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2年前、『坑道の記憶 〜炭坑絵師・山本作兵衛〜』というドキュメンタリー映画に出会ってから、かつて日本の産業を底支えし、地域コミュニティーを形成しながらも、今は消えていった炭坑への興味の芽が生まれた。今年はモンゴルの炭坑を撮った写真展にも偶然出くわし、炭だらけの手や、穴の奥の光にどこか魅了された。そしてついに、炭坑好きにはたまらない、シンプルで強いタイトルのドキュメンタリー映画に出会ったのだ。

『鉱 ARAGANE』。

『坑道の記憶 〜炭坑絵師・山本作兵衛〜』では作兵衛さんの書いた絵を通じて、もしくは現存する北海道の炭坑の近代化された作業風景を垣間見たのだが、この『鉱 ARAGANE』は、ボスニア・ヘルツェゴビナの炭坑やそこで作業をする作業員たちに密着。炭坑にこだわり、穴の中の作業や轟音を全て焼き付ける。余計なナレーションも、字幕も一切ない。まさに突然その場に放り込まれたような衝撃が走るのだ。

通常のドキュメンタリーよりはるかに度胸が要る、ともすれば命懸けの撮影に臨んだのは、大阪出身の小田香監督。ハンガリーの巨匠、タル・ベーラ監督(『ニーチェの馬』)が若手映画制作者のためにボスニア・ヘルツェゴビナに設けた映画学校の第一期生として3年間タル・ベーラの元でドキュメンタリー制作を学び、本作は卒業制作として作られたものだという。肉体労働の美しさや、体験したことのない炭坑に魅せられ、日頃はなかなか注目されることのない炭坑夫や、彼らが仕事をする現場に光を当てた小田監督に、お話を伺った。

―――タル・ベーラ監督の学校は、まさに一からのスタートだったそうですね。
小田監督:建物だけはあったのですが、学校としての設備はありませんでした。アフリカ大陸以外の全大陸から17人の生徒が集まって、まずは教室を作るところからスタートしました。

―――サラエボに初めて行ったときの印象は?
小田監督:空港からタクシーで移動したのですが、車窓から銃弾が残っている場所もたくさんありましたし、廃墟もたくさんあり、全然知らない国でしたが「凄い場所に来てしまった」という感じがありましたね。

―――映画を学ぶために、あえてサラエボまで行った一番の動機は?
小田監督:もちろんタル・ベーラ監督の作品は拝見し、凄いなと思っていました。彼は、「今の映画システムの中で、若手が守られるスペースが必要。シェルターを作るから、自分の言語を作りたい人は来なさい」ということを信条に学校を作っており、そこにまず惹かれました。今の内に色々な映画制作の方向を勉強したいと思ったのです。

―――処女作はセルフドキュメンタリーですが、どこかで映画について習っていたのですか? 
小田監督:2年間のアメリカ留学時代に、ドキュメンタリーコースでカメラを自由に使っており、夏季休暇で実家に帰った時、家族に自分が同性愛者であることをカミングアウトする様子を撮りました(『ノイズが言うには』)。家族の反応があまり良くなかったこともあり、映画制作をすることでその悩みを克服したかった。その体験はしんどかったですが、学ぶことも多かったので、もう少し映画を撮りたい。そう思いながらも、何を撮っていいのか分からない時に、タル・べーラが若手の映画制作者のための学校を作ることを知ったのです。

―――本作は卒業制作の位置づけだと思いますが、それまではどのような作品を制作されたのですか?
小田監督:タル・ベーラと題材を相談しながら、1学期に1本短編を撮りました。郊外の村人たちを撮ったり(『呼応』)、ロマの人たちのお宅に1週間住まわせてもらい、撮影しました。

―――『鉱』の撮影では、どれぐらいの時間をかけたのですか?
小田監督:2014年の10月から始まり、2015年の3月まで半年間ですが、実際地下に潜ったのは10回ぐらいです。地下に降りるのに20〜30分かかりますし、中では3〜4キロを板だけのトロッコで移動するのです。よその穴では崩落事故もあったりと、危険と隣り合わせ。男の現場ですが、私は映画制作者なので、やはり撮りたいものを撮りたい。その気持ちが強かったです。炭鉱夫の皆さんも最初珍しさはあったみたいですが、彼らも日々ノルマがあるので、忙しく働いていましたね。

―――現場の音が強烈で、映像と共にこの作品をスクリーンで観るべきものと思わせましたが、音に対してこだわった点は?
小田監督:正直、穴の音はうるさかったです。聞いているとイーッとなりますが、それが穴の音ですから。ただ、開かれている穴と閉じている昔の穴があり、閉じている穴は真逆で無音なのが面白かったです。太陽の光が全くない環境で、本当に真っ暗なので、それは凄かったですね。

―――暗闇の中で、ポッと灯りがともっている映像は、まさに自分が穴の中にいるような気分にさせられました。この作品はタル・ベーラからA+の評価をもらったそうですね。
小田監督:タル・ベーラら教授たちの前で、卒業制作である本作の口頭試問をしていたとき、他の教授たちも色々と評価の言葉がありましたが、彼からは一言だけ“I’m proud of you”と。

―――それは、最高の褒め言葉ですね。編集はどのように行ったのですか?
小田監督:撮影時に構成は全く考えていませんでした。ただ、そろそろ終わろうというタイミングで、通訳してくれた人が工夫たちの日課を一覧で書いてくれたのです。それを元にしながら色々なことが同時多発的に起こっている様子と、自分が巡っていった順という2つを軸にして組み立てていきました。

―――ラストはカメラが固定で、シャワーの音や、他の物音が聞こえてきて、カメラが移動して被写体を映すより、色々なことを想像させられました。
小田監督:映像言語として一貫させるものは必要だと思っています。それは自分のサインにもなりますし、撮りはじめる時から意識していました。大体のショットは固定で撮ろうと。

―――「映画作家」ではなく、ご自身のことを「イメージメーカー」とおっしゃっていますが、その意図は?
小田監督:映画は個人によって定義が異なります。大体受け止められている映画というのは、物語があるものだと思いますが、自分が映画制作で考えることは「一つのショットを撮りたい」。
写真が1秒間に24コマ続けば、強い表現になります。どこを取ってもエッセンスが分かりますから。

―――これからいよいよ劇場公開となります。今後の抱負は?
小田監督:親切にされると、恩返しをしたいと思うので、制作以外に上映の宣伝なども頑張ろうと思っています。来年30歳になるので、50歳になるまでに宇宙を撮りたいですね。宇宙飛行士も肉体労働者なので、いつかは肉体労働者シリーズもと思っていますが、宇宙というイメージよりのベクトルですね。
(江口由美)

<作品情報>
『鉱』
(2015年 ボスニア・ヘルツェゴビナ 1時間37分)
監督・撮影・編集:小田香
監修:タル・ベーラ
2016年12月10日(土)〜16日(金)シネ・ヌーヴォにて先行ロードショー、以降全国順次公開
http://www.cinenouveau.com/sakuhin/aragane.html
同時上映:小田香作品集『FLASH』『呼応』『ひらいてつぼんで』
※山形国際ドキュメンタリー映画祭2015 アジア千波万波部門特別賞