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左:ガイ・ダビディ監督(イスラエル)、右:イマード・プルナート監督(パレスチナ)

『壊された5つのカメラ パレスチナ・ビリンの叫び』イマード・プルナート監督、ガイ・ダビディ監督インタビュー
(2011年 11パレスチナ=イスラエル=フランス=オランダ 1時間30分)
監督:イマード・プルナート、ガイ・ダビディ
2012年12月15日(土)〜渋谷アップリンク、22日(土)〜第七藝術劇場、2013年新春〜元町映画館、京都シネマ他全国順次公開
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<第七藝術劇場上映スケジュール>
12月22日(土)〜12月28日(金)10:00
★12/23(日)上映後、岡真理さん
12/24(月・祝)上映後、役重善洋さんトークショー
12月29日(土)以降、続映
★上映は1月11日(金)迄で終了


 パレスチナのビリン村で農業を営んでいたイマード・プルナート監督が四男ジブリール誕生を機に家族を撮影し始めたカメラは、イマードやジブリール、そして村の人たちの人生と苦悩を克明に描き出す。ジブリールの成長と、彼が生まれた年から始まった村の土地を侵害するイスラエルの壁撤去を目指す抗議行動を、何度もイスラエル兵士らに壊された5台のカメラが捉えた決死のドキュメンタリー『壊された5つのカメラ パレスチナ・ビリンの叫び』が東京から順次公開されている。本作のイマード・プルナート監督(パレスチナ)、ガイ・ダビディ監督(イスラエル)がこの9月に来日し、第七藝術劇場で先行上映会が行われた。国同士は対立関係でありながらも、命がけで撮影した記録を一本の映画に仕立て上げたイマード・プルナート監督、ガイ・ダビディ監督に、パレスチナ―イスラエルの現状や、メディアで報道されていることとのギャップ、占領下で生きることなどについてお話を伺った。

■パレスチナで起きている真実の姿、そこに生きる人々の姿を知ってほしい。
━━━息子のジブリール君誕生をきっかけにカメラを持ったイマード監督が、本作を作ろうとしたきっかけは?
イマード・プルナート監督(以下イマード):映画ではそういう語り方になっていますが、実際に私がカメラを手に取ったのは、村の抵抗運動を撮るためでした。時を同じくしてジブリールが生まれたので、彼のことを撮るようになったのです。

5camera3 私の村で占領、壁に対する闘争が始まり、それを撮ることによって私は抵抗運動に参加しようと思いました。子どもが成長していく過程を撮りながら、私の撮影の焦点はより村の子どもや私の友人たちに当てられることになりました。カメラは最大の武器であると同時に最大の証人でもあります。

 もう一つ言えるのは、私たちの抵抗運動というのは非暴力の平和的なものです。外国の人たちはパレスチナ人とイスラエルの対立を非常に暴力的なもの、人が人を殺し合うイメージを持っていますが、それは事実ではありません。ほとんどの人はパレスチナの情報をテレビなどのマスメディアを通じて知るわけですが、こうしたニュースの報道は嘘ばかり伝えています。こうしたマスメディアのニュースは多くの場合アメリカやイスラエルの政府によってコントロールされているプロパガンダで、それはパレスチナ人に対するプロパガンダであると同時に、全般的なアラブ人に対してのプロパガンダでもあります。

 しかし、イスラエルやパレスチナで人が全く殺されていないと言うつもりはありません。特にイスラエル政府はこの映画で描いているような形で人々を殺し、子どもを殺し、土地を奪い、家を破壊しています。イスラエルやアメリカのこうした政策が、より人々を暴力的にし、殺人という事態を招いています。

 私たちはこの映画を撮ったのは、まず外の人々、アメリカやヨーロッパや日本の人々にこの映画を見てもらってパレスチナで起きている真実の姿を知ってもらうためです。そこに生きる人間たちの姿を知ってほしかったのです。

■占領という暴力が人間の精神や感情に与える影響を目の当たりにする経験がなければ、この映画を撮ることはできなかった。
━━━ガイ・ダビディ監督が、イマード監督と出会ったのはいつですか?また、パレスチナでの抗議行動に関する映画を作ろうとした理由は?
ガイ・ダビディ監督(以下ガイ):イマードさんはビリン村で何年も映像を撮っておられました。私はその頃西岸の他の村々を取材して、短編を作成しインターネットで公開していました。2005年にビルイン村での非暴力デモが始まり、非暴力の運動に興味があったので何人かのイスラエル人活動家と、活動家として参加するためにビルイン村に入りました。デモにイスラエル人活動家が混じっているのは非常に重要です。デモはイスラエル軍の異常な反応を引き起こしますが、デモ隊の中にイスラエル人が何人かいることでイスラエル軍の対応を抑制する効果があるのです。

