ご訪問ありがとうございます。
トライ&エラーでつかんだ指導法などを書いております。
家庭教師のチカラ向上の参考にどうぞ。

2006年06月

2006年06月23日

くっ。。。私事なんざ。

く。

く、

くっそ〜。

不注意から転倒&手首負傷。
腫れてはいないので骨折ではないと思うのですが、痛い。

パソコンの文字がとても、うちづらい。
しかも、…微熱? これは、2日前くらいからの風邪っぽい症状のせいか?

な、何をやっている俺!!

長い文も書きたいのですが、明日以降に。
 
僕の左手よ、ありがとう。ごめんよ、普段からありがたみに気づいてやれなくて。
わかったよ。やっぱり俺には、あんたが必要だ。

そして、左手よ。よりによってこんなときにやってくれるとは、
いいねえ。燃えさせる展開だねえ。試されてるねえ。



2006年06月22日

皆様、テスト前の調子はいかがでしょう?

 期末テスト直前!ということもあって、
 わたくし、生徒とFax合戦を繰り広げております。

 それにしても、今の担当の子らは、遠慮深い!
 ファックスの量が控えめなのだ。
 夜も8時半を回ると、ほぼ100%こなくなる。
 ちょっと、自立させすぎたかな。
 
 その点、以前担当した不良は、「めんこい」ものだった。
 テスト前日は、
 夜中の2時だろうと電話やファックスが普通にきた。
 もちろん合意の上なので、迷惑なんかでは、まったくない。
 
 こちらだってわかって、起きている。
 不良にも優しさはあるので、「本当に電話していいのかな…。」という
 思いを飲み込んで電話してくる。声でもわかる。

 だから、こちらは、(うるしゃい。そんな負担なんざ、ゼロだ。)
 という空気を作っておく。
 夜中の2時の電話には、2コールで出る。生徒にも、宣言してある。
 テスト前なら、あったりーまえー♪なのだから。
 (もちろん、夜更かしの勉強は脳みそ的にも良くないので、オススメしませんよ。)

 で、今の子達。

 いいねえ。

 走り書きで一言。「終わりました。」
 そっけない字、一言のファックスの方が、彼らがうまくいってる証。

 それにしても、いつも思うのだが、

 生徒どの。  

       …差出人の名前を書いてください(笑)。


 もちろん、字で誰からのものかはわかるのだが、


 帰宅時に、次々に、走り書き一言のファックスが入っているのです。


   「今日の分、完了。」

   「これから、憲法、見直し始めます。」

   「やりました。やり終えました。」

   「問題発生。いや、なんとかするさ。ひゃひゃひゃ。」
 
   「先生に教わった“運動”はうまくいきました。あとは“細胞”っす。」


 のファックスがなだれこんでいるのを目にすると、いやあ、壮観。


   …か、怪文書のようじゃないか。  秘密結社か、って。


 …秘密結社。 …意外にいいじゃないか…! 

 おいおいおい。秘密結社。わくわくするなあ。
 次回は、赤いマフラーでも巻いていこうかな。

 というわけで今日は、「恐怖!ファックス男(中学生)!!」の巻でした。





2006年06月20日

家庭教師は再び、持とう。


 僕は、こう思っています。

 本当は、必要以上に、楽しくやらなくてもよい。
 本当は、必要以上に、勉強が好きだオーラを出さなくてもいい。
 本当は、必要以上に、気合が入っていなくてもよい。

 真剣に問題を解いている時って、意外に気持ちはクールなものですよね。

 ちょいと心理学的に言ってしまえば、

 過度の気持ちの緊張は、集中力を妨げてしまう、ってこともある。

 しかし、

 しかしっ、

 そんな、余計だとされる気持ちの高まりや緊張は、
 問題を解いているうちに、勝手に落ち着いてくる。
 僕の生徒だって、普段はどれだけ口やかましくとも、
 勉強を共に始めだすと、テンション、呼吸は落ち着いてくる。

