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関西の毎日放送(MBS)から生まれた初めての劇場用ドキュメンタリー『生き抜く 南三陸町 人々の一年』。なぜテレビ局が映画という表現手段を試みるのか、阪神大震災を取材し続けてきた関西のメディアだからこそできる震災報道の在り方など、日頃は毎日放送社員として勤めるテレビマンの井本里士プロデューサー(写真右)、森岡紀人監督(写真左)にお話を伺った。

『生き抜く  南三陸町 人々の一年』井本里士プロデューサー、森岡紀人監督インタビュー

(2012年 日本 1時間39分)
<監督>森岡紀人
<プロデューサー>井本里士
2012年10月6日(土)〜第七藝術劇場、10月13日(土)〜ポレポレ東中野、10月20日(土)〜神戸アートヴィレッジセンター、11月10日(土)〜京都シネマにて公開
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━━━テレビで放送した後に、このドキュメンタリーを映画化しようとした経緯を教えてください。
井本:これだけ取材をしているので、記録として何か留める方法はないだろうかと、会社として被災地に何かできることはないだろうかと報道以外のセクションからも声が上がりました。私たちが日々の報道活動をする中のコンテンツとして、これを永続的に記録できるものはないだろうかと。その中で映画という選択肢が出てきたという感じです。
デジタル化が進んでオンデマンドと言われていても、まだまだテレビというのは一過性のものであるといえます。ドキュメンタリーを放送しても個人で録画をされて、いろんな勉強会で使っていただくことはあるのですが、パッケージとして長く観ていただく映像のコンテンツを考えたときに、今は映画というパッケージにすることによって全国発信することができます。(本作の元となったドキュメンタリーは)関西と宮城という特異なケースの放送をしていたので、全国発信かつ長く観ていただけるところに意義があると思います。

森岡:震災発生から一ヶ月後、半年後、一年後の3回放映していますが、2回目の特番をしたときに、社内から映画を作ってみたらどうかという声があり、3作目を作るときは映画を意識してナレーションはを通常の3分の1にしています。

━━━テレビと映画の違いをどう捉えていらっしゃいますか。
井本:毎日テレビでニュースやドキュメンタリーを作る中で、テレビをパソコンや小さな携帯端末で観る方もいらしゃる。そういった意味であまりメディア(出すところ)を作っている側があまり意識していないという面が一つと、もう一つは逆説的ですがかなり意識した面があります。我々テレビマンの取材者がテレビ(パソコンや携帯端末も含めて)という生活に根ざした、集中せずに接することができる映像メディアの作り方と、真っ暗な中である意味強制的に観るものとの大きな違いがあると思います。また、ナレーションを入れ、一つのストーリーとして大きく誘導するのではなく、観られる方によってだいぶん幅広い見方をされるだろうという気持ちで作りました。

森岡:テレビは受動的なメディアだと思うんです。本当にながら視聴だったり、家事しながらだったりで、どこから入っても分かるように、出来る限り分かりやすく作るというやり方にしていますが、映画となるとわざわざ劇場までお越しいただくので、頭から全部観ていただけると思います。そういう面では分かりやすさを排除して、8割分かっていただけたら後の2割は考えてもらって、想像を巡らして感じていただけたらと思います。

━━━阪神大震災の取材を体験した立場である井本さんが、今回の大震災で現地に入られたとき、どんなことを感じたのでしょうか。
井本:私が入社して4年目に阪神淡路大震災が、現場の記者として3ヶ月ほど神戸の街に泊まり込んだ経験があります。今回はじめて被災地に入って感じたのは非常にメディアの数が少ない。少なすぎるなと感じました。というのは、阪神淡路大震災が阪神間沿線で灘区から兵庫区ぐらいまでの間で、そのときに入っていたメディアの密度はすごいものでした。都市型ということもあってメディア取材に関するストレスを早い段階から被災者の方が持っておられた記憶があるのですが、今回は何せ沿岸部がものすごく広いものですから、前回以上のメディアが投入されているにも関わらず実際に行ったところのメディア密度はものすごく薄いんです。こういうのはあまり信じられない光景で、被災者の方のストレスも最初の間は全く感じられなかったし、むしろメディアが取り上げないものだから、もっと取材をしてくれ、もっと映してくれと。孤立してメディアがゼロという地区もあったと思います。そういう意味ではすごくアクセルを踏むというか、なんとしてでも記録をして取材をしなければいけない。やられたと萎えるよりは、アクセルを踏んでやっていた印象がありました。

