プロ野球界では、今日からセ・パ交流戦が始まる。埼玉西武ライオンズは昨年、リーグ3位で交流戦に突入しながら、交流戦で大失速。10連敗を含む大型連敗を繰り返し、そのままリーグ5位でシーズンを終えてしまっただけに、今年は交流戦が大きな山になりそうだ。その交流戦だが、1つだけ歓迎できない制度がある。セリーグ球団の主催試合での、指名打者制度の不適用だ。
指名打者とは、「公認野球規則にもとづき、野球の試合において攻撃時に、投手に代わって打席に立つ打撃専門の選手」(ウィキペディア・フリー百科事典)のこと。わが国では、パリーグが1975年から採用した。
セ・パ交流戦では、パリーグ球団の主催試合でのみ、指名打者制度が適用される。
このため、セリーグ球団の主催試合では、普段打席に立つことのないパリーグ球団の投手も、バットを握らなくてはならない。
正直言って、セ・パを問わず、投手の打撃はプロのレベルに値するとは言い難い。
交流戦ではこれまで、松坂大輔(当時西武ライオンズ)、岩本勉(当時北海道日本ハムファイターズ)などが、投手でありながらホームランを放っている。
だが、投手がバットで活躍するのは稀なケース。もともと指名打者制度のないセリーグでも、投手が打席に立てば、かなりの確率で相手チームにアウトカウントを謙譲している。
わが国よりも早く、1973年にアメリカンリーグで指名打者制度を採用した米メジャーリーグでは、こんなこともあった。
1986年のワールドシリーズ、ボストン・レッドソックス対ニューヨーク・メッツ戦で、レッドソックスの投手、ブルース・ハーストが打席に入った。
レッドソックスはアリーグのチームなので、同一リーグのチーム間の試合では投手が打席に立つことはない。ハーストも打席に立つことが久しくなく、この試合でも案の定、二打席連続で三振に倒れた。
迎えた第三打席。ここでも簡単に2ストライクに追い込まれたハーストは、苛立ちをかみ殺しながら言い放った。
「これでも、オレは真剣なんだぞ」
この言葉に、球審は笑いをこらえきれず吹き出してしまったのだが、このような投手の打席を3イニングスに1度見させられると思うと、ファンも辟易してしまう。
(ハーストは投手としては一流で、1980年代のレッドソックスをロジャー・クレメンスとともに支えた)
たしかに、指名打者制に反対する声は少なからず上がっている。野球の戦術性を低下させる、と言うのが最たるものだ。
ウィキペディア・フリー百科事典では、「指名打者制度がなければ、打順に名を連ねる9人のうち最低1人は、打力がまったく期待できない選手を用いなければならない。そのような制約のもとで、いかに頭を働かせて工夫して点を取るかというのが野球の醍醐味であって、指名打者制度はそれをそこなうというものである」と、指名打者制への反対意見を紹介している。
だが、本当にそうだろうか。
例えば、無死もしくは1死1塁で打席に9番打者、投手を迎えた場合、多くのケースでベンチは打席の投手に犠打を命じることだろう。
また、僅差で相手チームにリードを許したまま、試合が終盤に差し掛かかれば、ベンチが投手の打席で代打を送ることも少なくない。
つまり、指名打者制度のないリーグでは、パターンが固定しているのだ。これを、どうして戦術性の高い野球と言えようか。
現在は指名打者制度のないナショナルリーグ、セントルイス・カージナルスで指揮を振るうトニー・ラルーサ監督だが、彼も指名打者制度の賛成派の一人。
「アリーグでは、次の打者に誰を投げさせるか、次の回に誰をマウンドに送るかという判断に従って投手起用を決めなくてはならない。しかし、ナリーグでの投手交代のタイミングは、監督が考えるまでもない」と、指名打者制度を適用しているアリーグでの戦術性の高さを強調している。
指名打者制度のないセリーグにも、それなりの見所はあるだろう。
だが、セリーグ球団のファンには、パリーグ球団の主催試合で、ずらりと並んだ自軍の9人の打者を見て、指名打者制度の意義を再確認してもらえると嬉しいのだが。