5camera4 どうして非暴力の運動を撮っていた私がテーマを変えて、このようなものを撮ったかというと、その時点ですでに非暴力に関する映画は既に何本か撮られていて、ビルイン村で撮られたものもあったからです。水資源が強奪される長編を撮るために2ヶ月半この村に滞在しましたが、そのとき身を持って占領下に身を置くことや、子どもたちが占領下で成長することがどういうことなのか、占領という暴力が人間の精神や感情に与える影響を目の当たりにしました。このときの経験がなければ、後にこの映画を撮ることはできなかったでしょう。

 その頃イマードさんと知り合いました。イマードさんはカメラマンですが非常に重要な存在です。イマールさんは村の住民で、村で起こることの全てを記録している村の一部のようなものです。そして抵抗運動の重要な軸です。2009年にイマードさんから声がかかり、2011年までの2年間でイマードさんが撮りためた映像を編集したり、新たなシーンを撮り直したり、シナリオを書いたりしました。

━━━シナリオを書く段階で、伝えようと努めた点や、配慮した点はありますか?
ガイ:外で起きている社会的な側面と家の中で起きているプライベートな側面をどう統合するかに非常に気を遣いました。外では非暴力の運動が起きており、それに関わる登場人物がいます。しかもそれは6年に渡って事態が展開しており、ビルイン村の運動に対して、イスラエル軍やイスラエル国家が報復を仕掛けてきます。そういうことが起きていることに対して、プライベートではジブリールが成長していくのです。イマードさんの家族が外で起きている事態に対して、どうそれに結びついているのか。イマードさん自身もカメラマンとして撮影しながら、外で起きていることに傷ついているわけです。

 イマードさん自身が私に声をかける前に何百時間もの映像を撮りだめていたので、その映像素材をもとにしてスクリプトを作っていきました。お母さんと息子がでかける場面やジブリールがデモにでかける場面など、外と中をつなぐ場面は後で撮ったものもありました。

■国際社会やパレスチナにおいて「占領に対するパレスチナの闘い」の象徴となるに至った理由は、毎週デモを続けている継続性にある。
━━━抵抗運動が停滞しつつあった時、イマードさんが撮影していた映像を見せて村の人たちの団結力が強まった様子も描かれていました。この時の詳しい状況を教えてください。
イマード:私たちはこの運動を始めたとき、2000人ぐらいの小さな村で、抵抗の歴史を持っていない村でした。まさか村の運動がこんなに長期間続くと思っておらず、数ヶ月すると皆疲れてしまい、最初の頃のようなパワーがなくなっていました。そこで私はデモのときに撮っていた映像を村人や外国人の活動家に見せることを思いつきました。映像で自分たちや友人がデモに参加しているのを見て、非常に勇気づけられ、運動している人たちを励ます効果がありました。

 私たちの村の抵抗運動が、国際社会やパレスチナにおいて「占領に対するパレスチナの闘い」の象徴となり、世界中の人たちがビルインという村の名前を知るに至りました。その理由は今日に至るまで毎週デモを続けている継続性にあると思います。

━━━毎週デモを続ける中で、運動を広げるのにどんな工夫をされているのでしょうか。
イマード:マスメディアはコントロールされていて、パレスチナで起きている真実を伝えていません。パレスチナといえばテロリストや殺人といった暴力的なことが伝えられていて、多くの人たちは非暴力の抵抗運動を耳にしたことがありません。しかし、非暴力の運動は非常に長い歴史を持っています。私たちビルインの運動は、非暴力運動を新しいアクションを起こして展開しています。毎週新しいアイデアを考えることにより、多くの公共メディアや独立系メディアを引きつけています。私たち自身がカメラを活用し、撮った映像をインターネットで流すことによって、更にビルインが焦点化されていきました。

ガイ:例えば最初の2年間、デモはとてもカラフルでした。ミュージシャンが来たり、活動家たちが直接壁に繋がれたり、メディアの興味をかき立てるようないろいろな面白いアイデアを次々繰り出していきました。

■自分自身で見て、占領下の状況を知り、自分をコントロールすることで、占領下の生活を幼い子どもに理解させる。
━━━生まれた頃から占領下にいるジブリールの視線で捉えてみたときに、この状況をどう感じられましたか。
イマード:占領が支配するのは土地だけではありません。占領は私たちの生のあらゆる側面を支配しています。私自身が子供時代に占領を体験しているので、占領下で子どもが成長するのはどういうことなのか、身をもって体験しました。しかし、今ビルイン村の子どもたちが体験していることは、私の子ども時代よりも過酷です。ビルインの非暴力の運動は非常に強力なので、イスラエル国家、イスラエル軍における多大な暴力を招き寄せています。子どもたちは家の外でも中でもイスラエル兵と向き合い、暴力にさらされています。

