強迫神経症・対人恐怖症の本態

私はかつて胃腸神経症に始まり放屁恐怖、表情恐怖、嚥下恐怖、さらには視線恐怖症まで発症し、そこではじめて「これが対人恐怖症か」と気がついた。そして同時に、なぜ僕なんだろう、と。。。しかし、今の私は気がつけば神経症の外側にいて、人とのコミュニケーションに不自由を感じないだけでなく、人生を人並み以上に楽しんでいる。では、以前の私は果たしてどこを間違えていたのか?そして対人恐怖症の本態とは何か?そこを明らかにしていきたい。 試しに久しぶりにコメント欄を設けてみました。確認後に表示します。表示するか否かは私の一存です。なお、私は基本的にコメントに返信することはしません。ご了承ください。

未熟者

何度も書くが、対人恐怖症・強迫神経症は「答えを求める病」

ゆえに、我こそが正しい、我こそが真実に到達したと喧伝する人間は、その時点で完璧に誤りだ。

誰も正しい人間などいない。誰も答えを得た人間などいない。日々、様々なことに翻弄されながら、足掻きながら生きていくのが人間。強いていえば、人間とはその程度の存在に過ぎないと理解することが答えと言えなくもないが、だからといって、別に偉いわけでも何でもない。自分って全然ダメな人間なんだなと気づくことが大事だと言っている。続きを読む

視線恐怖

そうそう、視線恐怖症の痕跡はいまだあるかもしれない。いや、すでに跡形もなく無くなっているか?

また、いかに強迫性を脱したとはいえ、苦手な人、苦手なシチュエーションというものはあったのだが、その苦手も急速に消失しているように思う。あらためて、本当に人が交流するとはどういうことかを味わっている。

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嚥下恐怖

先日、ちょろっと無為なんとかの第二掲示板とかいうものを見てみたが、いや、本当にひどいね。
わけのわからないやりとりの応酬、そして、なにより斎藤何とかが、口汚く発言者を罵り追い出している。。

念のため、今あらためて見たみたが、また斉藤が暴力的な言葉遣いをしている。本当に未熟であることはなはだしい。情けない。。。続きを読む

自分の個性

人が成長する、すなわち、自分の感情・興味を大事にする過程で自分の個性に気づき、人とは違う自分を意識し、自分に誇りを持ち、その結果他者を重んじられるようになる。

人の一生は、まさにこの繰り返し。やがては決してぶれない、自分だけの型を持つに至る。それまでは、自分の「個性」もぶれる。ある時は自分を卑下したり、人のマネばかりしてみたり。

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人からの賞賛

人は、現在の自分の実力以上のことは決してできない。今、あなたが人と上手くつきあったり、仕事をそつなくこなしたり、人生が楽しくないのであれば、それはあなたがそのような人間ではないということ。だから「治す」ということは本質的に不可能。

仮に、今の人生を変えたいのであれば、少しずつ、本当に少しずつ自力を蓄えていくしかない。一足飛びに何かを変えるということは不可能。そして、自力を蓄えるためには、それこそ部屋にこもって雑用だ何だなどしていても無理。社会と関わる。それ以外の方法は決してない。たとえ、それがコンビニに買い物に行く程度のことであったとしても、だ。続きを読む

バカにする

以前も書いたことがあったが、私の中核の問題は「バカにする」ということ。

人をバカにしたがる。

「治った」とき、いつも気づいた。ああ、自分は人をバカにしたがっていたんだ、と。続きを読む

真の問題

私は最近、ゴルフを始めた。

今から25年ほど前、比較的熱心に練習に通っていた頃、すぐにスコアが100になり、これでいつでも100を切れるとなったところで練習から遠ざかり、ゴルフの腕もまったく上達しなくなっていたが、仲間がゴルフに向き合いはじめたのをきっかけに再会。本気で80切りを目指している。続きを読む

