to U from me

みんなに伝えたいこと、じぶんに伝えたいこと、想いをことばに

母国語

みなさんは自分の普段話す「言葉」について、愛着を持っていますか?

バングラデシュで使われている言葉は「ベンガル語」です。バングラデシュの人たちは自分たちの言葉にとても愛着を感じています。


少しバングラデシュの言葉の歴史を説明したいと思います。

「ベンガル語」が話されるのは、バングラデシュはもちろんのこと、インド東部の西ベンガル地方でも使われています。

主要都市のひとつである「コルカタ」(旧称:カルカッタ)でもベンガル語が話され、ベンガル語を母語とする人は、約1.7億人いると言われ、母語人口としては世界第8位です。勿論日本語よりも多いです。
(参考「文部科学省資料」:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/015/siryo/06032708/003/001.htm )

そんなベンガル語ですが、バングラデシュはかつてインド領でしたが、第二次世界大戦後にインドから独立し、同じイスラム教が主要であることを理由に、パキスタンとともに独立をし、「東パキスタン」になりました。
しかし、今のパキスタンである「西パキスタン」は現在のパキスタンの主要言語である「ウルドゥ語」を公用語とし、それを「東パキスタン」であるバングラデシュの人々に強制しました。

母国語でない言葉を押し付けられた「東パキスタン」 では、母語である「ベンガル語」を公用語にするための運動が展開されました。

その際にダッカ大学の学生が犠牲になるなど、血を流した末に「ベンガル語」を東パキスタンの公用語として勝ち取るに至りました。

そのダッカ大学の学生が犠牲になった日を記念して、2月21日を「International Mother Language Day」と定め、その月の2月にダッカ大学のキャンパス内で「Book Fair」が開催されます。



せっかくの機会なので、ダッカ大学まで行き、Book Fairを見てきました。

会場に入るやいなや、学生に囲まれ、右手にバングラデシュの国旗のマークと、左手に 「2月21日」と犠牲になった学生を供養する塔を書かれました。

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(Book Fairの入り口。ダッカ大学のキャンパスの中で開催されます。)

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(右手にバングラの国旗。日本の国旗と似ています。)

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(手にペイントしてくれたダッカ大学の学生たちと。)

このBook Fairに行くと、バングラデシュの学生を中心に自分たちの言語への愛着がいかに強いかを知らされた気がします。

会場に入ってみると、本を売るテントが左右に並んでいました。

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ここで僕が購入したのは、「ドラえもん」のベンガル語の絵本。

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これならベンガル語もより一層楽しく勉強できそうです。


バングラデシュの人たちは自分の母国語を愛し、とても誇りに感じています。

僕がヘタクソなベンガル語で話しても、誰もが喜んで答えて くれます。

僕はそんなベンガル人の方々を誇りに思い、またある国のことを理解するためには、その国の言葉を勉強することの大切さを感じています。

日本語もとても美しい言葉の一つであると思います。

近年、日本語が乱れてきているという声も聞かれます。

自分の母語である日本語特有の美しさ、響きを大切にするとともに、相手の国の言葉も大切にしよう、そう思った一日でした。

2月になりました。

気付けば2月になりました。

ブログをほったらかしにしていたら、もう2012年も一ヶ月が終わってしまいました。


さて、最近はバングラデシュのことばっかり考えていて、今「ホットな」お隣の国ミャンマーに嫉妬していたりもしています。

企業がこぞって「ミャンマー詣で」する中で、バングラデシュは相変わらず取り上げられないままです。

今ではすっかり自分にとっての大切な国であるバングラデシュ。バングラデシュのために何かできることはないかと考えに考えています。

そんな中で自分の今年の目標の一つは、

「バングラデシュについて語れるようになること、バングラデシュについての情報をたくさん発信すること」。

日本には「バングラデシュの情報がなさすぎる」と言えます。

実際、年末年始に遊びに来てくれた友人達は、訪バ後にバングラデシュのイメージがとてもよくなったと言ってくれました。
バングラデシュの「貧困」, 「洪水」等の負のイメージでなく、様々な側面からバングラデシュという国を紹介することができればいいなと思っています。


今年2012年は日本とバングラデシュが国交樹立40周年です。

同時に日本とインド・スリランカ ・パキスタンとは国交樹立60周年です。

南アジア諸国との繋がりを再確認する年になると思います。

震災後、たくさんの支援をもらった日本が今年からはしっかりと復興を果たし、記念すべき2012年に「恩返し」ができるように、自分もできることから始めたいと心に思っています。