 だから、別に気合が入っていても、ほとんどの場合、結局は大丈夫なのです。


 むしろ怖いのは、こっちだ。

 もし、生徒の気持ちの充実がなかったら…

 勉強の、“初速”が、かなり遅くなる。これは厳しい。
 初速を落としてはならない。

 こうなると、
 10分くらいかけて、生徒と気持ちをシンクロさせる。
 いや、トークとかはしません。あくまで指導しながら。
 それに関しては、また今度だ。

 特に、期末テスト前などイベントを控えたときには、
 
 僕も生徒も、「もりそば君」になってはならない。

 僕は、「ざるそば」が好きなのだ。「もりそば」よりも。
 
 ここ一番でヤバイ事態が起きたとき、
 僕は、自分に言い聞かせている。

 「トミナガ。 お前、もりそばか、ノリがないぞ。」

 では、皆様、今日も「ざるそば君」な指導ができますように。

       …ざるそば、と言えば、これか。
       「あなたの言葉は、どちらだ。」


2006年06月17日

オーラ、泉みたいに…

空気を変える。オーラを出す。

その人がいるだけで、空気が変わる。
期末テスト直前でも、入試直前でも、いつでも。

その空気が出せるかが、勝負。

それは、こんな空気だ。
なんだか、がんばりたくなってしまう。
なんだか、真剣になってしまう。
なんだか、それが気持ちいい。
それなのに、驚くほど余裕があるというか、
笑いがあって、空気が読めてる感じがする。

なんだか、運動会の前の日の準備のような感じ。
グラウンドで作業をしているせいで、
草の匂いやら、土の匂いでアスリート感が、抜群のバランスで高まる感じ。

その空気を出せるかが、勝負。

オーラのある人で例えるなら、
ステージのど真ん中にいきなりドカドカと入ってきて、第一声だけで、
「おおおおお!」と感情が沸きあがらせる、チャカ・カーンが出す強烈な空気。
(↑わ、わかりづらい…。)

さて、
ズバリ、その秘訣を言ってしまうと(←わああ!書くかい?)、


その空気のつかみ方は、

           「出だし」にあるのだ。


最初の5分でコケると、もう無理。
生徒と一緒に徐々に盛り上がっていく形じゃ、空気はつかめない。


…やってみますか?簡単に空気をつくるコツ。
 …ええい、言っちまえ(どうせ後で消せばいいのだ)。


まず練習として、やるべき行動はこうだと思う。

相手の部屋に入る前、
あなたは、熱く、ハイでhopeに満ちてる状態を作っておく。
(音楽を聴いたり、あなたの感動した、人生ベスト講義を思い出したりする。)
それを、その興奮を、

          …ひたすら抑え込む。

          …絶対に出さないようにする。


このコツの理屈や根拠を説明してしまうと、「冷めて」しまうこともあるかと思うので、
そんな無粋なことは、今日はやめておこう。

ただし、使うのは月に1回くらいにしましょう(技に溺れる危険がある)。

皆様と、あなたの生徒に、すてきな空気が訪れますように。


自分用雑記
  信じられん。
  やはり、僕がやる方がいいんじゃないか。
  僕なんかとは、畑が違うとはいえ、
  現場の人は、それを、誰も本当に考えてないんじゃないだろうか。
  どうするつもりなんだろうか。
  …よし。僕が…。ヤツらと彼らにも、希望を…、ふふふふ。
  いつか、ここでも書くぞ。



2006年06月15日

絶望くるり、希望。

期末テストを追いかけてたはずなのに、
たった1日で、テストに追いかけられてる気持ちになるというのはよくある。
口酸っぱく言うのは、
「鬼ごっこで言えば、アンタ、鬼なんだからね。」
「テストに食べられるんじゃないよ。君が食べるんだよ。うまうま。」


 昨日書いた、「あいつ、調子悪いんじゃないかなー。」という予感。

 当たっていた。

 幸い、致命的という状態ではなかった。
 
 早めの切り替え、引き返しがとても大事になる。

 「調子が悪い。」「うまくいかない。」「机に向かえない。」

 これは、続けば続くほど、抜け出すのに必要なenergyは二次関数的に増える。
 テスト対策をどうするか、なあんてのは、その次の話だ。本当だ。

 例えば、
 ラジオ英会話を習慣にすることを決意した後、
 3日休んでしまうと、再び毎日聞き出すようになるなんて、
 …よっぽどのことがない限り、不可能。

 でも、1日サボっただけなら、リカバリーはきく。
 早めの立ち直りが肝心。
 (かといって、早すぎると困るのだが、それについてはまた今度。)


