グリュエッツィ☆スイス便り

”グリュエッツィ”とはスイスドイツ語で「こんにちは」という意味です。 スイスに住んで感じたことを、ご紹介します。

10月11日午前11時頃、ケベック郊外に到着。キャンパーが大きすぎて市内を走るには不便なので、郊外の駐車場に停め、バスで市の中心部に行くことにしたが、バス停やバスの番号が分からず右往左往。バス停らしきものは見つけたが、時刻表がない。どうやら携帯電話でバスが来る時刻を確認する仕組みになっているらしかった。4、5人の人に話しかけて、やっと英語で話してくれる初老の男性を見つけ、バス停と時刻を確認。ケベックはカナダで唯一のフランス語圏の州として有名だが、英語が通じないというか、わかっていても英語で答えてくれない人が多いように感じた。これは、カナダに限らず世界中のフランス語圏ではありがちなことだ。彼らはきっとフランス語に強い誇りを持っているからだろう。

昔フランスの移民が住んでいた影響で、ケベックの町並みはヨーロッパ風だ。しかし、古い町並が残る地区は予想以上に小さく、半日もあれば一通り見られる大きさだった。カナダの中で小さなヨーロッパを体験しようと、世界各地から多くの観客客が訪れている。アジア人も多く、日本人もチラホラと見かけた。CIMG7126
CIMG7175


町をブラブラ散歩しながら、ノートルダム寺院、ホテル・フェアモント、国会議事堂等を見学する。フェアモント ル シャトー フロンテナック (Fairmont Le Chateau Frontenac) は1893 年に建てられた 18 階建ての由緒あるシャトーホテルで、 ローレンス川とケベック旧市街を見渡せる絶好の場所にあり、ここからの眺めはすばらしい。ロビーやバーは豪華な雰囲気に溢れ、ちょっと中を見学するだけでもセレブな雰囲気に浸れる。リフトの横に金色の豪華な郵便ポストが輝いていた。

CIMG7110
CIMG7119CIMG7121
CIMG7122
翌日は朝6時に起床。前夜グッと冷え込みマイナス気温になったため、朝霜で地面が真っ白だった。7時半にモン・トランブランに向け出発。秋は紅葉の名所、そして冬はスキーリゾートとして有名なところだ。ローレンシア山脈の山麓にあり標高が高いせいか、紅葉は他の地域より少し早目。私達が行ったときは、残念ながらすでに紅葉の盛りは過ぎ、葉は茶色に変色して半分ぐらい落ちてしまっていた。紅葉のメッカなのに一週間遅かったようでとても残念!おまけにモン・トランブランの村は、ディズニーランド風のメルヘンチックなホテル、土産物屋、レストランが立ち並び、予想に反してかなり観光地化していて少々興ざめ・・・。村は斜面にあるため、村の下部と上部を連結する無料の小さなゴンドラがある。それとは別に展望台までいく大きなケーブルカーがあり、ローレンシア高原の景色を一望することができる。晩秋にもかかわらず、村中が観光客で溢れかえり、特に中国人観光客が多く目についた。山頂から下へ降りる最終のケーブルカーは長蛇の列ができた。
CIMG7206
CIMG7210
CIMG7218CIMG7221
CIMG7226


10月14日、朝7:15キャンプ場を発。最終目的地モントリオールを目指す。8:30に郊外にあるレンタカー事務所にキャンパーを無事返却し、バス、地下鉄を乗り継ぎ一時間かけて市内へ到着。ホテルにチェックイン後、オールドモントリオール(18世紀の古い町並が残る旧市街)、港公園、チャイナタウン、バジリカ等を見学。有名なノートルダム寺院はあまりに多くの観光客でごったがえしていたので、入り口付近にあった写真パネルを見ただけで素通り。オールドモントリオールにある”タパス24”というモダンなスペインレストランで昼食。ここで何と一本20ドルもするスペインビール・エストレア(Estrea)を飲んだ。勿論お値段だけの価値はある美味しいビールだった。
オールドモントリオールは確かにヨーロッパ風の古い石造りの重厚な建物が数多く残っていて独特な雰囲気なのだが、どの店の店内も暗く、重苦しい雰囲気が漂っているような気がしたのは、朝から降り続いた小雨と肌寒い天気のせいだったのかもしれない。

エストレアビール
タパス24
CIMG7254





バジリカの内部見学は無料。一見の価値あり。
バジリカ
バジリカ内部
CIMG7264







チャイニーズタウン
チャイナタウンは1時間もあれば十分。中国系のホテルや寺院、食料品店、薬屋、露店やレストランが小さな区画に密集していて面白い世界中の大都市に点在するチャイナタウンを見ると、日本人にはない中国人の逞しさを感じる。他に小さなイタリア人街もある。
CIMG7269
CIMG7270
CIMG7272







10月15日、早朝からカサが必要なほど雨が降ったが、しばらくして止んだので、ボタニカル・ガーデンとオリンピック公園を見に行く。ボタニカル・ガーデンは世界でも屈指の最大級の植物公園で、ゆっくり見れば丸1日かかってしまうだろう。中には、中国庭園、日本庭園やすばらしい盆栽コレクションもあり、樹齢270年という盆栽も展示されていてビックリ!園内を4時間ちかく歩き廻って結構疲れた。

CIMG7376CIMG7381
CIMG7390
CIMG7365
CIMG7371



ボタニカル・ガーデンから歩いてすぐのオリンピック公園は、1976年夏季オリンピック会場になったところ。シンボルのメインスタジアムが改装されて今でも残されている。私は当時中学生だったが、今でもよく覚えているのは金メダルを獲得したルーマニアの女子体操選手ナディア・コマネチ。か細い体にもかかわらず、しなやかで筋肉で完璧な演技をした姿はとても印象的だった。
CIMG7304
CIMG7308

