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『千年の愉楽』舞台挨拶(13.1.14 シネ・リーブル神戸 )
登壇者:佐野史郎、高良健吾、高岡蒼佑、井浦新
(2012年 日本)
監督:若松孝二
出演:寺島しのぶ、佐野史郎、高良健吾、高岡蒼佑、井浦新、染谷将太、山本太郎、原田麻由
2013年3月9日(土)〜テアトル新宿、第七芸術劇場、テアトル梅田、京都シネマ他全国公開
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(C)若松プロダクション

 昨年急逝した若松孝二監督の遺作となった中上健次原作の人間ドラマ『千年の愉楽』が3月9日(土)より全国公開される。海を見下ろす三重県尾鷲市の静かな集落で若松監督が撮りあげた昭和に生きた男たちの運命。女たちに翻弄される血にあらがえなかった美しすぎる男たちの物語を、生まれてから死ぬまでを見続けた地元の産婆オリョウノオバ(寺島しのぶ)の語りで描く。歴代の中本の男を演じた井浦新、高良健吾、高岡蒼佑、染谷将太の美しさと女たちとの絡み、それぞれの散り様は見逃せない。

 本作の公開に先駆け、舞台挨拶付き先行上映会が14日関西で開催され、神戸・京都・大阪の3都市4劇場を一日で回る猛烈関西キャンペーンが展開。そのスタートとなったシネ・リーブル神戸では冒頭から写真撮影全面OKの代わりに、ぜひ本作を宣伝してほしいとファンにとってはうれしい言葉が飛び出した。司会なしで、観客から質問を募りながらのフリートーク形式。若松監督の分までその想いを披露した佐野史郎をはじめ、観客の質問に真摯に答える井浦新、高良健吾、高岡蒼佑の姿が印象的だった。自身が「血」を感じるときや、若松監督流フィクションの描き方など、このメンバーならではの濃密かつ実直なトークを見せた舞台挨拶の模様をご紹介したい。

(最初のご挨拶)
sennen1佐野:礼如役をやらせていただいた佐野史郎です。よろしくお願いします。

高良:今日はこの天気の中、劇場に見に来ていただきありがとうございました。半蔵役をやらせていただいた 高良健吾です。今日は本当にありがとうございました。

高岡:三好役をやらせていただきました高岡蒼佑です。今日は雨の中こんなにたくさん集まっていただき、ありがとうございます。楽しんでいただけましたか。(会場拍手)楽しんでいただけたようで。

井浦:おはようございます。本日は雨の中『千年の愉楽』 先行上映にお越しいただきありがとうございます。彦之助を演じた井浦新です。今日はよろしくお願いします。

佐野:短い時間ですので、こういう深淵なテーマに正面から向き合い、現場でのことや作品への想いは短い時間では語りつくせませんので、それは・・・新くん!

井浦:そうですね。若松監督は上映が終わった後、観ていただいた方たちと映画についてディスカッションしていくやり方をいつもされていました。今日も観た瞬間のみなさんの気持ちをお聞きしながら、いろんなお話ができればと思っています。我々の想いの細かいことは、ここに書いています。公式ガイドブック、4人のサインを入れて今日この劇場で販売していますのでお帰りにお買い求めください。

佐野:お買い求めいただくことが、一番の監督の供養になります(笑)。ということで質問コーナー!(会場拍手)

観客より:男性の色気はどういうところにあると思いますか?
sennnen2佐野:この作品は色気に満ちていると僕は思ってみておりました。同性でも若松監督は70を過ぎても最後まで色っぽいなと、男同士でも酒を飲んでいる時や現場で思いました。何だろうな、ダンディーでしたしね。自分に対してすごく正直な人ということが、色気に結びつくのかなと。着たいものを着て、思っていることを正直に、そのことで他人を傷つけることがあるかもしれないけれど恐れすぎずにということは若松監督との仕事の中で噛みしめたことですね。

高良:身近でいる人で素敵だなと思う人は、したいことをしている人だったり、仲間を大事にする人はカッコイイなと思います。

高岡:色気は自分では全く分からないので、佐野さんが言っていたように若松監督ように深みや人生経験の中で出てくるものなのかなと思います。小学校から色気がある男の子は気持ちが悪いですし(会場笑)、どんどん色気が出ていくのかなと、50ぐらいにそういうのが出せればいいなと思います。

井浦:僕も何百年も前の会ったことのないような人間でも、その人の書いた絵や作った作品を見て、その人からの色気を感じることもあります。自分についてはまだそこまで到達していないと思うのですが、そういう色気を感じる同性の人たちは、逆境の中で生きて、一度すべてがなくなってしまって、そういう中からでも這いつくばって生きて自分の活動をし続ける人というのは傍から見ていて美しく思います。歴史上の人物もそういう風に感じますし、30年そこらで備わるものでもないので、いつの間にかそういうものを重ねていくことによってでないと備わるものではないと思います。

