雑板屋

グロ画像に要注意! おかげさまで映画525本、読了本220冊!映評・書評の黒ブログです。

作家 な行

「土の中の子供」中村文則3

【地上へ上がることと地上へ落とすこと】

中村文則著「銃」「遮光」に続き、第133回芥川賞受賞作「土の中の子供」(「蜘蛛の声」幣録)を読む。

「土の中の子供」
主人公は27歳のタクシー運転手の男。
幼少時、親に捨てられ遠い親類に養子として引き取られた。そこで彼が受けたのは、まさに暴力と虐待。
殴る・蹴るの暴力が、彼の中で恐怖の感情を生み、さらにそれがまるで癖のように血肉のように身体に染み付いてしまった。自ら恐怖を求めるような大人に成長した彼の人格は、私の想像を絶するものがあった。

非常に、暗い作品である。
主人公は幼児虐待の経験を持ち、最終的には育ての親の手で土の中に埋められてしまうような・・非現実的ではあるが、一歩違えば現実的で非常に衝撃的な物語でもある。

また主人公の男が、例えば、高さのある建造物の最上階から、物を落とすことに執着していることと、
土の中から這い上がり、一人の人間として生まれ変わりを果たしたように、まさに上と下とが対比されているように感じた。

難解で、複雑な人間の感情。

最後は、救われる。
この救いがなければ、深い悲しみと共に物語の幕を閉じなければならない。
それでは、悲しすぎる。
傷を負う者同士、男女の新たな未来が開けますように・・・願わずにはいられなかった。

「蜘蛛の声」
こちらは短編小説。
小説の好みとしては「土の中の子供」の方がこちらの「蜘蛛の声」よりもやや上回るのだが、短編として読み易く感じた。
こちらも主人公は男。
夢のような、現実のような・・・
確かに蜘蛛の声が、彼の耳に届き、そこにあったことには変わりはないのだろう。
想像することに面白みを感じるか否か・・・。
私には、この手の小説は正直難解で複雑に感じる。
結末の彼の強い意志‘ナイフを見つけなければならない’・・・心に強く印象を残す。

土の中の子供土の中の子供


「遮光」中村文則4

< 死体損壊とカニバリズム >

中村文則氏のデビュー作「銃」に引き続き、本書も大いに期待を持ちつつ・・・冷静に読破した。

またしても、登場するのは、最も嫌いで苦手な主人公だ。その性格は陰鬱で利己主義で、他人に本心を曝け出さない、いつも必ずどこかで自分自身を演じているようなナルシスト。
そんな彼にも、彼なりの過去があるのだが、同情する余地はない。
まともに相手をすると疲れるタイプの人間だ。

そんな彼にも、人並みにいやそれ以上に愛した彼女がいた。気付かないうちに彼の中では彼女が無二の存在となっていたようだ。
やはり人は独りでは生きられない動物なのか・・・。
そんな落胆のような虚しさが少々胸を突く。

殺人同様に死体損壊は、その死者をも冒涜することとなり、犯してはならない罪である・・と私は思うのだが、それを行動してしまう主人公に、親が子を食う一種の動物的なカニバリズムを感じてしまうのは、どうにも否めない。

魂の抜けた愛しい人間の身体の一部を、己の心の一部とする・・・。
究極の愛の悲しさと激しさと・・そして、ひとつの救いの物語。




「銃」中村文則4

< 初読みの作家、中村文則 >

まずは、非常に残念なことだが、先に記しておくとする。
単行本で読んだ私は、そう・・この作中におけるこの‘私は・・・’の表現に関してだが・・・。
頻繁に無闇に使われているため、文章そのものが非常に読み辛い。
それさえなければ、一丁の銃を手にしてしまった男子学生の孤独な内面が、また銃を手にしたことによって抱くようになる高揚感など、とても上手く書けていると思うのだが・・・。
どうやら、私の心配は無用のようで、文庫化された今となっては修正・加筆が成されているらしい。
それを知った私は妙に安堵し、作家中村文則のデビュー作をいつまでも心に引っ掛けたまま・・今に至るのである。

