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2015年12月に東京で初開催されたイスラーム映画祭。等身大のイスラム教徒、イスラムの国を、映画を通じて知ってほしいという願いから、主催者の藤本高之さんが企画した映画祭。第2回を迎える今年、いよいよ神戸・元町映画館で3月25日(土)から1週間に渡って開催される。製作国もエジプト、バングラデシュ、タイ、チュニジア、パキスタン、インド…と非常に幅広く、大阪アジアン映画祭上映作品の製作国とも被るので、こちらも興味津々。製作年も最新ではないが、見どころの多い秀作がずらりと並ぶ。パンフレットには、「ムスリム女性、ファッション名称の違い」と題するイラストと説明も入っていて、どうやらゴリゴリの社会派映画祭というよりは、親しみやすい映画祭という雰囲気だ。

イスラーム映画祭主催者藤本高之さんは、「大阪アジアン映画祭のスピンオフと思っている」と大阪のアジア映画ファンのツボを押さえているご様子(笑)。映画祭に携わっている者としても、たった一人で3都市に渡る映画祭を行うことの大変さは想像に難くないので、まずは立ち上げ時のお話をじっくりと伺った。

―――まず、「イスラーム映画祭」を立ち上げたきっかけを教えてください。
2009年から2年ほど、アップリンクの配給サポート・ワークショップに通っていたのですが、その時に知り合った仲間が「トーキョーノーザンライツフェスティバル」という北欧映画を集めた映画祭を立ち上げ、私も2010年の立ち上げ直後から参画。2011年2月に第1回を開催し、5年ほどトウキョウノーザンライツフェスティバルに携わってきました。

実は20代の頃、バックパッカーで中東、アジア、バングラデシュやトルコ、イランから北欧までを廻っていたんですよ。高校の世界史の先生の影響でイスラムの国に興味を持っていましたし、実際にイスラム教の国へ行くと、文化的にも日本と被るところがなく、ますます惹きつけられました。帰国後しばらくしてから9.11が起こり、世の中の流れが大きく変わってしまったけれど、その時は何もできなかった。でも、もし今、自分で映画祭を企画するなら、どんな映画祭をしたいかと考えた時、思い浮かんだのがイスラムをテーマにした映画祭だったのです。

■ヤスミン・アフマド監督作品が当初、イスラム映画祭の核だった。
―――映画祭運営のノウハウを身に付けた藤本さんが、いよいよ自らの企画を立ち上げたきっかけの一つに、ヤスミン・アフマドさん作品との出会いがあったそうですね。
イスラムの映画は中東のイメージがありますが、ヤスミン・アフマドさんはマレーシアの監督で、日本と親近感のある感じがし、尚且つイスラム教のことも描いています。中東のイスラムのイメージより、ヤスミンさんの映画の方がイスラム教を身近に感じられると思ったのです。彼女自身も敬虔なイスラム信者ですし。若くして亡くなられた有名な監督なので、基本的にヤスミンさんの映画は特集上映でしかかからない。そのような監督特集の上映とは違う形で、ヤスミンさんの映画を中心に映画祭をやりたいという狙いもありました。

―――第1回のイスラーム映画祭ではヤスミン監督の『ムアラフ 改心』を上映していますね。
第1回は東京国際映画祭で上映された作品が多かったです。最初はまず力のある作品を集めています。野球で言うならスター選手を集めた感じですね。今回は、埋もれているけれど、実は3割バッターみたいな作品を選んでいます。2015年2月にイスラーム映画祭の立ち上げ企画を考えていた時は『タレンタイム』など、ヤスミン監督作品を映画祭のメインにしたかったのですが、シネマート六本木が閉館に合わせて行った特集上映の中で、オッドピクチャーズというマレーシアがバックについている配給会社が1週間に渡って「マレーシア映画ウィーク」を開催し、ヤスミン監督作品を全て上映してしまったのです。さすがに同じ年に東京でヤスミン監督作品を上映すると埋もれてしまいますから、また新たな模索が始まりました。

