強迫神経症・対人恐怖症の本態

私はかつて胃腸神経症に始まり放屁恐怖、表情恐怖、嚥下恐怖、さらには視線恐怖症まで発症し、そこではじめて「これが対人恐怖症か」と気がついた。そして同時に、なぜ僕なんだろう、と。。。しかし、今の私は気がつけば神経症の外側にいて、人とのコミュニケーションに不自由を感じないだけでなく、人生を人並み以上に楽しんでいる。では、以前の私は果たしてどこを間違えていたのか?そして対人恐怖症の本態とは何か?そこを明らかにしていきたい。 2006年5月に始まったこのブログ、No. のついた記事は過去の記事の再掲です。

一つ一つ その2

対人恐怖症者は、その中に大きな攻撃性を有している。

人を攻撃したくてしょうがない。人を下に見たくてしょうがない。優越感に浸りたい。続きを読む

一つ一つ

http://ameblo.jp/ryu-tamako2/entry-12100157968.html

私が絶賛する龍たまこさんの「規格外な夫〜セロトニンが足りません〜」だが、このたまこさん自身のうつ病体験記が本当に面白い。すべての悩める人、精神医療に従事する人は読むべきだ。全39話ある。

先日、夜寝る前にふと再読したところ、あらためてお勧めしたくなった次第だ。続きを読む

人を攻撃する

対人恐怖症者は性格が悪い。これは、本人はまったく気がついていない。自分のことをいいやつだと思っている。

いや、もちろん、いいやつという側面もある。かわいいと言っていい。だが、実際は決して褒められたもんじゃない。

私もそうだが、あの斎藤氏もそう。

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素晴らしいサイト

素晴らしいサイトを発見した。

http://www.ikedahayato.com/20170301/69336351.html

今から20年前に読みたかった。

我々は、自分の症状だけで精一杯。自分の「病気」のことだけで精一杯。

だが、こんな人生がある。こんな見方がある。こんな豊かな心がある。

是非ご一読を。




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五月病

対人恐怖症になる人は、それが幻想であれ、より良い世界を求めている。向上心と言ってもいい。

そんなあなたが、きっとよい世界が広がると期待して進学したり就職しても、やはりうまくいかない。結局いつもの日々が繰り返される。続きを読む

荒野

二度とあの日に戻ることはできない。。。

それに気づくと、今を生きるしかなくなる。今を肯定するしかなくなる。続きを読む

パラレルワールド

私が学生の時、あるグループエンカウンターに参加した時、動物になりきる、というワークがあった。

その時私が選んだ動物は、狼。

石と岩だらけの荒野で一人彷徨っている。。。続きを読む

間違えた人生

私は自分のことを「間違っている」と思っていた。

間違った人生。あの18の時、間違えた。そしてその後もまた。。。

だから、息子には「間違った」人生を歩んで欲しくなかった。「正しい」人生を歩んで欲しかった。

正しい感情、正しい行動、正しい好奇心、、、、続きを読む

変なまま

全然うまくいかない。全然、思った通りじゃない。

だが、それでいい。

その、変なままでいい。続きを読む

これでいい

あの素晴らしかった女性から離れ、私は理想的な人生を失ってしまった。そして現実。。。

私にはすべてが間違っているとしか思えなかった。間違った妻、間違った子供、間違った人生。

本当だったらどんな人生だっただろう?続きを読む

治らない

先日、どなたかから「今まで、様々な事を散々考えたが、もはやよく分からない。どうすれば治るのか…。」とのコメントが来たが、残念ながらまったく私が言いたいことが伝わっていない。


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劣った人間

残念ながら、人は平等ではない。対人恐怖症であるあなたは、明確に劣った人間。

それは、あなたに「症状があるから」ではなく、視野が狭いという意味においてだ。続きを読む

見苦しい姿のまま

先の記事を読むと、私が本当に「対人恐怖症」だったのか、疑問に思う人もいるかもしれない。だが、私は紛れもなく、対人恐怖症だった。それも重度の。

紹介欄にもあるように、「私はかつて胃腸神経症に始まり放屁恐怖、表情恐怖、嚥下恐怖、さらには視線恐怖症まで発症」した。鈴木知準先生が言われていたが、視線恐怖症は対人恐怖症の中でも重症だと。続きを読む

混乱した人生

その人の自己中心性を表す象徴は、まさに人それぞれ。

私は、過去に4回、大きく自己中心性を脱した経験を持つと今まで何回か書いてきた。そして、本質的に未熟な私は、その都度再び元の偏狭な世界に戻ってしまう。

広い世界を知ってしまうと、その後の狭い世界が耐えられない。その垣間見た広い世界に長く囚われ、そのたびに人生を進められなくなっていた。
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幼稚さ 4

屈辱だった。

高校生の頃、16才から17才にかけて、私は成長したはず。どうしようもない自己中心的な世界から抜け出して、自分のほかに人がいるということに気がつかないほどの自己中心性から抜け出して、この人の世を自分なりに精一杯生きることこそが人生だと気がついたはず。

言葉を発することもできなくなるほど傷ついて、息をすることもままならないほど傷ついて、そして、私は大きく成長したはず。続きを読む

幼稚さ 3

このブログは、再び暗闇の世界に落ち込み、途方に暮れていた若い頃の私に向けて書いたもの。

あの時、どうすればよかったのか。どうすれば、あの暗く狭い世界から、再び陽の当たる明るい世界に戻れたのか。。。続きを読む

幼稚さ 2

私は先日、「本当の私」という記事を書いた。

そこで書かれていることは、要するにいかに自分が幼稚であったか、ということ。

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幼稚さ 1

対人恐怖症者は結局は幼稚。あなたも自分で気づいているだろう?周りの人たちに比べ、明らかに劣っている、と。

自分の幼稚さを知らなければならない。そして、それを脱却しなければ。続きを読む

悲しい願い

先日も、仕事でかなりの力量を問われる場面があった。知識、経験、そしてセンス。。。それを十分に発揮できたと思うが、以前と異なりそれを誇示しようとしない。

私は、自分にはセンスがある、ということを人に知って欲しかった。それを強調したかった。

あいつは凄い。あいつは才能がある。あいつはデキる。

と。。。続きを読む

求めるべき成果

結局、人は目に見える成果の積み重ねでしか成長できない。

得られることのない成果、人知の及ばないこと

これらを求めると、それはあなたの気力を奪い、自信を奪い、生きる希望を奪う。続きを読む
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