2014年08月
新幹線の中で久しぶりに冷凍ミカンを食べました。

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今は剥いた状態のものが売ってるんですねぇ。びっくり。

小さい頃から冷凍ミカンが大好きで、

何度も家の冷凍庫にみかんを入れては、失敗してました。

瞬間的に凍らさないと、あのシャリシャリ感はでないんでしょうね。

いつも、皮はボロボロ、中身もボソボソで成功した試しがありませんでした。



そしてもう一つ、私が小さい頃に何度も失敗したのが、

「じゃりんこチエ」の中でチエちゃんが作っていたカルメラ焼き。

お玉にザラメを入れて、火にかけて、ブクブクいってきたら、

重曹を入れて、しゃーっとかき回すと、ぷっくり膨れたカルメラ焼きができるのです。

いや、できるらしいのです。

何度やっても膨らまず、黒焦げになったザラメがこびり付いたお玉を持って立ち尽くすわたし・・・

お玉を何個ダメにしたのでしょう?

それでも母は、私が今日こそ成功させる!というと、

ザラメと重曹を用意して、ニコニコして見守っててくれました。

今更ながら、なんていい母親 (o^∇^o)ノ

買って食べると、なんてことはないんですが。自分で作る喜びはひとしおです。

クックパッドあたりに、美味しく簡単にカルメラ焼きが作れるコツとか、

載ってないですかねぇ?

久しぶりに挑戦したくなりました
広島でお仕事。

午後からだったので、前日入りして、今朝は朝から平和記念公園のお散歩と、資料館の見学。

20年ぶりに来ました。

平和記念資料館は、9月1日から少しずつ改修工事が始まって、

グランドオープンは平成30年になるということ。

じっくりたっぷり見て来ました。

原爆が落とされ、75年間は草木も生えないと言われていたそうですが、

県民の皆さんの懸命な努力で劇的な復興を果たし、

約10年後にはプロ野球の試合が行われるほどに。

数々の資料を見ながら、日本人のたくましさ、強さに胸を打たれました。

平和な時代に生きている自分が、怠けてちゃいけないなぁと。

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外に出ると、とてもいいお天気で、心地良い風。

原爆ドームは20年前と変わらずに、凛として、そこに建っていました。

原爆の傷跡ですが、平和の象徴でもある原爆ドームです。



川の向こうには、たくさんの山々が見えました。

山と川に囲まれた美しい街です。

先日の土砂災害の影響がまだまだ残る広島。

私が今回お世話になった企業の方々も、土砂撤去ボランティアに社員を派遣しているとのこと。

このままいいお天気が続いて、復興のスピードが速まることを

一日でも早く被災者の皆様に心安らぐ日が訪れることを願ってやみません。




結婚式を挙げた教会の牧師さんが、

「星の王子様」の話をしてくださいました。

「大切なものは、目に見えないんですよ。」と。

旦那さんが「読んだことないかも。読みたいなぁ~」というので、

改めて文庫本を購入。30年ぶりくらいに読みました。


「星の王子様」はおとなになってから、読んだらいいという話はよく聞きますが

なるほどなぁと思いました。

中学生の頃って、キツネの話は、特に自分の中に染み込んでいかなかったのに

今回は、じわぁーんときました。

「絆を結んだものには、永遠に責任を持たなくてはいけない」って。


責任っていうと、なんだか後ろ向きながちがちな感じがしますが、

世界中に何十億人という人がいる中で、自分が知り合える人なんてほんの一握り。

その中でも、心を割って、信頼関係を築いていける人なんてさらにさらに一握り。

そんな絆を作ることができた奇跡を大切にしなくてはいけないということなんでしょう。


旦那さんはもちろん、そのほかにも家族や友人、恩師、同僚、大切な絆がいっぱいあります。

見えなくてもつながっているって、そう思えるって、素敵です。






アネラちゃん、かわいいよねぇと

ブログを読んでくださっている方に言われることが増えました

かわいいのですが、最近は暑さのせいか、

こんな感じになってます。

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野生はすっかりなくなってしまって、あまりに無防備すぎます

以前は、私が帰ると玄関まで迎えに来てくれたのに、

最近は、この状態で目をつぶったまま、しっぽだけを振っております。

帰りが遅いと待っててくれないみたいです。

早く帰らないとです 
中学、高校の同級生で、今は海外に住んでいる友人が帰国しているということで

久しぶりにミニミニ同窓会でした

高校時代の担任のS先生にもご参加いただきました。

S先生は、大学を卒業して、一番最初に担任をしたのが、当時高校1年の私たちでした。

年齢が近いこともあり、またS先生自身も私たちの先輩ということもあり

厳しい先生が多い中、何でも話せる先生として、人気者の先生でした。



私の通っていた学校は、それはそれは校則の厳しい学校で。

幅10センチはある、お医者さんが持つような学生鞄が指定鞄でした。

電車に乗っても、予備校に行っても、そんな鞄を持っている高校生はいないので、

おしゃれに敏感な同級生は、鞄の芯を抜いたり、つぶしたりしておりました。

高校3年生のある日、鞄の抜き打ち検査がありました。

S先生ともう一人若手の先生と、学年生徒全員で体育館に行っている間に、

全員のカバンチェックが行われ、つぶしていた人は鞄を取り上げられ、

呼び出しを受けるというものでした。

私は、10センチ鞄を何の疑問も抱かず持っていたので、呼び出しは免れましたが、

それでも、とても卑怯な気がして、S先生に猛抗議。

直接注意をすればいいのに、抜き打ち検査なんて、卑怯です!!と。

それ以来、授業ではきちんと答えるけれど、廊下や放課後に先生とすれ違っても、

無視する日々が2-3か月続いたそうです。

(そうです、っていうのは、私は覚えていなくて、S先生に聞いたお話だから)

それはそれは怖かった、とS先生

先生も卒業生ですから、生徒の気持ちはよくわかっていて、でも当時新人先生で、

上司の先生方の命令には逆らえず、ということがあったみたい。

生徒の信頼ってこんなにあっけなく失われるんだなと、ものすごく反省し、

それからはおかしいと思えば、年配の先生方と対立してまでも、意見を主張するようになった

というお話をしてくださいました。



全くおぼえていないんですが(*゚∀゚)っ

当時から、卑怯なことは嫌い、という正義感は強かったみたいです。

他にも、冬に黒いストッキングの上に、なぜ黒の靴下をはいてはいけないのか、

マフラーはなぜ、コートの中にしまって巻かないといけないのか、

夏服のブラウスの袖をまくってはいけないのはなぜか

など、数々の激論が繰り広げられた当時を思い出し、とても懐かしかったです

私も在学当時は、嫌で嫌でたまりませんでしたが、卒業してみれば、全ていい思い出

一緒に苦労を分かち合ったことで、友情が深まったことも事実


一定のルールの中で集団生活をするということを6年間徹底的に学んだことが、

その後の人生で、自分を律する力、諦めない粘り強さ、和を重んじる気持ちなど

さまざまな形で、活きているなぁ~と思います。


みんな高校生の子供を持つお母さんだったりするのですが、

会った瞬間に、25年前にタイムスリップできちゃうのは不思議です。

そして、友人への折り鶴は、1700羽強集まりました~(私は220羽貢献)

想いが届きますように