CIMG7425夕食後、夜景を見にバスでモン・ロワイヤルという標高223mの丘に登る。丘の上には町を見下ろせる大きな半円状のシャレー展望台があり、モントリオールのきらめく夜景を一望できた。モントリオールの良い思い出となった。

10月16日、午前中はお土産を買ったり、町をブラブラして過ごす。午後はモントリオール博物館に行き、ほぼ閉館まで見学。カナダで一番古い4つの建物からなる大きな博物館で、3万点にも及ぶ芸術品が収集されている。博物館を出てから、偶然近くに”みそや”というラーメン屋を発見!ラーメンの懐かしい香りに引き寄せられて、夕食はここに決定。アサヒビール、餃子、みそチャーシュー麺を注文。店員は皆日本人だったが、キッチンを覗いたらコックは西欧人だった。味は今ひとつで、スープはかなり塩辛く、チャーシューは薄味で脂身が多い。12ドルという値段はスイスよりずっと安いが、ちょっとガッカリ。
CIMG7435

10月17日、いよいよ最終日。朝食後、荷物の整理をすませ、天気がよかったので古い港の公園やオールド・モントリオールをブラブラする。
CIMG7437
CIMG74583時にホテルに戻り、荷物をピックアップしてエアポートバスで空港へ。空港でモントリオールステーキサンドを食べたが、山盛りのフレンチフライに品質が悪いステーキとはほど遠いボソボソの肉のサンドで、お世辞にも美味しいとはいえなかった。カナダ人の炭水化物と脂肪が多めの平均的食生活はアメリカと同様に少々問題がありそうに感じた。


まとめ:
カナダ旅行は、見所が多くついアチコチ見たくなってしまうのだが、車で移動する場合、欲張りすぎると移動時間がかかりすぎて疲れる。今回は3週間半でハリファックス、ケベック、モントリオールまで移動する旅行だったが、ハリファックス+1都市ぐらいでも十分だったように思う。的を絞って、のんびり旅行した方がいいと感じた。

CIMG6816ノバ・スコッシア州に9日間滞在後、10月5日にニュー・ブランズヴィック州に移動する。まずはチグニト湾(Chigunito Bay)にあるホープ・ウェル・ロックスを目指す。ここには塔のようにそびえたつ有名な奇岩群があるのだが、岩々を砂浜に立って見上げられるのは干潮時のみである。満潮時には、岩の下半分ぐらいが海に沈んでしまい、上部しか見えなくなってしまうからだ。

朝9時に行った時は、満潮前だったので水位も高かった。干潮は17時。見学は15時頃から可能ということだったので、時間つぶしに近辺を見学。お昼を近くのアルマ港で食べることにした。新鮮な魚介類を食べるには港が一番。そこで、ここでカナダ名物丸ゆでロブスターを食べることにした。_DSC1142

見晴らしのいいレストランを探し、ロブスターと白ワインを注文。気になるお値段は3500円ぐらい。塩茹でされたロブスターにニンニクレモンバターソースをたっぷり絡めて食べるのがカナダ流。もちろんホッペタが落ちる程おいしかった。魚介が苦手なステファンはビーフステーキを注文。超新鮮なシーフードが豊富なのに、食べられないのは本当に残念だ。昼食後に、キャンパーでコーヒーを飲みながら見学時間まで少し待つことにした。

満潮時と干潮時の写真を比べてみれば干満の差が一目瞭然。干潮時に海と化す砂浜を歩くのは面白かった。上の写真が満潮時、下の写真が干潮時のもの。

CIMG6758

CIMG6785


満潮時に水につかっている岩肌部分には海草がべったりとついていた。その高さはステファンの身長(180cm)をはるかに超えていた。
CIMG6811CIMG6807
CIMG6800


ホープ・ウェルを見学後、東海岸沿いに北上し、コーチ・ボーグワック(Kouchi bouguac)国立公園のキャンプ場に泊まる。夕暮れ時にキャンパーの近くでガザガザ音がしたので目をこらすと、野生のウサギやアライグマがあちこちにいた。国立公園は巨大な森林を含んだ地域なので、当然ながら野生の熊も生息している。受付でもらったパンフレットには「注意!熊がいます」という警告が・・・。

熊対策として、〜當と深夜は車内にとどまる、一人で森に行かない、ハイキング途中は音をだす(歌うのもよし)生ゴミを車の近くに放置しない、しГ冒遇したら背を向けず、視線を少し下にそらしゆっくりと後退りして離れること、セ爐鵑世佞蠅呂△泙蠍果がない、μ擇謀个襪里楼嫐なし(カナダの熊は木登り上手!)、ХГ梁跡に注意、子連れの母熊が一番危険、そして最後にコワイ一行がさりげなく書かれていた。╂簑舒汰瓦箸いε澗Г呂覆い里如⊂況に応じて適切な判断し、冷静な行動をとること。つまり公園内でのキャンプ場といえども、行動はすべて自己責任だということだ。幸い熊には遭遇しなかったが、ステファンがある朝、川辺に熊らしき足跡を発見。カナダでは楽しいばかりがキャンプではない。

スイスに帰国後に、実際、カナダのどこかの村で熊が民家に侵入し、女性が襲われれ死亡するという事件もあった。以下はお土産用のTシャツの写真。それぞれ、テントから人間をテイクアウトする熊、ファーストフードとして人間を追いかける熊、リサイクルコンテナに賞味後の人間の服を入れている熊の姿がユーモラスに描かれている。カナダ流のブラックユーモアに思わず笑ってしまったが、冗談半分、本気半分でこわい!CIMG7098
CIMG7099
CIMG7100


