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(撮影 古谷翠仙さん)

「なぜ、私が元気だかわかる?」

「約束したから。人に尽くしたら、一日寿命が延びると約束しているの。私、ものすごく人に尽くしてるから、もう死なないの」

 

★いつもとちがう

★書道は記憶力!

★約束

 

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★いつもとちがう

 

いつもとちがうことが起きると、いつもどおりじゃない!〉と脳が反応し、そこから始まることに、全力で感覚を研ぎ澄ますのではないかと、思える。

 

房仙先生のお稽古は、いつもどおりじゃない〉ことばかりだから、眠っている脳も起こされる。どんなに、突拍子のないことも、つながっている。

次に起こる新しい体験に、シャッフルされながら、開発されていくのだと思う。

 

十二月の大阪校のお稽古は、房仙先生の御指導を受ける前に、競書誌に参考として掲載された参考手本を左に置いて、二枚書き、その作品を前方のホワイトボードに掲示し、どちらの作品が、飛びだして見えるか、たたずまいが清々しいか、明るく見えるか、より高いエネルギーを有しているか、など、ひとことで言えば、房仙先生が「波動」とおっしゃっているものを、感じるワークから始まった。

 

目に見えている文字の線や形ではなく、そこに深く在るコア(核。本質。命。魂。氣)を感じとる。

 

このことがわかったのは、文章表現も同じだ、と思ったからだ。

表現するために言葉を選び、文章を綴るけれど、伝えたいものは、言葉や文章ではない。

音楽家が伝えたいものが、音符や楽譜ではない、と言うほうが、わかりやすいだろうか。

 

たとえば、言葉は音符。文章は楽譜。物語は音楽。

 

大切なものは、文章も書道も、行間や余白に宿るのではないかと、感じている。

 

また、文章は、書き手が伝えたいと願う境地へと、読み手を運ぶ乗り物のようだと思うことがある。

「書道」もまた、二つの場所をつなぐ乗り物だと、社中展に向けてのお稽古期間に、母が急逝したことで、体験した。

 

「書道」に対する意識、房仙先生のお手本(に封じ込められたもの)に対する意識が、大きく変わったのは、このときからだと思う。

 

波動について、お稽古の中で御指導いただいたことは、12月大阪校(1)~表現すること~ の「波動」の項に書いたので割愛するが、感じるワークのあと、実際に書くための筆使いを教えていただいた。

 

★書道は記憶力!

 

「順番にまわっていくからね。隣同志で、一枚は、しゃべりながら(説明しながら)書く。二枚目は黙って書く。どちらが記憶に残るか、考えながら聴いててください」

 

大阪校は、二人掛けの長机でお稽古をしている。

先生が順番にまわってきてくださり、一枚(一人)は、ポイントを説明しながら書き、一枚(一人)は黙って書くので、その席の二人は、動画を撮るなり、肉眼でしっかり見るなり、かぶりつきで受けることができる二枚分に、しっかり集中しなさい、ということだ。

 

遠くからではあるが、ほかの生徒の席で先生が書いている様子も、全員分、観ることができる。

 

〈書道は記憶力!〉と、先生は、いつもおっしゃっている。

 

一日目は、書くことよりも、目と耳で記憶することに主眼が置かれた。

耳でポイントを聴き、目で筆づかいを記憶し、最後に手をとっていただく。

 

何がいちばん自分の引きだしとして有効かは、人によって違うと思う。

私は、「身体を使う」「身体で覚える」という感覚が鈍いので、まずは「理論」でわかりたいという気持ちが強い。

 

だから、説明しながら書いてくださることが、本当に嬉しかった。

「黙って書く」「手をとる」だけの御指導であれば、とんでもない作品を添削で送ることになったと思う。

 

手元には、かぶりつきで撮影した説明付きの動画と、揮毫のみの動画。

 

最初は、説明付きの動画を、何度も観た。

先生の言葉を自分でも覚えて、同じように声を出して書けるようにと、練習した。

 

そのようにして、筆使いを覚え、練習用の用紙から、清書用の用紙に書くようになりはじめると、最初のころ、観てもよくわからなかった「揮毫のみの動画」の価値が、ぐんと出てくる。

 

音がない世界だからこそ、聴こえてくるもの。

音がない世界だからこそ、見えてくるもの。

音がない世界だからこそ、感じられるもの。

 

呼吸。リズム。緩急。筆の圧。

 

音のない動画を観ていると、手をとってくださった時の感覚が、静かにからだの中に満ちてきて、自分でも、書けそうな気になってくるのだ。(書けないけど)

 

動画に頼らず、目で観ただけで記憶できるようになりたい。

 

★約束

 

房仙先生は、とてもパワフルで、教室の中でいちばんお元気だ。


心臓弁膜症を発症し、入退院をくりかえし、ほとんど学校に行けなかったとか、結婚してすぐに体調が悪くなり入院したとか、常に薬が欠かせず、具合が悪くなり何度も救急車を呼んでいたとか、今の先生のお姿からは信じられないことばかりだ。

 

「なぜ、私が元気だかわかる?」

「約束したから。人に尽くしたら、一日寿命が延びると約束しているの。私、ものすごく人に尽くしてるから、もう死なないの」

 

〈生徒のために尽くしてくださることで、房仙先生の寿命が延びている!〉

 

それならば、その生徒が輝いて、社会貢献して、たくさんの人が幸福になったら、さらに先生の寿命が延びるのではないだろうか?

 

輝こうよ!

 

房仙先生が尽くしてくださった生徒が輝いて、生まれてきた使命を受けとり、社会のために生きがいをもって発信することで、先生の寿命が延び、先生の人生が、さらに豊かに幸福に包まれたものになる!

 

輝こうよ!
約束しようよ!

 

浜田えみな


12月8日(土) お稽古終了後、望年会が開催されました。
ひとりずつ、先生からのひらめきの質問に対して、みんなの前で発表しています♪
 

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(撮影 青木美保さん)

光孝先生 赤いセーターがとっても素敵です!
ブログの中で載せられなかったので。

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 房仙先生も、とってもお似合いの色です!

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