January 14, 2007

三位一体の契約交渉

 オリックスバファローズ中村紀洋の契約交渉問題に揺れる日本野球界だが、海の向こう、メジャーリーグでも選手と球団、代理人の交渉はヒートアップしている。

 時事通信によると、フリーエージェント(FA)資格のないメジャーリーグ選手の年俸調停申請が12日に締め切られ、ワールドシリーズ制覇に貢献したセントルイス・カージナルスの田口壮、テキサス・レンジャーズの大塚晶則の日本選手を含む106人が申請した。
 年俸調停とは、球団と選手とが年俸交渉で合意できなかったときに、第三者で構成された調停委員会が裁定を下す制度。1974年から採用されており、メジャー歴3年以上の選手が有資格者となる。なお従来は、FAとなった自軍の選手に対して調停を申請しなかった場合、翌年5月まで再契約が不可能となっていたが、今オフに導入された新労使協定ではこの期限が撤廃。いつでも再契約が可能となった。

 そんな日米両国の野球界だが、交渉の姿勢には大きな差が見られる。結論から言えば、選手側が妥協したり、今回の中村のように選手が球団の要請に応じないと交渉が決裂することが多い日本球界に対し、メジャーでは選手、球団、そして代理人が互いの意見を主張しつつ、最終的には互いに納得がいく「おとしどころ」を探している。言うなれば、メジャーでは三位一体となってメジャーリーグを盛り上げようとしているのだ。

 契約社会、代理人の活用、数十億円の契約金、数々のインセンティブなどと、わが国以上に契約交渉が難航するイメージの強いメジャーリーグだが、意外にもわが国よりも選手、球団、代理人がともに納得済みで契約にサインすることも少なくない。
 
 1990年から2006年まで1,469件の調停申請があったが、実際に調停委員会に持ち込まれたケースは182件しかない。つまり、調停申請した選手の88%がその手前で球団と契約を成立させているのだ。
 ミルウォーキー・ブリュワーズ時代の大家も、調停委員会の手前で契約を勝ち取った選手の一人だ。2005年、2年ぶりに2桁勝利をあげた大家は520万ドルを球団に提示したのに対し、球団側の提示金額は425万ドル。両者の間には95万ドル、日本円にして1億円の開きがあった。だが、大家、球団、代理人での交渉の結果、調停委員会の前で球団側が大家の提案を受け入れ、大家は1年453万ドルの契約を勝ち取った。

 調停の場でも、選手、球団、代理人の三者にそれぞれ歩み寄りが見られる。1974年から2004年まで459件の交渉が調停委員会で審議されたが、このうち196件で選手、263件で球団に軍配が上がった。70件ほど球団に軍配が上がることが多いものの、球団側も一方的に主張するのではなく、選手が涙ながら契約に妥協したことを訴えるわが国とは大きな違いが見られる。

 選手や代理人だけではなく、球団も選手の提案を受け入れる背景は、3者にはメジャーリーグを盛り上げようとする姿勢が共通しているからだ。
 契約交渉の場では、できるだけコストを抑制したい球団は最初の段階で提示金額を低く、逆に契約金額を吊り上げることで選手と自身の収入を確保すると同時に、次回のビジネスチャンス拡大を狙う代理人は提示金額を高く見積もる。野球のプロフェッショナルでも、契約や法律に関しては疎いと自覚している選手は、最初に球団への主張を代理人に伝え、実際の交渉は代理人の一任する。
 だが、彼らは球団と選手が徹底抗戦する愚を知っている。個々の選手との契約交渉が原因ではないが、1994年、オーナーが提案したチームの総年俸に上限を定める「サラリーキャップ制度」の導入を巡り、選手会とオーナー側が激しく対立。選手側は8月12日から232日間に及ぶストライキに踏み切った。この間、早期解決を促すべく翌1995年2月にはクリントン大統領(当時)も調停に入るが、調停は失敗に終わった。
 ストライキで選手を含めたメジャーリーグが受けた被害は甚大だった。インターリーグ(交流戦)、各リーグでの3地区制、プレーオフでの3ラウンド制など、バド・セリグコミッショナーの改革により何とかファンを呼び戻すことに成功したが、ストライキ直後のファン離れは「ベースボールは死んだ」と新聞各紙に報じられたぐらいだ。
 そんな苦しい94年を経験したからこそ、契約更改の場では選手、球団、代理人の3者は互いに意見を主張しつつ、歩み寄りを続けている。これもやはり個々の選手の契約交渉ではないが、年俸総額や球団削減などを織り込んだ新労使交渉が選手会とオーナーの間で議題に上がった2002年にも、一時は選手会側はストライキを匂わせたが、ストライキ決行日に決めていた8月30日に事態は急転。交渉が妥結され、ストライキは回避された。

