通じる想い
「今日も塞ぎ込んでいるの?」
社長室の自分のデスクで仕事をしている匠だが、ここ数日得意先回りをすることなく、商品開発に力を入れることもなく、ただひたすら魂が抜けでた後の様にボーッとしている。
篠田が社長デスクの直ぐ目の前までやって来ても瞳は虚ろな状況だ。
「匠、遠藤さんと何かあったの?」
あの後、紗季との間で何か起きたのか、そんな雰囲気を隠せない匠に質問してみた。
しかし、篠田が質問しても匠は何も答えず、傍目には紗季に振られた匠が呆然としているようにしか見えない。
仕事に取りかかる気持ちはあるのか、パソコンに電源は入っている。しかし、スクリーンセーバの画面が表示され、マウスもキーボードも机上の片隅へと追いやられている。
「匠」
「ん? あ、ああ」
匠へ渡す資料を持って社長室へ入ってきたものの、その資料を眺めた篠田は匠へ渡さず両手で抱き締める。
「それ、資料か?」
「見る?」
左上の角をホッチキスで留めた資料を匠の前へ差し出す。魂が抜け出た顔をしていても、資料が気にはなるようだ。
差し出された資料の表紙を凝視するが、何故かそれを見ても匠は手を差し伸べることはない。
「黒木からの経過報告よ。知りたいでしょ?」
「今回は向こうが表立ってやるからな」
溜め息を吐くと篠田の顔を見てやるせない顔をして口許を歪ませる。
「ええ、この前のウェディングドレスのお披露目は成功で、次々と契約が取れているそうよ。問い合わせも殺到しているらしいわ」
「良かったな。八割方は向こうの収益だ。こっちはあくまでも協力に過ぎないから」
遠い目をして見る匠の視線の先には、何が写っているのか、虚ろなまま椅子にもたれ掛かる。
「なあ、美佐」
「なに?」
「今夜、最後に俺のマンションへ来ないか? 泊まっていけよ」
信じられない匠の言葉に篠田の顔が青ざめると、匠の顔を睨みつけては資料を乱暴に机に叩き付ける。
「何考えているの?! 私は今は黒木の婚約者で妊娠してるのよ!」
「え? そうなのか?」
初めて聞かされるその事実に匠は目を丸くして驚いている。
「まさか、俺の子ってことはないだろうな」
「当たり前でしょ。黒木の子よ。ふざけないで」
それを聞いてホッとする匠は椅子から立ち上がり窓の方へと歩いていく。そして窓の外に広がるビジネス街の景色を眺めている。
微動だにしない匠の姿を見て、何を考えているのか理解できない篠田は頭を痛める。
「なあ、美佐。最後に頼むよ。俺からの最後の願いだ」
振り返った匠が神妙な顔をして篠田を見ると頭を下げた。