紗季は、匠の愛人発言が本気だったとやっと理解できた。
 これ迄、匠には自分でも信じられないほどに幸せな時間を与えられた。
 時には意地悪もされたが、愛されていると錯覚を起こしたくなるほどの優しさに包まれる事もあった。
 けれど、それは最初から『玩具』と言われた通り、匠の暇潰しに過ぎなかったのだ。

「篠田さん、私は何をしたらいいんですか?」

 これ以上匠の側にいたら辛くなるだけ。だったら、仕事として社長秘書の篠田の指示の下に動いた方がどれ程楽か。

「彼女の方が立場を理解しているわ」

 篠田に営業スマイルを向けられると、それが心に冷たく突き刺さる様で、余計に惨めに感じる紗季は匠に背を向ける。
 すると匠は「このまま抱き上げて連れ去りたかったのにな」と、ブツブツ呟き上着のボタンを外しネクタイを弛める。

「何か言いました?」

 嫌味な言い方をする篠田を横目で見ると匠が嘲る(あざけ)ように笑う。

「いや、お前の花嫁姿もさぞや美しいだろうなぁと言っただけだ」
「あら、もうすぐ見れるじゃない」

 クスクス笑う篠田の笑顔はさっきまで紗季に向けられたビジネスライクなものではない。

「美佐の結婚式が待ち遠しいよ。俺の両親もきっと喜んでくれるだろうし」
「匠のご両親に反対されての結婚式だけど。でも、私達が愛し合っていれば、きっとあなたの親族たちも理解してくれるわ」

 二人の微笑みあう姿とそのセリフに、紗季はあまりのショックにその場に倒れてしまった。
 篠田の前で何度も厭らしい行為を続けてきた匠が、平気で愛する妻となる女性を裏切り自分を弄んだのだと、紗季はそう思い込んでしまったのだ。

「紗季?!」
「どうしたの?」
「紗季!」

 倒れた紗季を抱き上げた匠は側にあるソファへと運ぶ。

「よく倒れる子ね」
「医者を呼べ」
「休めば大丈夫じゃないの?」

 匠が無理強いしすぎて過労が増しただけの様に感じる篠田は、大事そうに抱き抱える匠を見てクスッと笑う。
 すると、そんな篠田を鋭い目で睨み匠が声を荒げる。

「紗季に何かあれば許さないぞ。さっさと医者を呼べ!」
「匠、本気なの?」