DSCN5583


〜ベルギー人監督が見据えた福島には、故郷を離れないと誓った人がいた。〜

ベルギー人のジル・ローランさんが、福島・富岡町で残された動物たちと住み続け、情報発信をしている松村直登さんとの出会いをきっかけに自らが映画を撮ることを決意し、撮り上げた初監督作『残されし大地』。避難が続き、除染作業が行われている福島の、それでも変わらぬ自然や動物たち、そして故郷を離れず自宅で生活を続ける松村さん親子などに密着。自然の風や、雨音などの繊細な音には、サウンドエンジニアが本業であるジルさんのこだわりが伺える。土地と人のつながりなど、普遍的なメッセージが静かに伝わる作品だ。

Gilles-Laurent1


編集のため戻ったベルギーで地下鉄テロに遭い、帰らぬ人となってしまったジルさんの想いを受け継いだ人たちにより完成した『残されし大地』。日本で上映するため精力的に活動している妻の鵜戸玲子さんに、ジルさんが本作に込めた思いについてお話を伺った。

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

谿九&繧後@螟ァ蝨ー_繧オ繝輔y01


―――ジルさんは、本作を撮る以前から環境問題に興味を持っていらしたそうですが、日頃一緒に暮らしていて、痛感するところはありましたか?

常にエコロジーを意識していましたし、子どもが生まれたばかりだったので、食べ物に気を遣っていました。ベルギーにはビオショップがたくさんありますし、流通にもこだわっていたり、フランスのエコロジー活動家の方のことも話題にしていました。電気なども使っていない時に付けていると「もったいない」と消しにいったり。強い主張というよりは動物や自然が好きな人ですから、2013年に日本に移り住んでからは魚食が中心のベジタリアンになっていきましたね。

谿九&繧後@螟ァ蝨ー_繧オ繝輔y02


■ジルも自由が奪われることをすごく嫌がる人。突出した形で「命や自然を尊敬する」ということを体現している松村さんに対して、大いに共感し、敬意を抱いていた。

―――動物や自然が好きという点では、本作で密着した松村さんとは通じ合う部分も大きかったのでは?

ジルも自分の自由が奪われることをすごく嫌がる人でした。命や自然を尊敬しなければいけないと考えていましたから、ある意味、突出した形で「命や自然を尊敬する」ということを体現している松村さんに対して、大いに共感し、敬意を抱いていたと思います。
松村さんは、原発事故が起こり、避難勧告がでている中、取り残された動物たちを世話しなければと残っていらっしゃいます。大半の人は、心が引き裂かれる思いをしながら、ペットや牛、馬を残して出ていきますから。

―――今までは映像作品の中でも音声エンジニアリングを担当されていたジルさんが、監督として福島のドキュメンタリーを撮る決断をされたとき、妻として不安はなかったですか?

ジルは最初、録音ができればと思っていたみたいですが、映画を撮ると言い始めた時は、さすがにこのこだわり派の人が映画を作るとなると、妥協は許さないでしょうから、大丈夫かなとは思いました。でも、日本に移住して以来、今までベルギーを拠点にやっていたサウンドエンジニアの仕事を受けることができず、家事を手伝ってもらうことの方が多かったので、このようにテーマを持ち、日本に来たからこそできることをやる方がいいのではないかと考えたのです。その方が、ジルもイキイキしていられると思ったので、「やってみたら」と背中を押しました。

Gilles-Laurent2


―――いざ映画を撮ると決めた後、ジルさんはベルギーで制作費の支援を募る意味もあり、99ページにも及ぶ企画書をかき上げています。その中で書かれた松村さんに対する分析が、非常に深いものだったそうですね。

松村さんと雑談しているイメージしかなかったので、やや大袈裟な部分もありますが、企画書にはジルの研究と分析が入っています。案外文章が上手だったなと思いますし、神道や武士道と照らし合わせた分析もしています。実は、遺品の中から、武士道やラフカディオ・ハーンさん、ライシャワーさんの本などが出てきたので、こういうものを自分の研究に結び付けていたのだなと感じました。また、日本を旅行する中で、神社に行ったときは神道についての話を私がしていたので、それも参考にしていたようですね。

谿九&繧後@螟ァ蝨ー_繝。繧、繝ウ


―――松村さんの行動は未来にも目を向けていると感じさせます。近くの森でキノコを採取して、線量を調べてもらったり、避難せず、その場に居続けるからできる現状リサーチと、それを発信する行動をされていますが、撮影時は鵜戸さんもその現場に立ち会ったのですか?