 「この机に向かえない自分を変えるには、どうしたらいいんだ。」

 そうやって難しく考え出すと、 …ドツボにハマる。

 今日、胸を張れる行動を繰り返すこと。
 そうすると、明日、胸を張れる行動はよりカンタンになる。

 生徒には、電話にて、No Problemだということを伝え、イケる感を戻した上で、

 「そんで、こっから…どうする?」という、いつもの問いへ。

 「なにはともあれ、今日をがんばろう。俺も君も。」のメッセージも。

 最後に、
 「師匠、飲み物は何が好き?」
 「テスト前といえば、午後ティー。理由は今度説明するよ。長電話になるからね。」
 「わかった。」
 「それがどうしたの?」
 「へへ。次、用意しとくわー。」

 これだって共に盛り上げようという意図の表れ。うれしいねー。


 …ビールって応えないでよかった。


 自分用雑記
  気づいてしまった。解決したい問題に。
  やろうかな。小さくても、やっておくべきだなあ。
  コストも大きくかかるわけじゃないしなあ。
  彼らが「やらなきゃなあ…。」から「やるか!」になるまでには、4年、
  うまく行動できるようになるのに5年はかかりそうだもんなあ。
  能天気にオイラがやった方が早いかなあ。



2006年06月14日

これで不調、脱出。

生徒が、最初は億劫な反応を見せても、
ほぼ確実に上り調子にさせていく手がある。「記録」だ。
そろそろ、やらせなきゃないかな…?


 沈黙はすべてを語る。

 多分、ある生徒の「よくない状態」が始まった。

 以心伝心だの、テレパシーだのというと、かなりいかがわしいが、

 感じる。

 4日前に会った時は、好調を維持していたはずだ。

 それ以来、会ってないし、話もしていない。

 それでも、感じるものは感じるのだ。

 この4日で調子を多分、彼は調子を落とした。

 「あいつ、今、調子悪いんじゃないかな…。」

 この予感は、悲しい事に、7割当たる。

 3割の確率で、予感が外れた時、それは僕の心をホッとさせてくれる。
 7割の確率で、予感が当たる時、それも僕の心をホッとさせてくれる。

 「よかった。今、気づけて。」と。ホッとできる。

  
 もし、予感が当たってるとして、対処をどうするか。

 大丈夫。 …手はたくさんある。

 中でも、今の彼にとって一番即効性のあるアドバイスは、多分これだ。

 「勉強時間の記録をつけてちょうだい。毎日。
               ただし義務感を取っ払った上で。」

 ちなみに、「机に向かう習慣がない。」と困っている生徒で、
3週間連続で課題をやってくれない子を担当なさっている家庭教師は、
これをやらせていないと断言できます。

 結果には、天と地ほどの差があるだ。

 おこづかい帳をつけてる時とつけてない時の、金銭感覚みたいに。
 トレーニング日誌をつけてる時とつけてない時の、身体の具合みたいに。
 観たい映画リストと持ってる時とそうでない時の、映画熱みたいに。

 あ、ちなみに、
 「君の為になるんだから、勉強時間つけなさい。」では多分ダメだろう。

 「助けて。俺の為につけてくれ。そして教えて。そしたらかなり助かる。」

 こっちだ。生徒の責任感を51%以上まで断固引き上げるのだ。
 
 もちろん、あなたも99%の責任は私にあると思って仕事をする。
 
 さて、僕も彼に救援ファックスを出そう。

                     参照「結果を分ける51%」

2006年06月12日

家庭教師VS期末テスト

 計画に必要なのは、妥当性、具体性…。
 確かにそうだが、その前に大事なものがある。


 開幕だ。

 W杯でも、よさこいでも、NBAのファイナルでもない。
 期末テストの開幕だ。

 北海道だけなのかな、
 各学年の研修旅行、修学旅行とぶつかっている。

 旅行から帰ってきて一週間後に、テストが待っている。

 …過酷?

 いやいや、それだけ「やれる子」と「やれない子」の差ができるチャンスでもある。

 それを残酷ととることもできなくはないが、
 今までサエなかった子の結果が、いきなり飛躍しだすのは、こういうときだ。

 このスケジュールに対して、
 「大変だなあ…。」となっているか、
 「大変だなあ…(笑)。」となっているか(もちろん後者を導こう)。

 テストまでの計画を立てるときもそう。

 計画を生徒主導で立てさせると、
 「ああ、これだと甘いなあ。このくらいやってほしいなあ。」
 という家庭教師側の思いが抑えきれない。

 家庭教師主導で計画を立てると、
 「おお。これは、きっついなあ…。」という生徒の思いが抑えきれない。

 どちらも、結果を出すための障害になるのだ。

 ん? ここで障害と言っているものは、何だ?

