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「どうしてやらないの? やればいい。コメントすればいい。〈いいね!〉すればいい。できないで、やめなきゃと思ってやめていく」

 

「やってない人は、房仙会ニートだよ」

 

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二日目の朝、お稽古前の房仙先生のお話は、宿泊したホテルで観たテレビのドキュメンタリー番組の内容だった。


先生も、途中から観たとのことで、詳しい経緯はわからなかったそうだが、「二―ト」と呼ばれる若者に、技術を教え、育てあげ、正社員にしようとしている会社があるという。

 

ニートという状況には、それを生んだ背景があるのだろうと、思う。

人と関わることを怖れる気持ちも、関わることができない理由もあるのだろうと、思う。

教えるほうも、学ぶほうも、並大抵ではない献身と努力があったのではないかと想像する。

 

でも、あきらめなければ、正社員になれるという道筋を、その会社は作ったそうだ。

ニートの若者たちにとって、大きな目標となったと思う。

 

ところが、正社員になると辞めていくのだそうだ。

 

「似てるなあと思ったの。師範になると辞めていく房仙会」

 

「房仙会のことは、指導している先生に聞くのが一番なのに、誰も先生に聞かない。生徒同志なら話せるのに、先生には話せない」

 

「情報が正しく伝わらないので、フェイスブックを始めた。でも、書くのは先生だけ。自分が書いてどうするの!? と思いながら待っていたら、だんだん、みんなが書くようになった」

 

「どうしてやらないの? やればいい。コメントすればいい。〈いいね!〉すればいい。できないで、やめなきゃと思ってやめていく」

 

「やってない人は、房仙会ニートだよ」

 

(房仙会ニート!!)

 

ニートとは、Not in Education, Employment orTrainingの略で、「学校等の教育機関に所属せず、職に就いていなくて、就労に向けた職業訓練を受けていない」人のこととされている。

学ぶ意欲も、働く意欲も、技術を身につける意欲もない、ということだ。

 

房仙会にあてはめると、

 

お稽古を休む、活動に参加しない、練習しない、添削を出さない、社中展に出展しない、昇級・昇段試験を受験しない、フェイスブックで発信しない、

 

というようなところだろうか。

 

または、やっていても、

 

精度が低い、手抜き、さぼり、本気度が足りない、

 

などなど。

 

私にも、本気度が足りないと思えることが確かにあって、こうして書いている今も、時間のやりくりが下手すぎて、まだまだ、もっと、やれるはずだと、房仙先生のお姿を見て思う。

 

房仙先生を基準にすれば、全員〈房仙会ニート〉だと、先生はおっしゃりたいのだろうと思う。

 

それにしても、キャッチ―な言葉だ。

耳にした瞬間、(ぜったい、ブログに書こう!)と思った。

 

しかし、こういう耳ざわりのいいワードは要注意。
思いこみで、意味を間違えていたりすることがあるからだ。

ものかきの常として、自分が理解している意味で間違っていないかを確認するために、インターネットで検索した。

 

クリックしたとたん、〈年齢〉が、目に飛びこんできた。

(そうやったー ニートは、若者だけやったー)
 

日本では、前述の条件にあてはまる〈15歳~34歳〉を、若年無業者(ニート)と呼称し、定義されていると、書かれていた。

 

35歳以上は、〈房仙会ニート〉になれない。

覚悟を決めて。

 

浜田えみな