
前編でイスラーム映画祭立ち上げから、初開催までの道のりをご紹介したので、後編では関西で初開催される「イスラーム映画祭2」、劇場初公開作をはじめとする見どころと、映画祭および作品選定の狙いについてのインタビューをご紹介したい。

―――今年の大阪アジアン映画祭は、イスラム系の映画が例年より少なめだったので、イスラーム映画祭の作品は新鮮に映ると思います。今年特集したタイ映画も、アジアン映画祭ファンなら要チェックではないでしょうか。
大阪アジアン映画祭では少し古いタイ映画で今年『種』を上映していましたが、こちらでもタイ映画を2本ラインナップしています。一本は、第2回東京国際映画祭に上映された当時はタイのヌーヴェルバーグと呼ばれた『蝶と花』です。今は新進のGTHに押されてホラー映画ばかり撮る会社になってしまいましたが、タイの老舗であるファイブスタープロダクションの作品で、監督は『少年義勇兵』のユッタナー・ムクダーサニット。『改宗』はドキュメンタリー映画ですし、大阪アジアン映画祭ファンの多い関西上映で、このタイ映画2本はまずオススメしたい作品ですね。

―――では、順に「イスラーム映画祭2」上映作品の見どころを教えてください。
『ミスター&ミセス・アイヤル』も前述したアジアンフォーカス作品です。幽閉されている映画を救い出したいという気持ちで本作も(笑)。やはり映画は観客に観てもらってこそのものですし、映画業界の縄張りがあるのは良くないなと思いますから。この作品はインド映画ファンには知る人ぞ知るの名作なんですよ。ベンガル出身の男性がムスリムで、タミル出身の女性は身分が高いという設定。最初は多宗教な人や、自分よりカーストが低い人を見下しているのですが、偶然バスで一緒になって旅をするうちにヒンドゥー対イスラームの暴動に巻き込まれてしまうのです。ヒンドゥーの暴徒がバスに流れ込み、名前を言わせて判別していくのですが、歯向かおうとするムスリムの男性を制して女性が「私たちは夫婦だ」と宣言するのです。束の間、偽りの夫婦を装って旅をするうちにお互いのことを理解していくというメロドラマ、ラストは本当に素晴らしいです。歌や踊りのないインド映画ですね。監督は元女優のアバルナ・センで、彼女の娘がヒロインでスクリーンデビューしている作品。レディースデーに上映しますので、ぜひインド映画好きの女性の方は来ていただきたいですね。

―――日曜に上映される『私たちはどこに行くの?』『敷物と掛布』上映後には、トークも予定されていますが、この2本はどのような作品ですか?
『私たちはどこに行くの?』は、『キャラメル』で成功を収めたナディーン・ラバキ監督の新作で、日本では配給もつかず、映画祭にも出品されていません。2012年、日本=カタール国交樹立40周年記念のイベントで1度だけ上映されたのですが、Twitterなどでその評判を見ると宣伝されていなかったこともあり空席だらけだったのだとか。ただ、一度上映したということは字幕がついているので、日本映像翻訳アカデミーさんで調べてもらい、字幕を付けてもらいました。「よく、こんなのを見つけたね」と驚かれましたが(笑)。この作品は、イスラム教徒とキリスト教徒の女性たちが、男どもが何かと喧嘩ばかりするので、何とかならないかとあの手この手で喧嘩を止めさせるというお話。コメディー映画です。
―――『私たちはどこに行くの?』はコメディーであり、また女性映画とも言えます。
本当に華やかですし、歌や踊りもあって、とても楽しい映画です。東京、名古屋でも満席になりました。ナディーン・ラバキ監督は有名ですから、監督の名前で観に来られたお客様も結構いらっしゃいました。
―――これもまた埋もれた名作を救出した感じですね。『敷物と掛布』はエジプト映画と珍しいのでは?
エジプト映画は日本で一般公開されたのは5本ぐらいで、後は全て映画祭で紹介されたもの、ほとんどがユーセフ・シャヒーン監督作品でしょう。エジプト映画も賑やかなものが多いのですが、『敷物と掛布』はセリフがなく、サイレント映画のようです。2011年のアラブの春をドキュメンタリータッチで描いていますので、ストーリーは一度観ただけでは分からないかもしれないこともあり、その後にトークで解説してもらうようにしています。
―――音楽にもフォーカスした作品なのですか?
アラブ音楽や、昔からのエジプトの民謡など、台詞の代わりに音楽でドラマを語っている部分もあるんですよ。東京大学にある中東映画研究会の自主上映会で僕も観たのですが、学内の上映だけではもったいない。映画館の大スクリーンでやりたいと、主催者の方と協力して今回上映させていただくことになりました。これも観ている方はほとんどいない作品ですね。

