強迫神経症・対人恐怖症の本態

私はかつて胃腸神経症に始まり放屁恐怖、表情恐怖、嚥下恐怖、さらには視線恐怖症まで発症し、そこではじめて「これが対人恐怖症か」と気がついた。そして同時に、なぜ僕なんだろう、と。。。しかし、今の私は気がつけば神経症の外側にいて、人とのコミュニケーションに不自由を感じないだけでなく、人生を人並み以上に楽しんでいる。では、以前の私は果たしてどこを間違えていたのか?そして対人恐怖症の本態とは何か?そこを明らかにしていきたい。 2006年5月に始まったこのブログ、No. のついた記事は過去の記事の再掲です。

願わない2

「もう疲れた

もう何もかもが虚しい。」

残念ながら、このような発言が出るということ、すなわち悟りの寸前まで行きながら未だに見えないということは、まだ悩み方が足りない。まだまだ自力。続きを読む

願わない

前回の私の記事に対し、

「もう疲れた

もう何もかもが虚しい。」

との投稿があった。続きを読む

こだわりを捨てる2

こだわりを捨てることができたら、人生は本当に楽になる。

例えば、ある異性に惹かれたとしても、相手が振り向いてくれなくても気持ちを切り替えればいいだけのこと。続きを読む

些細なこと

今日も車を運転しながら、ふと自分の30代の頃のことを思い出していた。

本当にひどい。

いや、症状がどうとか、自分は不幸だったとかそんなことではなく。続きを読む

こだわりを捨てる

人が今現在こだわっていることは、必ずしもこだわるに値しないことが多い。

逆に言うと、こだわりを捨てることができればどれほど楽に、楽しく、充実して生きることができるか。。続きを読む

人のことは放っておく

対人恐怖症者にもさまざまなタイプがいる。もっと正確に言うと、囚われ具合が様々。

現実世界とかなりのレベルまで交流できる人から、高い高い壁を築き、まさに自分が作った妄想の世界だけで生きている人間もいる。その中でも視線恐怖症者は最重症レベル。

私もそうだった。続きを読む

治す!!2

「治す!!」という記事を書いた。

「治す」とは症状をなくすことではない。症状があろうがなかろうが、真っ当に生きるということ。人から認められるか否かではなく、まともに生きるということ。

以前から何度も書いている。治るとは、この瞬間にどうかということではなく、人生全体をどう生きたかということ。

続きを読む

治す!!

龍たまこさんのブログ「規格外な夫〜セロトニンが足りません〜」の最近の記事

http://ameblo.jp/ryu-tamako2/entry-12289225550.html

がいい。

「それでも鬱になったら、そん時はそん時でまた治す!!!」

そう、だから対人恐怖症者たちも、対人恐怖症なら早く治せ!!そして、治ったのに、再び対人恐怖症に落ち込んだら、その時はその時で、また治せばいい。続きを読む

道を見失った時3

これは以前書いた記事。参考になると思うので、ちょっと手直しをして再掲する。


私は、過去に4回、大きく神経症を脱した経験を持つと今まで何回か書いてきた。そして、本質的に未熟な私は、その都度再び元の偏狭な世界に戻ってしまう。

続きを読む

道を見失った時2

対人恐怖症者は治った姿を求めている。治って、友達も多く、異性とも交流をもてる姿を求めている。

だが、現実は違う。

自分の姿を見てみろ。

顔が引きつり、言葉が出ない。

青い顔をして、キョロキョロしながら、隅の方を歩く。

知り合いと出会わないかビクビクしている。続きを読む

道を見失った時

「治った」にもかかわらず、再び神経症の闇に落ち込む。。。耐えがたかった。それまでの私の苦労、いや、苦労なんてものじゃない。まさに耐えがたい状況を耐え、やっと差し込んだ光。これからはまともな人間として生きていける。

大学卒業前に「治り」(もっとも、私から見れば、やっと元の私に戻り)、これから社会で活躍できる、なんとか社会人に間に合ったと思っていた。地方大学を卒業して上京し、学生時代のことを忘れ新たな生活に熱中していたが、どうしても用事があって学生時代のアパートに戻らなければならなかった。続きを読む

素晴らしいサイト

今まで何回も紹介してきた「規格外な夫」

やはり素晴らしい。今回はURLだけ貼り付けておく

https://ameblo.jp/ryu-tamako2/entry-12287766933.html

異性恐怖2

異性恐怖などという分類があるかどうかは知らない。まあ、かつて斎藤氏が書いていたから拝借した。正直、よくそんな恥ずかしいこと書くな、とは思ったが、だが、これは極めて切実な問題。続きを読む

異性恐怖

かつて斎藤氏が「恥ずかしいが」と断りながら異性恐怖について書いていた。

曰く、「女性に対しては命題があった。すなわち、紳士的に接しなければならない、と。」続きを読む

どうでもいいこと

私は18の時、対人恐怖症からほぼ抜け出しかけた。その大本を築いてくれたのが、あるスポーツだった。

やった。かなりエネルギーを注いだ。もちろん、本当の強豪から比べればしれている。だが、ホンモノの一端を垣間見た。続きを読む

守り育てる

「ダメなのは自分だけじゃない。周りの誰もが、全然完璧じゃない。その中で皆それぞれ努力している。逆に言えば、あなたはすべてをうまく解決してくれる魔法を求めている極めて無精な人間。」

と書いた。厳しかったかもしれない。

やはり対人恐怖症者はダメ人間なのか。。続きを読む

魔法の杖

私が前回のような記事を書く時、どうしても、あの40才頃の、鬱だった自分の姿が頭をよぎる。

どうしても輝いていた自分になれない。虚しい努力を果てしなく繰り返し、エネルギーが奪われる。ちょうどその頃、仕事で大きな変化もあり、本流から大きくはずれていき鬱になった。続きを読む

治すテクニック

自分の惨めさを、小ささを自覚せよ

この本質的な言葉。

だが、対人恐怖症者は、このような言葉すらテクニックとして捉えてしまう。続きを読む

惨めな私

私は、あれほどまでに感動的に学生時代を終えることができたのに、なぜ社会人になってから再び神経症の暗闇に落ちてしまったのか、それをずっと自問自答してきた。

なぜ?

そして、あの時どうすれば良かったのか?

どうにかしようがあったのか?

学生時代の最後の頃、私は自分のことを生まれついてのリーダーだと自覚した。その私がなぜ。。。続きを読む

惨めさに浸る

何も目指さない。

社会的に成功することも、異性から好かれることも。

今の現実の自分はどうだ?そんなたいそうな人間か?続きを読む
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