実は小さい子どもがいるので、ジルが撮影しているときは、私は東京で留守番をしており、主に取材や通訳のコーディネートなどを担当していました。だから、ジルが亡くなってから、私がこの映画を広めていく立場になったときに、ふと「私は行ってないじゃないか」と気付いたのです。ジルが亡くなった後の16年7月に、南相馬の自宅に戻られた佐藤さん夫妻の元へ、私の子どもたちとお邪魔させていただきました。野馬追や南相馬の花火に呼んでいただいて、映画でも登場したイチジクもご馳走になりましたし、「ジルが見たら、絶対に喜んだだろうな」と思ったのです。

ただ、南相馬には行けても、メインのロケ地だった富岡町には行く気になれませんでした。私と一緒に日本に来て、福島を知ることになり、福島の映画を撮影し、その流れの中でジルが亡くなってしまった。ある意味「私のせいで」と思っている部分や、これで良かったのかと複雑な気持ちがあり、行けなかったのです。結局、今年の2月にようやく富岡市に行くことができ、映画の中で登場する松村さんの家や、広々とした野原などを見ることができて、感無量でした。ジルはここに思いをかけて、毎日毎日いわき市からここまで通っていたのだなとか、電車が途中までしか通っていないので、バスを乗り継いだり迎えに来てもらったりしながら、ここに何度も来ていたのかと。

谿九&繧後@螟ァ蝨ー_繧オ繝輔y04


■ナレーションやテロップは入れず、状況や会話で表現。実際の生活を映し出すために音楽を付けないという方針を貫いた作品

―――その場に放り込まれたような現地の自然音が感じられる作品で、今までの福島を題材にしたドキュメンタリーとは一線を画している感がありました。自然の音を取り入れた中、最後だけ無音となって終わっていきますが、その意図は?

一番最初にあの映像をジルから見せてもらったときは、朗々としたソプラノオペラのような音が付いていたので、少し物悲しい感じで終わりたいのかなと思ったのです。でも、最終的に出来上がったものを見て、その部分が無音になっていたのに驚きました。無音の衝撃は凄い。今回は劇中で披露された佐藤さんたちによる生声のコーラスだけで、他は音楽を付けないことに徹したのだと思います。元々ジルは、ナレーションやテロップを入れず、状況や会話、その場に置いてあるものから、その人の状況が分かるようにしたいと言っていましたから、その方針は作品で貫かれています。その貫きの延長として、音楽は元々そこにはないものですから入れない判断をしたのでしょう。

一般的なテレビドラマを例にとると、音楽でその時に感じてほしい感情を示していますよね。深刻な場面でも滑稽な雰囲気の音楽が流れると、「深刻に捉えなくていいんだ」と思いますし、慌てて見える時に、それを助長するような音楽が流れると、せわしなさが強調されます。音楽に乗って作品を観れば、物語が分かりやすいのです。それは一つの確立された手法でいいと思うのですが、実際の私たちの生活では感情に音楽も匂いもありません。それを映し出すには音楽を付けない方がいいとジルは判断したのだと思います。

実際のジルは音楽がとても好きな人で、友達のパーティーでDJを頼まれるぐらいでした。クラッシックからロックまで色々な音楽に造詣が深かったのです。ましてや自分の映画ですからその気になれば音楽を付け放題なのに、そこにある音を強調したのが、この作品の大きな特徴になっています。

谿九&繧後@螟ァ蝨ー_繧オ繝輔y08


■「日本人はテロに対して他人事だけど、そうでなくなるのは時間の問題」
テレビでジル監督と作品を取り上げてもらったことが、配給決定にまで繋がる。


―――日本でも震災から時間が経つと共に、福島を追ったドキュメンタリーが少なくなってきた感があり、この『残されし大地』が作られた意義は大きいと思います。上映活動を手掛ける中で、福島を題材にした作品をかけてくれる劇場が少ないという現実にも直面されたと思いますが。

思った以上に難しかったですね。私は2013年秋に帰国したのであまり状況は知らなかったのですが、以前にも福島を題材にしたドキュメンタリーは作られていたものの興行的にはあまり成功しなかったということを、今回劇場さんと掛け合う中で、初めて知りました。上映していただける劇場がすぐには見つからない状況でした。