CIMG6888さらに海岸線に沿って更に北上し、アカディアン半島先端のミスコウ(Micou)に到着したのは夕暮れ時。ミスコウは小さな島だが、独自の赤い植物が群生し、まるで真っ赤な絨毯をしきつめたように視界一面にひろがっていた。日が暮れ月ものぼり、ますます幻想的な光景になって大感動。この日は近くの灯台の駐車場で野営することにした。
CIMG6881CIMG6883

CIMG6917


翌日は終日雨が降ってとても寒かった。11号線を海沿いに走り、ダルハウジー(Dalhousie)に 到着したときは、カサもさせないほどの暴風雨。目当てのキャンプ場はすでに閉鎖されていて、キャンパーの水タンクはほとんど空っぽ。暖房用のバッテリーの充電具合も不十分。これでは野営は不可能と判断して、急遽、近場のホテルを探して泊まることにした。運良く飛び込みであるホテルの一部屋がとれた。ごく普通のホテルだったが、約2週間ぶりにレストランでゆっくりと食事をし、暖かいシャワーを心ゆくまで浴びて、ふかふかのベッドでぐっすり眠れたので、何だかとても幸せな気分になった。期せずしてキャンプ旅行半ばに、”オアシスで小休憩”したような一夜だった。
 
 しばらくキャンプ生活をしていると、普段当たり前だと思っていること(水やお湯がふんだんに使える、掃除機、洗濯機がある、テレビ、インターネット等)が当たり前でなくなり、自分の日常生活がどんなに恵まれているかを再認識する。非日常的な経験をすることで心身共に完全なリフレッシュができるのは、キャンプ旅行の大きな魅力なのかもしれない。

ノバ・スコッシア州で驚いたのは乳製品がとても高いことだ。特にヨーグルトはスイスに比べると約3倍近い値段だったので驚いた。とはいえ、私達の朝食にチーズやバター、ヨーグルトは欠かせないので、3日に一度ぐらいはスーパーで買っていた。カナダのチーズはプロセスチーズが主流で、味も今ひとつ。ある時、2人ともナチュラルチーズがどうしても食べたくなって、スイス直輸入のグリュイエールチーズに”法外な”金額を払って、ありがたくチビチビと食べたのだった。スイスに来て10年目、いつのまにかすっかりチーズ好きになってしまったようだ。チーズに加えてチョコレートを毎日ひとかけずつ食べる習慣もついてしまったので、実はスイスからお気に入りの板チョコを何枚か持参していったほどである。

CIMG6703
島の北西に位置するファンディ湾に沿って海岸道路を走ると、面白い光景を見ることができる。というのは、ファンディ湾は干満の差が世界一大きいことで有名だからだ。その差は何と14メートル!だから干潮時は広大な砂浜(実は海の底)が出現し、歩きまわることができる。しかし、その6時間後に満潮時には、砂浜は跡形もなく水深14メートルの海の底に消え去ってしまう。この希有な現象を実際に見たかったので、その日はファンディ湾沿いにあるファイブ・アイランズ・キャンプ場に宿泊することにした。

キャンプ場の近くに、地層が連続した菱形の模様のように見える断崖名所があると聞いて、早速出かけることにした。その菱形模様は干潮時しか見られないので、干満時刻表で干潮時間を確認してから出かける。砂浜を30分程歩いて断崖に到着。歩いている最中にもどんどん水位が上がってくるのが実感できた。単純計算でも1分で水位が3.8センチ、つまり10分で38センチ上昇するわけだから、その速さは尋常ではない。干潮時は砂浜のように見えるが実は海の底を歩いているわけなので、戻り遅れてしまったら逃げ道はどこにもないのだ。この事実を再認識した時、泳げない私は軽いパニックを感じて、断崖の写真を撮った後は一刻も早く車に戻りたかったのだが、ステファンは「まだまだ大丈夫だよ。」などと呑気に写真撮りに夢中になっている。もう私はハラハラドキドキで、「ねえ、もう戻ろうよ〜。ワ〜!もう水がこんなに近くまで来たよ。ほら、早く、早く!」と何度も彼を説得しなければならなかった。下の岩肌の写真を見てわかるように、満潮時には海草が生えている部分まで水位があがるのだ。CIMG6700


CIMG6723
ファイブ・アイランズからさらに海岸沿いを西に走ると、ド・オル岬(Cape d’Or)ある。少し曇ってはいたが、ここの灯台からの景色は素晴らしかった。ここで翌日結婚式をするというカップルとその友人グループに出会う。彼らはその日、灯台横にある唯一の小さなゲストハウスに一泊するのだと言っていた。CIMG6732
CIMG6743
岬の近くにアダ・キャンプ場という私営キャンプ場を見つけて宿泊。このキャンプ場はこじんまりした地味な場所にあって泊まり客も少なかったが、トイレやシャワー室はピカピカだったし、キャンプ場のおばさんはとても親切だった。キャンパーで夕飯を作っていたら、おばさんがやって来て「今晩のデザートに。」と言って大きな焼きたてクッキーを4枚くれた。