━━━震災を体験した関西のメディアが東北の震災に密着することの意義をどう考えていますか。
井本:メディアが直接世の中を変えることはないのですが、僕の人生の中で最初で最後だろうと思っていた阪神淡路大震災を凌駕する出来事が起きたときに、あの経験をしている人間がきちんとした記録を残さなければだめだろうという気持ちがありました。
阪神淡路大震災のときにドキュメンタリーに携わったカメラマンは今全員現場にいないんです。普段はニュース番組の編集長をやっているので常識的に考えて、なかなか被災地に行けるわけがないのですが、そのとき一緒に携わった上司に「おまえしかあの経験をしている人間はいないから、そのDNAを引き継げ」と言われて、被災地に行ったわけです。今回はギリギリそのDNAが引き継がれた気がしますね。

━━━繰り返し取材する中で被写体である被災者の方の態度に変化はなかったですか。
井本:全くないといえば嘘になりますが、チーム取材の中で、この人にはこの記者といった形で相当気を遣いました。関西から東北エリアに行っていますから、南三陸を記録する番組を作るんだという視点だけで行けましたので、ある意味本来ニュースとしてマストであるものを全部排除して、南三陸の復旧、復興の記録だけに絞って撮影を続けることができました。宮城のテレビ局と東京のテレビ局がこういうものを作れない現状というのは、多分マストのものがたくさんあって、ここまで深いところにたどり着けない部分があると思います。では他の全国の人間が何をするのかといった時に、阪神淡路大震災を経験している関西の局は、マストのところはやってくれているのだから、もっと奥のところに手を伸ばして、記録していくのが一つの使命ではないかとかなり早い段階から部内で持ち上がった話でした。

━━━実際には50人ぐらいにインタビューをされた中、どういう考えで最終的に映画の数人にフォーカスしていったのですか。
森岡:特番一作目は津波の検証といった形で、二作目は漁業や高台、仮設住宅の入居というもっと住民に根ざしたものを取り上げました。そして今回映画を作る前にシナリオを考えたわけですが、何を取り上げようと考えたときに、まずは今までのものを編集して、最終的には普遍的な命というテーマになっていきました。

井本:被災地にはいろんな問題が絡まっているのですが、今見て考える事実性の糸をほぐして取っていったときに、最終的に娘さんを探して漁を続ける漁師さんの姿を通じて、東北の港町の漁師の生きざまを象徴している部分であったり、あとはどんどん日が経てば経つほど絶望していく人。これはテレビではなかなか取り上げにくい人なんです。皆が前を向きたいときにどういうテーゼなのかと聞かれがちですが、それも現実なのであまりにも暗く見せすぎないように、みなさんの歩みの中でうまく編み込んで、一つのメッセージとして受け止めていただきたい。もう一つは夫を捜す女性が登場しますが、あの人は時間がずっと止まっています。前を向く、時間が止まっているという人を取材した方の中からピックアップして編み上げていく中で、被災地の現実を表現していきました。

━━━冒頭の初日の出のカットなど、何もなくなって、それでも日々は流れ、美しい光景が映し出されていましたが、南三陸現場の空気感を表現するのに工夫した点はありますか?
井本:僕らはすぐにストーリーをつけたがるのですが、(現地の方は)誠実なんですよ。漁師さんはそれでも網を修理して漁に向かいますし、ふつうの感覚だと娘を海に奪われて、まだ海で魚を穫るかと思うのですが、彼らはそれが自分たちの営みであることが体にしみついておられて、誠実に物事に向き合っておられる感覚が強烈に感じました。

あとこの作品を作るのに非常に気を遣ったのが、暗い大画面の中で、そこにいるかのような感覚を体験していただくことです。特にストーリーがはじまるまでの25分間は記録映画のように展開していくのですが、奥の方でヘリコプターの音がするとか、サイレンが鳴っているとか、風の音しか聞こえないんだなとか、2011年3月11日からはじまる数日から1ヶ月間をみなさんにもう一度想起していただいて、「あ、そうやった」と思っていただいてからそれぞれのストーリーに入っていただく。そういった作る側の狙いは相当神経を使って組み立てました。通常のテレビニュースだと風の音は削除し、しゃべっていることを優先させて字幕を入れるので、風の音をたてて聞こえにくくしておき、少しだけ字幕を入れるというのはふつうのテレビではしない手法です。

━━━なかなかあそこまで被写体である被災者の方に寄り添って撮影できないですよね。
井本:ドキュメンタリーを制作して33年になるのですが、おそらくNHKスペシャルを除くと日本ではドキュメンタリーが30年間続くのはMBSだけだと思うんです。今回のカメラマンは映像シリーズをずっと撮っている人たちで、彼らが被災地に入った時の被災者との距離感や撮影の作法は相当レベルが高いと思います。カメラは大きいですからあれを仮設住宅の狭い中で感じさせないコミュニケーションだとか、作品中「家でずっとテレビ見てますね」と言っているのもカメラマンで、カメラを回しながらきちっとコミュニケーションを取ってくれますね。