5BC_Main 私としてはむしろジブリールに自分の目で占領をみてほしい。それが私の中で子どもを守るやり方なのです。自分自身で見て、占領下の状況を知り、自分をコントロールする。これが占領下のふつうの生活なのだということを幼い子どもに理解させるということです。占領軍の中のイスラエルの兵士たちは兵役で来ている18歳から20歳の兵士たちで、彼ら自身が子どもです。父親ではないので、子どもが暴力にさらされた占領下で生きることがどういうことなのか、彼らは全く考えませんが、彼らが結婚して子供を持てばまだ違う考え方をするのではないかと思います。

■パレスチナ人の映画であるべき。自己主張はせず、イマードを中心に据えて、イマードの声でこの作品を作る。
━━━パレスチナ、イスラエルと出身や文化が違う二人でどのようにして一つの作品を作り上げていったのでしょうか?
イマード:ガイは私たちの村のどこにでも行けるけれど、私は行けないので、ガイに電話して村に来てもらいました。問題は彼がパレスチナ人で私がイスラエル人だということではありません。私はガイが私たちの運動に対してどういう考えを持っているのかよく知っていました。どういう人かも分からないイスラエル人と仕事をしたわけではありません。

ガイ:イスラエル人の監督とパレスチナ人の監督で共同制作された作品はこれまでにも複数作られています。しかしその多くはパレスチナ側の視点、イスラエル側の視点でそれぞれバランスを取ろうとします。しかし私はこの映画はイマードをメインキャラクターとして描かれるべきだと思いました。これまでに作られた作品だと、イスラエルの活動家に大きな焦点が当たっています。しかし、イスラエルの活動家はパレスチナ人の活動を支援している訳で、これは彼らの運動なのです。占領に反対する運動は私たち自身の運動で、それによってイスラエルは大きな対価を支払っているのですが、パレスチナ人はもっと大きな代償を支払っています。これはパレスチナ人の映画であるべきだと思ったので、自己主張はせず、イマードを中心に据えて、イマードの声でこの作品を作るという形でこの映画を作りました。

■イスラエルの活動家も、良心の呵責からではなくパレスチナ人の現実を変えるために支援するという形へ変わってきている。
━━━この映画を作ることによって、お互いの国への感情に変化はありましたか。
イマード:ガイさんと一緒に仕事をしたからといって、私のイスラエルに対する感情が変わるということはありません。私はずっと前からイスラエルに出稼ぎに行って、そこでイスラエル人の友人もいますし、日常会話を楽しんでいます。しかし、占領という問題になったときに、彼らがどう考えるか分かっていますので、単に誰かがイスラエル人であるという理由で何かをしたからといって、イスラエルに対する感情が変わるわけではありません。占領という話になったときに、彼らは何かを変えたいわけではなく、このままでいいと思っています。

5BC_Sub3 しかし、イスラエルの活動家は全然違います。2005年に抵抗運動が始まってから、イスラエルの活動家が我々の村にきて、知り合うようになりましたが、彼らは全然違う人たちです。イスラエルの活動家と一般人の違いは、活動家は我々を支援するために来てくれるということです。良心の呵責を感じて抵抗運動に来てくれる人たちがいる一方、多くのイスラエル人はパレスチナ人の現実を知りたいとは思っていません。イスラエルの外にいるユダヤ人はイスラエルの中で起こっていることは知らないので、私の映画を見て、「あなたの映画が僕を変えた」と言ってくれた人もいます。だからそういう人たちにも見てほしいと思います。

ガイ:私もパレスチナ人の友人がいます。占領下から違法に入国したパレスチナ人の友人と半年暮らしたこともあります。私にとって興味深いのは、パレスチナの色々なところで上映したときに、パレスチナーイスラエルの文脈だと批判的なニュアンスがあります。なぜかといえばイスラエルとパレスチナとの関係の正常化というとき、本当の意味での正常化ではなくて、イスラエルがやっていることを保護するのです。パレスチナ側にとっては偽りの関係正常化で、パレスチナ人とイスラエル人が一緒にやっていることがある種の宣伝に使われてしまう。イスラエルの活動家が入って、一緒に壁に対する反対運動をすることなどにも批判がありました。最初の頃は、自分たちの良心の呵責に苛まれた形で関係正常化に努めている人がいたかもしれませんが、今はイスラエルの活動家自身も変わってきています。パレスチナ人の現実を変えるために支援するという形に変わってきています。
(江口 由美)