CIMG6606カナダにキャンプ旅行に来てから初めて気がついたのは、10月はオープンしているキャンプ場が限られてしまうということだった。特に国立公園内にある公営キャンプ場は閉まっているところが多かった。この点は旅行前にすっかり見落としていた。
キャンプシーズンは7〜8月がメインだから、9月末にクローズしてしまうキャンプ場が多い。特に冬の訪れが早いカナダでは10月といえども夜間や明け方は0度近くまで冷え込む日が多いから、夜は暖房なしでは寒くて寝られない。今回の旅行では、適当に飛び込みでキャンプ場を見つけていたから、たどり着いたキャンプ場が既にクローズしていて、急遽他を探さなければならないことも数回あった。そんな時は気分を変えて近場のホテルに泊まって大きなベッドでゆったり寝たり、熱いお風呂につかったり(キャンプ場はほとんどコインシャワーのみ)、ワイルドキャンピング(野宿)したりした。カナダは野宿禁止場所でなければどこでも車を停めて寝ることができるので便利だった。何と言っても大型キャンパーの強みは、居住空間(食・住)が備わっているので野宿でも何の不自由も感じないところである。。
CIMG6637
ケジムクジク(Kejimkujik) 国立公園はノバ・スコッシアの南部にあり、公園というより広大な森林地帯といった方がわかりやすいだろう。カナダにはこのような国立公園が至る所に沢山ある。公園内には山もあるし、川も流れている。野生動物(熊も含めて)も多く生息している。公園内にはキャンプ場を始め、サイクリングやトレッキングコースも整っていて、夏はカヌーを楽しむ人も多い。
CIMG6612

CIMG6611

私達はこの公園で目の覚めるようなカナダの美しい紅葉(インディアン・サマー)を経験した。日本も紅葉が綺麗だが、カナダの紅葉はスケールが違う。森林全体が見渡す限り紅葉しているのだ。ここでは3時間ほど紅葉狩りハイキングを楽しんだ。CIMG6576CIMG6580CIMG6609
CIMG6598
CIMG6594





ファンディ(Fundy)湾に沿って半島の北側を北東に走ったところに、スプリット岬(Cape Split)という岬がある。その名の通り2つにスプリット(分断)された珍しい岬だ。この岬の最先端に行くためには往復16kmのトレッキングコースを4時間弱かけて歩くしかない。
_DSC0802
どうしようかと少し迷ったが、幸いお天気は良かったし、この機会を逃したら一生ここには来ないだろうと思ったし、2人とも運良くエネルギーに満ち溢れていた(笑)ので歩くことに決定。車を駐車場に停め、必要最小限のものをリュックにつめて歩き始める。トレッキングコースはそれほど急ではなく思ったより楽だったが、道の両側はずっと林が続き景色が全く見えないのでちょっと退屈だった。でも、あきらめるのも癪だったので、ひたすら岬をめざして黙々と歩き続ける。途中でシマリスと 数人のハイキング客にすれ違っただけで、とても静かだった。
_DSC0805

_DSC0828
_DSC0830
_DSC0835

2時間歩いたところで突然視界がパッと開け、180度の青い大海原に遭遇。緩く曲線を描く水平線は地球が丸いことを実感させる。思わず「ワ〜!スゴ〜イ!」と声がもれる。岬の先端に立つと、数百メートル先に分断された巨大な断崖が見えた。まるで切り分けられた分厚いケーキの一切れのようだ。残念だがここへ渡ることはできない。あまりの絶景に2人とも大感動して写真をとりまくり小1時間を過ごした後、夕日が沈む前に帰り道を急ぐことにした。
_DSC0839
懐中電灯を持っていなかったから暗闇で迷ったら危険だし、入り口の看板にかかれていた”野生のコヨーテに注意”という注意書きも気になったから、行きよりもかなり速いテンポで歩き駐車場に戻った。18時55分、見晴らしの良い駐車場で海に沈む大きな夕日を見ながら、コーヒーとラムケーキでホッと一息。日没後すぐに暗くなって、キャンプ場を探すのも面倒だったので、その晩は駐車場に野宿することに決定。夕飯は前日の残りご飯でチャーハンを作った。キャンプ生活を体験するうちに普通のお鍋でご飯を炊くのが上手になった。ふと考えたらこの日は全くお金を使わなかった。こんな日も珍しい。(つづく)_DSC0849
_DSC0851

CIMG6568
ハリファックスから30km程走ったところに、第一の観光スポット、ペギースコーブ(Peggy's Cove)がある。年間を通してここに住んでいるのは100人足らずの本当に小さな漁村なのだが、海岸沿いを中心に色とりどりの古い木造家屋が立ち並ぶ様子は、とてもロマンティックでノスタルジックな雰囲気。夏は観光客でにぎわうが、10月は人もまばらだった。
_DSC0500

_DSC0504


この村はロブスターの養殖がメインで、波止場にはロブスターを捕獲用のカゴがうずたかく積みあげられていた。岬に小さな灯台がある。灯台周辺は、海水に洗われた大きな花崗岩がまるで台座のように広がっていて、空と海、灯台と岩のコンビネーションが何ともいえない神秘的な雰囲気を醸し出している。この灯台付近は、カナダの有名なフォトスポットの一つでもあり、プロ、アマチュアを問わずカメラマンの姿を多く見かけた。最近写真に凝っているステファンは、夢中になってここで1時半近くも写真をとりまくり、私は寒さと退屈さに耐えかねて、最寄りの土産物屋をのぞいたり、付近を散歩したりして時間をつぶさなくてはならなかった。
CIMG6547


CIMG6545



_DSC0518
ペギースコーブから少し走ったところにスイス航空の墜落犠牲者慰霊碑がある。ここは1998年にスイス航空の飛行機が墜落し、全乗客乗務員229人が亡くなった事故の現場の近くで、カナダ側からも事故収拾ののために応援船が出されたそうだ。原因はビジネスクラスのエンターテインメントシステムの配線不備による出火で、出火後わずか20分足らずで完全操縦不能に陥り、海上にたたきつけられるように墜落。着水時の衝撃は350G(下注)だったそうだから一溜まりもない。事故の詳細に興味のある方は上記リンクをクリックして読んでほしい。事故発生からすでに17年近くが経っても、この事故は多くのスイス人の記憶にまだ鮮明に残っているようだ。私達以外にもスイスからの訪れている観光客を数人見かけた。犠牲者には幼い子供も含まれていて悲しい気持ちになった。ステファンと共に犠牲者の冥福を祈る。

