2005年05月29日
5/28「毎月定例・唄遊び」超簡単報告
昨夜は、主催者のFさん。常連のKさん。初心者二名。
おじさん、4人でマイペースの唄遊びでした。
常連のnghg爺さんが不参加のため、皮って報告します。
有名な曲、マニアックな曲それぞれ披露し、
後は、スタンダードを唄い合いました。
最後は、「一切朝花」で締めました。
有意義な一夜でした。
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おじさん、4人でマイペースの唄遊びでした。
常連のnghg爺さんが不参加のため、皮って報告します。
有名な曲、マニアックな曲それぞれ披露し、
後は、スタンダードを唄い合いました。
最後は、「一切朝花」で締めました。
有意義な一夜でした。
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2005年04月24日
4/23「毎月定例・唄遊び」簡単報告
2005年03月27日
3/26「毎月定例・唄遊び」簡単報告
今回はおじさん5名で、じっくり唄いました。(+他お客1名も同席でした。)ご両親が徳之島伊仙出身のTさん(横浜在住)も、「おばあさんが唄っていた」記憶を熱っぽく話してくださいました。
Tさんは2年前から、この唄遊びの存在を知っていたそうです。
今回、ついに登場です。ありがとうございました。(ナゲハゲ爺)
2005年02月26日
南日本新聞の取材を受けるmidoriさん
南日本新聞の取材を受けるmidoriさんを、取材しながら、書き込みが遅れました。ゴメンネ。取材の日、いつになく美しいmidoriさん。
お話の内容は、「たまげてぃ」の「ともだち100人プロジェクト」の内容に近かったと思います。
取材された、南日本新聞の深野さんは、記者になって初めての赴任先が奄美だったのだそうです。
お二人のお話を聞いていると、目線の角度は違うのですが、同じシマを思う気持ちが溢れていて、聞いていて嬉しくなりました。
どんな風なのかというと、どうしたら、「奄美は、奄美らしく」「しまっちゅは、イキイキと出来るのだろうか」「奄美の方向は」と話しは尽きませんでした。シマで生きていなくても、こうして、シマを温かく見守ってくれている人たちがいると言うことは、ありがたいな〜って、一出身者として思いました。
他からの意見も、良い意見なら素直に受け入れることが出来れば、奄美は、もっともっと未知の可能性を秘めているのではないかと、ワクワクしました。
お二人のお話の中で気になったのは、浜の衰退のお話でした。
護岸工事が、みるみる進んで、シマの、綺麗な砂浜は少なくなっていますよね。たぶん、みんな気が付いているんじゃないかとおもうんですが。
それについての、危惧です。
高い護岸は、安全を保証しているかもしれませんが、浜に座って、海をただ見ている気持ちよさを、奪ってしまったことは否めません。
仕事が終わり、浜に出て疲れをとって、一日が終わる。日の出、日の暮れを浜に降りて楽しんでいたのは、たぶん、健康にも良かったように思うのです。
綺麗に整備された護岸は、海から見ると、まるで要塞のようなのだそうです。
寂しいですね。
写真は取材を受けるmidoriさんです。
投稿:ひで
2005年02月14日
聴いてきました、島唄in東京ツアー
奄美の若手唄者3人によるシマウタライブへ行った。
若手の唄者の場合、島唄を聴きに行くと言うより、私は、彼らに会いに行く。
若者達の成長は早い。
葉月ちゃんは、去年初めてその歌声を聞いた。少し割れたような低い声が印象的で、一節で引きつけられた。遠征ライブは初めてだったと思う。実力はいまいち出せてなかったようだが、将来が楽しみな唄者だ。
瑞希ちゃん、彼女はいろいろなシーンで紹介されている。綺麗な歌声が、澄み渡る青空にそよぐ風のようだ。
ソロで歌ってくれた「長雲」「請けくま慢女」はとてもよかった。
孝介君、彼も不思議な歌声を持つひとりだ。独学でシマウタをマスターし、今では引っ張りだこの人気者。
アンコールに応えて歌ってくれた「朝顔節(私の今一番はまっている曲)」は、素晴らしかった。
居酒屋でのライブはざわつくものだが、このときばかりは、会場が波を打ったように静まり返り、彼だけが、この場所に居るようだった。50人あまりの観客の存在が消えた。
こんな感じは初めてだった。
投稿@ひで
若手の唄者の場合、島唄を聴きに行くと言うより、私は、彼らに会いに行く。
若者達の成長は早い。
葉月ちゃんは、去年初めてその歌声を聞いた。少し割れたような低い声が印象的で、一節で引きつけられた。遠征ライブは初めてだったと思う。実力はいまいち出せてなかったようだが、将来が楽しみな唄者だ。
瑞希ちゃん、彼女はいろいろなシーンで紹介されている。綺麗な歌声が、澄み渡る青空にそよぐ風のようだ。
