2018年06月19日

道徳の時間


ここアメリカでも道徳教育がある。
ただ、「道徳の時間」というのはなく、基本的には国語(英語)の時間を通して人種差別の問題を語り合い、社会の時間を通じて歴史上の民族間の差別や戦争やホロコースト、日本人の強制収用キャンプなどの話に踏み込み、保健体育の時間を通じていじめや自殺、現在の性差別などについて話し合う。
 
後期でりおが高校で保体を取っていたのだが、突然「保体の先生嫌い。授業に行きたくない。」といいだした。授業が難しいとかいろいろでやだなーいきたくないなっていうのはよくある話だけど、先生が嫌いというのは初めてだ。
なんで!?と聞いてみると。。。

その中でいじめについて話し合った時、先生が「友人がいじめられてもう死にたいって悩んでいるって、個人的に相談された時にはどうすればいいとおもう?」という質問を投げかけたらしい。

大多数の人たちは、すぐに先生や他の大人に相談する、という「答え」に すぐ結びつけたらしいけど、りおを含む数人の生徒は「いやいやまてまて、それは短絡すぎないか」ということで、もう少しシチュエーションを考えて内容を掘り下げることを望んだらしい。
というのも、その前の時間では友人との約束を破るのは裏切り行為だと取られて必要のない恨みを買うときもあるしそもそもそんなに重大な問題じゃないかもしれないから大人にいうのはどうよ。。。というような話し合いがあったからだとか。
 
それらの生徒に対して、時間もなかったらしい先生は、「これはね、”どんなときでも” 大人に報告するのが正解よ。わかった?」といい、それに対してすぐさま肯定しなかった生徒たちに対して、「わからないのね、なんてかわいそうな”pittiful”人たちなんでしょう」といいはなち、次の話題に移ったらしい。
その上、その後のクラスの時に、「前のクラスでは大人にいうことの重要さがわからないかわいそうな生徒たちがいた」と わざわざいい、そのクラスにいたりおの友人がりおにいったことにより、さらに先生が信じられない状態に。

ちょっとそれって、道徳の勉強の前に、人としてありえないでしょう。

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で、りおに聞いて見た。
「私に何かしてほしいことありますか。」
特にないという。
「でも今のままじゃいやでしょう。そんな尊敬できない先生の授業に出なければならないとは。」
そうだという。
「じゃあ、行動に移さなきゃ。ここで嫌だって愚痴っているだけではどうしょうもないでしょう?」

嫌いだという個人的な感情はおいておいて、その先生の言動が生徒に与えた影響について、客観的に考えてみる。何が問題なのか。

真面目に授業に参加している生徒を、先生との意見が違うというだけで「かわいそうなやつら」と呼び、馬鹿にするような態度をとること、それを関係のないクラスでまで言い広めることなどで、それによって生徒が授業に参加する気を削ぎ、または発言を抑制せざるを得ないシチュエーションにやることだということだということになる。
どこで間違ってこの学校にはいってきたのだ?


ただ、その件でその教師とやりあっても仕方ないというか、さらに個人的にとられる可能性がある。

ということで、校長にその先生の言動に関しての事実と、どんな意見を持っているにせよ、これが重要な問題であるからこそ、一刀両断するのではなく、大人にいうことによる利点と個人特定ができない形でのサポートを保障することなどを話し合いできればよかったのではないだろうかという意見をあげてみることにした。

ともすれば感情的になりがちな文章の客観的な部分だけを取り出して、できるだけ短くまとめて校長に送った。

翌日、ぜひ話し合いをしましょうという返信があり、担当副校長とも話をして、一応の解決を見たらしい。そのような言動はなくなったということだ。

先生としては「言いつけられた」感はいっぱいだったろうが、大人の対応をしてくれてよかったとおもった。とともに、りおも少しは大人に対する不信感が消えたかなあ。。。かなりこのクラスがストレスに感じてたらしいから、早めに態度に表してくれて本当に良かった。

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個人的に、このような問題には「正解」はないとおもう。
ケースバイケースで見て行く必要がある。
ただ、大人に相談したらどうにかなるのだよ、という成功例のユースケースをたくさん示して行くことにより、思春期というむずかしい年代にあるこどもたちが自分をどこかに追い込むことなく活路を見出せるようになるんじゃないかとおもう。

大人にも、あてはめられるんだけどね。



 


この記事へのコメント
ちゃんと学校に連絡するところが偉いです!
自分はアメリカでの教育を受けたことがないこともあり、どちらかというと、ふーん、アメリカはそう教えるんだね、先生の言うことをとりあえず聞いとけってな感じで終わってしまいそうです。

アメリカは日本と比べるとカウンセリングやら時には薬による治療などもごく日常的なので、子供の手に余る問題 → 大人に相談の構図が結構成り立つのかもですね。

小学生以下だと、もう何も迷うことなく「大人の人に言う」で大正解で、うちの子にもいつも、何かあったら親に話すか、信頼できる大人(担任の先生)に話すように言っています。りおちゃんがPさん(=大人の人)に保体の授業に行きたくないとちゃんと伝えられる信頼関係がある限り大丈夫だと思います(^^)
Posted by Michiko at 2018年07月02日 04:33
うちの変わり者の娘は、もう友達に相談することもできないってさらに鎧を着込んでました>Etsukoさん
幸い周りにいろんな方向から助けてくれる大人が多いので、とてもありがたいです。
Posted by P at 2018年06月28日 21:03
この先生に対して私だったら「その答え(すぐに大人に相談する)でもいいけど、あんたにだけは絶対相談しない!」と捨て台詞をはくかも(汗)小心ものなので心の中でですけどね(笑)
先生側には「大人に相談することの大切さを教えること」みたいな指導目標があったんでしょうけど、このやり方はいただけないですね。これじゃあ「大人(特に先生)には相談しても無駄」と教えているようなものだと思うんですけど。
Posted by Etsuko at 2018年06月24日 07:30