若いカメラマンだと取材相手がちょっと涙を流すと、寄ろうとするのですが、彼らはほどんど寄らないです。それはドキュメンタリーを作っている我々のセオリーでもあるのですが、ズームすると取材側が「ここだ」と主張することになる。そうではなく、じっと捉えていると見ている人が感じ取ってくれます。主張しない編集だとか、カメラワークがこの映画の静かな部分のベースにあります。
       
テレビや映画はいろんな深さがあるのですが、どんどんそういうものを放棄せざるをえない状況になっています。しゃべっている人のところにどんどん字幕を入れてしまうと、ちょっと表情が変わるところも見ないようになってしまいます。今回はそういう部分を排除したということも一つのアンチテーゼです。

━━━ドキュメンタリー作家ではなく、テレビマンだからできるドキュメンタリーをどう捉えていますか。
井本:作り手が主張する番組もなくはないですが、通常は客観報道と言われている中で、我々としては被災地で起きていることをできるだけ我々の主張を抜いた中できちっと伝えたいという気持ちがあり、そういった意味での我々が提示する映画になっていると思います。大手新聞社とテレビが伝えない映画、そういったものをフリーランスやドキュメンタリー作家が作ると思うのですが、テーマ性によってはテレビが向き合えていない素晴らしいテーマを追いかけている方もいらっしゃいますし、いろいろだと思います。我々としてはチームでやっている以上、一作目はそこには入らないという思いで作りました。

森岡:他のドキュメンタリー作家の方が作った作品は結構主張される場合もありますが、我々のやっているのは正反対で取材者の存在をできる限り消すということです。日々のニュースで培われていて、作家性が薄いというのもそれは逆に新鮮で、現地の状況をよりリアルに伝えているのではないかと思います。

井本:映像のプロという部分で言いますと、テレビ局には膨大な記録の量があります。南三陸だけでも800時間あり、そういうものを切り取って日々のニュースにしています。チームで行って記録したもののボリュームは相当あって、最近のマスコミ批判に若い社員たちは萎えるのですが、そこはもっと自信を持っていいのではないか。我々も言われている部分勉強しなければならない部分もいっぱいありますが、やはり新聞社さんが動かれたレポは深いですし、テレビ局がチームで記録した映像は分厚い。そういうところが今回はうまくでたのかなと思っています。

━━━震災後一年とか節目ではないところで公開するのが、また別の意味でいいところですね。
森岡:震災から一年過ぎて、現地に取材に行くマスコミの数は激減していると思うんですね。先月も取材に行きましたが、被災地の方は震災が風化するのをすごく恐れていてもっと伝えてほしいと感じていらっしゃいます。そういう意味では10月という中途半端なタイミングですが、もう一度見て震災のことを考えてもらえたらと。

井本:いろんな意味でのアンチテーゼがあって、記念日報道ではない中でぽんとでてくるようなものもアンチテーゼだったりします。皆が注目するような時ではないところで静かにはじまって伝わる。我々が行くと大阪からきてくれてありがとうと言っていただくことが多いです。南三陸で完成試写をするのでたくさんの方に見に来ていただきたいですね。

━━━最後にこれからご覧になる皆さんに、メッセージをお願いします。
井本:日々の生活の中で、被災地のことを忘れてしまっていることは決して批判されることではないと思います。でも3.11のときに日本のほとんどの人が「これは何とかしなければ」と思ったのも事実だと思います。なんとかしなければという気持ちをピュアに思い出してもらえるきっかけになるのではないかと思っています。深刻なものを見せつけられるのではなく、それぞれの心の中にちょっと眠っているものをもう一度前に出してもらえるきっかけに、この映画がなると思います。もう一度自分のものを見つけるために見ていただければと思います。

森岡:映画を見ていただいて、震災のことをもう一度思い出してほしいということが一つと、震災のことを描いていますが、根底に流れているのは命というテーマです。3.11以降の日本は命に対する考え方も変わってきていると思います。そういう中でこういう映画を見てまた考えてもらえればと思います。
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テレビと映画、観る側の態度も気持ちも圧倒的に違うメディアへの挑戦。さまざまなテーゼを胸に、蓄積したノウハウやチーム力で真摯なドキュメンタリー作品を完成させていく過程や想いが伝わってくるインタビューだった。現場にいるかのような空気感に包まれて、寄り添うように被災地やそこで今も闘う人たちの一年と静かに向き合える作品だ。
(江口由美)