(注)戦闘機 3 G。 訓練生が初めて戦闘機に乗ると3G くらいで気絶するという。

 アポロ時代の宇宙ロケットは打ち上げ時に 6 G くらい。  自分の体重が 6 倍になったかのような力に耐えなければいけません。  相撲の力士に押さえ込みされたような感覚でしょう。  これでは体が動かせませんので 緊急脱出用のスイッチは、目を左右に 3 回くらい動かすことによって 起動する仕組みになっていたようです。  (この「目で操作する脱出装置」の話は昔の子供向け科学読み物には よく書いてあったのですが、今調べてみても正確な資料を見つけることが出来ないので、 ちょっと怪しい話なのではないかと考えています。)


_DSC0533

マホン湾(Mahon Bay)で初めてキャンパーに満タン給油をすると、151リットルで料金は205カナダドル。ガソリンはスイスよりちょっと安め。一度にこんなに沢山のガソリンを給油したのは記録的だとステファンは笑っていた。ガソリンスタンドが狭いと給油も一苦労。

_DSC0550さらに100km程南西に走りルーネンバーグ(Lunenburg)に到着。ルーネンベルクは18世紀半ばに主にドイツ人、フランス人の移民によって作られた町。町の名前もドイツ語っぽい。大英国風の古い町並みが残っていて、ユネスコ世界遺産にもなっている町である。建物がとてもカラフルでまるで絵はがきのようだ。散歩するだけでも楽しく、カナダではなくヨーロッパにいるかのような錯覚に陥るほど。
_DSC0552
_DSC0605
_DSC0620_DSC0618







人口は約2600人で、主な産業は観光業と漁業。昔は造船業が有名で、ここで造られたブルーノーズ号は国際漁師トロフィー(International Fischerman's Trophy)で長年にわたってダントツの一位を維持した。
_DSC0559
カナダの10セント硬貨の裏にもブルーノーズ号の姿が刻まれていることからもわかるように、今でもカナダ人の誇りなのである。港に泊まっているブルーノーズ2号は、ハイチで1946年に沈没してしまったオリジナルを元に1963年に複製されたそうだ。夏はブルーノーズ2号で港内を観光クルーズすることができる。_DSC0555

_DSC0639 小腹がすいたので、レストランを探してメインストリートをブラブラ歩いていると、看板に”ロンリープラネットで推薦No.1”と書かれた小さなレストラン「Salt Shaker Deli」 を発見!このレストランはSpinnaker Innというペンション風の宿泊施設の一階にある。_DSC0638中はちょっとレトロスタイルでシンプル&フレンドリーな感じ。ここで食べたクラムチャウダーは最高だった!間違いなく今まで食べたクラムチャウダーの中で一番おいしかった。


_DSC0666港から海岸に沿って歩くと、小さな波止場があった。そこで木のくいにカリカリに乾燥してへばりついているかわいいヒトデを発見。そっとはがしてルーネンベルグのお土産にした。

(つづく)

image
 2015年になり、あれよあれよと時は過ぎ、今日はすでに27日。毎年感じるのだが、年が明けてから一気に時間が過ぎてしまうから不思議である。昔どこかで耳にした言葉遊び通り、「1月は瞬く間に行(い)ってしまい、2月は逃(に)げていき、3月は去(さ)ってしまう」のである。まさしく言い得て妙なり。

CIMG6437


さて、去年公約(!)した通り、カナダ旅行記をボチボチ書いていこうと思う。
とリあえず今日はその1、ハリファックス編。ハリファックスはカナダ南東部のノバスコシア半島にある小さな海辺の町で、ノバスコシア州の州都でもある。

CIMG6392

CIMG6487

ラテン語のノバ・スコシアはNew Scotland(新しいスコットランド)を意味し、その名の通り1620年代にスコットランドからの移民が名付けた。この半島でイギリス系のケルト人とフランス系のアカディア人が植民地争いをし、フランス領になったり、イギリス領になったりしたため、今でも両文化の伝統や文化が色濃く残っている。


ハリファックス市内にも英国の雰囲気が漂っていて、バグパイプやスコットランドの民族衣装を見かけたし、フィシュ&チップスもポピュラーな食べ物だ。ロンドンの王宮のような衛兵交代の儀式はCitadel(軍事要塞跡)で見られる。スコットランドの民族衣装をまとった衛兵の、まるでゼンマイ仕掛けの人形のような動きは面白くて目が釘付けになってしまう。ただし英国に比べると、交代の合間に衛兵が微笑んだり、ガイドをしたりしてかなりリラックスした雰囲気。女性の衛兵がいるのも珍しい。衛兵が持っている銃は1861年製でカナダの歴史より古いそうだ。要塞の真ん中に船のマストのような高いポールが立っている。これは電話がない時代に、どの方角から何艘の船が攻めてきたかを旗で知らせる通信手段として使われたそうだ。
CIMG6484
CIMG6498

ウォーターフロントには木造のプロムナードが造られていて、天気が良い日にはブラブラ散歩すると気持ちがいいのでオススメ。
CIMG6439

海岸沿いの通りにはレストランや土産物屋がずらりと立ち並び、観光客でいつもにぎわっている。桟橋にグニャグニャ曲がった面白いランプを発見。これは壊れてるのではなく、れっきとしたアート。遊び心が面白い。

CIMG6442
 ハリファックスは海辺の町だけあってシーフードが新鮮でおいしい。Hamachi Hauseというレストランでマグロのタタキを食べた。和風サラダみたいで中々美味しかったのだが、デザートに食べたゴマアイスは半分溶けていた上に、盛りつけも雑な感じでガッカリ。ウエイターにコックは日本人かと聞くと、昔はそうだったが辞めてしまったので、今はフィリピン人とベトナム人が残していったレシピをもとに作っているそうだ。日本人コックならまずこんな盛りつけ方は絶対しないだろうと思った。



寿司屋もあちこちに沢山あって、Suzukiという寿司屋では居酒屋風の個室に通され、まるで日本にいるかのようだった。味も良く日本と変わらない。経営者は日本に長く滞在していた韓国人で、接客は学生アルバイトの日本人女性だった。彼女は英語を勉強するために短期留学していると言っていた。CIMG6529
 CIMG6530
お寿司の値段は日本よりは高くて、スイスよりは安い感じ。日本の価格の1.5倍強といったところ。生魚の苦手なステファンは、ハリファックスでビーフステーキを食べたり、ベジタリアン寿司を食べたりしていた。せっかく魚が美味しいのに残念!

