強迫神経症・対人恐怖症の本態

私はかつて胃腸神経症に始まり放屁恐怖、表情恐怖、嚥下恐怖、さらには視線恐怖症まで発症し、そこではじめて「これが対人恐怖症か」と気がついた。そして同時に、なぜ僕なんだろう、と。。。しかし、今の私は気がつけば神経症の外側にいて、人とのコミュニケーションに不自由を感じないだけでなく、人生を人並み以上に楽しんでいる。では、以前の私は果たしてどこを間違えていたのか?そして対人恐怖症の本態とは何か?そこを明らかにしていきたい。 試しに久しぶりにコメント欄を設けてみました。確認後に表示します。表示するか否かは私の一存です。なお、私は基本的にコメントに返信することはしません。ご了承ください。

たくましく生きるために

自分の子供の頃をふと思い出した。

そう言えば、本当につまらないことでめそめそすることがあった。

かと思えば自分のことをどこかで特別だと思っていた。続きを読む

当たり前の基準

規格外な夫より

https://ameblo.jp/ryu-tamako2/entry-12309775043.html

対人恐怖症とは歪んだ優越感と巨大な劣等感から生まれる強迫神経症。「治さなければならない」「もっと強くあらねばならない」「人から認められなければならない」という強迫観念に支配されている。

別の言い方をすれば、自分はもっと凄いはず、自分は人から認められるはず、自分はひとかどの人物のはず、、、続きを読む

人生を無駄にしないために3

ショッピングモールを歩くと、たくさんの高校生がいる。

おそらくあなたはそのように繁華街は歩けなかっただろう。今も必要最小限にしか出ていないだろう。

それでいい。出歩いている彼らにとっては、それが彼らなりのどうでもいい、些細な、小さなこと。

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人生を無駄にしないために2

「小さなこと」を大事にしよう。

私の本職は、「大きなこと」が求められる。私は、そのプレッシャーに苦しんでいた。そして同時に、「治ればこんなこと私には簡単なのに」と。。。続きを読む

人生を無駄にしないために

自分の小ささを知る。

安易に人を批判・非難しない。

人ができることは、結局、目の前の小さなことのみ。続きを読む

まとめると

ここ2回の記事をまとめると、我々が生きる上で大切な態度とは

ゆっくり成長せよ

慌てることはない。ゆっくりと成長せよ。続きを読む

小さな人間

対人恐怖症者は歪んだ優越感、自尊心を持っている。それに巨大な劣等感が加わると様々な症状が出現する。

それを乗り越えるためには、自分の真の姿に気づく必要がある。

自分は、自分が思っているほど立派な人間ではない、と。。。続きを読む

子供のために

結局、最終的には子育ての問題になってくる。いや、親が自分をどう育てたかはどうでもいい。自分が自分の子にどう接するか?

親が唯一子供に伝えられるのは「親子関係」だという。だから結局我々は、自分の親と本質的に同じことを子供に対してしてしまう。続きを読む

安心して元に戻ればいい2

安心して対人恐怖症であればいい



とてもそんな風には思えないだろう。

なんとしても治さなければならない。引きつる顔、こわばる目、言葉も出ない。。。さらに様々な症状があり得る。続きを読む

安心して元に戻ればいい

規格外な夫 https://ameblo.jp/ryu-tamako2/ で以前素晴らしいことを取り上げていた。

自身の鬱の体験の中で、鬱から回復したが、何かの弾みで再び鬱に逆戻りするのではという不安にさいなまれていた頃、作者のたまこさんがとあるブログで目にした言葉

「安心して鬱になればいい」続きを読む

35年前3

対人恐怖症を治すとは、「治すこと」をやめることと同義。この壁を越えることがほとんど奇跡のように難しい。



さて、私がいつも取り上げる素晴らしい漫画に「規格外な夫」がある。その中で

https://ameblo.jp/ryu-tamako2/entry-12311032570.html

そして

https://ameblo.jp/ryu-tamako2/entry-12072575422.html

ここで強迫神経症の治療法としてエクスポージャー(曝露療法)が取り上げられている。続きを読む

35年前2

神経症の只中であった頃、例えば先日のスナックのようなエピソードがあればそれに執着してしまう。

自分はあのように楽しい時を過ごすことができる、あのように人と交流ができる、優れた人間だ、治れば、あんなに凄いんだ。。。

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35年前

35年前に初めて自ら自分の人生の第一歩を踏み出した地を訪ねた。

当時は18才。そして対人恐怖症から脱しつつあった。

当時のモットーは、「全力!」。高2の時、友人からこっぴどく叱られ、自分のすべてが間違っていると思えるようになってから1年、目の前のことに全力を尽くす生き方を学び、未来が大きく開け始めていた。

未だ言葉が出ないとか顔が引きつるとか嚥下恐怖とか、様々な症状はあったものの、このまま行けばやがて症状は消失するということを確信することができていた。続きを読む

病気 2

本当に、あのひどい状態から、よくぞここまでやってきた。。。



一種の自己憐憫。

自らを美化。自らのひどい行い、言動を無視して、自らの人生を一種のサクセスストーリーであるかのように思いたがる。



だが、違う。そういう問題じゃない。続きを読む

病気

さらに気づくことがある。

対人恐怖症は本当に病気か?

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治るために

このブログを書き出した頃は、ある程度納得する記事が書けると、もうブログをやめると言っていたが、結局とうとう11年間続けることになった。私はこのブログで、社会に出たあの26の時に一体どうすれば良かったのかの答えを探し続けていたのだ。



26の時、治った。治りが社会人になることに間に合った。これから自分はどれほどの活躍をするだろう?

だが、まもなく元に戻ってしまう。まさに地下。何も見えない。あの元気で、人の心もわかり、人からの信頼も集め、人も集っていた私が、ただのでくの坊に戻ってしまった。以来長い長い日々。。。続きを読む

大問題

自意識を肥大させていながら、かつ責められて育つ。

ホンモノの対人恐怖症者ができるためにはこの2つは必須だろう。

ぬぐいようのない巨大な劣等感を持ち自信がないくせに、なぜかどこか偉そう。まあ、親がそんな親なのだ。続きを読む

日々変化する自分3

なぜ、私は元に戻ってしまったのだろう?

高3の時、そして22歳の時、26歳、そして29歳、、、、

その都度、自分ならではの強いエネルギー、そして年を重ねるほどに明確になってきた人への愛情が明確になる。

26歳の時、皆の前で学生時代の恩師から、KENは愛の人だったと評してもらった。続きを読む

日々変化する自分2

古来から、決して変わらないものがあるという。それは、「変化」こそが真実だということ。

それは、個人でも当てはまる。続きを読む

日々変化する自分

結局、私の本質は「正しい自分」であろうとすること。

これは多くの対人恐怖症者と共通だろう。そして一般の生き辛さを抱えている人もまた。。。続きを読む
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