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(撮影 福田光孝先生)

誰も追い越さない。誰も追い越されない。

自分の全力の成果が、誰かの全力の成果を邪魔しない。

自分の本気が誰かの本気を傷つけない。

全力で臨んでいい。

 

努力のゴールテープを切ってみろ。心の中で、つぶやいてみる。

 

◆努力のゴールテープ

◆外堀を埋める(その1)9月の課題

◆外堀を埋める(その2)添削

 

***


◆努力のゴールテープ

 

昇級昇段試験の課題に取り組む2か月4日間のお稽古。

もう11月なのに、冷房を入れてもらうほどの熱気の中で、昇級昇段試験に向けたお稽古を終えた一日目の帰り道。

 

みんなで一丸となって目標に向かう連帯感、今まで味わったことのない一体感に包まれ、高揚している自分を感じた

 

それと同時に、こんなにも、〈チーム〉としての醍醐味を受けとりながら、人の領域を侵さずにすむ書道は、なんて、すがすがしいのだろうと思った。

 

自分のエラーでチームの足を引っ張ることになったらどうしようという不安も、自分がレギュラーに選ばれたせいで選ばれなかった誰かがいるという気まずさも、誰かが勝つと誰かが負けるという勝負のいたたまれなさも、感じなくていい。

 

自分の上にも下にも誰もいない。

自分の前にも後ろにも誰もいない。

ただ、お手本に向かうまっすぐな道があるだけ。

 

全員に、その道があり、全員の行く手にゴールテープが用意されている。

 

誰も追い越さない。誰も追い越されない。

自分の全力の成果が、誰かの全力の成果を邪魔しない。

自分の本気が誰かの本気を傷つけない。

全力で臨んでいい。

 

努力のゴールテープを切ってみろ。心の中で、つぶやいてみる。

 

房仙書道は、なんて素敵な集団なのだろうと思った。


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(撮影 福田光孝先生)

◆外堀を埋める(その1)9月の課題

 

大阪教室では、9時30分から16時30分まで、お昼休憩1時間をはさんで4コマ6時間、通常の二倍の特別なお稽古が、10月と11月に実施された。

すべて参加すれば、16コマ24時間。

2か月で4か月分の御指導を受けることになる。

 

全員が、この特別指導を、1コマ目から16コマまで一斉に受講できるなら、御指導計画も立てやすいと思うのだが、そうではない。

 

前泊して、早朝より御指導の準備を整えてくださっている房仙先生と光孝先生に対して、生徒は身勝手といえば身勝手で、仕事や家庭の環境によって、出席する時間帯もコマ数もちがう。習熟度や受験科目も違う。

 

しかも、出席コマ数と家での練習環境は、ほぼ比例しているので、御指導を受ける時間が少ない生徒ほど、家での練習時間が取れないことが多く、房仙先生は、そういった状況を把握した上で、お手本を書き、ひとりひとりの様子を見ながら、御指導に当たってくださる。

 

とにかく、〈時間が足りない、書けない、〉という焦りが、生徒にはある。

 

早く、御指導を受けなければ!

早く、手をとっていただかなくては!

早く、早く、早く!

そんな感情がせめぎあっている。

 

昇級試験も、昇段試験も、半紙に五文字の漢字を行書で書くという課題は共通だから、

 

〈10月のお稽古は半紙の行書から始まる〉。

 

と、誰もが思っていた。

ところが、貴重な1コマ目に書いたのは、「9月の課題」だった。

 

事前に、事務局から、9月の課題の手本を忘れずに持参するよう連絡があったので、全員、お手本を持参している。

競書誌に出展する作品を提出する期限でもあったので、ほとんどの生徒が、家で書いてきた清書を数枚、持参していた。

 

その作品を見て、先生が口頭で修正する箇所を指導してくださる。

すでに提出済の生徒も、もっとよくなるから書いてと、先生から指示されていた。

 

通常は、お稽古の日と課題の提出日が重なっていたとしても、当月のお稽古の時間に前月の課題を書くことはしない。

時間を増設した特別授業月間とはいえ、なぜ、9月の課題をこんなにもていねいに仕上げるのか。

 

「9月の課題は、重要なのよ」

 

と、房仙先生は説明してくださった。

 

昇級・昇段試験の受験資格となる級位・段位の決定は、10月20日頃に届く11月号の競書誌『白羊』に掲載されているものになる。

 

9月の課題は、12月号に掲載されるので、受験資格には間に合わない。

しかし、このときの級が、昇級・昇段試験のベースになるというのだ。

 