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■覚悟を決め、上映にこぎつけた運命の映画、『神に誓って』。
―――方針変更を余儀なくされた訳ですね。次にメインに据えたのはどの作品ですか?
次のメイン作品にと考えたのは、パキスタン映画の『神に誓って』です。2015年2〜3月に福岡総合図書館とフィルムセンターが組んでアジア映画の特集をした時(上映企画:
福岡市総合図書館コレクションより「現代アジア映画の作家たち」)、初めて観たのですが、すごい衝撃を受けました。こんなに「イスラーム映画祭」にピッタリな作品はないと思ったのです。ただ、アジアフォーカス福岡国際映画祭は、民間には絶対にフィルムを貸出しないという排他的な部分があり、門前払いで途方に暮れました。民間に一切貸出しないので、アジアフォーカスの映画は、誰も知らない作品ばかりですし、せっかく観客賞やグランプリを取っても、配給がつかない。フィルムセンターぐらいなら上映するかもしれませんが、どうして映画を幽閉する真似をするのかなと思います。

―――本当に映画のためになるのかと疑問が湧きますね。滑り出しは苦難続き、くじけそうになりませんでしたか?
「トーキョーノーザンライツフェスティバル」に5年携わってノウハウもでき、コネも少しはあるので、できるだろうとやり始めたものの、何のコネもないし、非力さを痛感しました。当時はもう一人一緒にやっている人もいたのですが、そのような状態で。そのうち、シネマジャーナルという同人誌のライターさんが、『神に誓って』のウルドゥ語字幕監修をした麻田先生と繋がりがあり、その麻田先生が『神に誓って』のショエーブ・マンスール監督と懇意にしているということを知ったのです。麻田先生を紹介していただくことから始めて、最終的には麻田先生とマンスール監督と僕の三人でメールのやり取りをするようになりました。そこで分かったのは、監督自身、『神に誓って』のネガもプリントも保有しておらず、流通しているDVDしかないということ。『神に誓って』は何十年かぶりにインドで公開されたパキスタン映画で、インドの映画会社に権利を預けたらしく、その会社は倒産してフィルムの消息がつかめないということがその理由でした。諦めようとしたところ、実は2007年に『神に誓って』がカイロ映画祭で上映され、アラブ首長国連邦のエージェンシーがプリントを持っているので取り寄せることができると。でも3時間の作品なので、フィルムだと10巻にもなるのです。

―――輸送代だけでも膨大ですね。高リスクですが、それでも覚悟を決めたと…
リスキーですが、とにかく僕が作品に惚れ込んでいたので、上映したいという思いで取り寄せることにしました。うん十万仕事でしたが、取り寄せたフィルムをテレシネして、それに翻訳者の方から二次使用という形で直接お借りした日本語字幕を日本映像翻訳アカデミーに付けてもらい、なんとか上映に至りました。しかも到着した時に別のトラブルがあり、10巻あるはずのフィルムが小さい箱に5巻しかなかったのです。インターナショナルの短縮版でもあるのかと思いましたが(笑)、映写をして確認すると、パキスタン映画もインド映画同様にインターバルがあり、要は前半だけしか送られてこなかった訳で…。時間も迫っていたので、まずは監督に連絡をして早く後半を送って!とお願いしました。本当にトラブルに次ぐトラブルでしたね。

―――『神に誓って』上映秘話から、映画祭を立ち上げるにはそれぐらい作品へのこだわり、そして熱意が必要だと改めて感じます。
日本でただ一つしかない『神に誓って』のデジタル素材が出来ましたし、第1回イスラーム映画祭ではユーロスペースで3回上映しましたが、全て立ち見と、たくさんのお客様に観ていただくことができました。今回、神戸でもたくさんのお客様に観ていただけたらと思い、映画祭の初日に上映することにしています。イギリス・パキスタン・アメリカの3国にまたがる物語で、スティーブン・ソダーバーグ監督の『トラフィック』のように色味を変えているのですが、パキスタンパートだけ少し赤味がきつすぎるんですよ。それも味があるのですが、とても劇場公開するには難しい状態なのです。しかもエンドロールが途中で欠けていて(笑)。今までは途中からフェイドアウトするようにしていたのですが、神戸で上映するのはDVDと合成し、最後までエンドロールが出る『神に誓って 完全版』なんですよ。