達観

何度もここで推薦しているブログ漫画、「規格外でもいいじゃない」(旧「規格外な夫」)。相変わらず、とても示唆に富む。そして、いつも思うが、このたまこさんの絵がいい。

http://ryu-tamako.blog.jp/archives/12147903.html

理解不能な強迫神経症の夫の言動。それをどう乗り越えてきたのか?続きを読む

雌伏の時期

私が若いビジネス仲間、投資仲間、そして甥っ子に話すことがあり、それは、雌伏の時期こそが大事だということ。これこそが、神経症者・対人恐怖症者に限らず、すべての悩める人に当てはまるもっとも大事なことだろう。

一般に経済的な活動をしようとしたら、成果を上げるには10年かかると考えた方がいい。中にはもちろんトントン拍子に行く人もいるが、自分が成功しているのかいないのかわからない状態が、およそ10年は続く。続きを読む

屈辱の日々

私が若いビジネス仲間、投資仲間、そして甥っ子に話すことがある。それは、雌伏の時期こそが大事だということ。これこそ対人恐怖症者・強迫神経症者に伝えたいことかも知れない。

治った日々より、治っていない日々の方が重要

治っていない日々に、その人の本質が現れ、人生が決まる。続きを読む

自分に甘く

先日、SADの人たちを助けたいという方からコメント欄を通じて連絡があった。当ブログの読者で、このブログにだいぶ世話になった、と。

このブログを通じ、生きる根っこを育て、その経験を元に悩める人の力になりたい、そして、私のアドバイスも欲しい、と。

本当にありがたい。続きを読む

人生

この私が対人恐怖症だったんだな。本当に。。

こわばった心、感情交流ができない。

時期によって軽重は様々。そんな中でも異性とつきあったり、結婚もしたり、子育てもしたり。。続きを読む

全然ダメ

私が20代後半の時、ある女性から

自分に優しすぎる。全然ダメ。

と言われた。その時は、意味がわからなかった。続きを読む

ハードル

治っていなくても生きる。

治っていなくても、生きることができる。

まずは朝、目を覚ますことができればOK!自分への期待、合格点をうんと引き下げる。そもそも、対人恐怖症者は、自分に課したハードルが単に高すぎるのだ。いや、かわいそうに、そのように育てられてしまっただけなのだ。続きを読む

治ってから、、

私がこのブログの開設当初から書き続けていること、対人恐怖症の若者たちに送り続けている言葉、届いているだろうか?

治ってから生きるのではない。治っていなくても生きるのだ、と。

とびきりのグズ

私が26で社会に出て間もなく、元に戻ってしまった。

子供の頃の私は、とびっきりのグズだった。一学年380人もいる田舎のマンモス校。全部で9クラスもあったが、その中でも断トツでいろいろが遅かったという。担任曰く、どのクラスにも遅い子はいるが、その中でも一番遅い、と。
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後からついてくる

ある女性が言っていた。50才を過ぎれば、すべてが笑い話になる、と。

その通り。対人恐怖症であった過去も、その他、苦い過去すべてが何でもなかったものに変わる。

だが、それでいいのか?続きを読む

症状が守ってくれている

対人恐怖症は、単に人が怖いというだけではなく、相応の症状がある。表情がこわばる、視線がこわばる、赤面する、言葉が出ないなど。。

だが、何度も書いてきたが、これらの症状は、実は対人恐怖症者を守ってくれている。続きを読む

若かった頃の自分

今日、テレビで懐かしい音楽を聴き、学生時代、なんとか治ろうと、理想の自分に戻ろうと無駄な足掻きをしていた頃を思い出した。

本当に、まったく無駄な努力。

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神経症で苦しい時

神経症のまっただ中は苦しい。そんなとき、どうすればいい?どういう態度が正しい態度なのか?

治りたい、何とかしたい。。。このように考えることは当然の心理。だが、うまくいかない時に慌てて、早く何とかなろうとすることは正しいことか?続きを読む
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