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8月17日(土)からシネ・ヌーヴォXで開催されている韓国女性監督映画特集2013。
本特集の企画を行ったキノキネマ岸野令子さんが選び抜いた三本の作品を3週間に渡って上映、トークイベントも開催されている。上映作品のうち二本はドキュメンタリーで、そのうちの一本『空色の故郷』は、釜山国際映画祭をはじめ数々の映画祭で受賞しながらも、韓国国内では2003年に4日間公開されただけで、その後テレビ放送されたものの多くの観客の目に触れる機会がないままとなっている作品だ。

『空色の故郷』作品レビューはコチラ

10年来神戸在住というキム・ソヨン監督が来場されるということで、シン画伯の命日にあたる8月18日(日)に会場に伺った際、トークイベントまでの時間を岸野さんはじめ、キム・ソヨン監督他のみなさんとご一緒させていただくことになった。
既にDVDで作品を鑑賞していたこともあるのだが、初対面なのにそう思えない同世代の友達に会ったような気分で、そもそもなぜ映画作りを始めたの?というところから話がはじまった、インタビューというよりはむしろフリートークの1時間弱。映画を観てもよく分かるのだが、非常に勉強熱心で、押さえるところをきっちり押さえた骨太のドキュメンタリーを作るための努力を地道にされていたのが、お話を聞いてよく分かった。トークイベントでは時間が足りずに触れることができなかったシン画伯とのエピソードも、感動的。女性監督ならではの覚悟や気概を感じていただけるのではないだろうか。

■既存の作法とは異なるドキュメンタリー映画を作りたい。
キム・ソヨン監督が大学に入学した88年は、まだ韓国で民主化運動が続いていた頃で、ソウルオリンピック開催、軍事政権が末期を迎えるなど、社会が大きく揺れていた。社会運動的・プロパゲンダー的・啓蒙的なドキュメンタリーが流行っていた時代だが、キム・ソヨン監督は記者になるための勉強に励んでいたそうだ。

残念ながら記者にはなれなかったものの、90年代前半に映画批評サークルへ入り、ヨーロッパ(フランス、東ヨーロッパ、北ヨーロッパ)やロシアなどの映画に数多く接するようになり、特にポーランドのクシシュトフ・キエシロフスキ監督(『トリコロール』三部作)作品に魅力を感じたというキム・ソヨン監督。それらの映画に触れるうち、語りたい内容や事実に集中する既存の作法とは異なるドキュメンタリー映画を作りたいと思うようになったのだとか。
「視聴覚メディアである「映画」の特徴を十分に活用して、撮影・録音・照明・編集・映画音楽・ミキシングなど劇映画の基本的な要素のバランスがよくとれているドキュメンタリー映画。また、知性だけではなく情緒と感受性を刺激できる詩的なドキュメンタリーを作りたい」と、『空色の故郷』では、フィクションの要素や劇映画の作法を取り入れたことも明かしてくれた.。

■女性にメガホンをあげない映画界にチャレンジ!カメラを通してメッセージを伝える。
94年、映画批評サークルに講師として参加したニューヨーク映画学校の先生に「君なら現場で耐えられるよ」となぜか見込まれたキム・ソヨン監督は、いきなり劇映画の撮影現場で記録の仕事をすることに。撮影の状況を全て記録することで、映画学校に行かずして映画撮影の基礎を学んだという。
自分で作品を作りたいという気持ちが募るものの、日本同様90年代半ばの韓国も映画界は男性社会で、女性にメガホンをあげるなんてとんでもない時代だったそうだ。それならば、自分で作品を撮ろう、カメラを通してメッセージを伝えようと心に決めたのが96年のこと。カメラを通して物事を客観的に見るため、常に物事と距離を置くことを意識し、そしてカメラを理解することが映画に対しての勉強と思って撮影の準備を続けてきたと振り返ってくれた。

■新聞記者に直訴。シン画伯との出会いと感動エピソード
ちょうどそのころ、シン画伯が新聞で大きく取り上げられ、連載されていたのを目にし、キム・ソヨン監督は熱心にその記事を読んだ後で、どうしてもこの人を撮りたいと記事を書いた新聞記者に面談を直訴したそう。相手の新聞記者は半ば呆れながらも、シン画伯と無事会うことになったというのだから、これと決めたときの行動力がまずこの映画の出発点なのだ。

初対面のシン画伯の印象を聞くと「身体は小さいけれど、視線がすごく鋭かった」韓国国籍がないシン画伯は、「韓国では何も手伝ってあげられないけれど、タシケントに来るなら全て手伝ってあげる」と撮影を快諾してくれたそう。その際に「煉瓦の道の隙間に花の種が落ちて、ほんの少ししか土がなくても、立派に花が開くから、あなたもがんばったらきっとできる」とキム・ソヨン監督を激励してくれ、その言葉は今も心に残っているのだとか。

96年の1年間を文献調査や企画などのプリプロダクションにあて、97年の1年間は数名の韓国人スタッフを引き連れてタシケントで撮影をしている。最初にキム・ソヨン監督がタシケントの空港に着いたとき、シン画伯はなんと自分の背丈ほどもある大きな花束を抱えてキム・ソヨン監督を歓迎してくれたそう。なんだかその光景が目に浮かぶようで、お話を聞いているだけで胸が熱くなった。
実際の撮影や録音、照明スタッフはウズベキスタン国営放送局に事前に交渉し、その現地スタッフに依頼するなど、初めてのドキュメンタリー制作を国際的なチームで、しかも海外で1年もかけて撮影するという難易度の高い条件下で見事に作品を作り上げたと知り、最初は友達のように見えたキム・ソヨン監督が、とても逞しく見えてくる。なんというパワー。本当はもっとタシケントでの取材の様子や、シン画伯とのエピソードを聞きたかったが、残念ながら時間切れ。それでも、キム・ソヨン監督の映画作りの基礎や、その姿勢を裏付けるお話が聞け、また違った視点で『空色の故郷』を観ることができる気がする。

この後にシネ・ヌーヴォXで開催されたトークイベントの模様は、下記をご参照いただきたい。
〜シネルフレ〜
『空色の故郷』キム・ソヨン監督、トークイベント<韓国女性監督映画特集2013>


24日(土)はこのキム・ソヨン監督と『2LINES あるカップルの選択』チミン監督とのトークイベントが開催される。同じ韓国女性監督でも世代が違うと、映画作りや結婚観など随分違うのではないだろうか。そのあたり、どんなトークが展開されるか楽しみだ。