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『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』長谷川三郎監督単独インタビュー後編では、ドキュメンタリーの作り手である監督が福島さんから身を持って教わったこと、福島さんの目から見た原発事故後のフクシマ、そして本作の撮影を担当した山崎裕さんが福島さんや福島さんの写真を被写体としたときの「距離感」などを伺いました。半世紀以上被写体と真摯に向き合って写真を撮り続け、”ニッポンの嘘”と闘ってきた福島さん。撮影時のエピソードをお聞きするだけでも、その人物像がさらに立体的になった気がします。
━━━ドキュメンタリーを教わったと監督は語っておられますが、具体的にはどのような点でしょうか。
映画でも使わせていただいている、「国が法を犯したときは、カメラマンは法を犯してでも撮影しなければならない。法に従っているからいいドキュメンタリーが撮れないんだよ。」その言葉は、頭では分かっていたつもりでも、それを実践して生きている人が本当にいるんだなと。実は「学生運動で投石している若者たちを撮るときに、デモの若者側から撮るんですか、カメラポジションは?」と聞いたんですよ。「何も考えてないよ。感情に突き動かされるまま撮ったんだよ。」とおっしゃったんです。「その現場に入れば、どのポジションに立って誰にカメラを向ければいいか分かるはずだ。頭じゃないんだよ。」どれだけ自分の感情に正直に、真摯に向き合って、感じたことを表現に結び付けるのか非常にシンプルなことを菊次郎さんに教えてもらった気がします。

仕事なんだけど、取材現場は人生なんですよね。菊次郎さんは思想やイデオロギーで反体制の写真家になったのではなくて、色んな人と出会う中で、そういう風に福島菊次郎が出来上がっていったんです。その一番のきっかけが中村さんで、中村さんのことは50年経っても彼の敵討ちをできただろうかと想い続けられるのは、ドキュメンタリーを撮っている人間としてすごいなと、これが一番ですよね。僕も様々な現場での出会いの中から心に残るものはいただいているつもりですが、これだけその人を背負って生きられるのかなと。福島さんのパワーというのは、撮影した被爆者の中村さんもそうなのですが、公害で遺影を持ってカメラを睨めつける少女だったり、色んな人を背負っていて、その人が福島菊次郎に撮らせているんだと思います。ニッポン人が福島菊次郎を作ったんです。僕らが見ようとしなかった、忘れ去ろうとしているニッポン人。月並みに「そのパワーの源は何ですか。」と聞こうとすると、怒られるんですよ。「僕は普通のことをやっているだけだよ。あなたたちがやってないだけだよ。」と。それだけ真摯に現場で心を動かしながら撮ってきた人なんだなとそのシンプルさにやられましたね。

━━━被爆者中村さんに「撮ってくれ!」と言われて、撮影し続けながらも、中村さんの死後は家族に罵声を浴びせられるシーンに、撮る側、撮られる側のその周りを含めた関係づくりの難しさを感じました。
表現って誰かを傷つけるんですよね。写真は武器だと思うので、使い方を間違えると人を傷つけるし、でも傷つけても使わなければいけないときにその武器は使えると思うんですよね。自衛隊を騙してでも撮ったときは揺るぎがなかったと思うんですよ。傷つけてでも何かを救わないといけないと思った時に、武器として使えるんだろうなと思って、逆に言うと自分が撮っているカメラはそれだけ怖いものなんだろうなということを頭では分かっていても、菊次郎さんに思い知らされたような気がしますね。
ドキュメンタリーを撮ることの辛さとか、喜びだったり、危険さとかそういったものが福島さんの言葉とか、生きていることに詰まっているんですよ。それをついついドキュメンタリー論になっちゃうんですよ、戦後の話を聞いていても。

━━━撮影したものをどうしようかと考えていたところに、震災が起こりましたね。
みなさん震災で衝撃を受けたけれど、僕もその一人だったんです。衝撃を受けて、自分の状況を取り戻したときに、このことを福島さんはどう受け止めているのかが気になって、数日たってから福島さんのところに伺ったら、本当に悲しそうな表情をして、食い入るようにテレビをご覧になっていたんです。最初は「僕がもっと体が動けたら、今すぐにでも被災地に飛び込むんですけど、僕みたいな老体が行っても現地で迷惑になるだけだし、倒れてしまうのではないか。迷惑をかけるのではないか。」と行けない状況を悔やんでいらっしゃいました。正直言うと、福島さん次第だったんです。福島さんから今の日本を見ようとしたので、今回の震災も同じように、仮に被災地に行かなくてもこの映画は終わろうと思っていたんです。なおかつ今回の事故のことは、僕たちの問題だと思ったので、福島さんに背負わせてはいけないと思ったんです。でも被災者の状況を僕の知りうる範囲でお伝えして、半年ぐらいしてそれでも行きたいとのことだったので、福島さんと現地に入りました。

