訪問マッサージゆうき堂治療院院長ブログ

20数名のスタッフと年間のべ3万軒。東京都町田市、横浜市青葉区、緑区、都筑区、港北区、瀬谷区、旭区、泉区、神奈川区、戸塚区、大和市、相模原市にて歩行が困難な高齢者の方のご自宅や入居施設に「鍼灸マッサージ師」が訪問して、生活がラクになるようマッサージや鍼灸を行っています。

12年目

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優氣堂を法人化して11年です。

なんで優氣堂さんだけ増えてるの??
と、周囲に聞かれる事がありますが

利用者さんもスタッフもコツコツと毎年減ることなく右肩上がりな結果
としか言えないです。

ただ同業者と違うことのひとつとして
皆さんに配布している手書きの「ゆうき堂通信」

最近は隔月発行ですが85号
良いとわかっていても続かない事がほとんどなのに
この通信は10年以上がんばっています。

編集長いつもありがとう〜
今の編集長四代目です。




夏休み

双子の娘の生活動作も自立が多くなり
、今年の夏は毎週末のように家族で出かけました。

優氣堂を会社にしたとき
「社員が好きに休んで海外旅行にも行ける会社にしよう❗️」
というのが1つの目標でした。

患者ファースト、チームファーストの業界です。
混んでて高い盆暮れ以外で旅行に行く選択は難しく、行くとすると皆んなに平身低頭謝るか、親戚を亡くすか?!汗💦

訪問マッサージの求人を見ていても
ゆうき堂治療院のように有休を使えるところは少なそうです。

年間14日分の有休が使えます。
5日分を使って遅い夏休みで9連休ヨーロッパしてきた社員もいます。

しかも時間単位で使え育休ママに好評
しかも有休使うと歩合が下がり月給が減るので、1時間あたり400円手当がつく
休んでお金もらえるの⁉️私も驚きの制度です笑

なんちゃって有休でなく
毎年必ず有休使って休んでもらう

その分、普段から休んでもクレーム出ない施術を提供したり
みんなで代診をやり繰りしたり努力はありますが

(働き方改革とか余計なお世話言われる前から)
休める会社を創り上げています

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iPhoneが来た!

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社員からパートさんにまで📱iPhoneを支給しました!

自称、訪問マッサージで📱iPhone標準装備は業界初⁉︎笑笑

前の端末が遅くてストレスだったので、サクサク快適になってもらいます⤴︎

#iPhone #訪問マッサージ #ゆうき堂  #業界初 #標準装備

2月は鍼灸マッサージ国家試験

はり、きゅう、あん摩マッサージ指圧師の国家試験の日。

何年経っても二月の最終週末は気持ちがムズムズします。

当時は実技試験があり
中でも鍼の試験で、鍼管を落としたら即不合格!!

それはそれは緊張したのを覚えています。


平成2年の私の頃はまだ都道府県免許でしたので、
東京で落ちても福島や新潟で再チャレンジできましたけど

国家試験になってからは一年一発勝負ですし、
問題の難易度も比較にならない内容で、
今の学生さん達は大変だと思います。


結果が出るまで落ち着かないでしょうが、
ゆっくり休養したり、遊んだりして氣を充実させてください。

国試お疲れ様でした


仕事はじめ

今日から業務開始です


『私たちは介護現場での職場でありますし、年末年始もありません!』

と、大晦日の紅白が始まってもマッサージして
元日午後から包括支援センターに挨拶回りしていたこともありましたが、

増えてきたスタッフに対して、
私一人の価値観、やり方を押し付けるのは好かない

理念の中で、どんな働き方をして治療院を運営していこうか??
ヒヤリングを重ねて、数年前から

『大晦日、三が日は完全にお休み』にしました。

年間13日、有給休暇が取れるのでくっつけると結構休めますね。

患者さん、ご利用者さんの状態第一ですが
スタッフの職場環境も大事にしています。


今年も一年、安全運転と無事故を近くの氏神様に祈願して、
スタッフ全員分のお札をもらってきました。

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杉山神社

駅伝復路

1駅伝

駅伝2


正月休みは休むというより、あいさつ回りでむしろ多忙です。

昨年11月に高輪に引っ越しまして、
目の前の通りが 駅伝コースで応援に。

応援に行ったつもりが、各選手の懸命な走りに
今年のやる気パワーもらいました。

2017年

久しくブログ休んでおりました。

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この間いろいろあり過ぎて語りつくせないことを交えながら、
現在進行中の活動をアップして行こうと思います。

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いつの間にか、二児の父になっているので「育メン日記」になるやもしれませんが!?