CIMG6527
CIMG6459
CIMG6477
 
カナダのコーヒーはアメリカ式のフィルターコーヒーが主だ。しかも大型紙コップでテイクアウトして持ち歩く人が多い。日本もフィルター式がほとんどだが、ヨーロッパの濃いコーヒーに慣れると、フィルターコーヒーはどうも薄い感じがして何だか物足りない。コーヒー好きのステファンは、美味しいエスプレッソを飲みたいとヨーロッパ風のカフェを探しまくり、ようやくフランス風カフェを発見。2人でホッと一息休憩。

ハリファックスの町自体は小さいので、海岸沿いのプロムナードと、それに垂直に交わる数本の通りをブラブラ歩いて2日もあれば大体見られる感じ。長飛行の疲れと時差ボケ(−4時間)を解消するため市内のホテルに3日間滞在し、4日目の正午にキャンパーの引き渡し、手続きをした。車の取り扱いや注意事項の説明を受けてから、14時に出発。まずは超巨大なスーパー”アトランティック”で食料品の買い出し。この日はKing Neptuneという海辺の小さなキャンプ場に泊まる。受付の80歳を超えていると思われるお婆ちゃんはとてもフレンドリーで、毎年宿泊客の出身国リストを作って楽しんでいるそう。ちなみに2014年は全部で25カ国の人がここに泊まったそうだ。日本人は私が初めてだと嬉しそうにリストにJapanと付け加えていた。翌日は、観光スポットとして有名な灯台があるペギーズコーブを目指すことにした。

【つづく】

CIMG6329
2014年もあと2日余り。昨日からの雪は降り止まず、10cmぐらい積もっている。今朝はマイナス14度、午後になってもマイナス7度前後で買い物に行くのも億劫になるほどだ。いよいよ長い冬の到来。

今年に起こった悲しい出来事をひとつ。

愛猫クロ(16歳半)永眠。CIMG6324
 8月27日午前10時20分、獣医に自宅に来てもらい安楽死させる。主原因は脳腫瘍。持病のヘルペスにより左目にも障害がでて、検査によりトキソプラズマにもかかっていることが判明。6月からてんかん発作を繰り返すようになり、頻度が急激に増えていった。安楽死を決心したのは一週間で3度も発作があったからである。発作の際は、突然意識を失い全身を硬直させて、まるで焼けた鉄板の上の魚のように跳ね上がるだが、その姿を初めて見たときは、あまりのショックで何も出来なかった。2度目からは頭を強く打ち付けてしまわないように、そっと支えるだけで精一杯。発作自体は2,3分で治まるのだが、その後、数時間に及ぶ視力喪失、全身衰弱におそわれて動くことができなかった。発作が起きるたびに食欲が落ちて脱水症状がすすみ、みるみる痩せて嘔吐もするようになった。そこで獣医と相談した結果、年齢的に治療にも限界があり回復の見込みも薄いため、長く苦しませることなく安楽死をさせることになった。10年前に日本から連れて来た故猫(ジュリ17歳)の時も安楽死だったが、その時ケージに入れて車で病院に向かうことが、ジュリに最後のストレスを与えることになってしまったので、今回は獣医に頼んで自宅に来てもらうことにした。CIMG6342
クロはお気に入りのステファンのベッドの上で、ほとんどストレスもなく、まるで眠るように逝った。振り返ればクロを隣家から引き取ったのは5年前の2009年7月のこと。当時クロは事情あって隣家から家出し、半野良猫化していたのだが、いつの間にか我が家に頻繁に来るようになり、結局ウチで引き取ることになった。当時はひどい健康状態で、頬の深い傷が化膿し、栄養状態の悪さで痩せ細り、様々なストレスが原因でお腹と足の毛を自分でむしりとって体の半分ぐらいが毛刈りされたように禿げていた。あの頃は警戒心が強くて触ることすら難しかったのだが、お互いの信頼関係ができるにつれ徐々に心を開き性格も穏やかになった。3年後には脱毛状態もほぼ解消して、まったくごく普通の家猫に大変身した。クロの死はとても悲しかったけれども、クロが私達のもとで幸せに最後の5年間を暮らせたことは良かったと感じている。クロは今、庭の片隅で永遠に眠っている。沢山の思い出をありがとう。安らかに眠って下さい。

