煙管の記憶
忘れられない記憶がある。
私がまだ、経験のない、年若い看護師だった頃だ。
入院していた患者さんが、退院して欲しいのに家族が来ない。
部屋の関係でどうしても退院していただかなければならない。
幸い、お家がお近くということで、詳細は覚えていないが私が車椅子でお家まで送ることになった。
まだ在宅看護とか、介護保険とかない頃の話だ。
そのかたは明治生まれ。大腿骨頸部骨折での入院だったのは覚えている。
病院では歩行器でやっとやっと歩いていらっしゃる感じだった。
トイレも車椅子で連れて行くようだった。
その頃、毎日見ている、「患者さん」の一人だった。
お家に着くと彼女は、私を指示し、こたつのある部屋まで車椅子を入れさせた。
その場所に着くと彼女は病院でヨタヨタと歩いていたのが嘘のように、ふらついてはいたがしっかりと家具を掴んで立って、こたつの前のスペースにスッと座った。そして、そこにあったたばこ盆を引き寄せ、煙管に火をつけてそれは幸せそうに煙を吐き出したのだった。
その仕草の板について格好の良い事といったら、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
看護師をしていてはじめて、「患者さん」から「そこで生活をする一人の人生の先輩」へ脳内転換したのだ。
その2年後、介護保険が始まり、いても立ってもいられなくなった私は介護保険に関わるようになり、今に至る。あの方は私の人生を変えてくれた恩人だ。名前も覚えてない、すでに亡くなったであろう人だけど、私がこの世界で生きる限り決して忘れ得ない出会いだった。
私が撮る煙管の女のイメージの根幹は彼女へのオマージュだ。
大きな学びをくれた女への、尊敬と愛をこめて。
焔魔
ここに人が来るのは久しぶりだ。昔はひっきりなしに人が来たもんだった。命は短く、道半ばで燃え尽きる命が多かったからね。今じゃもう焔魔の名も忘れ去られて久しい。
よくぞ見つけ出してくれたねぇ。
驚くことはない。ご覧、ここの蝋燭の一本一本が命の火だ。あたしは気が向けば、蝋燭の言葉を聞くことができるのさ。お前の命の火が私の名を呟くのに気がついてから、ずっと気をつけていたんだ。あんたが命を助けたい、その相手の火も探しておいた。どうだい、あたしゃ親切だろ。 ご覧、これがあんたが命に変えても助けたい、あんたの息子の火さ。確かにずいぶん燃え尽きるのが早い命のようだねぇ。ああ、急に動くんじゃないよ。余計な風がふくと、消えなくてもいい命まで消えちまうじゃないか。
あんたが知ったとおり、私はある程度命の火を操ることができる。命が残っているものから、消えかけた命に時間を移してやることができるんだ。それは嘘じゃない。あんたが、自分の命と引き換えにと思っているのも知っている。だがねぇ、一つ問題がある。実は、あんたの命もさほど長くない。
短いあんたの命を息子に移したなら、あんたはすぐに死んじまって、しかも相手も遠くなく死んじまう寸法だ。とと、泣くんじゃないよ。手が無いわけじゃ無い。だってね、あたしゃ嬉しいのさ。
あんたが私の名前を古い本から見つけ出してくれてから、私はあんたが来るのをそりゃ楽しみに待ってたんだ。命の炎はそりゃ美しいけど、ここでただ見守っているのは案外退屈するものなんでねぇ。
そこで、モノは相談だ。例えば、ここに勢いよく燃える火がある。まだまだ生きそうな勢い良い火だ。誰のものだと思う?あんたに言い寄っている、隣町の田吾作さ。後家になったお前さんを何とか物にしたくて何かと訳をつけて通ってるだろう?
例えばこの命の一部、お前さんの息子にもらえれば、息子は生き延びることができる。
ただし、その男がどんな形でもいい。命を半分、くれると言葉にして誓うことが必要だ。
お前さんにできるかね?