 「このくらいやってほしいなあ。」「きっついなあ。」

 そう。 「思い」である。 「感情」である。

 計画には、妥当性、具体性なども必要なのだが、
 その前に絶対に必要になるものは、

       気分だ。


 どちらかが、ノってこない計画では、勉強=義務になる。

 勉強を一生懸命した人ならわかる。勉強に「ノリ気」があると
 どれだけ勉強がはかどるか、が。
 
 「イケてる感」のない計画なんてゴメンだ。

 さて、僕の生徒はどうかなあ…。
 
   私「このくらいやれば、かなりいいんじゃない?
     でも、…量がけっこうあるよなあ…。」

  生徒「いや、大丈夫。あのね、この日はねテスト前だから、
     習い事を休めるから、4時間くらいできるし、
     あ、この日もお…!」

 うん、大丈夫そうだ。



2006年06月07日

伝説解答選手権

いい状態に入った生徒は、Prideなんざ捨てて、
答えを書きまくるのだ。


 俺が悪かった。あれは俺のせいだ。

 指導を開始して1時間20分のときだ。

 数学を終えて、指導は英語に突入。
 僕は、現在完了形を教えておきたかった。

 あれは、本当に危なかった。


 英語の問題演習中だ。

 出たのだ。「訳せ。」ってやつだ。

  " He often climbed Mt.Asama. "

 僕は現在完了形を教える事に意識が飛んでいて、
 この問題の解説を、手製プリントにゆだねていた。

 訳をプリントにて、書いておいた。

 後日。翌週の指導日。

  「おう。"He often climbed Mt.Asama."ってあったでしょ。
   はい、復習。訳、言ってみ。」

 そのときに気づいておくべきだったのだ。
 答えを言う前の、生徒の不安そうな顔を。
 見破れなかったとは、情けない。

 「私はぁ…」    私「ふむふむ。」
 「しばしぃ…」   私「ふむふむ。」

 「ばあさまを…」   


 「…。  …ん!?」 

 私「ちょ、ちょっと待った。もう一回。」

 「私はぁ…、しばしぃ…、ばあさまを…」

 
 確認。30秒で判明。

 僕は、プリントにこう書いていた。

     "He often climbed Mt.Asama."
     彼はしばしばあさま山を登った。

ちなみに、oftenの意味を覚えていたかがポイントだった。
 さらにclimbの発音へのアテンションもひきつけたかった。
 スポーティな「文中の彼」は、しばしば、浅間山を登ったはずなのだ。
 
 わが弟子は、山登りがよほど嫌いだったのだろう。

 文中の彼に「しばし、ばあさまを登る」ことを選択させたのだ。

 おい。…ば、ばあさん、死んじまうぜよ。


 やれやれ、生徒め。いとおしいねえ。
 


2006年06月06日

家庭教師、どのスタイルを選択する?

 スティーブ・ナッシュのようなファンタジスタっぷりを
 家庭教師の指導で見せるために。
 今日は前回の続き。指導法の選択肢を持った後の話。


 前回の続き(→前回「教え方?こうです。」)。

 結局、どの指導法を選択するかの秘訣は、大した理論があるわけではないです。


               皮膚感覚。


 論理的に説明しようか、感情的に説明しようか、視覚に訴えようか…などなど。

 まずは、選択肢の数を大幅に増やしておいた上で(←これだって難しいんだけど)、

 選択する。 …皮膚感覚で。


 1アウト1塁で、「・・・!!」

 送りバントされたときのピッチャーみたいに、
 どちらに送球しようか、それを感覚で判断する。

 当たり前だが、普段から練習しとかないと、

      …絶対に、どちらにも投げられなくなる。

 よく小学校のフットベースでは(←なつかしっ!)、
 1アウト1塁の場面で、転がったゴロをとった女の子が、
 テンパって、なぜかホームにいるリーダー格の男子に投げてしまう、
 そんなヘンテコな場面があった。