潮目が変わったのは、ベルギーの地下鉄テロで亡くなったベルギー人監督が、福島のドキュメンタリーを撮っていたということを、NHKで放送していただいてからです。海外経験が長いNHKの記者の方々が、ベルギー人の犠牲者が、逆に日本のことを考えて映画を撮ってくれていたことを知って、「日本人はテロに対して他人事だけど、そうでなくなるのは時間の問題だ」という思いも含めて放送してくださいました。テロが頻発している中、だんだん報道するだけになってしまっているので、一度立ち止まって考えたいし、視聴者にも考えてもらいたいという気持ちもおありになったようです。後から「ここ2年間で一番いい取材をしました」とおっしゃって下さったのは嬉しかった。夫の死という代償があったから放送してもらい、映画が広がるきっかけになり、そして奥山和由さんから連絡をいただいてと配給決定にまで繋がっていきました。

―――お子さんを育てながら、亡くなったジルさんに代わり、表に立って作品を届けるための活動を続けるのは本当に大変だったと思いますが、一方悲しむ暇を与えないぐらいの忙しさは、ある意味充実した時間でもあったのでしょうか?

今年の3月11日(東京公開日)直前に第一陣の取材を受け、ここまで来れてよかったという気持ちが本当にありました。今に至るまで、やることがいつまでたっても減らない。今もこうして大阪での上映に向かって取材を受けていますし、映画と共に旅をしていることに支えられています。動いていると慰められますし、注目されるということは愛情をいただき、ジルへの弔いにもなっている。そういう部分でも救いになっていると思います。ただテロの犠牲者であるだけなら、どうなっていただろうと思いますが、この映画があったから本当に支えられている気がします。

谿九&繧後@螟ァ蝨ー_繧オ繝輔y07


―――ジルさんが遺した映画を上映することが、鵜戸さんの使命のようにも感じられます。

本当に使命のようですし、上映しないという選択肢は考えられなかったです。ジルが亡くなった時、日本で上映する劇場も決まっていませんでしたが、送ってもらった映画を観ると、ジルが甦ってくるようなのです。ジルらしさがすごく詰まっている映画ですから。

―――映画のどのあたりに、鵜戸さんは「ジルさんらしさ」を感じるのですか?

映画で松村さんが忌憚なく話をしているあたりも、ジルはとてもおしゃべりな人なので撮影中の様子が伺えます。また、ジルは自然がとても好きな人だったので、おはぎに蜂が止まったり、蜘蛛の巣に蝶がかかっていたりと、ストーリーには関係ないポエティックな部分やジルが純粋にキレイだとか可愛いと思うものが所々に挟み込まれているのも、彼らしさを感じるところですね。

■普遍的な故郷や人と人との結びつきを描いた作品。誰にでも起こりうることを、想像力を働かせて感じてほしい。

―――最後に関西での公開に向けて、メッセージをお願いします。

今まで観た方は、自分の実家や祖父母のことなどを思い出したとコメントを下さり、私自身も故郷・北九州の山を思い出します。ジルもベルギーの故郷を思い出していたそうです。この映画は普遍的な故郷や、人と人の結びつきを描いた作品だと思っています。ニュース的な視点で、震災から数年後の福島がこうなっているということを知るのも意義があるでしょうが、ある日被災し、自宅から引きはがされることは、誰にでも起こりうることです。故郷や今自分が住んでいる場所を大事にしたいという思いをみなさんが感じて下されば、世の中は平和になると思います。関西圏の方にも、「もしも自分の住んでいる場所から引き離されることになったら…」と想像を働かせていただければうれしいですし、ジルも大阪や京都、神戸が好きで訪れたことがありますので、自分の代わりに映画が新たな命を持ってこの場に来ることは嬉しいでしょう。多くの方に観ていただいて、ぜひジルの甦りに協力していただけたらなと思います。
(江口由美)




<作品情報>
『残されし大地』
(2016年 ベルギー 1時間13分)
監督:ジル・ローラン
出演:松村直登他
2017年7月15日(土)〜シネ・ヌーヴォ、7月24日(月)〜京都みなみ会館、8月19日(土)〜元町映画館(19〜25日までは12:30〜、8月26日〜9月1日までは15:50〜)、
他全国順次公開
公式サイト⇒http://www.daichimovie.com/ 
(C) CVB / WIP / TAKE FIVE - 2016 - Tous droits reserves

Gilles-Laurent3