カナダキャンプ旅行
_DSC0480
_DSC0482
 ステファンが今年50歳になった記念旅行でカナダに3週間(9月26日〜10月18日)キャンプ旅行に出かける。カナダ東部のハリファックスからケベックを経由しモントリオールまで約3000kmをキャンパーで移動。CIMG7231
キャンパーはノルウェーを旅行したときより一回り大きく、長さ8.5m、幅2.6m、高さ3.4m。キッチンにはガスコンロ3つ、電子レンジ、オーブン、冷蔵庫付き。LDルームはスライド式でボタンを押すと幅が1m弱ぐらい広がる(下写真参照)。他にも前・後方2つのベッド、シャワー、トイレ、洗面所、冷暖房、テレビ付き(使用不可能だったが道の狭いヨーロッパではほとんど見られないこの巨大なキャンパーも、カナダではごく”普通の中型”にすぎないというから驚きだ。CIMG7232
ステファンは最初の3日間ぐらいはかなり運転に神経をつかい疲れた様子。このキャンパーを評価するとすれば、居住性は満点だが、機動力に欠けるのが大きな難点だった。というのも車体があまりに大きすぎて、写真を撮るために路肩にちょっと停めたり、休憩したりすることができなかったからだ。駐車場も十分なスペースがあるところのみに限られてしまったし、車の出し入れの度に、私が車を降りて誘導しなければならなかったのも面倒だった。そんなわけで、ノルウェーの時に借りた小型キャンパーの方が私達のニーズに合っていることが判明したので、次回のキャンプ旅行は小型を借りようと思う。
 今回はワイルドキャンピング(路肩や一般駐車場等、キャンプ場以外の場所に駐車し宿泊すること)も2回経験。1回目はスプリット岬の駐車場、2回目はミスコーの灯台近くの駐車場だった。場所によっては夜の気温は0度ぐらいまで下がるところがあったので、夜間の暖房は不可欠だ。
 ステファンは今回カナダに初めて行ったのだが、私は以前カナダ西部(バンクーバー、バンフ方面)に2回(1993年、1996年)旅行したことがある。その時はロッキー山脈と湖をメインに主にカナダの山々の風景を楽しんだのだが、今回はカナダ東部を海岸線に沿って移動したため海や川を見ることが多く、以前とは全く違う印象を受けた。つくづくカナダは”ドデカイな〜”と感じる旅だった。
CIMG6640
  キャンパーで移動中はほとんど自炊で、スパゲティ、焼き肉、焼き魚、ピザ、サンドイッチ、サラダ、シリアル、カレー、白飯と適当に好きなモノを作って食べていたので快適だったし、地元のスーパーで日本やスイスの値段と比較しながら買い物するのも楽しかった。
_DSC0498

それから、車中で用を足すという経験は今までなかったので最初は2人ともちょっと抵抗があったのだが、カナダ旅行ではそんなことはいっていられない。トイレをみつけること自体が難しい場所が沢山あるからだ。20キロ以上走っても森林以外は何もないところもザラだし、カフェの狭い駐車場には大きいキャンパーは停められない。だからカナダでキャンプ旅行を自在に楽しみたかったらトイレ付きキャンパーは必須である。
 キャンパーには汚水タンクが2つあって、トイレ汚水用とキッチン汚水用に分かれている。衛生上の問題から3〜4日に一度はキャンプ場の下水道孔にホースをいれて下水(ダンピング)しなければならない。ゴム手袋をはめてする”緊張感”漂うこの作業を果たしてどちらが行うのか・・・。話し合いの結果、民主的に交代でやることになった。ステファンが初めてダンピングしたときは、不慣れなせいでホースが下水道管孔から一瞬外れ、汚水が漏れ出して大変なことに!(写真参照;汚水が青いのは消臭滅菌タブレットのせい)
しかし何事も経験である。旅行が終わるころには2人とも”ダンピング名人”(笑)になっていた。CIMG6641

CIMG6642


 さて、ただ今スイス時間は2014年午後7時。今年もあと5時間となった(日本はもう新年が明けて午前3時)今からチューリッヒに出かけて、同僚と食事をしてから恒例のカウントダウンをする予定。それからチューリッヒ湖畔で新年の花火も楽しむつもり。街中で2015年の幕開けを祝う。

 というわけで、残念ながらタイムアウト!カナダのさらなる詳しい旅行記は来年に持ち越すので、どうぞお楽しみに! では、よいお年を。

CIMG7628
今朝起きたらそこは雪国だった・・・。平年より暖かく雪が遅れていた今年の冬も昨日まで。今週末の天気予報は雪、雪、雪。来週夜半はマイナス12度まで下がりそうだ。昨夜で10cmぐらい重い雪が積もったので、庭の木々の雪下ろしをすませ、買い物に出かける以外は家でのんびり過ごす。そこで久しぶりにブログを開けてみると、前回の投稿は何と一年以上前の2013年10月である。数人の友人から「最近ブログ更新してないようだけど、どうかしたの?」とたびたび聞かれて、ずっと気になってはいたものの何となく書く気がおきなかったのと(歳をとるとそんなこともあるものだ)、今年から新しい生徒も増えて日本語の授業が忙しくなったせいもあって、ズルズルと時間だけがすぎてしまった。年の瀬が迫る今になって、ようやく重い腰をあげた次第。今回は楽しかった2014年を振り返りながらハイライトをご紹介しよう。

swissinfo(スイスラジオ・テレビ放送局の一組織)「もっと知りたい!スイス生活」のブロガー引退。2011年8月から月一回のペースで書き続けていたブログ投稿を2013年12月で引退した。全26回投稿。この仕事を通じて、文章を書く楽しみと同時に難しさや奥深さを学ぶことができて良かった。テーマ選びから始まり、下書き、推敲、校正、清書というプロセスを経て、ブログがオンラインされるまでには想像以上に多くの人の協力が必要である。swissinfoという大きな組織の中で、ほんの一部分のお手伝いではあったが貴重な経験が出来て感謝している。現在でも4人のブロガーが書き続けているので是非読んで下さい。
   