おや、いっちまうのかい。あたしはちゃんと聞いているからね。心が決まったらお言いよ・・・
女は混乱しながら山の祠を走り出た。村に伝わる炎魔の伝承を、女は奉納舞で神社の倉に入った時にたまさかに見た書物から知ったのだった。自らの命と引き換えに、めっきり弱って青い顔をして咳き込んでいる我が子の命を伸ばす。それはこの上なくいい考えに思えたのだが・・・他人の命を?そんなことができるのだろうか。
いいや。できる訳がない。私に言いよる男は、あわよくば息子が死ねば私が心を決めてくれると思っている。だけど・・・目の裏にはいつ消えるかも分からぬほど短くなった息子の命の炎がこびりついている。どうにかならぬものか。どうにか・・・
村の夜は早い。来たばかりの夜の帳の中で浮き上がるような女の白い肌を撫で回しながら、男は譫言のように女の名を呼んでいる。対する女は能面のような整った顔を微かに歪め、男のなすがままになっているのだった。
そのまま女を喰らい尽くそうとするかのように身体中を舐めまわし、何とか女の快楽を引き出そうとするのだが、火のつかぬ体に焦れる。すでに何度目かの精を放ったところで言い訳のように
「もう、こうなったからには、おいは何が何でもお前を女房に・・・」
と口走ったところで、初めて女がまともに男の目を見た。
「ねぇ、とうきちさん、入らずの御山の奥の、毎年しめ縄を替えに行く祠があるだろ。あそこには妖が住んでるって話を知ってるかい?」
「ああ、何でも色っぽい女の妖だってだな。会ってみてぇもんだって、童の頃に入り口あたりをうろうろしたことはあるぜ。案外奥が深くて、どんどん下へ降りていくもんで、恐ろしくなって奥まではいかなんだ」
「あたし、会ったんだよ。確かに色っぽい女の姿をしていたよ。」「すげぇな。で、その女はあんな山の中で何をしてるんだ?」「あの人はねぇ・・・命の火を守ってるんだよ」
女は男に語って聞かせた。
祠の奥の洞窟の、さらに奥の奥。急に開けたところに無数に並ぶ蝋燭の火。太いの、細いの、長いの、短いの。キラキラと綺麗で、でも恐ろしくて。
「そこでね。あたし聞いちまったんだ。あたしの命の火、これっぱかりもなかった。あたし、どうやら長くないらしんだよ。あたし、どうやって死ぬんだろう。病だろうか。怪我だろうか。どうせ死ぬなら痛かったり、苦しかったりしないといいねぇ。あの蝋燭を吹き消すように、スッと死ねるといいんだけどねぇ」深いため息をつく女の美しさよ。「そんなことを考えてたらたまらなくなって、つい優しくしてくれるあんたにすがっちまったけど、そんな訳だからあたしは女房にはなれないんだよ。」
男は慌てる。
「そんな、殺生な話があるもんかい。何かの間違いじゃないのか。いや、間違いじゃないとしても、なんか手はないのか、手は。」「聞いたよ、もちろんさ。命が残っているものから、消えかけた命に時間を移してやることはできる、そう言われたよ。でも、命をもらう本人が、くれると言ってくれなきゃダメなんだってさ。万が一にもそんなお人好しが、いる訳がないじゃないか。」女はゆらりと体を寄せて男の屹立したものをまさぐった。「あんたの命の火も見せてもらった。まるでこんな風に太くて、長くて、勢いよく燃えていた。あんたはさぞかし長生きするだろうねぇ」
男はたまらなくなって再び女を組み敷く。女はどこまでも柔に男を受け入れる。
死んでしまうのか。この柔らかな体が、冷たく、堅くなって横たわるのか。それはあまりに勿体ない話じゃないか。やっと、やっと思いを遂げたというのに。油揚よろしくかっさらわれてしまうのか。
「だから、野暮なことは言わずに抱いておくれ。あたしゃ、柄にもなく怖いんだよ。あたしが冷たくならないようにあっためておくれ。抱きしめて、気持ちよくさせて、怖いことを忘れさせておくれな。ねぇ、とうきちさん・・・」
うつらな夢の中で男は夢を見る。ゆらゆらと揺れる蝋燭の海・・・ああ。小さな、弱々しい炎がまたたく・・・これが・・・か・・・?