 日本で問題となっている中村紀洋問題を振り返ってみよう。もちろん、中村に非がないわけではない。このブログでも触れたように、スタンドプレーともとられかねない、状況をわきまえないフルスイング、怪我とはいえ高額年俸をもらいながらの出場試合数の激減、成績に見合わない自己主張など、どれも褒められたものではない。
 しかし、非が中村だけにあるわけではない。いくら中村が期待に見合わない1年間に終わっても、本当に必要な戦力なら球団はそれなりの誠意を見せるべきだ。中村ではないが、誠意は必ずしも年俸だけではない。言葉や対応だけでも、選手は球団の心意気を買うのではなかろうか。
 選手と代理人の関係もそうだ。新聞報道を見る限り、中村は代理人に任せっきりにしたことを悔やんでいる。ならば、中村自身も交渉の場に同席したり、代理人と密に連絡をとれたはず。代理人も一方的に中村の側に立つだけではなく、中村と球団の仲介役を買って出た方が自身にとってメリットがあったのではなかろうか。

 今回の中村事件は、中村、バファローズ、そして代理人がそれぞれ違う方向を見ていたことに端を発したと言っても過言ではない。
 だが、これは中村に限らない。どの球団と見ても、球団が雇用主の強みを活かし主張を貫いたり、選手が一度は契約を締結しながら記者会見では涙ながらに球団の強権を訴えたりしている。
 そんなニュースは、われわれ野球ファンは見飽きた。メジャーを見習い、ともに野球界を盛り上げる方向を見ながら交渉を進めてほしいものだ。

参考)古内義明「テレビではわからないメジャーリーグ・ビジネスの世界」(成美文庫)

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1. オリックス退団 ノリよ...  [ くまさんのぶろぐ ]   January 14, 2007 12:09
オリックス退団で、孤独の自主トレを開始した中村紀洋。さて、どーなっちゃうんでしょうか...。ノリと言えば、いろいろなシーンがよみがえってくるのですが、やっぱり一番は、高校2年の夏、大阪大会の決勝戦ですね。決勝の相手は、前の年に、元木をはじめとしたスター軍団...
2. 迷走、偽バファローズ!  [ ANQ Ritzberry Fields ]   January 14, 2007 16:43
1 色々とおかしい方向に傾きまくっている偽バファローズだが、今オフも長田&鴨志田と言う不釣り合いな交換要員による幹部候補生・松田記者の巨人放出に始まり、ガルシアの解雇,前川の無免許運転&轢き逃げ事故、追い打ちをかける様に中村が交渉決裂で退団確定。更に、FA組....

この記事へのコメント

1. Posted by    January 22, 2007 01:26
トラックバックありがとうございました。
今日ダン野村氏の『交渉力』という本を読みましたが、上記のブログの通り、日米では交渉の姿勢が全く違っていました。ついでに日本では契約の「ルール」も適当のようだし・・・。福留も今もめていますが、日本で気持ちよくプレーできるような契約が成立するように願ってやみません。

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