 前回の例ではないが、10番を背中につけて、ピッチに立っているMFの気分で。
 この心持ちは本当に大事だ。

 がんばって。

 僕も、実際に調子が悪いとき、
 「ええい、形から入らなきゃダメだ。心持ちを変えなきゃ。」

 背中に10番を張ってみたことがある。

 ポストイットの貧弱な背番号。
  
 生徒は、ついにわが師もクレイジーになってしまったと嘆くが、
 構ってはいられない。

 指導のファンタジスタになるためなのだ。

 当然、帰宅しても、はがすのを忘れてコンビニに寄ったこともある。
 当時コンビニでバイトしていた後輩に、
 「翼さん、試合帰りっすか?」とからかわれた(今なら俊輔さんと言われるだろう)。
 
 いっちょ、今日もいってみよう。コツ。小さい声で音読だ。

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 「背中に貼ったポストイットは、忘れずに、はがそう。」

 …違う。これじゃない。こっちだ。

        ↓↓

 「最近、メソッドばかり追い求めてない(しかも値踏みの目で)?

  皮膚感覚も磨こう。指導前に友達とマイブームについてトークしとこう。」

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2006年06月04日

家庭教師もステージに立つ。

 まずは、今日は2本も読んでくれて、どうも。
 ちなみにこの家庭教師ブログの順位をご報告。
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 今年も行ってきてしまった。
 コピーバンドをやっていたこともあるので。

 約2000人の聴衆を一手に、熱いライブ。

 うまい。すごい。
 5人だけのガチンコ演奏なのに、何でこんなに「厚く」なるんだろう。
 バンド仲間と感心しきり。
 
 ウルフルズ。
 
 ドラマーの方ならわかると思いますが、
 サンコン殿のスティックのグリップ(持ち方)で、
 あのプレイは、すごい。 僕なら、手首壊れるべ。
 

 ステージに立っている人は紛れもなく輝いて見える。
 当然だ。2000人の聴衆が、彼らを見てるんだから。
 2000人が彼らのパフォーマンスを見るために、足を運ぶ。

 恐縮ながら、
 僕が、バンドマンとして、過去に小さなステージに立っている時でさえ、
 「すごいっ!すごく輝いてました。」と言って下さる方は、いた。
  (「輝いて」の主語は省略されていたのだが、
   そこに何を補おうと、この際、それは僕の自由だ。
   この期に及んで、“ミラーボールが”なんていう主語は、
   僕の精神衛生上、補えない。)

 ステージに立っているときは、
 舞台演出やMCの兼ね合いもあるので、
 何かを「演じて」いる。ステージですからね。

 それは、プロもアマも同じ。

 家庭教師の場面でも、これは使える。

 演じること。マンツーマンであっても、演出をすること。

 
 「超真剣な言葉を生徒にかけたいけど、くさい言葉になりそうで…。」

 でも、声をかけよう。

 親にだって(特に父親は)キャラや照れがあるから、真剣な語りはしづらい。

 学校の先生だって、組織や他の先生との兼ね合いもあって、
 他より突出した言葉を吐くことは難しかったり、恥ずかしかったりする。
 (もちろん良い悪いの話ではないです。「常識的」というのもまた不可欠な素養だ)

 みんながその真剣さを演出することを避けている分、
 信頼を勝ち取れる可能性は、周囲が思っている以上に大きいんだ。

 だって、生徒だって真剣な空気、真面目なトークが大好きなんだし。
 不良でも、おとなしい子でも、それは同じだ。

 中学生や高校生は(本当は中学と高校を一括りにはできないのだが)、
 底抜けに明るいマンガだけを読んでいるのではない。
 「生きること」とか「美意識」とか、
 そんなものに一歩踏み込むことに作者が挑戦した、そんなマンガも好んでいる。


 熱すぎたり、束縛しすぎたりしないようにしながら、

 演じてみよう。最悪、自分に酔いしれながらでも、いい。


 「私が輝いている姿を生徒にも見てもらおう。」
 謙虚なあなたなら、そのくらい考えた方が、バランスがとれるかも。

 
 ウルフルズと言えば、
 そういえば、この方もウルフルズはけっこう好きと伺いました。
 
 人知れず、読ませていただいているのですが、
 レンタルビデオ屋での楽しみが増えます。
    「 他人と差がつく40秒! 毎日5行の映画日記 」
 きっと皆様も、いつもは素通りしてたであろう作品もこれを読んでおくと…。