本年7月9日にサントリーホールで吉田秀和さん追悼のコンサートの公演直前の練習に立ち会った時、小澤征爾さん指揮のバッハのG線上のアリアでしたが改めて発見しました。演奏は水戸室内管弦楽団でしたがサイトウ・キネン・オーケストラの重鎮で構成されていますので響きは同じです。

何かと云うと音の一個一個に前向きな意思があるのです。単に上手というのでなく。欧米の名演奏家、オーケストラは確かに素晴らしい演奏を聴かせてくれます。美しさとか楽しさとか時には悲しさとかの情景を。しかしサイトウ・キネン・オーケストラは小澤さんの吸引力、表現力、集中力で演奏家が単に弾いているだけでない前向きな意思を一つひとつの音に持たせています。私は1989年から23年間そばにいて生の音を聴いて来まして、やっとそのことに気づき、発見しました。従ってほかのオーケストラにないフォルテも出せます。スピードも出せます。

これがオザワの音楽なのです。それが室内楽にも波及しています。

それは指揮をしているときの小澤さんの目を見ればわかります。聴衆はそれが見えませんが奏者は見えます。それに瞬間、瞬間暗示を受けて意思のある音が鳴り響くのです。

ピアノであってもフォルテであっても。どんな指揮者であっても小澤さんが脇でほんのひとことささやいただけでその指揮者は瞬時にテレパシーを受けてあたかも小澤さんが指揮しているような前向きな演奏が流れます。前向きとは強音が出ることではありません。テンポが速まるわけではありません。何故か精神的に高い前向きと思わせる音楽が流れるのです。

この辺音楽家でもない私の体験からお伝えしますのでどうぞそんな観点からサイトウ・キネン・フェスティバル松本の演奏をお楽しみください。