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(撮影 神佐 真由美さん)

 〈ちょうどいい〉とは〈受けとる〉ことだと思う。

ぼやくのではなく、嘆くのではなく、
〈今〉を〈受けとる〉ことができたら。

 

〈前に進むチカラ〉が生まれる。

 

◆やっていい〈がんばる〉 

◆〈ちょうどいい〉

◆生きづらい人へ

 

*** 

 
◆やっていい〈がんばる〉

 

お稽古の開始時間になると、生徒の中から号令係が選ばれ、そのひとの先導で全員が唱和し、始まりのご挨拶をする。

ちなみに、房仙会の子どもの生徒は、みんなでそろって、

 

「今日も、がんばります! 上手になります!」

 

と挨拶をするそうだ。

昇級・昇段試験に向けた11月、大人の私たちも、それにならって、元気よく宣言した。

 

房仙先生は、常日頃、〈がんばらない、あきらめない〉をモットーにされているので、

 

〈「がんばります!」っていうのは、おかしいのでは?〉

 

と言う疑問を持つ人がいるかもしれないが、〈がんばる〉のニュアンスが違うのではないかと感じている。

 

子どもたちのお稽古の挨拶の〈がんばる〉は、お稽古の時間、お手本を見ることや、筆を持つこと、おしゃべりや、よそみをしないで、先生の話をよく聞き、上手になるために練習するなど、〈今〉に〈集中する〉ことを表している。

 

〈がんばらない、あきらめない〉という言葉の〈がんばる〉は、たどりつきたい目標に向かって集中することではあるが、その状況がちがっているのだと思う。

 

やらなくていい〈がんばる〉の見分け方を、私は、こんなふうに決めている。

 

客観的に見たとき、その姿が

 

〈清々しいか〉〈痛々しいか〉

 

自分の姿が、〈清々しい〉と感じたら、やる!

〈痛々しい〉と感じたら、やめる。

 

その判断ができるくらいの理性は、どんなときにも残しておきたいし、自分では判断ができないくらい追い込まれたときのために、助言をしてくれる家族や仲間を大切にしたいと思う。

 

〈がんばります!〉

 

背筋を伸ばし、お腹から声を出す。

教室に響く清々しい波動のシャワーは、禊のようだ。

 

〈上手になります!〉

 

唱和は笑顔で。

日本は、ことだまの幸わふ(さきわう)国。

 

◆〈ちょうどいい〉

 

挨拶のあと、書道のご指導の前に、房仙先生は、なにかしらお話をしてくださる。

揮毫などのイベントをされている場合は、そのことを。

最近では、移動中の新幹線でのことや、宿泊されたホテルでの出来事を話してくださることが多い。

フェイスブックやブログの投稿などのこともある。

 

お稽古が始まってからも、とつぜんの〈ひらめき〉で、先生のお話が始まる。

そういうときは、何をしていたとしても、生徒は手を止め、その場で先生に注目する。

 

先生のお話は、「音叉のようだ」と思う。

 

必ず、自分のどこかが、共鳴する。

その余韻が、それに共鳴する何かを引き寄せ、知りたい答えのシンクロが起こる。

 

11月の2日目のお稽古で、先生は、仏典の『大蔵経』の中にある

 

〈そのすべてが、あなたにちょうどいい〉

 

という教えについて、話してくださった。

 

和訳の言い回しは、いろいろあるようだが、要約すると、夫も妻も、子どもも親も兄弟も、友人も仕事も、病気も生活も死ぬ日までも、すべてが〈ちょうどいい〉というもので、釈尊が弟子たちに話した言葉だそうだ。

 

そのことが、いったいどういう展開になるのだろう? と、先生のお話を聴いていると、最後に

 

「今の生徒がちょうどいい!」

「今のみんなが、私にちょうどいいんだ!と思って、お稽古に臨んでいます!」

 

と、笑顔で言ってくださった。

 

それは、まさしく、ここ数か月、私が問いかけていたことの答えだった。

 

房仙先生は、房仙会が「松下村塾」のようでありたいとおっしゃっている。

何もわからず入会したが、御指導を受ける中で、房仙先生には、それが可能であること、世界を動かす人材を輩出できるにちがいないと、確信するようになった。

 

それは同時に、もっと上のステージの人たちに、先生は必要とされているはず!と、強く思うことだった。

 

一年半ほど在籍しただけで、私でも変わるのだから、既に、日本や世界を変えていく可能性をもつ人たちに、房仙イズムを適用すれば、どんなにすごいことが起こるだろう。

 

もっと、先生の器にふさわしい場があるのではないか。

それは、ここではないどこかではないか。

先生は、あまりにも自分勝手な生徒に、徒労感を感じているのではないか。

ご自身の能力を、打てば響く場所、その価値にふさわしい反応が起こる場所で、存分に発揮されたいのではないか。

 

