私の上司にもこんな人がいますね
  自分の意見にこだわってまったく人の言う事を聞こうとしない
  本当に困ったものです


『馬(うま)の耳(みみ)に念仏(ねんぶつ)』 

『馬の耳に念仏』

馬は、念仏を聞かせてもまったく気に留めない。そのように、他人の話が耳に入っても全然心を動かさないこと。

1.上(うわ)の空で、人の忠告に従う気がないこと。

2.無知なために、高尚なことを聞いても、一向に理解できないこと。

3.自分の利益にならないことなので関心を示さないこと。

類:●秋風耳を過ぐ●馬耳東風●猫に小判●糠に釘●暖簾に腕押し●牛の角に蜂●知らぬ顔

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翌日。熊五郎と八兵衛は仕事が始まるということで、野崎屋への太助の付き添いは、与太郎が行くこととなった。
報告会を兼ねてささやかな歓迎の会をやるから、暮れ六つ(=18時頃)に、太助を「だるま」まで連れてくるようにと、与太郎に言い付けて、熊五郎たちは仕事に出掛けていった。

>八:与太郎の奴、真逆(まさか)本気じゃねえだろうな。
>熊:あれだけ止めたんだ。諦(あきら)めただろう?
>八:しかしよ、いくら太助のためだってよ、与太郎に下っ引きの真似事なんかできやしねえよな。言っちゃあなんだが、与太郎だって立派な愚図(ぐず)だもんな。
>熊:違ぇねえ。

直(す)ぐにでも現場へ向かうものと思っていたのに、源五郎は、昼過ぎからということにしてきたという。

>源:みんな揃(そろ)うまで上がって茶でも飲んでろ。
>熊:へい。それで、昼前は何をやってれば良いんですか?
>源:初詣(はつもう)でに行こうかと思う。
>八:そう言えば元旦は出掛けませんでしたね。
>源:ああ。元旦は混み合うからな。身重(みおも)にはきつかろうと思って。
>熊:流石(さすが)、女房思い。
>八:妬(や)けますねえ。
>源:そんなんじゃねえ。
>八:またまた。よっ、この色男。
>源:大概にしとけ。
>熊:今年も八幡(はちまん)様ですかい? 強く逞(たくま)しい男の子になりますようにって。
>源:まだ男と決まった訳じゃねえだろう。毘沙門さんで沢山(たくさん)だ。
>熊:毘沙門様は厄除(やくよ)けとか家内安全の神様ですよ。安産祈願じゃなくて良いんですかい?
>源:だから、身重に入谷(いりや)まではきつかろうってんだよ。
>熊:そうですね。この際、家内安全で引っ包(くる)めちまいましょう。
>源:・・・ほんとのこと言うとな、入谷のはな、親父(おやじ)と母(かあ)ちゃんが上等なお札を買ってきてるんだよ。
>八:流石(さすが)は棟梁。
>熊:なんと言っても初孫ですからねえ。猫っ可愛がりしますぜ、きっと。
>源:俺のことなんか洟(はな)も引っ掛けねえ。「あややあやや」って、まるで取り巻きみてえに張り付いてやがる。
>八:姐(あね)さんを取られちまったみてえで面白くないんでしょう。初詣でを口実(こうじつ)に、姐さんと2人しっぽりとですかい?
>熊:それじゃあ、おいらたちは、まるで邪魔もんじゃないですか。
>源:そんなことねえさ。今更、しっぽりでもねえだろう。
>八:そんなこと言って、ほんとはおいらたちが遠慮するの期待してるんでしょう? 大丈夫ですよ。ずうっと離れたところでお参りしますから。
>熊:そうそう。どうせ独り住まいのおいらなんかにゃ、家内安全も要らないですからね。

