夢パワー企画 岡部のありがとう

「夢パワー企画」 岡部の日々の出来事、想いを発信します。

12月の愉しみ

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12月になると、

街は一気にクリスマスムードになる。

大人も子どもも心がワクワクする時期だ。



私もクリスマスの思い出が、たくさんある。

心に残っているのは、小学3年生のときのことだ。

親戚のおじさんからのプレゼント。

三越の包装紙で包まれていた。

ドキドキしながら開くと、

真っ赤な可愛いショルダーの鞄だった。

大人のように扱ってもらえたことが嬉しかった。

日常使いにはもったいなくて、

大事に置いていたことを思い出す。



私も親になり、

子ども達のサンタ役にもなった。

その頃にも印象的な出来事があった。

それは、娘が小学3年生くらいの頃。

娘はキャラクターの時計が欲しくて下見に行き、

「おばちゃん、誰にも売らんといて。クリスマスまで置いておいて」

と店の人に言ってたらしい。

後日、店の人からそのことを聞き、

とても驚いた。

クリスマスに娘と買いに行った時の

彼女の満足そうな表情は今も忘れられない。

「親が与えたいもの」と「子どもの欲しいもの」は違う、

ということに気づかされた。

それ以降は子ども達に欲しいものを

聞くことにした。

高額なものは子どものお年玉や小遣いなどで

補うように話し合った。


そして、現在は孫達のサンタ役だ。

孫達の要望は、娘に聞いている。

さすがに高価なものは求めてこない。

離れた場所で暮らすため、

なかなか直接は渡せないが、

送る時には手紙をつけている。

その返事は必ず電話でくれる。

近況を直接本人から聞けるのは嬉しい。

「気にかけてもらっている」と思うだけで、

お互い幸せな気持ちになる。 

このプレゼントを通したコミュニケーションは、

できる限り続けていきたい。



忙しい師走だが、

大切な人たちのサンタ役になり、

喜ぶ顔を想像しながらプレゼントを選ぶ。

そんな12月を愉しみたい。



2018.12.12

岡部 記代子

心に響く言葉かけは、人を動かす

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昨秋、夫は脳のバイパス手術を受けた。

手術から1年が経過。

思い返すといろいろなことがあった。


夫は4年前に軽い脳梗塞をおこしてから、

「もう良くならない。」

など自己否定の言葉がよく出ていた。

そんな夫に対して、

担当の脳外科医は微笑みながら、

夫の話をじっくりと聞いてくださった。


入院を要する検査もした。

検査の結果「半年後にはよくなる。」と

嬉しい言葉をいただいた。

しかも、年齢や体調からみて

「バイパス手術が可能だ。」とも仰った。

私は「チャンスの神様 到来!」と

喜んだ。

しかし、夫は「手術」と聞き、

不安を隠せなかった。

そんな夫を見てドクターは、

「僕の父は80代で、手術したくてもできなかった。」

「僕があなたの家族なら手術してもらう。」

と自身の経験にも触れながら手術を勧めた。

このドクターの暖かい後押しが、

夫の心に変化を起こした。

「やりたくないが、今ならできる」

ということが勇気となり、

この3ヶ月後に手術となった。


手術は7時間にも及ぶ大変なものだった。

術後は動けず、点滴をする日々が続いた。

治療、検査の繰り返し。

ひたすら耐えた。

その後、リハビリの病院に転院。

ドクターの言っていた「半年後」に

退院となった。

退院後の夫は、表情が明るくなり、

声にも張りが出た。

会話もスムーズ。

杖なしで歩けるようにもなった。

お気に入りのカフェへ1人で出かけるのが

日課となった。

自信を持つと人は変化するものだ。


心に響く言葉かけは、人を動かす。

今回の夫の療養で身をもって感じた。


2018.11.20

岡部記代子


 

ほっとする居場所

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11月に入った。

秋の夜は長い。

テレビでニュースを見ていると、

どの局からも同じような話題が流れている。

天災、人災、犯罪とつきることはない。

夜長をスマホに夢中になって過ごす人も多い。

私達の脳は大丈夫だろうか?と心配になる。


私が居場所作りを始めたのは1998年。

阪神淡路大震災の3年後だった。

私自身も家が全壊し、

気持ちの切り替えには時間がかかった。

しかし、気持ちにゆとりができると、

新たな勇気と希望が湧いてきた。

「元気が出る、安心安全な居場所を作ろう!!」

そう思い立ち、心が燃えた。

思いが強くなるのと同時に、

必要な人や物が集まった。

再建した芦屋の自宅で居場所を開設。

習いたての心理学も伝えていった。

関わったメンバーのいいところを見つけ、

適材適所で活躍していただいた。

歌や朗読の会、手作りの会、料理教室、

クリスマス会、お誕生会、小旅行などなど。

皆で作りあげた。

人と人が触れ合い、楽しみが増えると、

いつしか笑顔が溢れた。

そして20年の歳月の流れた。

その間もまさかの坂は押し寄せたが、

人との触れ合いを大切に、

前向きに明るく切り抜けてきた。


 