浅い夢から覚めると恋しい女の顔が腰のあたりにあって、ふわりと笑って男自身を含んだ。経験のない快楽に男は陶然と酔いしれた。美しい女の顔にあの蝋燭の火が重なる。今にも消えそうだった、弱々しい火。
「なあ、俺の・・・火は・・・長くて太かったと言ったな・・・」「ああ、強い・・・いのちだったよ。」
半分。ならば。
「ゆう」「ん・・・何だい」「やろうか、命。俺の、半分。」
思いの外口は軽く動いた。女は目を見開き、口を半ば開けて男の顔を見つめる。
「あんたのあの、強い命を下さるのかえ。半分。あたしに。」「ああ」「その言葉は本当かい。」「ああ。お前さえ・・・」その先は出てこなかった。女の目が爛々とかがやきだし粗末な着物を肩掛けにして半身を起こす、その様があまりにも美しかったから。
「焔魔様は聞いていると言いなさった。聞いていなさるか、声は届いているかい。今この人は、あたしに命をくれると言った。あの命の半分。」
それは脆い土の壁がミシミシというように思えるほどの。それに応えるように囲炉裏の残り火がゆらりとゆれて大きく燃え上がる。空気が振動した。それは確かに、女の笑う声だ。
「こころえたり」
男は肝も玉も縮み上がって頭を抱えて藁布団に潜る。白い女の裸体に炎がまだらを描く。燃え上がる炎を映した女が炎に向かって両の手を差し出す。
「そして、そして。焔魔様。その命を我が子にっ」
もはや、焔魔の哄笑は頂点に達し、男は白目を向いて意識を手放した。
「かわいや、母の心よ。心得た」
炎がもう一つ、ぼうと燃え上がったと同じくして女の膝が折れ、そのまま女は仰向けに倒れ込む。満足げな笑みを残して。
気がつけば女はあの祠にあり、ゆらゆらと揺らめく蝋燭の海の中に座る焔魔の姿がみえた。アタシハシンダノカシラ
焔魔が女に微笑み、蝋燭に向かって指を差す。
ご覧。あの男の命の半分、あんたの子に継いでやった。あんたの子は長生きはしなくとも、大人になって恋くらいはできるまで生き延びるさ。で、お前はそのまま死んじまっていいのかえ。
アタシハシンデナイノ?
お前さんがいるのは生死の合間みたいなところさ。残りの短い命をあの男と子のつなぎに使っちまったからもうほとんど残りがない。このまんまならあの世行きだけど・・・あんたには久しぶりに楽しませてもらったからね。どうだい、あんたが伸ばしてやった子の行く末・・・見届けてやりたくはないかい?私もここで一人きりで火の番をするのは飽き飽きなんでね。ここで私の話し相手をしないかい?もちろん、今のままって訳にはいかない。あんたの残り少ない命を伸ばすのに、あんたには長持ちする型に入れ替わってもらう。そうさね、こないだ拾ってきた日本人形なんてどうだい?多少不自由にはなるが、少しなら動くこともできるし、私とは話ができる。あんたは私の話し相手をしながら、憂き世を見通す火鏡から、子の行く末を見守ってやることができる。時の止まったこの場所で、すぐに壊れる肉体を捨て去れば、お前さんの残り少ない命でもかなり長らえることができるんだよ・・・
追記:
よくぞ見つけ出してくれたねぇ。
驚くことはない。ご覧、ここの蝋燭の一本一本が命の火だ。あたしは気が向けば、蝋燭の言葉を聞くことができるのさ。お前の命の火が私の名を呟くのに気がついてから、ずっと気をつけていたんだ。あんたが命を助けたい、その相手の火も探しておいた。どうだい、あたしゃ親切だろ。 ご覧、これがあんたが命に変えても助けたい、あんたの息子の火さ。確かにずいぶん燃え尽きるのが早い命のようだねぇ。ああ、急に動くんじゃないよ。余計な風がふくと、消えなくてもいい命まで消えちまうじゃないか。
あんたが知ったとおり、私はある程度命の火を操ることができる。命が残っているものから、消えかけた命に時間を移してやることができるんだ。それは嘘じゃない。あんたが、自分の命と引き換えにと思っているのも知っている。だがねぇ、一つ問題がある。実は、あんたの命もさほど長くない。
短いあんたの命を息子に移したなら、あんたはすぐに死んじまって、しかも相手も遠くなく死んじまう寸法だ。とと、泣くんじゃないよ。手が無いわけじゃ無い。だってね、あたしゃ嬉しいのさ。
あんたが私の名前を古い本から見つけ出してくれてから、私はあんたが来るのをそりゃ楽しみに待ってたんだ。命の炎はそりゃ美しいけど、ここでただ見守っているのは案外退屈するものなんでねぇ。
そこで、モノは相談だ。例えば、ここに勢いよく燃える火がある。まだまだ生きそうな勢い良い火だ。誰のものだと思う?あんたに言い寄っている、隣町の田吾作さ。後家になったお前さんを何とか物にしたくて何かと訳をつけて通ってるだろう?