芥川賞受賞作よりもまずはデビュー作から時系列で読みたいと思った。そしてデビュー作「銃」と作家中村文則に関して知識や詳細情報はほとんど皆無のまま初読みをし、なんとなく予想はしていたのだが、彼自身単純に‘本好き’‘活字好き’まさに読み込んでいるような・・そんな傾向があるように素直に感じていた。
読後に、独自に調べて発覚したことだが、太宰やカフカ、特にはドストエフスキーを好んで読んでいたそうで、さらに彼への関心は高くなった。

物語の主人公の‘私’のことは、暗い性格で正直苦手だしあまり好きな人間ではない。どちらかと言えば、嫌悪感が募る一方で、実は人間の誰もが持つ心の闇深くに潜在する‘悪’だとか‘偽善’だとか・・・そういった複雑な心の動きや感情が見事に表現されている気がするのだ。
作者自身の若さや蒼さが、作品に存分に映えているような気がしてならない。
夢中になって、心を吐き出すかのように書いたような、深い意味のある蒸気の‘熱’で・・・。

その瑞々しい感性に今後も期待を大いに託し、追いかけたくなるような作家が、ここにまた登場した。






「どつきどづかれ〜岸和田ケンカ青春期」中場利一3

【どつきまわされて・・どつきたおしてナンボじゃい!】

またまた中場利一センセの著書を・・・読んでしもうた(爆)
過激な内容とは裏腹に、心穏やかに‘モーツァルトのピアノ協奏曲弟20番’のアルゲリッチの奏でるピアノをBGMに・・私は今このレビューを書いている。

激しい嵐の去ったあとの静けさ・・・。
私の心は一層穏やかになる。
いやいや、無理矢理にでも落ち着かせたいのだ。

これは、中場利一センセのちょうどハタチ前のお話で、自伝的小説。
毎日がけんかの連続で、悪いことだらけの、やんちゃくちゃだらけの若き蒼い日々。
‘こんなけ無茶やってたら、いつ死んでもおかしないでぇ〜’
私は、つい身内の人間のように心配になる。

個性的な仲間たちと、ヤクザ相手にチンピラ相手に繰り広げられるケンカの数々・・・。
愛しい女をも悲しませる悪行・・・。
親も我が子を見離す親不孝・・・。

それでもたくましく生きる!!
糞尿まみれになろうとも、血だらけになろうとも!
顔がボコボコに変形しようとも!

私は、ホラー映画に限らず血生臭いグロものは大好きだが、不潔なグロさは大の苦手で大嫌いなので、最終エピソードの、糞尿まみれ話は、正直、気分が萎えた。
これぞまさにドン引きである。
‘あっか〜ん!!読んでるだけで臭いがなっ!!’

そんなわけで、愛と平和を求めて、読後は即効、美しいモノを目にする、あるいは美しいモノを耳にする、のどちらかを選択せざるを得ない心境に駆られ、‘モーツァルトのピアノ協奏曲弟20番’を優雅に拝聴するのであった。

‘人生、ほんまに濃すぎるで!’





「岸和田のカオルちゃん」中場利一3

〜「くわー、ぺっ!」・・・痰を吐きながらカオルちゃん登場の巻き!〜 

映画版のカオルちゃんシリーズは大好きだ!
どれだけ、あふぉらしかろうとも、下品であろうとも、登場人物がお下劣であろうとも・・・。
私は、ほとんどご近所地元の岸和田がやっぱり嫌いにはなれない。

中場利一先生(この場合、敢えて先生と呼ぶ)の現実にあった本当のお話は、本当に面白いのである。

喧嘩に明け暮れ、金儲けのほとんどは軽犯罪に加担し、暴力と
腕力で成り立つような・・想像を絶する人間社会。
そんな中で、一際素晴らしい存在感を放つ‘カオルちゃん’は
チュンバや小鉄を‘弟’と任命し、熱い鉄板で火傷を負わせたり、強烈な脅しの恐喝の片棒としたり、熱く激しい日々を送る彼らなのであった。