遅くなりましたが、今年もよろしくお願いいたします。

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宝箱2

つい2日前に宝箱が届きました。
なんと、昨日再び中央郵便局から「荷物を取りに来い」との連絡が。

バングラの郵便局は、日本のように荷物が届いても、自分で郵便局まで取りに行かなくては行きません。
しかも、時によって最寄りの郵便局だったり、中央郵便局だったりと、場所が変わります。
今回は初めて「中央郵便局まで来い」とのことだったので、朝からバスに揺られること一時間、中央郵便局まで行ってきました。


郵便局に行ったら行ったで、受取窓口を探すために、全員がここだ、あそこだと違うことを行ってくるので、窓口に着くにも一苦労。
やっとこさ窓口に到着し、これで受け取れると安心していたら、本当の戦いはここからでした。


たらたら作業をするスタッフのお尻を叩いて急かせるのに5分、荷物を受取るためのボスの承認サインをもらうのに10分、荷物を捜索するのに10分、中身をチェックするのに5分。
やっとこさ受け取れると思ったら、そんなに甘くはありませんでした。

強敵の「税関チェック」が待っていました。ここが本当に面倒でした。


「ボクシーシ(お布施=賄賂)をくれ」としつこく言ってくる税関に、「絶対にやれへんわ、ボケ!なんでやらなあかんねん!」と突っぱねると、嫌がらせのためか、「今日は荷物はやらへん、日曜日にまた来いなはれ」と信じられない答えが。

それを聞いた僕は、「中身チェックした後に、何言うとんねん!」と激昂し、色々と揉めること2時間。声が枯れました。

2時間の間、税関のおっさんを説き伏せるのに30分、税金の計算をさせるのに15分、その途中で一旦おっさんがアッラーへのお祈りに行ったので、それを待つのに30分、 税金を払うための書類を作るのに15分、そして税金を払う窓口のおっさんがランチを食べ終わるのを待つのに10分、税金を払う書類を作るのに10分、そして荷物が消えたと大騒ぎして10分。

なんでも「書類、書類が必要だ」と書類のために郵便局内を走り回りました。
荷物を手にするまでに3時間、お昼はとっくに過ぎてしまいました。

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(非効率な税関の棚に置かれた書類。こいつらを手に入れるのに相当な時間がかかる。)


バングラの政府機関は本当に非効率だとはよく言われますが、それを痛感した半日でした。

政治的な腐敗のために、世界銀行の融資に待ったがかかるほどの状況であることは、この郵便局の状況で垣間見ることができた気がします。

そして、涙涙で手にした箱の中身を開けると・・・宝の山、宝箱やったー!!!!!苦労は報われたー!!!

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 同僚が送ってくれた宝箱の後に、再びこんなに素晴らしい宝箱が手元に届くなんて・・・

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一つひとつを箱から出して行くたびに、体が熱くなり、湯気が出んばかりの感動でした。

なんと!!!たこ焼きプレート!たこ焼きセット!大阪人にとっての必需品です!!!
大阪人が大阪人でいるための証明みたいなもんです。
バングラに来て「日本人」だった僕は、バングラでも「大阪人」に成り変わることができました。

そして、お米!お餅!海苔!醤油!他にも宝物がザックリ!!!
ひぃ~っ!!!体が震えに震え、上がってしまいました。


宝箱を送ってくれた方は、2年前に那覇マラソンへ出場した際に、沖縄の「渡嘉敷島」と言う那覇から日帰りで行けて、何もないけど最高に綺麗な離島で出会った素敵なマダム。

そのマダムもマラソンをやられるアスリート。とっても快活で元気をもらえる素敵な方です。

沖縄で出会った後も、とてもよくしていただいていて、パーティーに呼んでいただいて、素敵な手料理をご馳走になったり、とっても可愛いお子さん達と一緒に遊んだりと、本当に素敵なお方です。

こうして偶然出会った後も仲良くさせていただいて、しかもこんなによくしていただき、自分は本当に人に恵まれているなと心が熱くなりました。

特にダッカに来た後は、自分がいかに多くの人に支えられているか、それを思い知らされてばかりです。本当にみなさん、ありがとうございます。

いつまでも人との出会いに感謝し、今後も大切にしたいなとそう強く感じ、再確認した休日前の木曜日です(バングラは金土が休みなので、木曜日が平日の最後の日です)。
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