私は自宅に「おひとりさま」の

お篭り部屋を設けている。

その部屋に入ると誰にも拘束されず、

気持ちが落ち着く。

空想にふける幸せの時間。

よく空想するのは

5060代のパワー溢れる年代の方々に

心地よい居場所を作って欲しい。

自分自身でも、また居場所作りをしたい。

ということ。


秋の夜空に光輝く星にも「夢は届け」と。 

 

2018.11.7

岡部 記代子

 


私の習慣

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私には続けている習慣がいくつかある。

その一つが「早起き」だ。

以前の私は、日付が変わるまで

起きていることが多かった。

夜更かしした翌日の気力の無さと

時間を無駄に過ごしていることに

嫌気がさした。

そこで、約15年前に気持ちを切り替え、

「朝6時に起きる」と決めた。

友人から「携帯に録音した声を

目覚ましにする機能」を教わり、

すぐに録音と設定をしてもらった。

これが功を奏して、

ほぼ毎朝6時に起きられるようになった。

最近では目覚ましが無くても、

自然と6時に目が覚めるほどだ。

早起きをするようになり、

時間のゆとりが生まれた。

私の早起きに貢献してくれた友に感謝だ。



私が続けている習慣の二つめは、

「私だけの記念日」をつくることだ。

毎月1日と15日は

「打出神社をお参りする日」とした。

打出神社は私の氏神さまだ。

芦屋に戻ってからは、

欠かさずに参るようになった。

定期的に気持ちのリフレッシュができ、

半月ごとに季節の移ろいも感じられる

私の大切な「記念日」だ。


101日は「母の言葉」記念日だ。

私の母は「言葉」をとても大切にし、

ネガティブな発言を全くしない人だった。

私の合言葉である「ありがとう」も、

母の最後の言葉だった。

もう40数年前の出来事だが・・・。

命日は別の日だが、

母の言葉を思い出すことが多い10月を

「母の言葉」記念日にした。

母の言葉を宝物のように慈しむとともに、

胸に刻む日としている。



今春、シルバー人材センターの会員様向けに

講演をさせていただいた。

講演で「自分だけの記念日づくり」にも触れた。

すると講演後に来場者の男性から

「心に響いた。僕も記念日をつくりたい」

と嬉しいお便りを頂いた。

「記念日づくり」は、「いいことを習慣にする」

手っ取り早い方法だ。

「いいことを習慣にする」と、

物事が好転しやすい。

人生は山あり谷あり。

楽しいことばかりではない時もあろう。

そんな時こそ「記念日づくり」を

してみてはどうだろうか。



2018.10.1

岡部 記代子

たおやかに生きよう

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9月。

晴れの心地良い風に吹かれると、

ほっとコスモスの花畑を思い出す。


この夏は、水害・台風・地震と

まさかの出来事が相次いで起こった。

テレビ画面を通じて私の目に入ったのは、

被災された人達や被災地でヘルプする人達の姿だ。

私自身も阪神大震災で被災しており、

その時の記憶がよみがえる。

当時、私は50歳。

新年に一年の夢を誓った矢先の、

思いもかけない出来事だった。

住んでいた家は全壊。

夢中で逃げ、命のみ助かった

被災したあと少し気持ちが落ち着くと、

周りの人達を見て気づいたことがあった。

多くの人が「人との触れ合い」を求め、

人と寄り添うことで安心を得ていた。

すぐに、

「安心できる、明るい居場所を作ろう!」

とスイッチが入った。

ひとりで活動を始めてから20余年。

山あり谷あり。

たくさんの出会いがあり、

多くの方々がサポートしてくださった。


現在もあちこちの被災地で、

ボランティアをする若者が多いと聞く。

嬉しく、頼もしいことだ。

阪神大震災の時にもレスキュー隊の活動を

目の前で見た。

人々が助けられるたびに歓声が上がった。

当時、私自身も親しい方々から優しい言葉や

数々の親切を受けた。

あの時の嬉しかったことは今も忘れてはいない。


今や、人生100歳と言われる。

若い時は即行動もできたが、

最近は目や耳をはじめ少しの衰えを自覚する。

せめて明るく笑顔で有り続けたい。

私は意識的に若い人達の仲間入りを

するようにしている。

「知らない」「わからない」ことの連続だ。

だが、若い人達からは元気や情報が得られる。

若い人達から刺激を受け、

心にゆとりができ、心が喜ぶ時間も生まれた。

昔のように自宅でサロンを開くことは叶わないが、

「人と夢を応援したい」という気持ちは変わらない。

私のペースで、夢パワーを続けていきたい。

ゆらゆら揺れるコスモスの花のようにたおやかに。


2018.9.22

岡部 記代子


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