今年も、東京多摩地区、町田市、横浜市、川崎市での訪問鍼灸マサージ

いい仕事するチームとして、ゆうき堂治療院、努めてまいります。


本年もよろしくお願いいたします。

460万人!!?

これは現在の 『認知症』 の高齢者の人数です。

そして予備軍が同じくらいいるとのことです。

少ない人数ではないですね


大事なのは「認知症」を特別と考えず、知り、理解し接するということだと思います。


核家族化が進み 『老化』 と向き合う機会が少なくなり、
老後の暮らしを知らない世代が多くなっている日本の未来は少し心配です。


私たちの業界の若い治療家先生たちにも同じことがいえて

高齢者を知り、優しく診ることができる先生になっていてもらいたいと思っています。


だって日本の半分が老化と向き合っている時代なんですもの、、、
診れない知らないでは仕事にならないと思うのです。




久しぶりのソウル

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東南アジアの出張が続いて二ヶ月ぶりのソウル。
時間がスポットで取れたので一泊できました。

半年くらい月2ペースで訪韓していたので何か久しぶりで新鮮な感じ

マッサージの社長に会い、時間合えばいつもの老人ホームに行ってこようと思います。

写真はホテルから見たソウルタワー
いい季節です

バリマッサージ1

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GWバリ島はウブドに来ています。

バリマッサージを教えてもらいました。

基本オイルマッサージですが、最初の部位へのアプローチは衣服の上から押えるような手技でゆっくりやるところが「丁寧さ」「安心感」「心の準備」を感じさせてくれます

その後オイルをつけ皮膚をつまみながら移動する「スキン」という手技は難しかったです

その後は自分流で感じながらオイルでもみ込みます。

「3段階」で段々クライアントに接していく姿勢は私がスタッフにいつも伝えたい「丁寧、尊重」したマッサージのあり方のひとつでバリマッサージさすがと思いました。


それにしても素晴らしいセラピールーム
こんなところで仕事できるの羨ましく思いました。
写真 4写真 3

五周年ありがとうございます

写真 (2)


9月3日
株式会社 優氣堂は、おかげさまをもちまして五周年を迎えることができました。

町田、横浜北部の介護現場での在宅訪問マッサージ業を始めて八年、法人化して五年

「よくがんばったね〜」
「努力の賜物だよ」
などと創業者の私に労いのお言葉をくださるのはありがたく嬉しいのですが

過ぎ去った苦労というのは覚えていないもので
むしろ、今現在のスタッフの努力に甘えてラクしているもので恐縮ぎみでおります。


封建的で若い修行の時期の収入や休みの少ない業界で
・稼げて
・学べて
・休める楽しい職場

を何とか運営したく試行錯誤してきましたところ
賛同してくれているのか離職率は少なく、五年で20名近い先生がついてきてくれ
これまた楽しそうに仕事をしてくれている。

現金はいつまでたっても残りませんが、もうほとんど満足であります。


未来を考えると不安にもなりますが
これからも笑顔でがんばらせていただきまっくす!


写真は本日連れが表参道の リストランテ ケン でお祝いしてくれました

求人面接の時期

町田、横浜での訪問在宅マッサージで、ゆうき堂は「ほぼ」在宅の専門治療院として高い評価をいただき
通年多忙で求人をしていますが、やはり春は求人の季節。

たくさんのフレッシュマンと会うのはいつもワクワクします。

今週は二人面接。
みんな真剣な就活で、ゆうき堂を選んできた熱意​ある良い人達で、経営的に許されるなら全員採用したくなします。

人様​の人生に影響する就活の決定権を持つ責任と重圧感、緊張感は、
経営状​態が好調なときでも不調だったときでもさほど変わらない感じがします。

それにしても一人から法人化した会社が四年でいつの間にかスタ​ッフ20名とは。。。
何回もスタッフと職場環境を良くするため行ってきたミーティングが実ってきたのは嬉しいかぎりです。


