氏の存在感はますます薄れていく。
セリグ氏も1994年に選手会によるストライキ、これに伴うシーズンの打ち切り、ワールドシリーズの中止を余儀なくされた(ストライキの原因は、日本球界のそれとは大きくことなるが)。これによりメジャーリーグは急激なファン離れに直面したのだが、セリグ氏の行動は早かった。人気回復の起爆剤としてインターリーグ(交流戦)を導入したかと思うと、両リーグを東西中3地区に再編し、レギュラーシーズン終了後のディビション・シリーズ制度を採用。ファンの興味をシーズン最後まで引き付ける改革を断行した。他にもメキシコ、日本で公式戦を行ったほか、3月に行われたWBCの創設にもセリグ氏は関与している。
そんな功績が認められ、セリグ氏は今年12月19日、アメリカスポーツ界の最優秀エグゼクティブに選ばれた。これは、その年に最も大きな功績を残した経営幹部に贈られる賞だ。
だが、安易に根来氏とセリグ氏を比較することはできない。そもそも両者に与えられている権限が、それこそ太平洋ほど違うからだ。
メジャーリーグのコミッショナー制度は、リーグに属する球団の共存共栄のために導入された制度。このためコミッショナーの発言は絶対で、ニューヨーク・ヤンキースのジョージ・スタインブレナー・オーナーと言えども、逆らえない。
これに対してわが国のコミッショナー制度は、表向きは日本プロ野球界の最高権力者を規定する制度だが、その権限には種々の成約がある。
野球協約を紐解くと、
「コミッショナーが下す指令、裁定、裁決ならびに制裁は、最終決定であって、この組織に属するすべての団体と個人を拘束する。(第8条)」
「指令 コミッショナーは、野球最高の利益を確保するために、この組織に属する団体あるいは個人に指令を発することができる。(第9条)」
と、たいそうなお題目書かれている。
しかし野球協約を厳密に解釈すれば、コミッショナーは司法官としての権限のみ保持しており、上記のような権限を発動するには無理がある。記憶があやふやで申し訳ないが、物事の決定権を有しているのはコミッショナーではなく、各球団のオーナー。コミッショナーはオーナーたちに提言することしかできないのだ。これでは、根来氏でなくても「自分には権限がない」と言いたくなる。
実際、戦後のプロ野球史でコミッショナーが存在感を増したのは、1979年の江川事件ぐらい。この年、強引に江川卓の獲得を表明したジャイアンツに対し、当時の金子鋭コミッショナーが江川とジャイアンツとの契約を無効とし、阪神に一旦江川を入団させた上でジャイアンツにトレードさせ、江川の一定期間(2カ月間)の一軍試合出場を禁止したことぐらいだ。(しかも、この一件でコミッショナーの権威は完全に失墜した)
冒頭で触れたように、根来氏の退任後はコミッショナー職は空位となるが、いずれ次代のコミッショナーを選定することになるだろう。その前に、特定の球団が利益を甘受するのではなく、日本野球界全体の繁栄のためにも、権限の拡大などを含め、今一度わが国のコミッショナー制度を見直すべきではなかろうか。
参考)ウィキペディアフリー百科事典
その最たる例が、2004年の球界再編問題だ。オリックスブルーウェーブ、大阪近鉄バファローズの合併に始まり、球界のみならず社会をも揺るがしたこの問題に、根来コミッショナーは「自分には権限がない」と、消極的な発言を繰り返すばかり。その間にも、本来コミッショナーが仲裁すべき、渡邊恒雄当時読売ジャイアンツオーナーをはじめとする球団経営者と、古田敦也当時選手会長率いる選手会の言い争いは日に日に激しさを増し、ついにはプロ野球史上初となるストライキに突入した。その後の近鉄球団の消滅は、紹介するまでもないだろう。
メジャーリーグの現コミッショナーであるバド・セリグ氏と比較すると、根来氏の存在感はますます薄れていく。
セリグ氏も1994年に選手会によるストライキ、これに伴うシーズンの打ち切り、ワールドシリーズの中止を余儀なくされた(ストライキの原因は、日本球界のそれとは大きくことなるが)。これによりメジャーリーグは急激なファン離れに直面したのだが、セリグ氏の行動は早かった。人気回復の起爆剤としてインターリーグ(交流戦)を導入したかと思うと、両リーグを東西中3地区に再編し、レギュラーシーズン終了後のディビション・シリーズ制度を採用。ファンの興味をシーズン最後まで引き付ける改革を断行した。他にもメキシコ、日本で公式戦を行ったほか、3月に行われたWBCの創設にもセリグ氏は関与している。
そんな功績が認められ、セリグ氏は今年12月19日、アメリカスポーツ界の最優秀エグゼクティブに選ばれた。これは、その年に最も大きな功績を残した経営幹部に贈られる賞だ。
だが、安易に根来氏とセリグ氏を比較することはできない。そもそも両者に与えられている権限が、それこそ太平洋ほど違うからだ。
メジャーリーグのコミッショナー制度は、リーグに属する球団の共存共栄のために導入された制度。このためコミッショナーの発言は絶対で、ニューヨーク・ヤンキースのジョージ・スタインブレナー・オーナーと言えども、逆らえない。
これに対してわが国のコミッショナー制度は、表向きは日本プロ野球界の最高権力者を規定する制度だが、その権限には種々の成約がある。
野球協約を紐解くと、
「コミッショナーが下す指令、裁定、裁決ならびに制裁は、最終決定であって、この組織に属するすべての団体と個人を拘束する。(第8条)」
「指令 コミッショナーは、野球最高の利益を確保するために、この組織に属する団体あるいは個人に指令を発することができる。(第9条)」
と、たいそうなお題目書かれている。
しかし野球協約を厳密に解釈すれば、コミッショナーは司法官としての権限のみ保持しており、上記のような権限を発動するには無理がある。記憶があやふやで申し訳ないが、物事の決定権を有しているのはコミッショナーではなく、各球団のオーナー。コミッショナーはオーナーたちに提言することしかできないのだ。これでは、根来氏でなくても「自分には権限がない」と言いたくなる。
実際、戦後のプロ野球史でコミッショナーが存在感を増したのは、1979年の江川事件ぐらい。この年、強引に江川卓の獲得を表明したジャイアンツに対し、当時の金子鋭コミッショナーが江川とジャイアンツとの契約を無効とし、阪神に一旦江川を入団させた上でジャイアンツにトレードさせ、江川の一定期間(2カ月間)の一軍試合出場を禁止したことぐらいだ。(しかも、この一件でコミッショナーの権威は完全に失墜した)
冒頭で触れたように、根来氏の退任後はコミッショナー職は空位となるが、いずれ次代のコミッショナーを選定することになるだろう。その前に、特定の球団が利益を甘受するのではなく、日本野球界全体の繁栄のためにも、権限の拡大などを含め、今一度わが国のコミッショナー制度を見直すべきではなかろうか。
参考)ウィキペディアフリー百科事典
ファンにとって良い方向に後戻りできなくなったよころで、まともな人選をして運営するというのはダメなのかな?
良いじゃんねぇ、無職だし。