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『泥の河』の小栗監督が、84年に発表した『伽倻子のために』。在日朝鮮人作家、李恢成の同名小説を原作に、在日二世の青年林相俊(イム・サンジュン)と、朝鮮人の義父と日本人の義母に育てられている高校生伽倻子の出会い、恋、そして別れを、彼らの内面に寄り添って描いた切なく、そして様々なことに想いを巡らせたくなるラブストーリーだ。

北朝鮮への帰国事業に夢を抱いていた50年代末を舞台に、北海道で静かに暮らす伽倻子のもとを、東京で下宿生活をしているサンジュンが訪ねてきたことが、複雑な家庭環境に文句も言わず良き娘であり続けてきた伽倻子の人生を変えていく。オーディションで伽倻子役を射止め、デビューを果たした南果歩の初々しさと秘めた情熱がスクリーンから滲み出てくる。東京へ飛び出し、サンジュンと一瞬だけ新婚生活のような日々を過ごす伽倻子が、サンジョンと地面に耳をつけて、じっと音を聞く。小栗監督は「アンジェイ・ワイダの『地下水道』が好きで、この場面では二人にとって地上で一緒に暮らすことがダメなら、地下があるという意味も込めた」とエピソードを語ってくださった。

雪深い季節から、爽やかな夏まで、四季の北海道の海辺の田舎町の風景が、それぞれの事情を抱えながら生きている人間の歓びも哀しみも静かに包み込む。10年後、その地で伽倻子という名の幼子に出会ったサンジュン。語られない10年が2人が越えられない大きな壁を示していた。

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上映後のトークでは小栗康平監督が登壇し、誕生から30周年記念として上映された『伽倻子のために』の制作秘話や、公開当時の様子が語られた。処女作『泥の河』ではお客さんがはぐれずついてきてくれたが、『伽倻子のために』になった途端訳が分からなくなったと言われることが多かったという。小栗監督自身も小説で読むのと違い、画像で在日を映し出すことは根本的に違うと、積極的にスタイルを変えなければならない苦労があり、当初は右往左往していた。「歴史は過ちに満ちており、客観的に『差別はやめよう』と語ることは可能だが、それが映画かと言えば、それだけでは人の心には届かない」と、ストーリーに頼らない道を選んだそうだ。「何を根拠に映画を撮るかといえば、(監督の自分が)キャメラの脇に立ち、場面場面で自分がどう見ているか。積み重なった眼差しが映画を語る」と自身のキャリアの中で「分かりにくい映画の出発点」と表現、以降の作品のスタイルに大きな影響を与えていることが伺えた。

『伽倻子のために』は映画制作当時は在日や差別運動に関わりの深い人たち側から描かれていないとの批判もあったそうだ。だが小栗監督は「政治社会的なことのみを語っていては、大事なことが逃げてしまう」と激しい差別にさらされていた在日二世を主人公にしながら、その状況下で生きる1人1人の生き方や心の動きに焦点を絞り、見事に映し出しているのだ。

33年で5本という作品数について「よく5本もできたな」と語る小栗監督。「撮影所世代とプライベートフィルム世代の中間で、同世代はうまく映画が撮れない。20世紀は映画の世紀と言われたが、21世紀になりもう完全に潰えてしまった。今、映画産業としてのコマーシャルな映画と自分の作りたい映画、さらにそこにお客さんが重ならない(お客さんが若返ってしまった)」。

さらに、この日一番ズキリときた言葉は「意味から離れてこそ映画が深まる」。
「画像は抽象だがフレームという思考の枠がある。そこには意味を離れる瞬間があり、違った見え方の中で、自分なりに意味から離れる」。
まだすんなりと受け入れられない部分もあるが、少しずつ「意味から離れて」映画を観る楽しみを味わえるようになっていきたい。『伽倻子のために』という作品についてのトークからはじまり、映画の置かれている現状や、映画を観る側の味わい方まで何度もハッとさせられる有意義な時間だった。

『伽倻子のために』誕生30周年記念 小栗康平監督全作品上映 詳細はコチラ