さらに今より学べて稼げて楽しい未来ある進化する会社​にしていきたい。
チーム優氣堂がんばりましょー

お正月

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あけましておめでとうございます

二日は午前中挨拶まわり

実家で集まり
甥っ子と昼寝

ボーナス支給式

今年はしっかり黒字で決算ボーナスを出すことができました。

去年も黒字でしたが、キャッシュフローが悪く12月に渡せず・・・


今年はひとりひとりに現金を手渡しして、
みんな大喜びで、苦労が報われました

ボーナスもらえるみんながちょっぴり羨ましい

今は昔 (求人急募中)

25歳で独立開業して、今の
「ゆうき堂治療院」が4つ目になります。

東京町田、横浜北部で在宅介護が必要なお宅や施設に訪問して鍼灸マッサージをお届けしています。

4つ目が一番スタッフも患者さんも多い施設になりました。慢性的に求人中で嬉しい悲鳴です。

そして規模だけでなく、一番スタッフにも優しい治療院になってきたと思います。


私が修行していたときは(今は修行なんて言葉つかわないですね ^^;)
体育会系で縦社会で封建的な徒弟制度な職場が多かったです。

25日10時間働いても7万円みたいな。。
しかも世はバブルの時代、羽振りの良い同級生を羨ましく思ったことも。


当時サラリーもらって働いて生計立てられる治療院は微少でした。
「働かせて(盗ませて)やってる」みたいな。。


自分が独立開業したら
・稼げて!
・学べて!
・面白い職場!
にするぞ!!!


と思っていました



言うは易し
行うは難し


やってみて経営、運営、資金繰りの厳しさ身に染みました。

経営に口出して自分の師匠に礼を欠くことしていたな・・・
と恥ずかしく思いました。


でも、今の治療院運営は理想に近づいてきました

みんな笑顔で仕事して
まあまあ稼ぎになっているようです
(もっとボーナスだしてあげたいですが)

何より今の先生は
残業なしで、休み多いのが


技術職で休みが多いのは
いいのか
悪いのかですが、

選択肢があることはいいことでしょう^^

まぶしすぎた

あいたー痛たたた
もちろん心地よい痛みです

愉快痛快なでしこJapan


低賃金な女子サッカープロでも
サッカーが大好きでやり続けて

ついに結果もだして、日本にパワーを与えて
キラキラした笑顔がまぶしすぎました。


米チームとは大学生と高校生以上の体格差にみえましたが
「組織力」と「精神力」はその上を行けるんですね。


朝からライブで観ていたおかげで、
と眠気の朝でした。

なでしこジャパン勇気と元気をありがとー

アジア人への道その2

ホテルに帰還しました。

朝、ガイド役が大渋滞に巻き込まれ1時間遅いスタート
ダンキンドーナッツで朝食。お味は一緒です。

韓国でマッサージの仕事をする上でのルールを調べる為
こちらの職安や法務局等々右往左往

役所はどこも一緒なのかたらいまわしでよくわかりませんでした。


ただ言えるのは、韓国では
「マッサージ業が政府の雇用業種とてのっていない」ということ

そもそもマッサージ師の資格が盲人にしか与えられていないので
街中でやっているマッサージは全て無資格


資格のないマッサージ業は違法ともいわないが
政府公認の仕事でもない(街中あんなにいっぱいあるのに)