まるで、漫画のようで、ウソっぽいお話だらけだが、本当の話らしいという、そのウソ臭さがまたたまらなく可笑しい。
実に信用ならないお話ばかりの経験談なのだ。

岸和田弁もなんのその!
大阪は南方へ下り和歌山へ近づくにつれ、言葉は一層激しく、下品になる。本気を出せば、普段は滅多に遣わない泉州弁も、私の場合、さらりと出せるし、標準語を遣う人間から見れば、常に怒っているかのように聞こえるらしいが・・・。

‘われー!いてもたろかァ〜!!’などの気の強いお言葉は、女の子でも平気で吐き捨てるセリフなのだ。

この小説は、中場先生が16,17歳頃、ちょうど1970年の半ばのお話である。
若さも血の気も有り余るようなお年頃、青春真っ只中の時期に、よくもまぁ、これだけやんちゃができたものだと感心する。タイトル通り、カオルちゃんがメインのお話なのだが、全てが暴力的で高いバイオレンス性を発揮している。

笑いながら読む私は、‘濃い人生に悔いはなし!’だなんてことを思いながら、本を閉じるのであった。

‘こんだけおもろい人生で、ええやんけ!!ほんまにのォ〜’






「西の魔女が死んだ」梨木果歩

< ぐっっっ、ときた最後の最後 >

わたしの名前はまい。中学生になってまだ間もない。
西の魔女というのはママのママ、母方のおばあちゃんのことだ。

その西の魔女が死んだ。。。

まいが中学生になって間もない頃、どうしても学校へ行きたくなくなり登校拒否になったのをきっかけに、夏のひと月間を西の魔女の元で暮らすことになった・・・。

おばあちゃんの家での生活は、緑が豊かで自然が溢れていて、
都会とは違って相当な田舎暮らしに違いはないけれど・・・
羨ましいほど、毎日が豊かで心も身体も元気になれるほど、
生きてることそのものにライブ感があった。

大好きなおばあちゃんとの暮らしの中で
一緒にジャムを手作りしたり、
大きなたらいに素足で足踏み洗濯をしたり、
緑に水をやり、美味しい空気を吸って、
まいの心も身体も次第に元気になっていく・・・。

まいが少女から大人へとゆっくりそして大きく成長していく様は、微笑ましく、愛らしい。
またちょっと大人びた感情を持っていたりで、生意気なところもあったりするのだけど、同じ年頃の自分を振り返ってみても、なんとなく懐かしかったり可笑しかったり・・・。

例えば、ひとつの難しい言葉を本で読んで覚えているけれど、まだ自分自身の言葉として一度も遣ったことがなかったから、
これでやっと自分の言葉に出来た・・なんていうまいのセリフ。
これはとても懐かしい感覚だ!
同級生の友達が、かっこいい言葉遣いで大人みたいな話し方をしたときには、ちょっとどっきりして‘かっこいい・・’なんて思ったりした。いつかそのうち自分の言葉にしよう!って思ったりしたものだ。

少女の成長も、そしておばあちゃんの死も、描き方がとても魅力的だった。
死が魅力的という表現はいかにも・・な感じを受けるかもしれないけど、それは、悲しみだとか暗さだとか悲観的だとか、そんなものが一切なかったから。
逆に清々しさを感じられたから。
だから・・・ぐっっっ、っときて最後の最後に泣けた。

西の魔女の死は、色んなことを教えてくれた。
愛情たっぷりに思いやりを持って多くのことを教えてくれた。

素敵な、あたたかい、優しい物語だ。

西の魔女が死んだ
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雑板屋について
映画と読書について、時々美術やアートについても書いています。
映画はジャンルと製作国に問わずどんな作品でも・・。
グロ・スプラッタ・ホラーも大好物!‘ホラーウィーク’と題しストレス発散のため集中鑑賞もします。なので時々グロ画像も掲載しますのでご注意を!!!
読書傾向は男性作家が多く、活字ネクロフィリア系ノンフィクションは大好物です!
その他にも最近激増の、ベストセラー小説の映画化は、原作読了後に映画鑑賞することも楽しみのひとつです。
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