例えばこの命の一部、お前さんの息子にもらえれば、息子は生き延びることができる。
ただし、その男がどんな形でもいい。命を半分、くれると言葉にして誓うことが必要だ。
お前さんにできるかね?
おや、いっちまうのかい。あたしはちゃんと聞いているからね。心が決まったらお言いよ・・・
女は混乱しながら山の祠を走り出た。村に伝わる炎魔の伝承を、女は奉納舞で神社の倉に入った時にたまさかに見た書物から知ったのだった。自らの命と引き換えに、めっきり弱って青い顔をして咳き込んでいる我が子の命を伸ばす。それはこの上なくいい考えに思えたのだが・・・他人の命を?そんなことができるのだろうか。
いいや。できる訳がない。私に言いよる男は、あわよくば息子が死ねば私が心を決めてくれると思っている。だけど・・・目の裏にはいつ消えるかも分からぬほど短くなった息子の命の炎がこびりついている。どうにかならぬものか。どうにか・・・
村の夜は早い。来たばかりの夜の帳の中で浮き上がるような女の白い肌を撫で回しながら、男は譫言のように女の名を呼んでいる。対する女は能面のような整った顔を微かに歪め、男のなすがままになっているのだった。
そのまま女を喰らい尽くそうとするかのように身体中を舐めまわし、何とか女の快楽を引き出そうとするのだが、火のつかぬ体に焦れる。すでに何度目かの精を放ったところで言い訳のように
「もう、こうなったからには、おいは何が何でもお前を女房に・・・」
と口走ったところで、初めて女がまともに男の目を見た。
「ねぇ、とうきちさん、入らずの御山の奥の、毎年しめ縄を替えに行く祠があるだろ。あそこには妖が住んでるって話を知ってるかい?」
「ああ、何でも色っぽい女の妖だってだな。会ってみてぇもんだって、童の頃に入り口あたりをうろうろしたことはあるぜ。案外奥が深くて、どんどん下へ降りていくもんで、恐ろしくなって奥まではいかなんだ」
「あたし、会ったんだよ。確かに色っぽい女の姿をしていたよ。」「すげぇな。で、その女はあんな山の中で何をしてるんだ?」「あの人はねぇ・・・命の火を守ってるんだよ」
女は男に語って聞かせた。
祠の奥の洞窟の、さらに奥の奥。急に開けたところに無数に並ぶ蝋燭の火。太いの、細いの、長いの、短いの。キラキラと綺麗で、でも恐ろしくて。
「そこでね。あたし聞いちまったんだ。あたしの命の火、これっぱかりもなかった。あたし、どうやら長くないらしんだよ。あたし、どうやって死ぬんだろう。病だろうか。怪我だろうか。どうせ死ぬなら痛かったり、苦しかったりしないといいねぇ。あの蝋燭を吹き消すように、スッと死ねるといいんだけどねぇ」深いため息をつく女の美しさよ。「そんなことを考えてたらたまらなくなって、つい優しくしてくれるあんたにすがっちまったけど、そんな訳だからあたしは女房にはなれないんだよ。」
男は慌てる。
「そんな、殺生な話があるもんかい。何かの間違いじゃないのか。いや、間違いじゃないとしても、なんか手はないのか、手は。」「聞いたよ、もちろんさ。命が残っているものから、消えかけた命に時間を移してやることはできる、そう言われたよ。でも、命をもらう本人が、くれると言ってくれなきゃダメなんだってさ。万が一にもそんなお人好しが、いる訳がないじゃないか。」女はゆらりと体を寄せて男の屹立したものをまさぐった。「あんたの命の火も見せてもらった。まるでこんな風に太くて、長くて、勢いよく燃えていた。あんたはさぞかし長生きするだろうねぇ」
男はたまらなくなって再び女を組み敷く。女はどこまでも柔に男を受け入れる。
死んでしまうのか。この柔らかな体が、冷たく、堅くなって横たわるのか。それはあまりに勿体ない話じゃないか。やっと、やっと思いを遂げたというのに。油揚よろしくかっさらわれてしまうのか。
「だから、野暮なことは言わずに抱いておくれ。あたしゃ、柄にもなく怖いんだよ。あたしが冷たくならないようにあっためておくれ。抱きしめて、気持ちよくさせて、怖いことを忘れさせておくれな。ねぇ、とうきちさん・・・」
うつらな夢の中で男は夢を見る。ゆらゆらと揺れる蝋燭の海・・・ああ。小さな、弱々しい炎がまたたく・・・これが・・・か・・・?