整体やらなんやで日本も同様ですが
こちらでのマッサージ業はさらに社会性を与えられていない模様です。


昼は600円のユッケビビンバ定食いただき


いよいよ老人ホームへ訪問医療マサージをしに


23人が暮らす質素な有料ホームでした

最初様子を伺っていたお年寄りたちも
マッサージやリハビリをする様子をみていて私も私もになり
5名の方にやってきました。

施設長さんやヘルパーさんたちも興味深くみていて
受けたお年寄りが喜んでいるので、初めて見る日本人の施術にとても興奮しているようでした。

日曜に東京横浜の在宅訪問マッサージのゆうき堂の先生4人できますよと伝えて
みんなに歓迎され嬉しかったです。

ほんと国は違えどお年寄りに貢献したい想いは伝わっていると確信しました。


仁寺洞という街で、友人の友人で最近ご主人がこちら赴任したばかりのご婦人と
ユッケビビンバと同額のお茶をして

藤原のりか絶賛のカンジャンケジャン(カニの醤油漬け)をいただきに移動
先月もきたとき以上のサービスとお味で大満足の一日でした。

想像力と観察力

町田、横浜北部は落ち着いた雰囲気の住宅街が多い地域です。それが、、

ガソリンはじめ食料、トイレットペーパー、電池・・・
目の色変えて買い求める人たちの行列でなにか異様な感じです。

機動力のない高齢家庭は買えず取り残されています。


直接注文できる今の回転すしでは見かけませんが
昔はネタが流れてくる川下に座ると悲劇でした。

川上の大家族のお母さんが
「あ!トロがきた♪(子供が大はしゃぎ)」
「○○ちゃん、これも食べなさい」
「お母様、ネギトロお好きでしたよね」

まあ仕切ること仕切ること
食べること食べること
この家族が満腹になるまで流れてくるのはカンピョウとかかっぱ巻きとか・・


別にこの人たちは意地悪してる訳でもないと思うのですけど

おそらく想像力と観察力が足りないのかなと思います。

人間愛がないとは思いたくない。

大災害

母方の祖母が岩手
祖父は新潟
父方は大阪神戸

きっと被災者には知らない親戚やルーツも多いだろう。
そのせいかはわからないが災害の後はいつも身体に不調がでる。

阪神神戸のあとは一年仕事休んだ。

今回は花粉症と風邪と喘息が同時できたようで、土日すっかり寝込んだ。

だけど今回は仕事休んでられない。

町田、横浜も大きく揺れたので
金曜土曜は不安でいるだろう独居の高齢者宅を
社員総出でまわって、少し安心してもらえた。

自分たちは明日から
ただでさえ不安な生活をしてる高齢者のお宅に動揺や恐怖を持ち込まないで
なるべくいつも通りの自分たちで訪問してマッサージや鍼灸を行っていく。

世界中の願いと共に
祈りながら

http://bit.ly/hQgPw3

法事

今日はおじさんのお別れ会に神田までいってきた。

二回目のくも膜下出血で75歳で旅立たれた。

一回目のくも膜下から十数年は後遺症を抱えていて
おばさんと二人の老々生活は楽じゃなかっただろうけど
人にあたったり、愚痴もなく、以前と変わらぬおじさんだった。

昔から怒鳴ったりしたのみたことない穏やかで
マイペースなおじさんは好きだったし、そういうとこ尊敬していた。

今、町田、横浜でやっている
在宅訪問マッサージをやろうという想いになった一人でもある。

法事に行ったときくらいしか会わない親戚とも会えて
自分の原点を感じれた深いい一日でした。


そういえば、祖父も72歳でくも膜下で亡くなっている
最近大暴飲暴食。家系的にも気をつけねば。

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プロフィール


◇株式会社 優氣堂 代表
◇鍼灸指圧マッサージ師
◇ボディーサイコセラピスト

ゆうき堂治療院 総院長

鍼灸師として15年施術に関わったのちに身体治療だけの限界を感じ、国際ボディーサイコセラピストの養成コースを五年間取り、国際トレーナーから学ぶ。

メンタルとボディーをバランスよく扱える身体心理療法家として各分野のスペシャリスト、経営者の心身のパフォーマンスをあげる独自の施術をしている。

高齢者在宅治療と若手の雇用環境改善に情熱を注ぎ、事業運営と研修講師、介護予防活動を中心に活動を行っている。

また日本の優れた介護医療をアジア諸国に紹介する活動を行っていて、ミャンマーにマッサージ養成所を作り、マッサージ一号店を開業。貧困層の若者の雇用を創生するビジネスモデルに取り組んでいる。

<経歴>
1969年 東京生まれ

1976年 横浜市青葉区に移住。7歳で心身統一合気道と出会い「氣」の存在を知る。

1988年 ラグビーの強豪、本郷高校で腰を痛め部活をリタイア。つらい痛みの体験と、幼い頃から世話になった祖母の関節痛を治したい想いで鍼灸指圧学校に進む

1994年 鍼灸専門学生時から鍼灸治療院で6年間修業したのち、独立。「あおばマッサージ治療院」を開設

2002年 「優氣堂治療院」に改名し、3年間町田市、横浜市で在宅訪問治療に専念

2007年 株式会社優氣堂に法人化 代表取締役に就任

臨床経験28年で、のべ5万人を施術
座右の銘は「一生勉強と提供」

ゆうき堂
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