   ちなみに最終投稿No.25とNo.26のリンクはこちら。

    No.25 チューリッヒの暗闇体験レストラン ブリンデクー
    No.26 ブルーノ・ウエーバー公園 

犬ぞり初体験 
BlogPaint
2月23日にFlumserberg(フルムザーベルク)で半日コース(14時〜17時)に友人達と参加。料金は一人180フラン(2万円弱)。1グループは全部で20人程度だ。3時間のうち2時間はハスキー犬を一匹ずつ鎖につなぐ手伝いや、犬とのふれあい、ハスキーの生態や犬ぞりの操作方法の説明に費やされた。残りの一時間が犬ぞりの体験時間だったのだが、犬ぞりは6機しかないので、5〜6人づつ4つのグループに分かれて順番で走る。だから実際に自分が走るのは15分程度(2.5km)で、あとの45分間は他人が滑るのを眺めて写真をとったりする時間だ。DSC05221
正直言ってもう少し長く走りたかったが、犬たちにとっては雪の中を負荷をかけて一時間走らなければならないのだから、その運動量を考えればやむおえないだろう。4匹で一つのそりを引く。年寄りの犬や体の小さい雌犬は負荷の少ない女性や子供のそりを引くように配慮されている。ふと背中に毛がない一匹の老犬が目についた。理由をきくとガンを患い犬ぞりを引退した犬だそうだ。DSC05144
病気にもかかわらず、ハスキー犬は本来群れでいる労働犬なので、あえて他の犬達と一緒に連れてきているそうだ。他の犬たちが走っている姿を見ると少し元気になるらしい。犬たちはそりの出発の気配を感じると興奮して一斉に吠え出すのだが、この老犬も血が騒ぐのか一緒に吠えて嬉しそうだった。
一年のうち、犬ぞりが出来る期間は雪があるわずか3ヶ月余りだけ。でも30匹余りの犬の世話は一年中続くわけだから、その飼育費(予防注射、病気の治療費、餌代等)や毎日の世話(餌やり、散歩、掃除等)に費やす多大な時間を考えれば、少々高い料金も納得できる。DSC05242

当日のお天気は最高で本当に夢のような15分間だった。体験コースだから、インストラクターのそりの後ろを一列になって同じルートを走るだけだったが、犬ぞりで自分の望む方向に自由に走れたら素晴らしいだろうなと思った。

Flumserberg 公式HP犬ぞり動画リンク 

DSC03252

9月21日に念願の熱気球初飛行を体験して大感動!

詳しくは下のスイスインフォのブログを読んでね。

swissinfo-en
   


もっと知りたい!スイス生活   ブログNO.24

フワリ秋空!風まかせ 〜熱気球初飛行体験〜 


それから遅くなりましたが、こちらもご覧下さい!


ブログNO.23
父なるライン川〜ヨーロッパで2番目に長い川〜

ブログNO.22
空港で遊ぼう!〜チューリッヒ国際空港〜


CIMG4898
今回は日帰り旅行なので、絶好な景色を見ながらのんびりハイキングができないのがちょっと残念。次回は夫と一緒に来てクライネシャイディックあたりで宿泊して是非ハイキングをしたい。クライネシャイディックにはこぎれいなホテルが沢山立ち並んでいる。上の写真は左からアイガー北壁、メンヒ、ユングフラウである。
CIMG4891

CIMG4900
クライネシャイディックからの登山電車は4分の3がトンネルの中で真っ暗だ。途中、アイガーバンド駅(アイガーの壁)とアイスメアー駅(氷の海)で10分ほどの休憩をとりながらユングフラウヨッホ駅に向かう。これは、急激に高度の高い所へいくことによる高山病を防ぐためと、駅構内の窓からの写真撮影のためである。アイガーバンド駅の窓からふと下をのぞくと、まさに絶壁!アイガー北壁は昔からアルピニストにとって最も危険で困難なルートであり、死亡事故も数多く起きている。
CIMG4914

アイガー登山をする人は、アイスメアー駅で下車して氷河の縁から稜線を登る。ちなみに明治43年には、加賀正太郎が日本人として初めてここからアイガー登山をしたそうだ。
高度が上がるにつれ、急に体がだるくなって眠たくなった。少し頭痛もしたが、無事山頂駅に到着。中国人がとても多いことに気づく。それに日本人も加えると半分以上がアジア人だ。何だかここはスイスじゃないような気がした。
CIMG4993

ユングフラウヨッホはヨーロッパで一番高い鉄道駅(3454m)である。ガラス張りのスフィンクス展望台からは、アレッチ氷河もよく見える。日本語の表示もあるので、迷わず見物できて便利。中は暖房が効いていて暖かく快適。
CIMG4982

ここで何と目についたのが、日本のアンティークな赤いポスト。ここから日本宛の葉書をだすことができる。富士山5合目郵便局と姉妹提携しているそうだ。
CIMG4989

テラスに出ると、目の前にユングフラウが見えた。素晴らしい景色に感動できたのも束の間で、15分後には霧が出て来てあたりは真っ白になってしまった。でも、ユングフラウが拝めただけでも恩の字。はるばるここまできて視界ゼロで何も見えたかったという人もいるから贅沢は言えない。
CIMG5005
CIMG5007


4階にあるアイスパレスは、氷河の中にあるので壁も床も天井も氷だ。何だかとても不思議な世界。カマクラ状の小部屋には様々な氷の彫刻が展示してあって楽しい。スケート場のように滑り止めの手すりがあるが、うっかりしているとスッテンコロリ。要注意。
アイスパレスに行く通路の途中に出口があり、外に出て雪原の上を直に歩くことができる。この先にプラトー展望台がある。眺めはスフィンクス展望台とほぼ同じだが、雪を踏みしめる感触と外気温の冷たさ、空気の薄さを肌で実感することができるので、時間があれば是非おすすめだ。それから小さいが夏スキーのゲレンデもあるから、話の種にちょっと滑ってみるのも面白いかも。お値段はもちろん標高並みにお高いが・・・・。


このページのトップヘ