「お兄様、ちゃんと代金は払って頂戴。そうしないと可哀想でしょう」
「いや、この煙草入れは安物だ。多めに見積もってもその反物一つは問題ないはずだ。薄絹は先ほど妹を侮辱した詫びに頂くが、問題はあるか?」

 優男の細身にも見えるウィリアムではあるが、座って商売する商人からは余計に高く見えるその背格好に、服の上からでも感じ取れる逞しい腕やがっちりした太股が視界の中に入ってくると商人は言葉が出ずに口を噤んでは頷いている。

「それをこちらへ」

 手を差し出したウィリアムが反物と薄絹を取り上げると、麻袋の中へ煙草入れと一緒に入れ、口を麻紐でグルグルと括る。

「行くぞ」

 結局はソフィアお気に入りの反物は買えずにウィリアムが勝手に決めてしまった。
 それが不服ではあったが、でも、ソフィアは何も言わずにウィリアムに肩を抱きしめられたまま売り場を後にする。

「すまなかったな。私が勝手に決めてしまって」

 肩を抱かれるウィリアムの手がとても優しくて温かく感じるソフィアは怒る気分にはなれなかった。

「ううん、お兄様が気に入った反物ですもの。素敵な筈よ」
「ああ、これは極上の絹だ。きっとソフィの白い肌によく似合う」

 兄妹なのにウィリアムはソフィアが恥ずかしいと感じる言葉を平気で言ってくる。
 子供の頃には感じたことはないが、最近のウィリアムはまるで恋人に向けて言うような言葉をソフィアへも向ける。
 そんなウィリアムが嫌いではない。
 異母妹とは言え半分は血の繋がった妹で、半分は全くウィリアムとは違う血が流れている。そう思うとソフィアは戸惑ってしまう。

「どうした? 何か他に欲しいものでもあるのか?」
「いいえ、何も」

 あまり市場に長居をしたくないウィリアムは、店の並びの一番端の方へ向かってソフィアの肩を押して行く。
 一刻も早く市場から抜け出ようとしていたところ、店の並びの一番最後の売り場にいた商人から声をかけられた。

「お綺麗なお嬢様に耳飾りなどどうですか? 極上の一点ものですよ」

 商人らしい格好をした者だが、この地には珍しい赤い髪をしていて、ウィリアムよりは少し年若と言った風体で、商人にしては少し垢ぬけている様子だ。
 それに、他の店とは違い木製の台でなく、品物を包んでいた袋を直接地面に開いて、その上に売り物を幾つか並べている。商いをするにはかなり乏しい商売だと、妙に感じたウィリアムはソフィアの肩を強く押してこの場から去ろうとした。
 ところが、商人が差し出した耳飾りの美しさに、ソフィアが食い入るようにそれを見てその商人の前へとしゃがみ込む。

「ソフィ」

 腕を掴んで引き上げようとしたウィリアムだが、ソフィアは梃子でも動かない。
 日の光を浴びた耳飾りは、赤・黄・オレンジなど暖色系の鮮やかな色を放つ。その光り輝く耳飾りにソフィアは夢中になって見ている。

「これが欲しいわ、お兄様」
「おや、そちらは兄上様で。これは、とても身分の高いご婦人が婚約者の男から送られた高価な耳飾りです」

 商人の言葉に耳を傾けるソフィアは、その耳飾りを何故この商人が売り捌いているのか、興味深々になって「何故、それほど高価で大事なものがここにあるの?」と尋ねる。