少しずつ日常を取り戻し始めた頃で、震災直後はがれきになっていたような海沿いの街がボウボウの草が生えていて、メディアもいなくなって、市内に行くとすごく高濃度なのにマスクもしないで日常の生活を送っていたんです。日常を取り戻していることにショックを受けましたね。あれだけのことが起こっているのに、日常を取り戻そうとしてあまり都市部の人は放射能のことはしゃべりたくない。現地の人がそういう意識だったので、あれだけのことがあって日本が変わるのかなと思ったら、また同じように元に戻ることの怖さを実感しました。その一方で、「今の福島は広島と重なる。」とおっしゃったことを受けて、福島さんの写真を見た時に広島が放射能の爪痕をどうやって隠していって、今僕らが修学旅行で訪れるような平和都市広島にしていったのか。足跡をずっと撮ってきた福島さんがそうおっしゃったときに、その写真を見てゾッとしたんですよね。これから福島でも起きるかもしれないことが、これまで撮ってきた福島さんの写真にはある。『ニッポンの嘘』と言った時に、これは過去のものだと思ってタイトルをつけようとしたのですが、決して過去のことではなくて、これからの日本で始まるかもしれない嘘がそこに映っていたんだなと、そういう意味合いを持ってしまったことに無念さを感じましたね。

━━━デモを撮影していた福島さんの年齢を思わせない機敏さと、真正面から被写体を捉える姿に驚きました。
真正面ってカメラを撮っているときは入れないんですよ。権力側にしてもそうだし、学生運動や三里塚で闘ってきた人にも真正面から入っているんです。今回の映画を撮るときに、福島さんの写真をパネルで撮影していったんです。スタジオを借りて、そこに並べさせていただいてヒロシマから一週間ぐらいかけて撮っていったんです。そのときに、そのニッポン人たちに見られている気がしたんです。色んな語りかけがあって、そんな気持ちで自分が会ってきたニッポン人を届けようとしてきたのではないかと思って。今回の映画は戦後のニッポンを見るというテーマなんですけれど、実はそのニッポン人たちを見る映画に結果的になったし、そういう体験をしてもらいたいと思います。その日本人たちの視線を受け止めるのは辛いですけれど、彼らが見つめる視線を感じてもらいたいと思います。

━━━すごく感情を秘めた視線でしたね。
その位置にカメラが入れるというのは、冷たいけれど根っこの部分で彼ら側に立つという優しさがないとあの正面に入れないと思います。

━━━今回の撮影は、是枝監督作品の常連でもあるベテランの山崎裕さんですね。
彼がいなかったら、撮れなかったですよ。撮影の初日に、菊次郎さんはどういう風に撮るのか見るんですよね。出会いがしらに自分の写真のことを話し始めて、3時間ぐらいお話されたんだけど、山崎は手持ちカメラを一度も下さずにずっと受け止めていましたからね。日常の撮影も、どのポジションからどれだけの距離で、どこでシャッターを押すのか、菊次郎さんはカメラマンだから見ているんですよ。それで一日終わった後に、「あんたら違うね。」と認めてくれました。山崎裕の距離感とか、人を見つめる視線だったと思います。六畳間の中で日常が展開するのですが、戦後の中で生きてきて最後にどうしようかという菊次郎さんの焦燥とか、孤独とか、その中でメラメラ燃えている炎だったり、そういうものを山崎は見事にカメラで撮りきったと思います。山崎もそういう戦後を生きてきたカメラマンだったので、スイングしたのでしょう。こんなに優しく人を撮れるカメラマンはいないです。絶対被写体との距離感で正しい位置にいます。被写体が許してくれたら近づいていくんです。その人の孤独に立ち入れないと思ったら離れるのです。それは生まれ持った山崎が持つ人間に対する眼差しですよね。

━━━被写体との距離感に独特のセンスがある山崎さんですが、今回はその中にも強さを感じました。
菊次郎さんの写真を撮ったのも山崎ですが、普通はカメラマンをリスペクトして引き絵で撮るのですが、今回はズームで撮ってフレーミングしたので冒涜なのではないかと二人で考えました。でも菊次郎さんの写真を撮ってみたら、覗き込みたくなるんですよね。ズームするとそこにドラマが生まれるんです。約束として基本的には写真のフルフレームで一度収めた中で、菊次郎さんの写真に飛び込ませてもらおうということで、そのフレーミングも山崎裕だったんですね。その中にあるドラマをカメラを使って表現をさせていただいたと思っています。中村さんを映した写真は豊かなんですよね。ディテールがその時代を感じたり、その人の持つ悲しさを描いているので、写真を撮影しているうちに「この中に飛び込ませてもらおう。それぐらいで揺るがない。」と思って飛び込んで撮りました。

━━━菊次郎さんは本作をご覧になって、どんな感想を持たれたのでしょうか
試写に来ていただいて、観終わって何かありますかとお聞きしたとき、本当に長い間何もしゃべらないで、「何も言うことありません。」とおっしゃってくださいました。本人は泣いてないとおっしゃっていたけれど、ちょっと嗚咽されていて、「中村が何もしゃべるなと言ったような気がした。」と、自分が会ってきた人にもう一度会ってしまわれたんです。そのことが走馬灯のように駆け巡って、自分の人生って何だったのかとお感じになっていただいたのではないかと。自分が撮った戦後と出会ってしまったんですね。
今は書くことを一生懸命にやられていて、ヒロシマからフクシマへ繋げる壮大なテーマを執筆していらっしゃいますけど、最後まで書けないかもしれないと言っていましたね。ギリギリの中で地元で一生懸命書かれていると思います。

━━━最後にメッセージをお願いいたします。
『ニッポンの嘘』というタイトルは、今皆が心のどこかで思っている言葉ですが、それに対してどう声を上げていいか分からない人たちがたくさんいると思うんです。でもこの国には一人で闘ってきた写真家がいる。その男の闘いを見ることできっとエネルギーをもらえると思うので、これからの日本と向き合うヒントが世代を問わずこの映画にはあるんじゃなかと思います。福島菊次郎に会いに来てほしいです。きっと何かもらえると思います。