そんな問いかけが、ぐるぐると渦巻く中での、

 

〈今のみんなが、ちょうどいい〉

 

という、先生のお言葉だった。

ほんとうに、そうなのだろうか? と思いつつも、うれしかった。

 

生きていると、順風満帆なときばかりでなく、〈なぜ、こんなことが自分に!?〉という事件が、史上最悪としか思えないタイミングで、起こることがある。

 

これまでの価値観を一新しなければ、進めないような岐路に立つことや、予期せぬ出逢いや別離がある。

 

でも、すべてが〈ちょうどいい〉のだとしたら。

 

〈ちょうどいい〉とは〈受けとる〉ことだと思う。

ぼやくのではなく、嘆くのではなく、〈今〉を〈受けとる〉ことができたら。

 

〈前に進むチカラ〉が生まれる。

 

たとえば、房仙会に入会して数か月で、実家に単身赴任して両親の介護をする状況になったことも、社中展の作品の練習が始まったところで、母の病状が急変し、認知症の父を残して亡くなったことも、残った父との毎日が、とてもスリリングで、ときにはコミカルで、だけどやはり一筋縄ではいかなくて、感情が翻弄されていることも、

 

〈ちょうどいい〉

 

とは、なかなか思えないのだが、長いあいだ、親の介護をして、看取りを終えた知人に、

「親の世話というのは、したくでもできない人がいる。徳を積ませていただいているのよ」

と言われたことをきっかけに、〈徳を積む〉という表現が、父との毎日に妙にあてはまったこともあり、〈積ませていただこう〉と思えるようになった。

 

〈今〉を〈受けとる〉と、〈前に進むチカラ〉が生まれる。

 

私たち生徒を〈ちょうどいい〉と受けとってくださった房仙先生。

十一月なのに、室内に冷房を入れていただいたほど、熱気がうずまく御指導を受けながら、でも、ほんとうにそれでいいのだろうかと、心のどこかで思っていた。

 

そうしたら、その答えが現れた。

ずっと震えていた音叉が、共鳴を呼んだにちがいない。

 

◆生きづらい人へ

 

たまたまつけたテレビから流れてきたナレーションから、脚本家の「坂元裕二」という名が耳に入った。NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』という番組だった。

画面に出ている「生きづらい、あなたへ」というサブタイトルに、魅かれた。

 

その番組の中で、坂元裕二氏は、

 

「多数派か少数派かって言ったら、少数派のために書きたい」

 

「10元気な人が100元気になる作品はたくさんある。僕はマイナスにいる人がゼロになる。そこを目指してるから。」

 

マイナスにいる人がせめてゼロになる。マイナス5がマイナス3になるような」

 

と語っていた。

 

房仙先生のされていることは、こういうことなのかもしれないと感じた。

 

10輝いている人を100の輝きにできる人は、たくさんいるかもしれない。

でも、自分の輝きを知らないでマイナス5にいる人を、書道を通じてマイナス3に、次にゼロに、そしてプラスへと輝かせていく御指導を、四十年以上、続けている人はいないと思う。

 

使命や、天職と言われるものは、探しに行くものではなく、いつも行っていることの中にあるものだと、聞いたことがある。

 

房仙先生が、いつだったか、書いていらしたように、房仙会書道は、昔も今も、子どもも大人も、少し生きづらい人のために、大きく拓かれているのだ。

 

(ええっ 私も生きづらい人やったんか)

 

そうとわかれば、納得する。

なぜ、自分が房仙先生と出逢ったのか。

そして、一見、普通そうに見えるあの人も、この人も、その人も、〈生きづらい仲間たち〉だということに。

 

生きづらい。

上等だ。

受けとると、いとおしい。

受けとると、前に進む。

 

もっと上のステージの人に、先生は必要とされているのではないか? などと、四の五の言わず、先生に出逢えた奇跡を、今、前に進むチカラにして。

 

***

 

豊かさは

そうとは気づかずに

すでに在るもの

 

潤いは

そうとは気づかずに

満ちているもの

 

気づかずあふれて

そそぎ、そそがれるもの

 

***

 

迷いや怖れや不安や

ためらいや自信のなさを

すべて振りおとして

不要なものに

囚われている心を捨てたら

何か途方もなく

大きな世界が開け放たれる

 

奪い取られるものなど何もない

あなた自身に

 

自分以外の何かになろうとか

ここではないどこかへ行こうとか

もうそんなことは思うことなく

ただ気づかなかった扉がそこにある

どうして

気がつかなかったのか不思議なほど

宝物はいつもそばにそこにある

 

***

 

昇級・昇段試験のお稽古でいただいた気づきを、築きに変えて。

 

浜田えみな