佐野:そういうことも聞きたいだろうけど、どうしても若松監督の話にすれば・・・スケベだったよね(会場笑)。いくつになってもスケベということは大事かもしれませんね。監督は最後までね。

観客より:自分自身で「血」を感じることはありますか。
sennnen3佐野:そういう物語ですからね。僕は出雲の出身で、この舞台となっているのは熊野ですからね。何千年もの話ですからね。教育もあるんでしょうけれど、熊野の地や出雲の地に暮らしていると、何千年も前からここに人がいたんだなという感じがするんです。自分の中の物理的な反応なのかはわかりませんが、そのことを僕はすごく意識します。大切にも思うし、正直うっとうしいとも思うし。例えば子供を見ていると、教育も大きいとは思いますが本来備わっている性質、うちの子に関していえばどうやってもボワンとして好きなことしかやらないというのは、自分を見ているようで、こういうことって避けられないんだろうなという。この程度のことの「血」は感じます。きっと何千年前の人も勤勉な人とそうでない人がいたんだろうなと。

高良:九州の実家から今日は来たのですが、高校までは家族と過ごしていて意識したことはなかったのですが、自分が働き出して父さん母さんと接してみると、きっと「父さん母さん」をしてくれていたのだと思っています。どこか高良家の血で片付けたくないというか、諦めたくない、血だからこうだと思いたくない。そう思ったときから「血」はすごく意識し始めたかなと思います。多分自分の中にいろんな血があるんだと思います。

高岡:正月に実家に帰って、おやじの方に、うちは離婚しているんですけれど・・・。僕もそうですね(会場笑)それも血かもしれません。

井浦:今の高岡君のように、親との関係性から感じるものはやはりあって、20代の頃は家の「血」に葛藤したり、オヤジに似ている訳はない、俺は俺だとどうしても思ってしまったりします。ただそういうのが一周したときに自分に子供ができ、子供を見つめ、親を見つめたときに無意識な状態でそういうのが良く見えてきます。例えば何でもない父親の所作や自分が普段やっているうなづきなど、子供と話しているときに感じたり、それはどうあがいても、『千年の愉楽』でも描いているように明らかに繰り返され、受け継がれています。

観客より:時代設定と、描かれている風景が違っている部分が見られたのですが、役者さんが演じられるときに気にならなかったですか。
佐野:はじめてこれを上映したのが湯布院映画祭だったのですが、最初の質問が全く同じで、「コンクリートの電柱が映っていますが、これはいつの時代の話ですか」と言うやいなや、若松監督が「そういうくだらない質問をするな。予算のあるところだと全部隠して作るんだろうけど、そういうお金がないんだよ!もっと本質を見ろよ!!」とおっしゃいましたね。撮っているのは今の話だし、今の風景が映っています。今生きている僕らです。いくら昭和20年代の3代にも渡っている話ではあるけれど、その割にはやっている方もあまり変わらないし。ということは何代変わっても変わらない風景があると思うんです。何世代重なっても風景が透けるように、コンクリートの電柱の向こうにコンクリートのない時代がある。その結果最新のものが映る。そういうものだと僕は思っていたので。

高良:僕は見えているものは気にしないという感じです。それよりも立っている場所の方が大事ですね。

高岡:僕も全く同じで、風景は楽しんでいましたが、電柱や室外機は三好の目線では見えなかったです。逆にそれを気にさせてしまったのなら、僕らの芝居が作品に集中させていなかったということで、もっと頑張らなければと思います。

井浦:役者という仕事は自分勝手に脳内変換できるんです。見えているけれど無意識にないと、自分でその世界を作ることができるのかなと思います。言われてみるとそういうの(現実的な風景)があるなと思うのですが、『千年の愉楽』の僕が芝居した場所は川沿いにある掘立小屋での撮影だったので特に意識しませんでした。その時代にないものが目の前にあっても、例えばコンビニが目の前にあってもそれは気づかなかったりする、都合のいい脳になるんですね。

佐野:極端に言えば表現には2通りの考え方があって、現実と虚構の世界は違ったもので、いかに虚構を本当のように見せるか。そういう風に見える作品を作ろうとする方法と、どのみち今生きている人が作っているから隠しようがない。現実だろうが、フィクションだろうが現実がどうしても映ってしまう。ならばそのまま現実もフィクションも分けずに、何をこの作品は訴えたいかさえ伝えれば後はどうでもいい。若松監督の魅力はその乱暴さというか暴力性、そこだと思います。隠して隠してきれいに見せるのではなく。いろんな考え方の監督はいらっしゃると思いますが、多分我々はそういう風にしていきたいです。