参考)著:ジョージ・F.ウィル 訳:芝山幹郎「野球術(上)」(文芸春秋)
セ・パ交流戦では、パリーグ球団の主催試合でのみ、指名打者制度が適用される。
このため、セリーグ球団の主催試合では、普段打席に立つことのないパリーグ球団の投手も、バットを握らなくてはならない。
正直言って、セ・パを問わず、投手の打撃はプロのレベルに値するとは言い難い。
交流戦ではこれまで、松坂大輔(当時西武ライオンズ)、岩本勉(当時北海道日本ハムファイターズ)などが、投手でありながらホームランを放っている。
だが、投手がバットで活躍するのは稀なケース。もともと指名打者制度のないセリーグでも、投手が打席に立てば、かなりの確率で相手チームにアウトカウントを謙譲している。
わが国よりも早く、1973年にアメリカンリーグで指名打者制度を採用した米メジャーリーグでは、こんなこともあった。
1986年のワールドシリーズ、ボストン・レッドソックス対ニューヨーク・メッツ戦で、レッドソックスの投手、ブルース・ハーストが打席に入った。
レッドソックスはアリーグのチームなので、同一リーグのチーム間の試合では投手が打席に立つことはない。ハーストも打席に立つことが久しくなく、この試合でも案の定、二打席連続で三振に倒れた。
迎えた第三打席。ここでも簡単に2ストライクに追い込まれたハーストは、苛立ちをかみ殺しながら言い放った。
「これでも、オレは真剣なんだぞ」
この言葉に、球審は笑いをこらえきれず吹き出してしまったのだが、このような投手の打席を3イニングスに1度見させられると思うと、ファンも辟易してしまう。
(ハーストは投手としては一流で、1980年代のレッドソックスをロジャー・クレメンスとともに支えた)
たしかに、指名打者制に反対する声は少なからず上がっている。野球の戦術性を低下させる、と言うのが最たるものだ。
ウィキペディア・フリー百科事典では、「指名打者制度がなければ、打順に名を連ねる9人のうち最低1人は、打力がまったく期待できない選手を用いなければならない。そのような制約のもとで、いかに頭を働かせて工夫して点を取るかというのが野球の醍醐味であって、指名打者制度はそれをそこなうというものである」と、指名打者制への反対意見を紹介している。
だが、本当にそうだろうか。
例えば、無死もしくは1死1塁で打席に9番打者、投手を迎えた場合、多くのケースでベンチは打席の投手に犠打を命じることだろう。
また、僅差で相手チームにリードを許したまま、試合が終盤に差し掛かかれば、ベンチが投手の打席で代打を送ることも少なくない。
つまり、指名打者制度のないリーグでは、パターンが固定しているのだ。これを、どうして戦術性の高い野球と言えようか。
現在は指名打者制度のないナショナルリーグ、セントルイス・カージナルスで指揮を振るうトニー・ラルーサ監督だが、彼も指名打者制度の賛成派の一人。
「アリーグでは、次の打者に誰を投げさせるか、次の回に誰をマウンドに送るかという判断に従って投手起用を決めなくてはならない。しかし、ナリーグでの投手交代のタイミングは、監督が考えるまでもない」と、指名打者制度を適用しているアリーグでの戦術性の高さを強調している。
指名打者制度のないセリーグにも、それなりの見所はあるだろう。
だが、セリーグ球団のファンには、パリーグ球団の主催試合で、ずらりと並んだ自軍の9人の打者を見て、指名打者制度の意義を再確認してもらえると嬉しいのだが。
参考)著:ジョージ・F.ウィル 訳:芝山幹郎「野球術(上)」(文芸春秋)


そこにいろんな作戦の可能性があると言っても、結局窮余の策でしかないですから。
しかし、それとは別に、一方で私はどうでもこうでも松坂大輔の打席を見たいので、すべてのリーグが指名打者制をとることには反対です。
そこで解決法を考えたのですが、指名打者制をとらないリーグは、投手もキャンプから打撃練習をして打てるようにすべきではないでしょうか。
もともと野球はそういうものだったのだし、いい投手は打撃も出来る。