>源:長屋全部の安全を祈願すりゃあ良いじゃねえか。そういう意味じゃあ、八よりもお前ぇの方が要るんじゃねえのか?
>八:親方、そりゃあ、お咲坊のことですかい?
>熊:止(よ)しやがれってんだ。そんなんじゃねえって言ってるだろう。・・・親方も親方ですよ。おいらにはこれっぽっちもそんな気ないんですからね。まったく、何回言えば分かって呉れるんですか?
>源:そうか。まあ良い。どっちにしても、長屋の皆の安全を祈願するのは悪いことじゃねえ。そういうことだ。
>八:分かったか? 精々(せいぜい)おいらと母ちゃんの分まで祈願しとけ。おいらは自分の行く末のことだけ祈願してくるからよ。
>熊:まったくいけ好かねえ野郎だな。
>八:へへーんだ。嫌いで結構、好かれちゃ困る〜だ。

五六蔵と三吉・四郎が揃ったところで、毘沙門様へと出掛けていった。
正月4日の明日が仕事始めというところも多いらしく、3日の今日は、詣で客も結構来ていた。芋洗いという程ではないが、20人近くの参拝客を待たなければならなかった。
出店を出しているのがやくざ者ということもあってか、十手(じって)持ちらしい者も見受けられた。

>鴨:おう、熊五郎。初詣でとは優雅だな。
>熊:鴨太郎か。なんだよ、今日は奉行所じゃねえのか?
>鴨:人が集まるところに騒ぎは付き物だ。建物の中に居たって騒ぎは止められねえからな。
>熊:そんなこと言ってると落ち零(こぼ)れるぞ。
>鴨:今更出世なんて気にしちゃあいねえよ。去年の夏の一件でお役御免になってたって不思議じゃねえんだからな。
>熊:この半端(はんぱ)役人が。
>鴨:勝手に言ってろ。・・・ときに、相談事があるんだが、今夜あたりいつもの店にいるのか?
>熊:なんだよ相談事って。ここじゃ済まねえようなことか?
>鴨:あまり世間様(せけんさま)の前でできるような話じゃねえんだ。早めに行くよ。
>八:丁度良いじゃねえか。こっちも太助のことで、相談に乗って貰おうじゃねえか。
>熊:止せよ。
>鴨:太助? ああ、あののっぽのことか。まあ、俺にも少しは責(せき)があるからな。
>八:話せるねえ。堅物の熊とは大違いだ。
>熊:放っとけ。・・・じゃあ、今晩な。長屋の奴も何人か一緒だけど構わねえよな。
>鴨:ああ。

(同心が大工に相談事?)
熊五郎は、一体どういう内容のことだろうと思案したが、見当(けんとう)も付かない。
(お夏坊とのことか? そういうことなら骨を折っても良いんだがな)
そんな事を考えていたので、お参りにも身が入らず、結局、長屋の皆やお咲のことを祈願するのも、自分本人のことを祈願することさえ、忘れてしまっていた。

>五六:熊兄い、どんなことを祈願なすったんです?
>熊:ん? 祈願? ああ、別のこと考えてて、なんにも祈願しなかった。
>八:何しに来たんだか分からねえじゃねえか。お咲坊が泣くぞ。
>熊:まだ言いやがるのか。お前ぇのお頭(つむ)は、人が言った言葉を覚えられねえほど傷(いた)んじまってるのか?
>八:とんでもねえ。おいらのお頭は、3日前の朝餉(あさげ)の味噌汁にどんな具が入ってたかだって覚えてるぜ。
>五六:下らねえこと覚えてますね。
>八:良いじゃねえかよ。こいつがおいらの物覚えを疑いやがるからよ。
>三:どうせ、食い物の事で一杯なんでしょう?
>八:随分舐(な)めた口を利くじゃねえか、三吉よ。おいら、お前ぇが菜々ちゃんに波銭(=4文硬貨)1枚借りてるのだって覚えてるぞ。
>五六:こら三吉、お前ぇ、貧乏人から金を借りるのは止せってあんだけ言ったのに、まだ分からねえのか。この瓢箪(ひょうたん)頭。
>三:め、面目(めんぼく)ねえ。
>八:なんだその瓢箪頭ってのは。
>五六:振るとカラカラ音がするくらい軽いお頭(つむ)だってことですよ。
>八:成る程な。じゃあ、中身がずっしり詰まってるおいらのお頭は西瓜頭(すいかあたま※)だな。
>熊:・・・こいつ、ほんとに西瓜頭だな。