―――神戸だけの『神に誓って 完全版』は、まさに必見ですね。他の作品は順調に準備できたのですか?
フィルムセンターが持っていたものが東京国際映画祭で上映され、そのまま寄贈されたり、国際交流基金にも石坂さんがアラブ映画祭時代にプログラミングした面白いアラブ系映画を未だに保管していますね。

■SNSで想像以上の反応に「見守られている感じ」。海外からも反響を呼び、継続開催と地方開催を決意。
―――作品が揃うと、次は一番大事な広報ですが、それもお一人でされたのですか?
映画祭の数か月前からTwitterやFacebookを立ち上げて情報発信を行ったのですが、思った以上に反応が良かったのです。Twitterも毎日100人単位でフォロワーが増えていきましたし、中東地域に興味を持っている人は一定数いらして、今でも見守られている感じがあります。TwitterやFacebookも皆さん温かくて、むしろ居心地がいいぐらい(笑)。中東地域が好きな方というのは、ブレない。民族音楽がお好きだとか、ベリーダンスがお好きな方もフォローして下さっていますし、もちろん日本人でモスリムの方もフォローして下さっています。そういうフォロワーさんのつぶやきを見ながら、意識的に映画祭に反映できるものは取り入れるようにもしています。ただ、映画祭開催の1ヶ月前に、パリで同時多発テロが起きてしまって。

―――テロが起こると、一気にメディアも「イスラーム」という言葉に反応したのでは?
ラジオや地上波のニュース、BSの国際報道にも出演することになっていて、まさに濁流にのみ込まれるような感じで、「なぜ今、『イスラーム映画祭』なのか」という話や、「パリのテロをどう思うか」という質問を受けました。でもこちらは「イスラム=テロ」というイメージを払拭したいという狙いで取り組んでいるので、「テロ」でこの映画祭が注目されると、逆にプロパガンダになってしまいますから。結果的にはテレビで取り上げられたこともあり、第1回イスラーム映画祭は立ち見もでる盛況ぶりで終わりました。

―――一回で終わるか、続けるかというのは映画祭をする上でまず大きな決断ですが、迷いはなかったようですね。
続けてほしいというご意見や、東京だけでなく地方でも開催してほしいというご意見をたくさんいただきました。また多国語に翻訳されてオンエアされるNHKのラジオでも紹介されたのですが、局の方にメールで「日本人がそんなにイスラムに興味を持っているとは知らなかった」というリアクションが多かったのです。ですから、1回目が終わってすぐに2回目の開催と、地方開催を決めました。今回は正真正銘の一人ですね。TMレボリューションさんじゃないけど、「バンドっぽいけど、一人」みたいな感じですよ。名古屋シネマテークの方は顔見知りだったので、名古屋でイスラーム映画祭をするのならと声をかけていただいていたこともあり、すんなり決定。関西は、最初大阪の劇場も考えたのですが、知り合いから元町映画館を勧められたことと、神戸には日本最古のモスクがあることが決め手になり、早速支配人の林さんに連絡して快諾してもらいました。また、関西で開催する時は、大阪アジアン映画祭の後にすることは最初から決めていました。やはり、大阪アジアン映画祭に来られるお客様と、この映画祭に興味を持つお客様は被ると思うんですよ。ですから、大阪アジアン映画祭でチラシを置かせていただきました。林さんとは「大阪アジアン映画祭のスピンオフのつもりで」と言いながら準備をしています(笑)。(後編に続く)
(江口由美)

イスラーム映画祭主催者藤本高之さんインタビュー後編「イスラム映画祭2の見どころと、映画祭の狙い」はコチラ

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