―――『泥の鳥』はバングラデシュの作品。女の子が主人公です。
昨年バングラデシュで邦人襲撃事件が起きましたが、バングラデシュはどうしても貧困のイメージしかないと思うのです。バングラディッシュは独立してからまだ45年ぐらいの国ですが、『泥の島』は独立戦争前夜を舞台にしたある一家のお話です。『神に誓って』は極端な原理主義批判と欧米の極端なイスラム嫌悪を批判している映画ですが、『泥の鳥』は父親が極端な性質であることや、戦争の傷跡を描いています。この作品もストーリーテリングの中で音楽が大きな役割を果たしています。バングラデシュとインドのコルカタのベンガル地方に昔から伝わる伝承音楽があり、一弦だけの楽器や太鼓のようなもの、歌や踊りなど思想や哲学を歌う、内面の大切さを歌うバウル音楽があります。原理主義を直接批判するのではなく、バウル音楽を絡めて作品にそのニュアンスを滲ませています。カンヌ国際映画祭で批評家連盟賞を受賞しているので、ご覧いただければ作品の魅力が伝わると思います。今回唯一翻訳をつけた作品ですし、とてもきれいな映像でご覧いただけます。昔、シネフィルイマジカがCSテレビで、日本で公開されない良質な作品に字幕を付けてオンエアしていたのですが、そこで1度だけ放映されたそうです。ただ、当時の翻訳者も見つけられなかったので、翻訳も一からですし、スクリーンで上映されるのは、今回が初めてです。先ほどの『私たちはどこに行くの?』『敷物と掛布』、そして『泥の鳥』の3本は劇場初公開と謳っていますね。
―――お一人で作品選定、素材調達をする映画祭で劇場初公開を3本も入れるのは、本当に画期的なことです。最後に『バーバ・アジーズ』はチュニジア映画ですね。
実は今回のダークホースで、東京で2番目にお客様に観ていただいた作品で、立ち見続きでした。2007〜2008年に石坂さんがプログラミングをされたアラブ映画祭の作品で、チュニジアの音楽や、このビジュアルにピンと来る方に支持していただきました。アラビアンナイト、砂漠のおとぎ話の世界ですね。基本的には盲目のおじいさんと、手をつないでおじいさんを引っ張る女の子が砂漠を旅するロードムービーで、色々な話が入れ子式に展開していきます。ゴルシフテ・ファラハニが『浜辺に消えた彼女』で日本でも有名になる前に出演していた作品です。当時の配給会社が潰れていたので、権利元を探すのに苦労しましたが、それも楽しいですね(笑)。神戸では最終日の2本立てに入れていますので、こちらもぜひ観ていただきたいですね。
■日本中に埋もれた名作を掘り返す「リサイクル映画祭」、そして欧米、邦画以外の作品の「名画座」を目指して。
―――大阪アジアン映画祭が終わって少し落ち着いたタイミングですから、ちょっとアジア映画が恋しくなった時に、また違うコンセプトでプログラミングされたアジア映画を観ることができるのは、アジア映画ファンもうれしいと思いますよ。
勝手に、大阪アジアン映画祭のスピンオフのつもりでやっていますから(笑)。また、いい映画が日本中に埋もれていますので、それを掘り返す。リサイクル映画祭ですよ。
―――映画祭するなら、新作を上映しなければならないという呪縛はないですか?
新作にこだわる必要はないと思います。僕自身映画祭をやってはいますが、名画座のつもりでいますから。名画座で上映するのは欧米の作品か、邦画じゃないですか。それ以外の外れた地域の名画座はないので、「外れた地域の名画座」をやりたいという気持ちもありました。元々バックパッカーなので、映画をずっと観ていくと、旅をしたような気分になるような映画祭にもしたいと思っています。なるべく広くと。国で映画をくくると、そこから外れられなくなってしまうので。北欧映画祭も結局は5か国の映画しか上映できませんし、風景にしてもどこか似通ってしまう。「イスラム」というテーマでくくると、アジアも中東もインド、また日本や韓国、アメリカなどもあればできますから。
―――京都にも歴史映画にフォーカスした「京都ヒストリカ国際映画祭」があり、歴史映画というくくりであればどの国の映画でも上映できます。世界でも唯一の「歴史」映画祭と年々評価を高めていますね。
国のくくりがない映画祭はいいと思います。ただ僕の場合は宗教に関わるので気を遣いますが。1回目の時は、「イスラーム映画」という言い方がざっくり過ぎると、実際のムスリムの方にすごく怒られました。イスラム映画というジャンルを作っているのではなく、イスラムを理解する(Understanding Islam)というテーマなので、難民映画祭が「映画を通じて難民を理解する」ように、この映画祭も「映画を通じてイスラムを理解する、考える」。2回目は、単純に映画祭の一つという受け取り方をしてもらえるようになり、定着してきつつあるのかなと思っているのですが。
■映画祭を通じて旅をしたような気分になれる、華やかな作品たちに出会って!
―――立ち上げ当時のお話から、今回の見どころまでたくさんお話を伺い、ありがとうございました。最後に、藤本さんが思う「イスラーム映画祭」の魅力とは?
僕はこの映画祭を、別名「バックパッカー映画祭」と呼んでいるのですが、難しく考えるのではなく、映画祭を通じて旅をしたような気分になってもらえるのが一番ですね。映画を観ると、その国を旅したような気分になれますし、頭で考えるより体感する方が偏見もなくなると思うのです。旅を映画で疑似体験してもらいたいので、パンフレットでピンとくるビジュアルがあれば、ぜひ観に来ていただきたいですね。
革命や反戦は普遍的な話として出てきますが、今回は『神に誓って』以外は00年代以降の社会的トピックスとして出てくる移民や過激派、そういうものを選ばなくても成り立つ映画祭にしたいと思っていたので、子どもや女性の主人公の映画がほとんど。東京で行った1回目よりも華やかな内容になっています。大阪アジアン映画祭に行くのと同じような感覚で観に来てもらえるのが、うれしいですね。イスラムが好き、アジア映画が好き、音楽が好きと、どんな方向からでも楽しめる映画祭にできるといいなと思っています。
(江口由美)
イスラーム映画祭主催者藤本高之さんインタビュー前編「映画祭立ち上げ〜映画祭の核に据えた『神に誓って』上映秘話」はコチラ
イスラーム映画祭2 公式サイトはコチラ
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