昇級・昇段試験では、たいてい、1段階しかあがらないので、4級で受験したら、3級になる。

ところが、9月の課題の成績がよく、12月号の発表で3級に進級していたら、それがベースになり、そこから1段階あがるので、2級になる。

つまり、昇級試験で、2段階あがることと同じなのだ。

 

なので、9月の課題をやるのだと、房仙先生は、〈満面の笑顔〉でおっしゃった。

昇級・昇段試験で2段階アップするための9月課題。

 

〈本丸を制するために外堀を埋める〉

 

書いてみて、わかった。

いったん、清書を仕上げたのち、ふたたび向き合うお手本は、次の段階の顏を見せる。


筆使いすら覚えていないときには、見えなかった表情が見える。

ふだんの課題では、ここまで、線を見つめることはない。

 

お手本に集中する。線の角度、太細、強弱、濃淡、渇筆。

 

時間がないことを言いわけに、克服できていなかった苦手な部分に、もう一度、チャレンジできる。

昇級試験の前に、確実にマスターしておこうと決意できる。

 

出せなかった線に、近づいていく。

 

〈2段階アップするぞ!〉

 

(え?)

 

私は、このとき、2級だった。

級の最高位は1級だから、あと1段階しかない。

 

(……)

 

2段階アップの恩恵は?

 

12月号の『白羊』で、すでに1級に進級していたら?

 

(昇級試験を受けても受けなくても、結果は変わらない、ということですか?)

 

「そうよー。だから、この時期に2級の生徒は、ややこしいのよ~(笑)」

 

(先生、いやですーーーーっ)

 

先生は、こうもおっしゃっていた。

 

「2級で昇段試験を受験する人は、あまりいない。でも、昇級試験は、どれだけ成績がよくても、1級にしかなれない。昇段試験だったら、初段にあがれなくても、準1級になれる。2級で受検して、初段になれたら、超ラッキーじゃん!」

 

ややこしい生徒にならないよう、計画的に進級しましょう。

大切なのは、毎月のお稽古。

 

◆外堀を埋める(その2)添削とは

 

添削指導は、いつ、どのタイミングで、どのように送るのか。

ふだんのお稽古の時、房仙先生は、

 

「みんな、すぐに書いて送るのよ」

 

とおっしゃっている。

 

御指導いただいた感覚が手に残っている当日が一番うまく書け、日が経つごとに基本を忘れ、自己流のクセが芽を出してしまうので、その芽が成長する前に指導を受ける。

 

一見、書いていて気持ちのいい悪いクセが、好き放題に野放しになってしまわないうちに、先生に摘んでいただくこと。

 

それから、墨と筆で自分を伝えること。

 

お手本は、少し先の成長するその人の姿であり、輝く未来への道標だと、以前、ブログに書いた。

 

別の表現をすると、


お手本は、無限のベクトルと、難易度の軸の中で、全方向に行き来するもの。

進化するものであり、生きているもの。

 

最初のお手本は、お稽古の時に、先生が、生徒の波動を感じて書いてくださるものなので、その時点での生徒の状態が基軸になっていると思う。

 

しかし、御指導を受ける中で、刺激を受け、気づきを得て、生徒の中から湧き出すエネルギーが変わると、そのお手本では合わなくなることがある。

 

お手本の文字の線や形は、上級、中級、初級バージョンだけではなく、その人が一番、輝きを発することができる筆の流れになっているのではないかと、思う。

だから、新しいお手本をいただくと、湧き上がるような喜びが胸の奥から突きあげてくる。

 

書きたくなる。書きやすい。

書いていて、うれしい。

 

ほんとうに、輝きたい未来を、先生がともしてくださるからだと思う。

前のお手本には、もう戻れない。

 

そんなお手本を、先生からいただいて、人生をデザインしたい。

 

そう思っているのに、私は、たいへん甘い考えのまま、添削を提出しようとして、房仙先生から喝をいただいた。

その話を書く。

 

添削は、

 

〈自己流の悪いクセがつかないうちに、すぐに送るもの〉

 

ということばかりが頭にあり、今回は、いっそう早く添削を受けたほうがよいと考え、10月6日(土)~7日(日)のお稽古を全コマ出席した後、8日(祝)に自宅で練習をし、9日(月)には、添削を提出しようと決めた。

 

ふだんでも、こんなに早く添削を送ったことは一度もない。

自分なりに、昇級試験の課題にしっかり取り組もうと考えているつもりだった。

 