浅い夢から覚めると恋しい女の顔が腰のあたりにあって、ふわりと笑って男自身を含んだ。経験のない快楽に男は陶然と酔いしれた。美しい女の顔にあの蝋燭の火が重なる。今にも消えそうだった、弱々しい火。
「なあ、俺の・・・火は・・・長くて太かったと言ったな・・・」「ああ、強い・・・いのちだったよ。」
半分。ならば。
「ゆう」「ん・・・何だい」「やろうか、命。俺の、半分。」
思いの外口は軽く動いた。女は目を見開き、口を半ば開けて男の顔を見つめる。
「あんたのあの、強い命を下さるのかえ。半分。あたしに。」「ああ」「その言葉は本当かい。」「ああ。お前さえ・・・」その先は出てこなかった。女の目が爛々とかがやきだし粗末な着物を肩掛けにして半身を起こす、その様があまりにも美しかったから。
「焔魔様は聞いていると言いなさった。聞いていなさるか、声は届いているかい。今この人は、あたしに命をくれると言った。あの命の半分。」
それは脆い土の壁がミシミシというように思えるほどの。それに応えるように囲炉裏の残り火がゆらりとゆれて大きく燃え上がる。空気が振動した。それは確かに、女の笑う声だ。
「こころえたり」
男は肝も玉も縮み上がって頭を抱えて藁布団に潜る。白い女の裸体に炎がまだらを描く。燃え上がる炎を映した女が炎に向かって両の手を差し出す。
「そして、そして。焔魔様。その命を我が子にっ」
もはや、焔魔の哄笑は頂点に達し、男は白目を向いて意識を手放した。
「かわいや、母の心よ。心得た」
炎がもう一つ、ぼうと燃え上がったと同じくして女の膝が折れ、そのまま女は仰向けに倒れ込む。満足げな笑みを残して。
気がつけば女はあの祠にあり、ゆらゆらと揺らめく蝋燭の海の中に座る焔魔の姿がみえた。アタシハシンダノカシラ
焔魔が女に微笑み、蝋燭に向かって指を差す。
ご覧。あの男の命の半分、あんたの子に継いでやった。あんたの子は長生きはしなくとも、大人になって恋くらいはできるまで生き延びるさ。で、お前はそのまま死んじまっていいのかえ。
アタシハシンデナイノ?
お前さんがいるのは生死の合間みたいなところさ。残りの短い命をあの男と子のつなぎに使っちまったからもうほとんど残りがない。このまんまならあの世行きだけど・・・あんたには久しぶりに楽しませてもらったからね。どうだい、あんたが伸ばしてやった子の行く末・・・見届けてやりたくはないかい?私もここで一人きりで火の番をするのは飽き飽きなんでね。ここで私の話し相手をしないかい?もちろん、今のままって訳にはいかない。あんたの残り少ない命を伸ばすのに、あんたには長持ちする型に入れ替わってもらう。そうさね、こないだ拾ってきた日本人形なんてどうだい?多少不自由にはなるが、少しなら動くこともできるし、私とは話ができる。あんたは私の話し相手をしながら、憂き世を見通す火鏡から、子の行く末を見守ってやることができる。時の止まったこの場所で、すぐに壊れる肉体を捨て去れば、お前さんの残り少ない命でもかなり長らえることができるんだよ・・・
女は逃れえぬ罠にはまったことを知る。くすくすと上機嫌に笑う閻魔の横で、日本人形がことり、と動いた。
追記:
黄泉童の姉御分として考えましたが、なかなか写真がハマらず。
自分でも撮ってみたのですが、やっぱり今一歩。
文章も、ある程度場所を絞ってそれなりの方言にするつもりが暖めたまま時が過ぎ。
このままでは進まないので思い切ってアップしてみました。
そんなわけですから、大幅に改訂するかもしれません。
写真は関健一さん。蝋燭撮影会より。