ソロで歌ってくれた「長雲」「請けくま慢女」はとてもよかった。
孝介君、彼も不思議な歌声を持つひとりだ。独学でシマウタをマスターし、今では引っ張りだこの人気者。
アンコールに応えて歌ってくれた「朝顔節(私の今一番はまっている曲)」は、素晴らしかった。
居酒屋でのライブはざわつくものだが、このときばかりは、会場が波を打ったように静まり返り、彼だけが、この場所に居るようだった。50人あまりの観客の存在が消えた。
こんな感じは初めてだった。
投稿@ひで
2005年01月23日
1/22「毎月定例・唄遊び」簡単報告
ここ3回ほどはチョッピリ寂しい集まりだったのですが、今回は久しぶりに盛り上がりました。19:10 私が遅れて到着した時には、先着3名で唄っていました。その後は、参加者・合計5名と隣の席の与論のお嬢さん2名も巻き込んで、唄い、踊りました。
今回のニューフェイスは、F氏の旧友お二人。
遠路・三浦半島から来られた方もあり、これからも参加したいとの、意思表明がありました。有り難いことです。
この会も3年目を迎えて、やっと唄遊びらしい雰囲気に近づいたようです。
ふと、気が付くと、今回の参加者は全員奄美出身でしたねぇ。
ps)正月からのF氏の力作のシャミ(木彫りの胴が二種類)も紹介されましたが、写真の公開は次回のお楽しみに・・・・
2004年11月14日
リーフチェック
11月10日に奄美大島南部の瀬戸内町でリーフチェックを行いました。調査ポイントは加計呂麻側の安脚場エリアです。主催が瀬戸内町海を守る会(ダイビング事業組合)。名瀬水族館の興さんにも毎年お手伝いして頂いてます。
具体的な数値の集計やレポートはまだ上がってきてないのでハッキリとは分かりませんが、今年は台風の直撃が多かった為、珊瑚が根こそぎ倒れて死んでたり調査エリアの近辺の崖が崩れてきてたりで、かなりダメージを受けてるような印象がありました。台風は必要なんでしょうけど、直撃は勘弁して欲しいですねぇ。
安脚場エリアは漁協や行政との話し合いで、毎週1回はオニヒトデ駆除をして珊瑚保護してますが、例えオニヒトデが居なくなったとしても崖崩れで赤土が流出しては復活も難しでしょう。いろんな要素が合わさって、年々海の汚れが酷くなってます。もぉどうしようもないところまで来てるのかも知れません。
2004年10月24日
10/23「毎月定例唄遊び」レポ

9月の「グルくん・唄遊び」は二人だけでひっそりだったそうですが、今回は盛り上がりました。
(9月一杯、nghgは出稼ぎのためレポもできなくてごめんなさい。)
折しも、新潟県を襲った地震の余波で唄を中断したことはありましたが、延べ9名で、18:00〜22:00の間唄いまくりました。
45分後には飛び出して、朝崎さんのライブに駆けつけると言う某T.A.氏にせかされて、のんびりムードを一掃してシマ唄メドレーの開始です。 続きを読む
2004年10月13日
やちゃぼうねっと唄遊びに参加して
楽しかった〜〜〜〜〜錚々たるメンバー。ヒギャ節の本場からNaoさんと保田さんを
迎え、在京の唄者連中もすごいこと。
半分は、顔見知りでしたが、後からNaoさんのページを見て
挨拶できなかった人が多数居られた事を、悔やむこと
しきりでした。J○○○RAレコードの○田さん、失礼しました.
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2004年08月27日
風の温度(8)
奄美での4泊5日の旅を終えて、東京羽田空港へ着いた。
東京も、うだるような暑さ、といわれていたが、
島でまず最初に味わった、首にまとわりついてきたあの暑さは感じなかった。
東京の第1風は、さわやかな涼しい風だった。
旅の最初に感じ、また最後に感じたのが、この風の温度の違いだった。
島のあのねっとりとして暑く、それでいて懐かしい風の温度が、ここにはなかった。(2004.7)
*
これで「風の温度」は終わりです。
つたない文章を読んで頂きありがとうございました。
旅は7月でしたが、その後、東京の方が凄い暑さになってしまいましたね。
今、大きな台風が奄美に向かっていて、ちょっと心配です。
投稿者:ひで(2004.8.28)
東京も、うだるような暑さ、といわれていたが、
島でまず最初に味わった、首にまとわりついてきたあの暑さは感じなかった。
東京の第1風は、さわやかな涼しい風だった。
旅の最初に感じ、また最後に感じたのが、この風の温度の違いだった。
島のあのねっとりとして暑く、それでいて懐かしい風の温度が、ここにはなかった。(2004.7)
*
これで「風の温度」は終わりです。
つたない文章を読んで頂きありがとうございました。
旅は7月でしたが、その後、東京の方が凄い暑さになってしまいましたね。
今、大きな台風が奄美に向かっていて、ちょっと心配です。
投稿者:ひで(2004.8.28)