房仙先生は、「報連相」を基軸にされているので、添削を送ることを、メールで伝えた。

(以下、恥ずかしいけれど、原文を転載)

 

~房仙先生 おはようございます。今日、投函します。出そうと思って、選んでいたら、しっかり見て書いたつもりなのに、お手本とぜんぜん違うことがわかりました。ぜんぜん、できていませんが、提出しますので、お時間あれば、添削お願いします~

 

今、読み返すと、なんという、ふざけたことを書いているのだろうかと、卒倒しそうになるが、本当に、この文面を、先生に送ってしまった。

 

夜、課題を書いているときは、それなりにできていると思ったのに、朝、書いた半紙の中から、よいものを選ぼうとしたところ、どんどんダメなところが目について、このままでは送るものがないと焦り、それなら送るのを延ばせばよかったのに、先生に添削していただいてから直そうと思って送信した、言い訳メールだった。

 

先生からは、速攻で返信があった。

(以下、先生とのメッセンジャーのやりとり原文)

 

〈福田房仙〉

~分かったら出したらだめです。

添削してもそれ以下になります。

今回は伝えましたが、これ以上書けないところまで書いたら送ってください。~

 

〈浜田えみな〉

~おかしな癖がつく前に…… と思いましたが、もう一度、お手本どおりの形が書けるまで、練習してから送ります。ありがとうございます。~

 

〈福田 房仙〉

~添削とはそういうものです。

自分で分かったところがなくなって送るのですが。そこを生徒は、多分はき違えているのです。

日、段取り等、考えて送ってください~

 

〈浜田えみな〉

~はい!~

 

***

 

〈添削指導〉というのは、跳び箱の前のロイター板のようなものなのだ、と思った。

 

お手本という跳び箱を、より高く、より美しく、より華麗に跳び越え、着地するために、添削というロイター板を、どの位置で、どの高さで用意するのか、考えなければならない。

 

その位置が、近すぎても、遠すぎてもダメ。

低すぎても、高すぎても、ダメ。

 

一度きりしか受けられない添削指導を、最高に高く、最高に美しく、最高に華麗に跳ぶための、ロイター板にする。

 

〈これ以上書けないところまで書いたら送ってください〉

 

房仙先生のこのお言葉は、

 

〈これ以上書けないくらい、完璧な作品を書いて送ってきなさい〉

 

ということではない。

 

〈自分では、どこをどう直していいかわからないところまで書いたら、あとは指導を受けなければ直せないので、送ってきなさい〉

 

ということだと思う。

 

書けなくなるまで、書くこと。

書けなくなったら、送ること。

 

ここをはきちがえて、

 

〈もう書けなくなるまで書いているのに、まだ書こうとして、いつまでも添削を送ってこない〉

 

と、先生はおっしゃっているのだと思う。

 

書きあがったものを、お手本とならべて、ひとつひとつみていくと、線の太さ、勢い、長さ、角度、バランス、余白のかたちが、ちがっていることがわかる。

 

ちがっていると感じる箇所のうち、どうしたら直せるか、わかっているところは直す。

曲がり角のなめらかさ、始筆、収筆のきれいな線など、練習すればできそうなところは、練習する。

 

そうして、自分では、どうやったら直せるかわからないというところまで書いたら、その答えを求めてほしいと、房仙先生はおっしゃっている。

 

私が、先生にお叱りを受けたのは、お手本とちがっている点、どう直せばいいかがわかっているのに、それを直さないまま送ろうとしていたからだ。

 

たった一度しか質問できないのに、答えがわかっている質問をするのはもったいない、跳び箱を越えられない位置にロイター板を置くなんて意味がないと、教えてくださったのだ。

 

なぜなら、10月の添削は、昇級試験の課題だからだ。

 

ふだんのお稽古の倍の時間、すでに御指導を受けている。

本来なら、もう、清書が書けるほどの御指導が与えられている。


だから、書けないところまで書けるチカラを、先生は信じてくださっている。
 

それなのに、ぬるい考えで甘えていた自分を、反省した。

 

昇段試験の課題数は多い。

何枚送っても、その中で一番よく書けている一枚にしか添削していただけない。

その一枚を、どう使うかも、能力が問われるところだと思う。

 

私たち生徒が先生のためにできることは、添削の質をあげること。

先生の手を無駄に煩わせないこと。

厳選した一枚をロイター板として、より高く、より美しく、より華麗に跳ぶこと。

 

浜田えみな

 

つづきます。

次回は、内堀を埋め、いよいよ本丸へ。