いつもありがとうございます。林雄介です。(*^_^*)

なぜ、菅原道真が左遷されたか?というと藤原氏と対立したからです。

藤原氏というのは、最初は他氏を排斥していき、最後は藤原道長が甥を失脚させたように、藤原VS他氏→藤原北家VS藤原一族→藤原北家の親戚兄弟の潰しあいをやり、藤原道長の孫の代から、源氏と平家の武家が台頭してきて、武家社会にシフトしていきました。

で、菅原道真は右大臣で失脚しましたが、もしも権大納言で昇進をやめていたら、失脚しなかったと思うんですね。

藤原公任という、藤原道長の従兄弟で政敵がいます。紫式部に、若紫はおいでかな?と言って紫式部という呼び名を定着させたり、百人一首にも和歌が載っていて、親は摂政です。

藤原道長に、政敵視され、道長に位を抜かれてから、風流人として生き、権大納言、ただし位は左大臣に昇進可能な正2位で権力闘争に巻き込まれるのを防いだのです。

大納言と中納言、大臣の違いは、大臣には決裁権がありますが、大納言と中納言には決裁権がありません。ただし、大納言だけは、大臣の代理決裁が可能なため、実務的には正3位、権大納言になれば、事実上の大臣といえます。中納言には代理決裁権はありません。

また、摂政、関白は太上官の閣議に参加できないので、事実上、藤原氏を摂政か関白にし、権大納言という大臣ではないから粛清対象にはならないけれど、実務権を掌握することが可能なポストにつけば、左遷されなかったと思うのです。

菅原道真自身も、学者の政敵から出世しすぎているから、大臣なんかやめろと警告されていたんですけどね。

林雄介with,you。